銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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25話

 昨年の七星剣武祭ベスト4・東堂刀華を撃ち破ったことにより晴れて代表生の座を獲得した黒鉄君は、その功績を称えられ新宮寺さんから代表生のリーダーに任命され、誉ある破軍の旗印を託された。

 式場は満場一致の喝采に包まれたことが示すように、もう黒鉄君を蔑む者は誰一人としていなくなった。

 胸を張って壇上に立つ黒鉄君の姿が、去年の惨状と見違えるようでとても誇らしく感じる。

 

 さて、代表選抜戦の興奮も冷めやらぬところですぐに夏休みに突入するわけなのだが、

 

「えっ、言ノ葉さん合宿来ないの?」

「うん。ちょっと迷ったんだけどね。今回はパスするよ」

 

 ボクの返答に「そっか……」と残念そうに声を沈めた黒鉄君。

 そう、息をつく暇もなく代表生の強化合宿が始まるのだ。

 代表生でないボクがなぜ行くか行かないかの話をしているのかというと、生徒会の方から特別コーチとして参加してくれないかと打診があったからだ。

 なんでも代表生の中にボクと同じ銃使いの子がいるらしく、その子の面倒を見てやってくれないかとのことだ。

 ボクとしては、本来ならば合宿に行ってしまいしばらく出来ないはずの黒鉄君との手合わせが出来るし、そのついでなら良いかなと思っているのだが、今年は遠慮しておいた。

 

「去年何だかんだ実家に帰らなかったから今年は顔を出そうと思ってたんだ」

 

 夏休みは合宿に行って、帰ってきても黒鉄君と訓練してたし、年末もずっと一緒にいたから帰る暇がなかった。

 まぁ、帰ろうと思えばいつでも帰れたんだけど、その時間がもったいなくてつい後回しにしてしまったのだ。

 あとこれは言わないが、例の新聞騒ぎで両親にすごい迷惑をかけた手前、様子を見ておきたい気持ちが強い。

 そんなわけで誘いは丁重にお断りしたのだった。

 

「本人がそう言ってるんですし放っておけばいいんです」

「珠雫、言い方キツイよ」

「あはは……」

 

 黒鉄君のフォローに面白くなさそうにする珠雫さんはジロリとボクを一瞥する。

 あの件以来、どうも珠雫さんの目の敵にされてる節がある。こういった黒鉄兄妹のやりとりは最近よく起こるようになった。

 自覚がないわけじゃない。人の頭を引っ叩いた上に偉そうに講釈垂れれば、そりゃ嫌われるわけで。

 

「お兄様もお兄様です。仮にこの人が合宿に参加しても相手になる人がいなくてお兄様専属コーチに落ち着くのが目に見えてます。それじゃいつもと変わらないじゃないですか。何のために合宿に行くんですか」

「ごもっともで……」

 

 とまぁ、こんな感じにボクへの当たりが強いことが多い。だけどこれはこれで良いことなんじゃないかなと思う。

 前までの珠雫さんはボクとどこか一線を引くような接し方をしていたから、こうして本心を見せているのは彼女の中で何かが吹っ切れた証拠なのかもしれない。

 少なくともあの時の卑屈な態度よりよっぽど前向きだ。

 

「あたしが言うのもアレだけど、ごめんなさいね綴ちゃん。合宿に行けないから気が立ってるのよ。許してあげて」

「気にしてないよ。いつもの珠雫さんと言えばそうだし」

 

 そう言うとアリスさんはひっそりと笑った。

 あまり取り沙汰にされていないが、こうしてひょっこりしているアリスさんも見事代表生入りを果たしている。つまり選抜戦を無敗で切り抜けた猛者ということだ。

 今年は一年生の代表生が多いということで結構話題になっている。まぁ、専ら黒鉄君とステラさんのことなんだけど。

 ちょっとアリスさんが不憫だけど本人は全然気にしてないみたいで、そもそも選抜戦に参加したのも成り行きらしく、「なれちゃったから」というめっちゃアバウトな理由で代表生の席を取ってたりする。

 本人によれば対戦カードの運が良かったらしいが、さすがに何十戦も行う選抜戦を運だけで切り抜けるのは無理がある。ちゃっかりしてるけど、この人の底は意外と深いんだなと思わされた。

 

「そうよ。アタシにはもっとキツイんだから。ツヅリさんも覚悟しておいた方がいいわよ」

「それは黒鉄君を狙ってるからじゃないかな……」

「ツヅリさんもそのクチじゃないの?」

「違うよ。そうだったらとっくに刺されてる」

「ふーん。まぁアレも慣れれば可愛いものよ。時々イラッてするケド」

 

 そんな注目の新星のステラさんは例の件が片付いて清々しているのか、晴れ晴れとした表情で過ごしている。ボクより周りの目が鬱陶しかっただろうから気持ちいいものだろう。

 逆に言えば、もう周りに憚ることなく黒鉄君に近づけるということで。

 

「皇女ともあろう方が陰口だなんて、良い趣味してますね?」

「ほら始まった。今日はどんな言葉が飛び出すのやら」

 

