「やっと終わったぁぁ……」
選手村のホテルに戻ったボクは盛大にため息をつきながらベッドに身を埋めた。
まさかインタビューだけで二時間も拘束されるとは思わなかったよ……。海外の報道陣も押しかけてきて大変だった。ガン無視決め込みたかったけど、大会運営の人が逃がしてくれなかったせいで全部捌くハメになった。いったい何カ国来てたんだよまったく……。
それだけ彼らにとっては衝撃的な結果だったんでしょう。歴代最強の七星剣王とか言われたし、事実ボク自身も圧倒しすぎて驚いたくらいだ。
黒鉄君レベルの人として超人、みたいな人がいたらもう少しまともな大会になったと思う。まぁ、あんなデタラメな人がゴロゴロいて堪るかって感じだ。
インタビューのせいで帰りの便は明日に延長となった。一泊余計に泊まるハメになったけれど、運営が負担してくれるらしいから良しとしよう。ここのご飯美味しいし、ベッドも最高だしね。無駄にだだっ広いお陰で部屋で射的も出来る。ここに住んでも良いかもしれない。
ある程度ベッドで疲れを癒したら、早速持って来た的をセットして射的し始める。
あー、やっぱり射的してると落ち着くなー。一種のセラピーになりつつある。人生の三分の二以上は捧げてるだけある。
ほんわかと良い気分になりながら淡々と撃ち込んでいると、チャイムが鳴った。
気持ちよくなってたのに、誰だ邪魔する奴は。無視してやろうと思った時、ドアの外から感じる気配で来訪者がわかってしまったボクは、思わず声を上げてしまった。
「こちらの部屋は現在使われておりません。帰れという声が聞こえましたら、何もせずに直ちにお帰りやがれください」
「相変わらずつれないヤツだなーつづりんは」
「ちょ、なにナチュラルにマスターキー使ってるの」
「細けーこと気にすんなって」
チャリンとわざとらしくマスターキーを見せびらかし、ニヤニヤと笑うこの女は西京寧音。鮮やかな着物を肩が出るほど着崩して片手に扇を持つ合法ロリという特徴てんこ盛りの彼女は、ボクの先輩にあたる人物だ。尤も、ボクはこの人にこれっぽっちも敬意を払ってないけど。
ちなみに、今回の七星剣武祭の解説の席に座っていたのもこの人。「うっはー味気ねー!つづりんマジ味気ねー!」と全世界に発信しているマイクで爆笑しまくり運営を困らせたのもこの人。そのせいで二度と解説に呼ばれないと噂されている。ざまぁみろ。
さっきまでドアの目の前にいたのに、いつの間にかベッドに腰掛け盛大に足を組んでいる。挨拶もなしでこの態度。この人は礼儀というものをご存知でないらしい。
「つづりん部屋でも射的してんのー?ほんと銃しか頭にねーのなぁ」
「キミは南郷さんしか頭にないでしょ」
「ハ、ハァ!?誰があんなジジイを……!」
「顔を赤くしてるから説得力ないよー。そういうのツンデレって言うんでしょ?」
「一度ぶちのめしてやろうか!?」
「お、やってみるかい?前からそのお花畑が広がってそうな頭を撃ち抜いてやりたいって思ってたんだよね」
お互い霊装すら取り出していがみ合ったものの、これは半ば恒例行事と化しているからお互い本気じゃない。
ふんと鼻を鳴らして部屋に備えてあった茶菓子を勝手に摘まみ出すコイツ、この厚顔無恥な態度にしてKoKとかいう世界大会で活躍しているスーパースターらしい。
らしい、というのは破軍学園に入学する直前で初めてニュースやらネットやらといったメディア媒体に触れたボクは、世間で話題になってるニュースとかスポーツとかにほとほと縁がない。合法ロリとかツンデレとかいう言葉も寧音から仕入れた語彙だったりする。
本当に射的しかしてなかったから仕方ないね。それをこの人、初対面で指を指しながら「世間知らずどころの騒ぎじゃねー!いつの時代から来たんだよブハハ!」とかぬかしてきたからな。絶対許さん。
親は超有名人が来訪したことに恐縮しまくってペコペコしてるだけだし。その時から寧音とは反りが合わないのだ。
んで、何でスーパースターが一般人のボクを来訪したかと言うと、ボクが
何言ってんだお前ってなるのもわかる。ボクもそう思った。だけど『総魔力量は増えない』という
一般人から逸般人になっていたらしいボクは、同じ魔人である寧音に、非常に複雑な立場にいるということをざっくりと説明されて破軍学園に入学することとなったのだ。これが特殊な事情の正体。寧音曰く国家機密レベルの事情らしい。
