数分も歩けばキャンプ場に着いた。
そこには調理器具を運び込むステラたちの姿があった。
「……ミョーに遅かったわね」
「そうかな……?」
「あそこからここまで五分もかからないでしょ」
ジトーっと睨んでくる。
素直に言ノ葉さんに相談していたと言ってもいいのだが、自分の情けない所を自白するのも気恥ずかしく、曖昧に笑って誤魔化す。
当の言ノ葉さんは例の爆弾発言を弄られたことを根に持って未だにむくれており、片頬を膨らませている。
道中話しかけても「ふんっ」と鼻を鳴らし怒ってますよアピールしていたのと比べると随分改善された方である。
律儀に反応してくれるあたり本気で怒っていないのはわかっていたものの、気難しい猫を世話する気分だった。
言ノ葉さんを弄るのはほどほどにしよう。
「アンタたち呆れるほど仲良いわよね。ホントに付き合ってないの?」
「付き合ってないってば。……と言っても説得力ないだろうけど」
「ないわね、これっぽっちも」
普通あんなこと恋人同士でもしないわよ、とぶっきらぼうなため息を吐く。
間違いなく車で寝落ちしたときのことだろう。我ながら不覚だ。ますます言い訳出来なくなってしまった。
……実を言うと、僕は倉敷君との決闘の後にステラから告白されている。
気づいてもらおうとしてもダメだと悟り、思い切って伝えようと思ったとは本人の弁だ。
実際言われるまで全く気づいていなかった僕は凄まじい衝撃を受けた。
僕という人のあり方が好きだと言ってくれた人なんて彼女が初めてだった。
すごい困惑したし、それ以上に嬉しかった。すぐにでもお願いしたいくらいだった。
それだけ完璧で美しい少女からの告白は凄まじい破壊力を持っていた。
けれど、真剣に僕を好きになってくれたからこそ、中途半端な気持ちで返事をしたくなかった。
僕がステラに向けている気持ちは確かに好意的なものだ。しかしステラが僕に向ける気持ちと釣り合いの取れるものではない。
こんな適当な気持ちで付き合えばいつか必ず彼女を傷つけるだろうし、何より僕自身が許せなかった。
だからそのことを正直に伝えて断った。
勇気を出して気持ちを伝えて来てくれた女の子に対して酷い仕打ちだったろうに、ステラは笑って許してくれた。
その時、言ノ葉さんのことが女性として好きなのかと問われたのだった。
もちろん否と答えた。
確かに彼女のことはとても好きだけど、どうしても恋愛対象として見ることが出来ない自分がいる。
彼女は僕の憧れの人だ。尊敬して仰ぎ見ている言ノ葉さんを恋人の枠に押し込みたくないのかもしれない。
ただ一方で僕の中で最も好意的な人でもあるから、将来なにかの拍子で恋愛に転じる可能性もあるとも伝えた。
まぁ、仮にそうなったとしても言ノ葉さんは僕をそういう目で見ていないだろうから、失恋はほぼ確実なんだけどね……。
疑いの目は変わらなかったものの、一応の了解を示したステラはいつか必ず振り向かせると宣言し、予約と称して僕の唇を奪った。大胆な告白は女の子の特権とはよく言ったものである。おかげで気持ちが揺らぎかけた。
そんなことがあった手前のコレなので、ステラには申し訳ない気持ちでいっぱいである。
でも言ノ葉さんとの付き合い方は去年からこんな感じだったから今更変えることは出来ない。前向きに検討し善処するということで。
「ステラさんも大変だねぇ」
「他人事のように言ってるけどアンタが原因だからねツヅリさん」
「そうは言ってもねぇ……」
ステラに恋愛のアドバイスをしたと言う言ノ葉さんは、相変わらずどうでも良さげに聞き流していた。
そして僕の顔をジロリと一瞥した後、
「彼、いつも気丈に振る舞ってるけど、内心は結構ナイーブでさ。なんとなくほっとけないんだよね。弟みたいな感じ」
と言った。
なるほど僕が弟か。その発想は無かった。
