銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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29話

 七星剣武祭の舞台となる大阪にて。

 

「────ぁん?」

「どうした」

 

 ある魔人がその意志で運命を貫き通した時、《夜叉姫》西京寧音は顔を上げた。

 奇しくも《傀儡王》と全く同じリアクションを同時にした。綴に異変があったことに勘付いたためだ。

 

「クソが! 遂に来やがったのかよッ!」

「おい寧音! どうしたと聞いている!」

 

 共にいた黒乃の呼びかけを無視し、寧音はジェット機のような勢いで飛び去っていった。

 魔力放出と『重力』を操る能力を併用したジャンプは容易くアスファルト道路をグチャグチャに踏み砕き、突如起こった轟音と破壊の瞬間に道行く人たちが目をまん丸にしてその光景を見ていた。

 それをやった張本人はすでに遥か彼方へ行ってしまっているので、ひとまず謝罪を述べながら自身の能力で壊れた道路を修復した黒乃は溜息を吐いた。

 この手の奇行は今に始まったことではないが、今回は少し違うようであった。

 

「尋常な様子ではなかったな。アイツがあそこまで慌てること……綴か!」

 

 遂に来たと言っていたことから、()()()()()()()()()()()()()……恐らく魔人の襲撃に遭っているらしい。

 そうと分かれば自分も直ちに駆けつけようとするが、肝心の綴の居場所がわからない。

 少なくとも合宿には参加していなかったはずなので寮か自宅のいずれかだ。しかし仮に寮で襲われていた場合、破軍学園に常駐している警備員や教師陣の誰ががその異変に気付き、黒乃に連絡して来るはずだ。

 つまり綴は自宅にいる。

 

「チッ、私たちが側を離れるのを見計らったのか!」

 

 そして少し出遅れながら黒乃も走り始めた。

 

 黒乃の携帯に破軍が暁学園の手に落ちたという報せと世界が大混乱に陥っているという凶報が届くのは、この五分後であった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 わずか十分足らずで綴の自宅に到着した寧音が玄関のドアを蹴破り中に飛び込む。

 

「つづりん大丈夫か!?」

 

 そこには倒れた詠詞を介抱する綴と詩織がいた。騒々しい音とともに乱入してきた不審者が寧音だと分かると、綴はイラついたように顔を顰めた。

 

「人の家の玄関ぶっ壊したヤツが言うセリフじゃないだろ」

「んなもんくーちゃんに直させっから! それより敵は!?」

「もういないよ」

「いないって……倒したってのかい?」

「そう」

 

 綴がぶっきらぼうに返した。

 パッと見たところ傷ついているのは詠詞と詩織だけで、家の内部には血痕や破片など激しく争った痕跡はない。

 お得意の早撃ちで片付けたのだろうが、それならば倒された敵が近くにいないとおかしい。

 しかし周囲の気配を探っても見当たらないし、綴が両親の手当てをしていたということはこの場にはいないということだ。

 ひとまず出遅れたらしいとわかり、居心地悪い心境をごまかす。

 

「……状況を説明してくれ。二人の手当てはうちがやっから」

「出来るの? キミが?」

「怪我とは切っても切れない職業なんだぜ。プロなめんな」

 

 尤も、専ら怪我を負わせる側の人間なのだが。さすがに保険の授業を受けただけの学生に遅れを取るほどではない。

 

「私は大丈夫です。それよりも詠詞さんを……」

 

 青黒い痣に濡れタオルを当てる詩織に促され、気を失っている詠詞の手首に指を添えた。そして指先から波紋状に広がる魔力を周期的に発し始めた。

 

「おい、変なことしてるんじゃないだろうな」

「ただの検査さね。『重力』ってのは突き詰めれば『力』だから、そこんとこ上手く利用すれば健康診断の真似事も出来るんのよ。つづりんも高校生なんだから物理とかその辺の話はわかんだろ」