正直に言って魔人って何なのかボク自身もよくわかってない。が、ひとまず魔人になると頑張れば頑張るほど魔力量が増えて、超人的な技術も身につくことはわかってる。
桐原の異能を看破したのもその一環で、『気配を見る』ことで奴が隠れている場所を特定できた。最初は魔人になったときに発現した異能かと思ったけど、寧音が言うには魔人というのはあくまで運命の限界を突破した人のことを言うのであって、異能に目覚めることはないらしい。
運命の限界とか意味のわからんことはさておき、結局その技術はボクが自力で習得したもので《心眼》という武術の一つらしい。射的のしすぎで独自の感覚が鋭くなったから、とかなんとか。
まぁ、難しいことを省けば頑張れば誰でも習得できるものだったということだ。
真に恐ろしいのは、ボクの鍛えられた感覚を以ってしても仕留めることの難しい黒鉄君の身体能力よ。《蜃気狼》で初見殺しされた以外は勝ってるものの、最近は訓練が三十分かかることもザラにあるくらい接戦している。それだけ黒鉄君の技術が人外じみているということだ。
ちなみに、魔人とよばれる人は日本に於いてボクを含め三人しかいないらしい。一応伐刀者なら頑張れば誰でもなれるけれど、その頑張るの基準がすごい厳しいから世界的に見ても滅多にいないとのこと。なんか人としての限界を極め尽くすとか言ってたなぁ。ボク、そんな大それたことしてないんだけど。
話を戻し、魔人として大先輩の寧音はベッドに寝転がりながら菓子を貪る。
「何がともあれ、優勝おめでとさん。歴代最強の七星剣王《沈黙》ちゃん」
「ちょっと待て!それどこで聞いたの!?」
「世界のマスゴミ──おっと、マスコミを舐めちゃあいけねーぜ。奴らはどんな小さなことでも根掘り葉掘り調べてくるからねぇ。学園で通ってる渾名を調べるなんざ朝飯前だぜ」
「う、うわぁ……最悪だ……」
話を聞けばボクの霊装の名前も《ボナンザ》で報道されてるらしい。黒鉄君しか呼んでないはずの名前すら知ってるとか、ちょっと怖すぎる。《沈黙》とか根暗っぽくて嫌だ。素直にやめてほしい。ていうか勝手に二つ名とか付けるのやめろ。
世界の恐ろしさを目の当たりにし戦々恐々とするボクを鼻で笑うように続けた。
「まだつづりんは幸運な方なんだぜ?うちなんて初っ端からスリーサイズばらされたんだからな……」
「うっ……初めてキミに同情するよ」
世界的に大活躍する日本人というだけで話題のネタに十分なのに、見た目が合法ロリなだけにそういう界隈にも通じてしまっているらしい。気持ち悪くなってきたと顔を青ざめさせる寧音。思わずお茶を出してしまうくらいかわいそうだった。
寧音はせり上がってきた吐き気を呑み下すようにお茶を呷った。そして打って変わって真剣な声音で続けた。
「マスゴミに繋がる話なんだけどさ、世界ってやつはお前のことをよく見てる。それこそちょいと調べりゃお前のプライベートなんて丸裸になるくらいだ。いつか話したように、もうお前は一般人じゃねーんだ。いつどこで他国の奴らがちょっかい出してくるかもわからねー」
「またその話かい?もうわかったと何度言えば……」
「わかってねーから何度も言いに来てるんだぜ、つづりん」
ジト目で茶菓子をかじる寧音からじゃっかん目を逸らす。ぶっちゃけ世界の勢力図とか、いつ戦争が起こるかわからないとか言われても、射撃だけで生きてきた一般人のボクが理解できるはずがない。ようやく魔人ってやつを理解し始めたばっかなのに。まぁ、射撃さえ出来れば大体のことはどうでもいいと割り切ってるんだけどさ。
ぶーぶーと不貞腐れるボクに、これ見よがしにため息をついた寧音。
「そんなバカなつづりんのためにうちが一肌脱ぎましたぜ」
「余計な一言入れるな。あともともと脱いでるじゃないか」
「ちゃっかり上手いこと言うねぇ。──お目付役ってことで人を呼んどいた。そろそろ来ると思うんだけど」
タイミングを見計らったように、控えめなノックが鳴った。「開いてるよー」と寧音が返事──部屋主ボクなんだが?──すると、失礼すると断りを入れながら黒服の麗人が入ってきた。
「紹介するよー。うちの同僚のくーちゃんだ」