とすると言ノ葉さんが姉になるけど、どうも年上のイメージが湧かない。
少し頭の中でシミュレーションしてみると、
「あ、双子の姉ならいけるな」
ピッタリとはまった気がする。
恋愛対象にならないけれど好意を寄せれる相手。憧れという見方も同時に満たせる。
すごい。完璧だ。今度からこれを理由に弁明しよう。
しかし言ノ葉さんが不満の声を上げた。
「物の喩えだよ。実際に黒鉄君の姉になるとか絶対ヤダ。超えちゃいけない一線を超えてきそう」
「ちょっと待とう。君は僕にどういうイメージを持っているんだ」
「実の妹にキスされても満更でもなさそうだった人」
「……」
ぐうの音も出なかった。
いや、違うんだ。決して喜んでたわけじゃないんだ。
四年も顔を合わせていなかった。見違えるほど可愛くなっていたんだ。僕の知ってた珠雫と別人だったと言ってもいい。
そんな女の子から突然キスされて動揺しない男がいるだろうか。いやいない。
……と声を大にして言いたいけれど、これはこれで話が面倒になりそうなので黙っておくことにする。
せめてもの反抗として口を尖らせてみせると、先ほどまでの仏頂面を崩して小さく笑った。
「冗談さ。さっきの仕返しだよ」
「あれは君が勝手に自爆しただけじゃ……」
「その後の意地悪は必要なかっただろ」
「珍しかったから、ついね。後悔はしていない」
「良い度胸だ。ならばステラさんにあの事をチクってやろうか」
「ん?あの事?」
「去年キミがボクの風呂──」
「よし、お互い何も無かったことにしようじゃないか。その方がお互いの幸せになると思うんだ」
「いいね。公平な取引だ」
コツンと拳をぶつけて取引成立。臭い物には蓋をするに限る。
彼女が入浴しているのに気付かずにバスルームの部屋を開けたことなんて無かったんだ。
……一方的に言ノ葉さんが損している取引な気もするが、彼女が良いと言うのなら良いのだろう。
僕らの様子を心底呆れた表情で眺めていたステラが「そういうところが疑わしいって言ってるんだけど……まぁいいわ」と投げやりに呟いた。
「巨人探しに行く前に腹ごしらえをするってトウカさんが言ってたわよ。そろそろ戻ってくるんじゃないかしら」
「あぁ、それで調理器具か。悪いことしたな……」
噂をすれば何とやら。合宿場の方面から大量の食材を抱え込んだ刀華さんと兎丸さんが戻ってきた。
僕を見つけた東堂さんはパッと花が咲いたように微笑んだ。
「うたくんから体調を崩していたと聞いて心配でしたが、元気そうですね!」
「ご迷惑をお掛けしました。僕でよければ何かお手伝いしますよ」
「本当ですか?なら野菜を切ってもらえますか?キャンプカレーを作りますので」
「わかりました。言ノ葉さんはどうする?」
「じゃあ火熾しでもしようか。調理は二人もいれば十分でしょ」
「そうだね。ステラは……」
声をかけようと振り向いたところ、いつの間にか兎丸さんと無駄にハイレベルなバドミントンを繰り広げていた。
恐ろしく速いサーブ……僕でなきゃ見逃しちゃうね。
「ステラさんたちには後片付けをしてもらいましょうか。言ノ葉さんは火の準備ができたら飯盒で炊き始めちゃってください」
「わかりました」
貴徳原さんと砕城さんは管理人に巨人の情報を聞きに行っているらしく、ご飯を食べながら情報整理をし具体的な計画を立てていくとのこと。
遊び始めてしまった二人に気を悪くすることもなく的確な指示を出していくところはさすが生徒会長と言うべきか。
「そういえば御祓さんは……」
「バドの点数係してますよ」
なに。さっき見たときはいなかったはずなのに、いつの間に。もう一度振り返ると確かに御祓さんがコートの端で点数をカウントしていた。どうやら兎丸さんが一歩リードしているらしいが、正確に集計しているのなら最初からいたという事なのか?