「高校じゃそこまで詳しく勉強しないよ」

「あっそ。これ時間かかっからその間に何があったか教えてくれ」

 

 綴は露骨に嫌そうにしたが、有無を言わさぬ寧音の表情に、「最初から話すと長くなるけど」と渋々話し始めた。

 

 暁学園のこと。その設立の理由から《連盟》の《魔人》として暁学園に関わらざるを得なかったこと。そこで顔を合わせた暁学園のメンバー・平賀玲泉に興味を持たれたこと。そいつが実は《鋼線使い》の《魔人》で、詠詞を操ってここに乗り込んできたこと。

 

 そして────

 

「殺した」

 

 最後の一言を吐き捨てた。そんな綴をじっと見つめる寧音。

 どこにいるかもわからない本体を、当てずっぽうにぶっ放した一発の銃弾で仕留めたと宣う綴。

 

「そいつは確かなんだな?」

「間違いないよ」

 

 空が青いことのように、論ずるまでもないと言い切った。

 その態度を見て寧音は()()()()()()()()()()と、あり得ないという疑念もろとも呑み込んだ。

 

 時空や運命をも貫き、対象を確実に撃ち抜く。《貫徹》の概念を宿す弾丸ならば、理屈の上では可能なのだろう。

 

 しかしそれがどれほど無茶苦茶な理屈であるか。

 

 まず第一に、明らかに綴の能力限界を超越している。

《貫徹》の弾丸はあらゆるものを貫くように見えて、実際は有限である。

 それは綴が無意識に()()()()()()()()()()()()()()()()と定義付けている《何か》だ。

『なぜ弾丸はリンゴを貫けるのですか?』という疑問をぶつけられた時、回答に窮する者はいないだろう。

 貫けて当たり前の物。貫くことが可能であろう物。そういった現実的な現象、いわば本人が弾丸で撃ち抜ける場面を想像できる現象に《貫徹》の概念は働く。

 本人が何一つ『こうすれば撃ち抜ける』という実感を持っていないのに、どうしてそれを『撃ち抜ける』と思えるだろうか。

 これの最たる例がまさしく話に上がった時空や運命といった、人智の及ばぬ形而上的な物だ。

『弾丸が時空を貫くなんて、リンゴを貫くのと同じように当たり前でしょ』と胸を張って答える人がいるのならば、その人は間違いなくファンダジーな絵本から飛び出てきた不思議ちゃんか、クスリをヤッちまってる人かのどちらかだ。

 あらゆる人間社会に生きていれば抱くはずのない迷信を、人間が息を吸って生きていることと同じレベルで確信しなければ出来ない芸当。

 時空や運命を《貫徹》で貫くというのはそういうことなのだ。

 

 第二に、世界の運命に対し強い主体性を持つという《魔人》の特性はそこまで便利に働くものではない。

 この特性が極まれば、少し殺気を飛ばしただけで相手の死を確定させることも出来るのは事実だ。しかしそれは彼我の間に『相対すれば死の結末は明らかである』と相互に確信するほどの隔絶した実力差がある、という極めて特殊な例に限る。加えて相手は世界の運命に縛られた者であれば抵抗の余地もないのは当然だ。

 先述の内容と被るところがあるが、やはり当人の自覚に大きく左右されるものなのだ。

 一方で今回の件はまるで違う。相手は綴と同じ、意を発するだけで行動に足る因果を結ぶ強制力を持つ《魔人》である。その上、わざわざ綴に接触しに来ていることから自らの脅威になり得ない、完全なる格下だと見ている相手だ。

 姿形はおろか声すらもわからない、どこかにいる誰かを『この一発がソイツの脳天にぶち込まれるのは疑いようのない事実だ』と無意識レベルで確信して、傷一つ付けられるはずがないと確信している《魔人》に一切の抵抗を許さず射殺する。

 もはや何を言ってるのかわからないほど荒唐無稽な過程を経ている。辻褄も何もあったものじゃない、我儘な子供が自分の思い通りにするために捻じ曲げたとしか思えない有様だ。