「もっとマシな紹介はできんのか貴様は……。紹介に預かった新宮寺黒乃だ。よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします」
寧音が呼んだ人なんてろくでもなさそうだと思ったけど、しっかりした人そうで安心した。それに黒のスーツをパリッと着こなしてるのすごくカッコいいし好感持てる。
「どーせつづりんは知らねーと思うから言っとくと、くーちゃんも元KoK選手でブイブイ言わせてた凄腕伐刀者だ。退役しちまったけど、実力の方は折り紙つきさね」
「は、はぁ……。お目付役と聞きましたが、新宮寺さんはボクのボディガードとかするんですか?」
「いや、私は破軍学園の理事長を務めることになった。お目付役と言っても、目の届くところでお前の周りを監視するくらいだ。変に縛ったりすることはないから、安心しろ」
ほっ。よかった。今の生活は結構気に入ってるから、いつも通りの生活を送れるなら文句はない。
しかし今、理事長を務めると言ったよね?それはどういうことなんだろう。尋ねてみると、寧音とは違い、丁寧に教えてくれた。
「近年、日本にある他の騎士学校と比べて破軍学園はいいところが何もない。七星剣武祭も負け続きだったしな。そんな破軍学園を立て直すために私は理事会に呼ばれた。実際の着任は来年からだがな。そのついでと言っては悪いが、お前の監視役を頼まれた訳だ」
「今年はつづりんが優勝しちゃったせいで、くーちゃんの就任が取り消されそうになったんだよねぇ。ま、破軍学園の教育で優勝したわけじゃねーし、文句言われても魔人が関わってることだから国が圧力かけるだろうし、問題なかったろうけどなー」
寧音が蛇足したが、つまり神宮寺さんはあのイカれた学園を変えてくれるということか。
それなら──
「新宮寺さん、失礼を承知で一つお願いがあります」
「つづりん、うちとは態度全然ちげーな」
「寧音は黙ってろ。……それで、お願いとは?」
「はい。理事長に就任した際、どうかろくでもない教師たちを排除してくれませんか」
ボクの願いに神宮寺さんのみならず寧音も驚いたように目を見開いた。
「私の教育方針に従わん輩は徹底的に排除するつもりだったが……そんなに今の破軍学園の教育は酷いのか?」
「酷いなんてものじゃありません。教育者どころか、人としても最低な奴らです。黒鉄君を……伐刀者としてちょっと力が弱いからって学園が生徒に呼びかけてイジメを行うなんて、信じられません」
「……文句なしのクズだな。そのことについては任せてもらおう。着任早々に忙しくなりそうだ」
新宮寺さんが良い人で本当によかった。いくらボクと訓練をしているとは言え、やはり本物のプロの元で教われるならそれに越したことはない。それに黒鉄君はそろそろ報われても良いはずだ。黒鉄君の頑張りを知っているボクが保障する。
安堵のため息を漏らすと、寧音がニヤつきながらボクの脇腹を突く。
「んで、その黒鉄君とやらはつづりんのボーイフレンドなのかなぁ?」
「小学生かキミは。彼はボク以上の頑張り屋さ。そんな彼が不当な扱いを受けていたら見過ごせるはずがないだろう」
真面目に話すと、意外なことに寧音は茶化すことなくあっさりと手を引いた。「黒鉄ねぇ……」と意味深に呟いたけど、黒鉄君のことを知っているのだろうか。
それからいくつか諸連絡を受けた後に解散となった。思わぬ形で黒鉄君への手土産が増えた。良かった良かったとホクホク顔で射的を再開するのだった。
△
「どうだったよくーちゃん。つづりんを見た感想は」
「お前の言う通りだったな。本当に
旧知の仲である二人はホテルのレストランで優雅な夕食を摂っていた。その話題のタネは、去年突如として現れた魔人・綴のことだった。
「経歴や系譜も洗ってみたけど、本当にただの一般人なんだよねぇ、つづりんは。最初の伐刀者ランクは文句なしのFランクだったし、どうしていきなり魔人になれちゃったんだろうねぇ」
「確か中学校卒業直前で魔人になったんだろう?例え言ノ葉が隠れた天才だったとしても、あまりに早熟すぎる」
魔人──それは個人の限界を極め尽くし、なおその先を目指す者のみが到達しうる境地。その個人が習得しうるありとあらゆる強さを身につけ、初めて魔の境地へ入る資格を得るのだ。それをわずか十五年で成し得るというのは、どだい無理な話。《夜叉姫》と、世界の強豪たちを恐怖で震えさせる寧音でさえ、高校三年生の終盤で覚醒したというのに。