驚く僕とは対照的に慣れたように説明をする。
「うたくんの能力ですよ。因果干渉系なんですけど、実質的なテレポートも可能なんです」
「す、凄いですね……。破軍の生徒に因果干渉系の能力者がいたのも驚きです」
伐刀者自体希少な存在と言えるが、因果干渉系は輪にかけて希少な能力だ。
しかしその能力は強力無比であり全系統の中で最強と言われているほどである。
他の能力はどんな形であれ必ず〝過程〟を通らなければならないのに対し、因果干渉系は〝原因〟から直接〝結果〟に結びつけるのだから納得である。
尤も、因果干渉系と一口に言っても内容は様々ある。
近しい例で言うと理事長は時間を操作することで間接的に因果を改竄している。この間接的というのが重要で、理事長は時間の逆行・停止をすることでしか因果に介入できないため、『今日は晴れであった可能性』から『今日は雨である』という事象を上書きし『今日は晴れである』という事象に改竄する、というような管轄外の改竄は出来ない。
これだけでもわかると思うが、因果干渉系と一括りに言っても内容はジーンマップのように広大で複雑なものばかりなので、術者本人も自分の能力がどこまで適応できるのか曖昧なことが多いと言う。
こんなに複雑怪奇なのに、更に上下関係が存在することで改竄できる優先度が変わるというのだから術者たちも大変である。
単純明快な身体強化系で良かった。
閑話休題。
「出来るなら当たりたくないものですね……」
「選抜戦のことですか?」
「えぇ。因果干渉系の能力者と真剣勝負するのは初めてなんですよ」
実は一回だけ現理事長と模擬戦をしたことがある。
理事長が就任した際に『私の実力主義について来れるか試してやる。ついて来れもしない落ちこぼれを擁護してやるほど社会は甘くないからな』という名目で行われた、留年させるのに必要な書類製作を目的にした実力試験だった。
能力ありの勝負だったものの理事長は二丁拳銃だけで戦った。恐らく言ノ葉さんとの訓練を真似たのだろう。
非常に慣れたシチュエーションの上に《一刀修羅》を使えたのも助長して勝利を収められた。
しかし今回は違う。未知数の能力をその場で攻略しなければならない。出来るなら事前に能力を調べ対策を練りたいものだが……。
思わぬ伏兵に面食らう僕だったが、東堂さんはあっさりと答えた。
「それなら安心してください。うたくんはエントリーしてませんから」
「えっ、そうなんですか?」
「本人があまり乗り気じゃなくて」
少し言い辛そうに言葉の端を濁した。
御祓さんとの対戦がありえなくなったのなら安心だ。訳ありの様子だし言及は控えよう。
「そろそろ調理に入りましょうか」
「そうですね」
仕切り直した東堂さんと共に野菜を切り始めた。
△
キャンプカレーを食べた後、三班に分かれて調査に出かけた。
半ば山奥を散策する気分でいたのだが、そこで僕らは本当に巨人に遭遇した。
しかしその実態は伐刀者の伐刀絶技によるゴーレムだった。
岩石で出来た巨体は圧巻の一言。蟻から見た人間はこんな感じなのかと場違いな感想が浮かぶほど呆然となったものだ。
ゴーレム自体は大したことなく簡単に倒すことができた。が、破壊しても崩れた岩石を魔力の糸で繋ぎあわせることにより復活させてきたのだ。
ならば魔力の糸を斬れば良いと剣を振るったものの凄まじい強靭さを誇っており、一本斬るだけでも一苦労。ピアノ線より頑丈なのではないかといったところだ。
挙げ句の果てに周囲の岩を利用して新たなゴーレムを生み出す始末。この山が無くなるまで潰さなければならないようなものだ。
さすがに手をこまねいたところで御祓さんにより連れて来られた東堂さんと言ノ葉さんが合流し窮地を脱した。
《雷切》でゴーレムを粉砕し、剥き出しになった糸を『貫徹』の概念を宿した銃弾を利用して断ち切る。完璧な役割分担でものの見事に撃退してみせた。
東堂さんが糸に電撃を流して敵との距離を測ったらしいのだが、その距離なんと50km。県を跨いでようやくといった長距離からゴーレムを操っていたのだと言う。
この手の能力を使う伐刀者を一般に《鋼線使い》と言い、普通は50mが限度である。優秀な者であれば100mを越すようだが、なおさら今回の《鋼線使い》の異常さが際立つ。
この場ではどうしようもないと犯人の特定を諦めた東堂さんだったが、言ノ葉さんは珍しく険しい表情を浮かべていたのが印象的だった。
今日は言ノ葉さんの珍しいところをよく見る日である。
ひとまず一件落着となり学園に戻ろうとした、その時。貴徳原さんに連れてこられた男によって事態が一変した。