 

 これらの狂信を、今この場でやったと綴は言うのだ。同じ《魔人》であり何年かの付き合いがある寧音ですら妄言だと思うのだから、綴に喧嘩をふっかけた《魔人》もこんな事態想像だにしなかっただろう。

 

 それでも寧音が綴の言葉を信じたのは、初めて彼女を見たときに感じた危うさが発露したのだと直感したからだ。

 

「つづりん。初めて人を殺した気分はどうだ?」

 

 煽りとしか捉えようのない言い方で尋ねてきた寧音に、綴が容赦なく銃を顕現させ額に突き付けた。

 

「あまりボクをイラつかせるなよ。その軽口が最期の言葉になるぞ」

「こちとらマジで聞いてんだ。まぁ、答えはよぉくわかったよ。口が悪いのは育ちが悪いからでさぁ。勘弁しておくれよ」

 

 寧音はいつの間にか取り出した扇で銃口を払った。そして「これもマジな話なんだけどさ」と何の調子もなく言った。

 

「うちは気持ちよかったけどねぇ。初めて人を殺したとき」

「…………は?」

「自分の感情を、力を、誰に憚ることなく発散する爽快感。自分の力で目の前の不愉快な現実を叩き潰す痛快さ。正直癖になったよ。後悔なんて微塵も感じないくらいにな」

 

 絶句する綴と詩織を隅に寧音は話し続ける。

 

「さっきも言ったろ。育ちが悪かったって。あんたら幸せな家庭とは程遠い、とにかくヒデェ家庭だったよ。そんな抑制ばかりの日々が災いしたんか知らねぇけど、うちの性癖が歪んじまったのさ。ちと前までは性分だと思ってたけど、つづりんを見る感じどうもそうじゃねぇみたいだ」

 

 口に手を当てる詩織を一瞥した。

 

「気に食わねぇクソ親父をぶっ殺したらその一年後にお袋はうちに怯えて雲隠れ。何の枷もなくなったうちは好き放題に生きてこの有様さ。これで胸張って良い人生だって言えるんだからクズの極め付けさぁ」

 

 綴が唾を飲み下した喉に扇をピシリと突き立てた。

 

「今の話聞いてどう思ったよ」

「……キミみたいな人間には死んでもなりたくない」

「なら()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて思うんじゃねぇ。今は最低な気分になるだろうが、それも数が重なりゃ吹き飛んじまうくらい軽いもんになる。特にテメェの場合は鉄砲玉みてぇな素直さが厄介だ。あと数回ヤれば躊躇なんかしなくなるぜ」

「そんなこと────」

「テメェもそうなる。人は何にでも慣れる生き物なんだぜ。先輩の言うことは聞いとけ」

 

 寧音の言葉に言い返せない自分が堪らなく嫌になった。そのバツの悪さに綴が顔を背けるが、寧音は顎を掴んででも振り向かせた。

 

「家族を大切にするのは良いことだ。うちもお袋は好きだったからな。気持ちはすげぇわかる。だが金輪際、何があっても人殺しはすんな。うちみてぇな人間になりたくなけりゃあな」

 

 頭一つ下から見上げてくる童顔から滲み出てくる何かに、綴は初めて寧音の中に大人らしいものを見た気がした。

 ドス黒くて、吐き気を催すくらい邪悪な、普通に生きていたら知ることのなかった世のドン底。そこに頭まで浸かっているからこそ、何も知らずに足を突っ込もうとする自分を止めようとしている。

 寧音のことだから善意か気まぐれか計りかねるが、その言葉は真実であることは目を見ればわかる。

 

「もし殺したくなるくらいウザい奴が出てきたら半殺しにしてうちに引き渡せ。餅は餅屋ってな。テメェの代わりに存分に楽しませてもらっから」

 