 今日も今日とて珠雫さんの口から毒が迸る。割とえげつないことも言ってるから、聞いてる身としてはよくまぁ本気の喧嘩に発展しないものだと感心させられる。

 二人のじゃれ合い? がいち段落つくと良い感じの時間になっており、明日の帰省の準備があるボクは席を立った。

 

「それじゃ、一足先に帰ろうかな。みんな合宿楽しんできなよ」

「私は行けませんけどね」

「珠雫の分も楽しんでくるわよ。じゃあね」

「ツヅリさんも元気でね!」

 

 それぞれの挨拶に手を振って応えると、すっと横から手が伸びてくる。

 

「帰ってきたらまた訓練やろうね」

「もちろん。楽しみにしてる」

 

 伸ばされた黒鉄君の手をパンと叩いて、その場を後にした。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 一年ぶりに見る玄関を前にして、その横手にある中庭に目をやる。

 背の低い芝生が生え揃う中、一部だけ不自然に禿げてしまっている場所がある。毎日踏まれて固まってしまったものだ。

 スーツケースの中から的を取り出してそこに立ち、頭の中にある光景と寸分違わず同じになるように設置した。

 

「学校も良いけど、やっぱりこっちの方がしっくりくるな」

 

 十数年間立ってきた場所は習慣を思い出させるのか、自然とボクに射撃欲を掻き立てる。

 

「ちょっと撃っていこうか」

 

 思い立てばすぐにいつも通り両手をぶら下げて両目を閉じる。踏みしめられ形がついてる地面と靴がぴったり噛み合い、気が頭の真ん中に集まる感覚を覚える。そしてゆっくり目を開けて、一気に腕を閃かせる。

 毎日やっていることなのに久しぶりな感覚があることが面白く、夢中になって繰り返していると、

 

「やっぱり帰ってたのか。おかえり、綴」

 

 後ろから声をかけられ、そちらに意識を戻すとスーツの父さんが玄関に立っていた。

 上を見るまでもなく暗くなっていて、結構な時間撃っていたことに気づく。

 

「ただいま。父さんもおかえり」

「ただいま」

 

 玄関に放りっぱなしだったボクのスーツケースをからころと引っ張ってきて縁側に座った父さんは、いつの間にか置いてあった盆の上の麦茶を差し出した。

 

「水分補給はしっかりね」

「ありがとう」

 

 だいぶ緩くなっている麦茶を飲みながら父さんを盗み見る。

 黒一色だった髪に白髪がちらりと交ざっていた。顔色は記憶にある通りだから疲れは取れているようだ。

 ひとまず安心していると、父さんから唐突に言葉を投げかけられる。

 

「綴、詩織さんに挨拶した?」

「……まだです」

「だろうねぇ。これに気づいてなさそうだったもんね」

 

 そう言って盆から一枚の裏紙をボクの前に晒した。暗くなる前に家に入りなさいという母さんの置き手紙だった。

 

「いつものことだから詩織さんも気にしてないでしょ。もう少しやってく?」

「いや、また後にするよ」

「そうかい。ご飯の用意も出来てるだろうし、学校の話聞かせてよ」

 

 そうして家に入り、母さんに呆れられながら着替えを済ませて食卓に着く。

 全員揃って頂きますを言ったところで母さんから話を切り出した。

 

「学校楽しい?」

「うん」

「授業サボってたりしない?」

「しないよ。ちゃんと出てる」

 

 それを聞いて母さんは安心したようにため息を一つついた。

 ボクが去年授業をサボっていたことは母さんたちも知っていることだ。自宅に成績通知表が送られるんだから当たり前だ。

 黒鉄君を排斥してた授業、つまり実技の授業は出席日数の不足で全部落第という悲惨な成績に母さんから速攻電話がかかってきたのをよく覚えてる。

 去年は特別待遇で単位を持ってたという話を母さんたちは知らなかったらしいのだが、それを踏まえて訳を話してもこっぴどく怒られたものだ。

 

「黒鉄一輝君、だっけ。彼ともあれから仲良くできてるのかい?」

「まぁね。いつも通りだよ」

 

 黒鉄君のことについても捏造報道の時に一悶着あった。

 彼と全く面識のない父さんたちにとって例の忌々しい新聞に載ってる情報が第一印象な訳で、父さんはすんなり理解してくれたけど、母さんにはそれはもうしつこく追及された。

 

「彼とすごく気が合うんだろう? 大事にしなよ」

「わかってるって」

「でも本当に良かったよ。あの時以来誰とも関わってなかったみたいだからね」

 

 たぶん銃を極めると言った時のことだ。

 その日から学校の友達と全然遊ばなくなったし、学校にいる間もだいたい頭の中で射撃の練習してたりで、友達らしい友達がいなかった気がする。

 ボクの興味あることと他のみんなが興味あることが悉くズレていたから会話がイマイチ弾まなかったし、それだったら射的してた方が良くない? って感じで過ごしてた。

 ……当時は全く気にしてなかったけど、今思うとボクってかなり浮いてたのかな……。今は普通だと思うし、なんだっていいだろう。

 