「ようやく見つけましたよ一輝クン。んっふっふ」
ねっとりとした声が僕の心に絡みつく。
恵比寿に似た顔に笑みを浮かべた、赤いスーツを身にまとう肥満体型の男性を、僕はよく知っていた。
「……お久しぶりです。赤座さん」
「私は顔も見たくなかったんですがねぇ。まぁ、相変わらずの様子で何より」
露骨な侮蔑に言ノ葉さんとステラはこの男の身分に勘付いた。
「イッキ、この人って……」
「黒鉄家の分家の当主さんだよ」
僕の答えにステラは思い切り顔を顰め、逆に言ノ葉さんの顔から表情が消えた。
事情を知らない生徒会のみんなは未だ不審そうに赤座さんを見るが、その目には敵対心が宿っている。彼が僕に向ける嫌悪の色を声音から感じ取ったのだろう。
それらの視線に臆する様子もなく、
「時間が勿体無いのでさっさと本題に入らせてください。今日私がわざわざここに来たのはぁ、騎士連盟日本支部の倫理委員長として一輝クンにお話があるからですぅ」
話を切り出した。細められた目の奥に淀む黒い瞳が、それがロクでもない内容だと告げていた。
言葉の端々から顔を覗かせる攻撃的なニュアンスに構うことなく、先を促す。
「話とはなんでしょうか」
「んっふっふ。話すより見てもらった方が早いでしょう。どーぞこれを」
バッグから取り出されたのは新聞だった。これが僕と何の関係があると言うのか。
今日の夕刊らしいそれを広げてみると、そこには木々を背景に口付けを交わしている僕とステラの写真が一面に貼り出されていた。
「これは……!?」
僕とステラがキスをしたのは彼女が告白してきたその時のみ。場所は僕らがいつも訓練に使っている校舎裏。時間帯は夜。当時の状況と寸分違わず一致しているこの写真が闇雲に捏造されたものではないことを証明していた。
たった数秒の出来事を、ピンポイントで、すっぱ抜かれたのだ。
偶然で撮れるようなものではない。四六時中……いや、下手をすれば入学した当初から何者かが僕に密着していたのだろう。
あまりに予想外の展開に言葉を失った僕だが、どこか冷静な頭は乾いた目に紙面を読み取らせていく。
『姫の純潔が奪われた!』『ヴァーミリオン国王大激怒!』『日本とヴァーミリオン皇国との国際問題に発展!?』と混乱を煽るような見出しの中に黒鉄家から提供されたという僕の人物像が書き連ねられている。
曰く、昔から素行が悪く、黒鉄家を困らせていた問題児であり、人格的に問題のある人物だった。
実家を困らせていたのは事実だが、他は完全なデタラメで埋め尽くされていた。
そして、一面の最後に不吉な一文を見つける。
『加えて女癖も悪い。その証拠を我々は抑えた』
妙な胸騒ぎとともにページをめくると、『歴代最強の《七星剣王》と交際していた!!』とドでかいフォントで見出しされた、言ノ葉さんが玄関先まで僕を見送っている写真がこれまた大きく紙面を占めていた。
他にも学園近くのモールで食事を取っているところや夜道を二人で歩いている写真を添えて、破軍学園の学生たちの目撃情報やコメントすら載せられていた。
これらを踏まえて僕らが非常に親密な関係まで発展していると断定した上で、僕がステラに浮気をした最低の不埒者であるとこれでもかと書き下ろされている。
……悪い予想が当たってしまった。本当に去年から張り付かれていたのだ。
タチが悪いところは僕に関する情報以外は
僕のことは実家である黒鉄家自らが提示していることから疑われることがない。
それを良いことに勝手な解釈と決め付けで話を繋ぎ合わせているせいで表面上の筋は通ってしまっている。
新聞を読むだけの一般人が容易に信じるように意図的な印象操作を施しているのだ。
僕個人を貶めるためだけに作られた新聞。それも世論を巻き込んで叩く徹底ぶり。
誰がやったのか、確かめるまでもない。
恐ろしいまでの執着心に開いた口が塞がらない。人の悪意はここまで醜悪になれるものなのか。
「んっふっふ。昔からあなたには手を焼かされましたが、まさかここまでの事態を引き起こしてくれるとは。あなたのダメさ加減を甘ぁく見ていた我々にも非があるとはいえ、限度というものがあるでしょうに」
追い討ちをかけるような赤座さんの言葉が右から左に流れる。
そんな戯言に耳を貸している余裕がなかった。新聞を覗き込んでいる他のみんなの反応を気にする余裕もなかった。
穴が空くほど紙面を見て、何度も何度も読み直し、これが本当に世に出回ったことを確認し。
──僕は、新聞を思い切り破り捨てた。
「おーおー、怖い怖い。これだから不良は困りますねぇ。物に当たるなという教育すらも忘れているとみえる」