 相変わらず一言余計だが、己の汚さを曝け出してまでも訴えてきた言葉は、今までの寧音への軽蔑の念を打ち払った。

 

「……わかったよ。今度からはそうする」

「うちに言っても仕方ねぇだろ。そいつはママさんに言いな」

 

 そう言って寧音は手を外して密かにため息をついた。

 

 綴の危うさとは、まさにこのことだった。

 一度そうと決めたら一生その道を突っ走る無鉄砲さ。霊装は魂を体現するとはよく言ったものだ。

 曲がるなんて器用なこともしないから、一度でも障害物にぶち当たるとRPGの壁に突っかかり続けるかの如く無視して走り続けるだろう。

 真っ直ぐにしか進めないのに先に進めない。そうなれば壁を無理やり壊すか自身が壊れるかの二択になり、結果は今回の件からするとおそらく前者になる。

 オル=ゴールが『人は殺さない』と『オル=ゴールを殺さないと両親を守れない』と『両親を守る』という相反する事象を突き付けた結果、エラーを吐き続けた末に導き出された答えは『両親を脅かす奴は人と見なさいので、殺しても構わない』だったのだから。今回は『両親を脅かす奴は半殺しにする』と決めさせたから良かったものの、もし突き抜けてしまっていたらどうなっていたことやら。

 

 壁がなくなるところまで突き抜けた先は、最初の善良な綴の見る影もなくなった魔性に堕ちているのは目に見えている。

 

 タチが悪いのは、仮に殺人を許容した場合、今回のように狂人でも思い至らないような思考を平然と選択して実行してしまうところにある。

 脳内で現実と全く変わらないクオリティでイメージトレーニングをしようなんて馬鹿げたことを考えて、本当に出来るようにしてしまうほどなのだ。

 

(うちとは違う道を進むとどうなるか見てみたいって気持ちもあるんだけど、こーゆーところが怖くて目を離せないってのが正直なところなんだよなぁ)

 

 両親には申し訳ないが綴は一歩踏み外せば一瞬で凶悪犯罪者になり得る側面を持っているので監視していないと何をしでかすかわかったものじゃない。

 だからこそ、今の『言ノ葉綴』に育て上げた両親を本気で尊敬しているし、死力を尽くして競い合えるライバルを持つ綴の環境を壊したくないとも思っている。

 

 自分の時にも、そんな便利な助っ人が居てくれたら────

 

「あぁもう……ッ! つづりんが絡むとすぐこうなる!! ダッセぇなぁ!!」

 

 ガシガシと力任せに頭を掻き毟る寧音を尻目に、詩織は綴に語りかけた。

 

「綴……。さっき言ってたことは、本当なのね?」

「……うん」

「そう……」

 

 非伐刀者である詩織には今日の出来事すべてが意味不明の非日常で、何がどうなっているのか何一つ理解していないし、頭の中が混乱していて言葉を出すだけでも一苦労するが、娘の言葉だけは根拠のない確信を持って理解できた。

 目の前にいない誰かが綴によって殺されたのだと。

 

 伐刀者に生まれたからには戦いは避けられない定めにあり、《連盟》の魔導騎士は脅迫犯罪者やテロリストといった絶対悪を滅ぼす責務がある。

 長く続けていればいずれは()()()()()()をしなければならない時も来るだろう。しかし実際にそれを経験する伐刀者は意外に多くない。ましてや成人すらしていない少年少女がそんな凶行に及ぶなど……。

 

 だが過ぎ去ってしまったことは仕方ない。今目の前にいるのは恐ろしい殺人者などではなく、傷ついた我が子だ。

 

「私たちを守ってくれてありがとう。苦しかったでしょうに……。あなたが私たちの娘であることを誇りに思うわ。詠詞さんもそう言うわ」

「母さん……」

「でも、撃つ時のあなた、今まで見たことないくらい怖い顔してた。あなたがあんな顔で練習していたらあの時絶対に許してなかった。この意味、わかるわね?」

「うん。もうしない」

「ならいいのよ。大丈夫、こっちにおいで」

 