「そういえば今年は七星剣武祭に出ないんだね。何かあったの?」

「あれ、言ってなかったけ。ボク運営から出禁食らって出場出来ないの」

「え。初耳だけど。出禁って何やらかしたんだ……?」

「何もしてないよ。ボクの戦い方はテレビの見栄えが悪くなるからやめてほしいんだって」

「あー……。たぶんアレだろ? 綴の得意な早撃ち」

「そう。今年はステラさんも参戦するからって理由で出禁になった」

「酷い話だなぁ……。まぁ、親の僕が言うのはダメだと思うけど、確かにテレビで観ててもよくわからなかったからなぁ……」

「スタートの合図が出たら相手から血が吹き出て倒れるだけだったものね。母さんも何か凄いことしてるんだなぁって観てたわ」

 

 ボクの早撃ちを間近で見てきた両親ですらコレなのだから他の人たちは言わずもがな、か。全力出したら意味わかんないので出てこないでくださいって言われるの、ほんと悲しくなってくる。

 

「僕も残念だと思うけど、綴はもうすでに頂点に輝いてるんだし、国からも《魔人》として認められるほど凄い実力を持ってるんだから《七星剣王》くらい譲ってあげていいんじゃないかな」

「ちぇー。黒鉄君と決着つけるの楽しみにしてたのに」

「彼、そんなに強いの?」

「強いよ。ボクも能力使わないと勝てる確証がないくらい」

「へぇ。友達でもあってライバルでもあるのか。同い年で綴にそこまで言わせられる人はそうそういないでしょ。良い巡り合わせだね。西京さんと滝沢さんを思い出すよ」

「ん? 寧音? あと滝沢さんって?」

「あぁ、今は新宮寺さんなんだっけ。滝沢は旧名で、君のとこの理事長やってる方だよ」

 

 新宮寺さんって滝沢黒乃って名前だったんだ。何か新鮮。

 でも何で二人なんだ? KoK選手同士の知り合いだったって紹介だったはずなんだけど。

 

「二人は学生時代七星剣武祭で頂点を争っててね。東の滝沢西の西京なんて言われてたよ。当時二人に敵う選手がいなかったからその時の七星剣武祭は実質二人の雌雄を決するための舞台になってたんだ」

「学生時代からの付き合いだったんだ……。道理で仲が良いわけだ」

 

 だいたい寧音が仕事をすっぽかして新宮寺さんがイラつくって関係なんだけどね。

 あんなチャランポランと縁を切らないあたり、新宮寺さんも寧音に信頼を寄せてるのかもしれない。信用はしてないだろうけど。

 

「そりゃあ暴れまくってすごいことになってたけど、でもそういうのってお互いに実力が拮抗してたから出来たんじゃないかなって。 やっぱり何かを極めようとすると競争相手がいないとどうしても頭打ちになっちゃうものだと思うんだよ」

「……そうなの?」

「そうだと思うよ。だから君は本当に恵まれてる。君の全力を受け止められられる人が同じ世代で、しかも友達なんだからね」

 

 黒鉄君がいるからこそ極められる、かぁ。今のところボクが頭一つ越してるからイマイチ実感がないけど、いつか彼がボクと肩を並べられるようになったらわかるようになるのかな。

 

「まぁ、今年は出れなくても来年は出れるかもしれないんだから、あまり気を落とさないようにね」

「うん。そうする」

 

 口では返事したが、あんまし期待せずにしておこう。

 

 それからしばらく他愛ない世間話をしてその日を終えた。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 帰省から数日経ち、のんびりした休暇を満喫していたある日の夕方。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい。今日は少し早かったのね」

 

 玄関から聞こえる両親の話し声をバックに汗まみれの服を着替えたボクは廊下に出た。

 ボクも挨拶をしようと父さんの顔を見た、その時だった。

 

 父さんの耳や鼻や口から、ほんの微かな煌めきを放つ糸が伸びていた。

 その現象を過去に二度見たことがあった。

 

 なぜ、という言葉だけが浮かぶ思考の空隙を制したのは父の声だった。

 

「今回は本気で隠したのにショックだなぁ。顕微鏡くらいじゃないと見えないはずなんだけど、キミの眼はどうなってるの?」

「……え? あなた、何を……」

「母さん! すぐこっちに来て!」

 

 ボクの声も虚しく、父さんの腕が一瞬で母さんの首に巻きつき、悲鳴も出せないほどキツく締め上げた。

 

「動かないほうがいいよ。怪しい動きをすればキミの大事な人と二度と口がきけなくなるよ」

 

 父の声帯から出たとは思えないほど邪悪な気配を漂わせた口調がボクの神経を逆なでし、頭の奥を冷んやりとさせる。

 糸を断ち切ろうにも母さんの体が射線を遮っており、コイツの下衆さに思わず舌打ちした。

 

「……身内に手を出せばどうなるか、月影から聞かされてなかったのか? 平賀」

「そう怒らないでよぉ〜。ボクはただのメッセンジャーなんだからさぁ」

 

 急速に意識が冴えていくのを感じながら、父さんの体を操るクズを睨みつけた。

 


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