しかし、綴は正真正銘の魔人である。それは今回の七星剣武祭で証明したことだ。何せ、黒乃はおろか寧音ですら綴の早撃ちを見切ることはできなかったのだから。
綴が魔人になったと気づいたのは寧音の師匠であり、日本最初の魔人でもある南郷寅次郎だった。
久しぶりに親愛なる師匠とお茶を楽しんでいた寧音だが、突如南郷が「
しかし歩き方や目線のやり方など一般人のように
綴を見た南郷曰く、「あやつにとって、真の意味で銃が全てなんじゃろう」
つまり、綴という個人に秘められた可能性は全て銃のことであり、武術など他の力を極めなくとも──否、極められず、銃すなわち射撃だけを極めれば魔人になれる人物だったということ。
何せ、突如家に押しかけられ「お前は国家にとって核兵器に匹敵するほど重要な戦力だから他国から命を狙われるかもしれないけど、ひとまず騎士学校に通ってこい」と言われても、「射撃できるなら何でもいい」で済ませるような人なのだ。言ノ葉綴という少女は。
普段の態度は良識人のそれだが、やはり根本的には銃のことしか頭にない。それは綴自身がそう考えているのか、はたまた運命という奴がそう定めたのか不明だが、確かに綴は魔人になり得る素質があったのだ。
その事実を知る由もない黒乃は食後のコーヒーを味わいながら続けた。
「だが言ノ葉がまともな奴で安心したよ。魔人ってやつらはどうも頭のネジが外れてる奴が多いからな」
「あ"?テメェ先生のことバカにしたか?したな?したよな?よし殺す」
「南郷先生のことじゃない。お前のことだ馬鹿者が」
魔人になるような人が普通の人の感性を持っている訳がないのだ。それこそ頭のネジの一つや二つ飛ばさないと人は限界にまで至れない。実際、魔人の扉を目の前にした黒乃はそれを確信している。
普段はおちょくることが好きな好々爺に見える南郷も、蓋を開ければとんでもない戦闘狂だったりする。彼は自分のそういうところを弁えて隠しているぶんまだ良心的と言えるが、寧音は隠しもしないのだから手に負えない。それに年遅れのキャラ付けなどしているから輪にかけて酷い。後半に関して口にすると例の事件の再来になるので黒乃は黙っているが。
ともかく、表面上は常識人の綴に好感を寄せる黒乃だったが、手元の資料に目を落とすと気が重そうに息を吐いた。
「黒鉄と聞いてまさかとは思ったが、案の定だったか。道理で理不尽な仕打ちを受けるはずだ」
理解も納得もできんがな、と乱暴にタバコを灰皿に潰す。黒鉄といえば極東の小国だった日本を戦勝国に導いた《大英雄》黒鉄龍馬が有名だ。『サムライ・リョーマ』として世界的にも有名で、日本人なら幼稚園児でも知っていることだろう。
そう、黒鉄一輝はその黒鉄龍馬の系譜に当たる人物だったのだ。あの大英雄の末裔。その言葉の響きだけでどれだけ優秀かと勝手に想像してしまうことだろう。
しかし蓋を開けてみれば世にも珍しいFランクの落ちこぼれ。大方、名家の恥晒しになると考えた黒鉄家が一輝の存在を疎んでいるのだろう。実にくだらない考えである。
理事長に就任した暁にはクズ同然の教師を軒並みクビにし、黒鉄家からのちょっかいも相手にしなければならないらしい。面倒なことだと思うが、無辜の生徒が苦しんでいるのを見て見ぬ振りをするわけにもいかない。それに、綴が気にかけているくらいの人物には興味がある。
楽しくなりそうだと忍び笑いをする黒乃。が、それに水を差すように寧音が口にした。
「少年にご執心のところ悪いんだけどさー」
「ご老人にご執心の奴が何か用か?」
「いい加減そのネタやめろ!……えーっとなんだっけ。あ、そうそう、なるべくつづりんにも気を回してやってね」
頬杖をついて気だるげにそう言った寧音に、首を傾げながら答えた。
「もちろん監視の任を忘れたりしない。……何かあるのか?」
長年の付き合いで、寧音が興味無さげな態度を取りながら忠告してくるときは、大抵それは的中すると知っている。
ただならぬ気配を感じ取った黒乃が質問をすると、寧音はテラスから覗く空をどうでもよさげに見やりながら言った。
「んー……勘かな。近いうちにつづりんに何かが起こる。そんな気がする」
午前は心地の良い晴れだったにも関わらず、気づけば雨が降り出しそうな重い雲が天を覆っていた。