 優しく抱き寄せられた綴は恐る恐る詩織の背に腕を回した。詩織が背をポンポンと撫でると、綴が堪え切れないように強く抱きしめた。

 

「父さんは操られてただけだから気にしないでね」

「わかってるわ。まだちょっと怖いけど……」

 

 そこで詠詞に視線が向いたところで「あー、仲良いとこ悪いんだけど」と寧音がげんなりした様子で言った。

 

「パパさんの体ざっと調べたけど大丈夫そーね。まぁ、うちそんなに器用じゃねぇから見落としあるかもしんねぇし、心配なら病院行きな。良いとこ紹介してやるよ」

「ありがとうございます……!」

 

 ひらひらと扇子を舞わせてみせた寧音は「さて」と綴に目を向けた。

 

「大体の話はわかった。ヤベェ案件が揃いも揃ってって感じだけど、まずつづりんの安全は確認できたからうちは今から破軍に行って暁学園とかいうヤツをぶっ叩いてくる。腐っても教師って肩書き持っちまってるからな」

「えっ、キミ破軍の教師だったの?」

「そこからかよ。始業式で紹介されてたろ」

「あんまり覚えてないけど、ひとまずキミはいなかったぞ」

「……言われてみりゃサボったような……」

 

 新宮寺さんも大変だなぁと何度目かもわからない同情を抱く綴に、「んなこたぁどうだっていいんだよ」と半ば強引に話を戻した。

 

「んで、つづりんも一緒に来るか? 首相だかに来んなって言われてるみてぇだけど」

「そんな約束知るか……って言いたいところだけど、今は父さんたちの側にいたいから後にするよ。そこにいるかもわからないしね」

「まぁいないと思うぜ。顔を出すのは暁学園が世間に知れ渡ってからだろうしな。あとわかってると思うけど、ウザい奴がいたら?」

「半殺し、でしょ。責任はボクの手で絶対に取らせてやるから寧音は先走らないでよ」

「頼まれてもしねぇよ。国の代表ヤろうと思う方がおかしいだろ」

 

 キミだからやりかねないって言ってるんだけど、と心の中で呟く。綴の中では相変わらず寧音の印象は変わらないのである。

 

「最後に、これが割と重大なことなんだけど、その平賀とか名乗ってた奴の正体に心当たりがある」

「!!」

「つづりんの話通りなら、そいつは《傀儡王》オル=ゴールって奴に違いねぇ」

「有名なの?」

「闇社会の一番深いところに根付いてるバケモンだ。噂によるとコイツに操られてる奴は十万単位で、そのほとんどが何かしらの組織の重鎮らしい」

「……確かにそんなこと言ってた気がする」

 

 怒りで頭が沸騰していたので話半分にしか聞いていなかったが、www(ワールドワイドウェブ)とか何とか言っていたのは記憶している。

 

「オル・ゴールに姉がいて、しかもあのアイリスだってのは初耳だが……そいつは後で確かめりゃいい。とにかく噂が本当なら、今頃世界中の重鎮たちがバタバタ倒れてるはずだ。マジで世界規模の混乱が起こっててもおかしくねぇ。今すぐにでも────」

 

 その時、ピピピっ! と寧音の懐から着信音が鳴り響いた。寧音は「言わんこっちゃねぇや」とぼやきながら電話をスピーカーにして繋いだ。

 

『寧音か!?』

「おう、くーちゃんの愛しの寧音さんだぜぃ」

『ふざけてる場合じゃない!! 今世界中の───!』

「重鎮たちが倒れてるって話だろ? もう知ってんよ。あと破軍が暁学園とやらに襲われてるのもな」

『お前どうしてそれを……。なら話は早いが、言ノ葉は無事だったのか?』

「だってよつづりん」

「え? あ、はい。何とか大丈夫です」

『そうか。安心した。監視役として恥じ入るばかりだが、今そちらに手を回す余裕がない。寧音、頼めるか?』

「そこらへんの話はこっちでまとまってるからだいじょーぶ。こっちが済み次第うちも向かうから精々急いでくれぃ」

『お前にしては随分と物分かりが良いな……いつもそのくらいブツッ!』

 