剽軽に振る舞う赤座さんを無視し、僕は努めて静かに問い掛ける。
「……言ったのは、誰だ」
「はい?」
「これを『不祥事』だと言ったのは、誰だと聞いている」
兎丸さんあたりが小さく悲鳴を上げた。
自分がこんなに低い声を出せるとは思えなかった。
「さぁて、誰でしょうねぇ?私には皆目見当──」
「父さんだな。父さんが、『不祥事』にしろと、言ったんだな」
「……はてさて。何のことやら」
そう言い帽子を被り直した赤座さんの後に続く言葉はなかった。
束の間に訪れた沈黙の中、僕は頭の中で暴れ狂う怒りを押さえつけるのに必死だった。
僕を貶めるのは、まだ許せる。
確かに僕は黒鉄家の子として相応しくなく、彼らにとって僕がいかに不都合な存在なのか自覚しているから。
煙たがられ、拒絶され、貶められるのも、まだ納得できる。
けど、けれど。
僕に思いを寄せてくれた二人を巻き込んだことが許さなかった。
彼女たちの好意を、善意を。僕を貶すためだけに踏みにじって、思いを寄せたことを『不祥事』に仕立て上げた奴らが堪らなく憎い。
そして、彼女たちを傷つける原因となった自分が、何よりも憎かった。
「イッキ……」
消え入りそうな声で僕を呼んだのはステラだった。
いつもの溌溂とした笑みは失われ、自責の念で端整な顔が歪み目から涙が溢れていた。
彼女が何を言おうとしているか容易に察せられた。
「アタシの勝手のせいで──」
「違う。君は悪くない。君は何も間違ってなんかいないんだ」
僕の在り方が好きだと言ってくれたステラに、好きになったのが間違いだったなんて言わせたくない。僕が貶されているのは彼女のせいなんかじゃないのだから。
誰かを好きになるのに間違いもクソもあるものか。ましてや初めてのキスを捧げても良いと思えるような相手に好意を寄せるのが間違っているなんておかしいに決まっている。
……そう思わせてしまっているのが自分なのだと思うと胸が張り裂けそうだ。
突然の事態に置いてけぼりを食らっている生徒会のみんなも薄々何が起こっているのか飲み込めてきたらしく、残りの一人に目線が集まった。
しかし、その瞬間に誰もが後ずさった。
無表情で破り捨てられた新聞紙を見下ろす言ノ葉さんは、その目にも一切の感情を浮かべていなかった。
怒りも、悲しみも、一切。身じろぎひとつせず、ただ見下ろす様は赤座さんですら顔を引きつらせた。
全く色のない表情というものがこんなにも不気味だとは思わなかった。
けれど、おかげで少し冷静になれた。それに似た表情を僕は一度だけ見たことがあったからだ。
桐原君に過去を馬鹿にされたと言っていたとき、まさにこの表情をしていた。
彼女は怒っている。それも尋常じゃないくらいに怒っている。
それが僕への思いが本物であることを如実に語っていた。
……彼女の思いに、僕も応えなくてはならない。ステラの思いは正しいと証明しなければならない。
思いを寄せてくれた人たちに応えられるような人になるために、これは避けては通れぬ道だ。今まで逃げてきたモノに顔を向ける時が来た。蓋を出来る時期は、もう過ぎたのだ。
「赤座さんが自ら出向いたということは、よほど緊急に倫理委員会が僕を招集しているんですよね」
「え、ええ。この一報を受けて一輝クンの騎士としての資質を疑問視する声が連盟から強く上がっていましてねぇ。今回の一件について査問会を行い、あなたの資質を総合的な観点から再検証しますぅ」
「適性がないようならば連盟からの除名を申請する……。おおかたそんなところでしょう」
「話が早くてとぉても助かりますぅ。もちろん来ていただけますよねぇ?」
調子を取り戻した赤座さんが嫌味たっぷりに聞いてくる。
そんな挑発がなくとも、僕の意思は最初から決まっている。
「行きます」
短く応え、生徒会のみんなに向き直る。
「お騒がせしました。急用が出来てしまったので僕はこれで失礼します」
「は、はい。それは構わないのですが……大丈夫なんですか?」
ただならぬ悪意を目の前にした東堂さんは遠慮がちに聞いた。
「僕は大丈夫です。が、学校に戻るステラと言ノ葉さんが心配です。どうかよろしくお願いします」
一番の被害者は彼女たちだ。何の罪もないにも関わらず大人の勝手な事情で辱しめられたのだから。学校に戻ればさまざまな目に晒されることになるだろう。
意図を汲み取ってくれた東堂さんが力強く頷いてくれた。
「ではさっさと行きますよ。山奥は蚊がうるさくてかないませんからねぇ」
黒鉄家の悪意に向き直り、固く決意する。
必ず彼女たちに被せた汚名を雪がせると。これからのためにも僕も然るべきけじめをつけると。