 寧音はひょんとした顔で終了ボタンを押して懐の中に仕舞い込んだ。綴から刺さるジト目を気にせず「そういうことで」と場を繋いだ。

 

「一応この辺り一帯に地雷仕掛けておくからチンピラくらいなら勝手に始末できるはずだ」

「おい! さらっと物騒なこと言うな!」

「その程度のトラップは二年前からそこらじゅうに張ってあるっての。住民が気付かねぇくらい静かにぶっ殺してくれる優れもんだから安心しな」

 

 そう言うと手のひらから真っ黒な蝶のようなものがワラワラと舞い上がり、玄関から飛び出していった。

 綴が詩織に目線で尋ねると、勢いよく首を横に振ってきたので、本当に住宅街に被害は出ないらしい。

 

「世界の裏側は大混乱に陥ってるだろうから十中八九魔人は来ねぇと思うけど、仮に来たら一分で駆けつけっから何とか持ちこたえてくれな」

「待って」

 

 下駄をたったかと鳴らして駆け足で言い去ろうとしていた寧音は鬱陶しそうに振り向いた。

 

「なんだよ」

「二年前からって言ってたよね。ボクの家を守ってくれてたの」

「……そんなこと言ったっけかな」

 

 いつもの軽口で口を滑らせたようなしなかったような。惚けた口調で嘯く。実際本気で惚けようとした。

 

 言ノ葉家への襲撃はかなりの頻度で行われており、寧音はその全てを粉砕しているのだが、綴に隠しているのはそれが『不特定多数の脅威を消すために、家族以外を人と見なさない』といったとんでもないトリガーになりかねないからだった。

 

 背中に嫌な汗が流れるのを感じる寧音の一方で、綴は真剣なまなざしを向ける。

 

「今回もすぐ飛んできてくれたし、たぶんボクの知らないところでたくさん動いてくれてたんだよね」

「たまたま手が空いてたから顔出しに来ただけだし、実際は出遅れてんだけどな」

「それでもいい。ボクはちょっと世間知らずなところがあるし、父さんと母さんは非伐刀者だからそういう事情に疎いから、寧音みたいなプロに気をかけてもらえるだけでも嬉しいよ」

 

 思考がヤバい方向にシフトしていないのはわかったので一安心する。

 が、今まで軽んじて接してきていた綴の態度が完全に改められていて、それはそれでやり辛さを覚える。

 別に大したことしてねぇんだけど、と内心で首を傾げながら

 

「お代は貰ってるからねぇ。その分の仕事はしねぇとな」

「お代?」

 

 振袖からすっと取り出したのは一枚のハガキだった。それを見た詩織はハッと息を呑んだ。

 

「毎度律儀に送ってこなくていいんだぜ。来なかったから放置しますなんて、さすがのうちもそんな薄情じゃないよ」

「い、いえ! そんなつもりは……!」

「冗談さね。文字を見りゃわかる。いつもありがとうよ。パパさんにもよろしく言っといてな」

 

 それだけ言うと今度こそ寧音は飛んで行ってしまった。

 

「母さん、今のどういうこと?」

「寧音さんは優しい方だということよ。ちょっと奇抜な人だけど、あなたのことを真剣に考えてくださってるわ。もう子供みたいな口を利かずに敬意を払って接しなさい」

「なるべくそうする」

 

 ちゃらんぽらんで頭がおかしくて失礼なヤツであることに変わりはないので敬意を払うことはないが、自分の先輩として信頼するべき人だと思えた。

 黒乃が何だかんだ最後に寧音に頼っているのはこういうところなのかもしれない。

 

 


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