時は流れ、冬は過ぎ去り春がやってきた。
それに伴い、予定通り破軍学園の理事長が新宮寺さんに変わり、『完全な実力主義と徹底した実戦主義』という教育方針を打ち立てたことにより、学園の何もかもが一変した。
まず、大量の教師が入れ替わった。ボクのお願いを聞き届けてくれた上で除名リストを作成したところ、実に半分の教師がヒットしたらしく、それらを問答無用でクビにした新宮寺さん。それだけ黒鉄家の息のかかった連中が跋扈していたということだ。
黒鉄君の家の事情を知った時は世も末だなと呆れ果てたものだが、快刀乱麻を断つ新宮寺さんの辣腕には舌を巻く。
そして授業方針も変わった。今までは実技と座学は半々の割合だったが、新宮寺式になったことによりその割合は七対三に振り分けられた。
将来的に国を守る騎士となる学生騎士たちは実力は勿論のこと教養も付けるべきだと言われている中で、かなり挑戦的な改革を行った破軍学園はそれなりに話題を呼んだらしい。
相変わらずボクは世間と隔絶した生活を送っているので、その手の話は新宮寺さんから愚痴という形で聞いただけで、詳しくは知らない。ひとまず大変だったらしいとだけ。
ちなみに新宮寺さんによってボクの特別待遇──つまり、卒業までに必要な単位をすでに取得しているという奴は取り消された。いくら魔人という特殊な人材でも学生なのだから学生をしろ、とは新宮寺さんの弁。
これについてボクからは何の文句もない。ボクが授業をサボり出したのは授業と教師が気に食わなかったからで、それがなければ小・中学と同じように普通に授業を受けていただろうから、それらが一新された今は真面目に学生をするつもりだ。
毎日が休日のようなものだった生活を取り上げられるのは心苦しいが、実技授業が多くなったのなら射撃できる機会も増えるだろうし「まぁいっか」と割り切った。
最後に、ボクは無事に進級できたものの黒鉄君は留年となった。ボクも出席日数が明らかに足りていなかったけれど定期試験でちゃんと結果を出していたから大目に見られた。一方黒鉄君は定期試験すら受けさせてもらえてなかったから進級できる要素が何もなかったのだ。
……というのが表向きの理由。本当は新宮寺さんが就任する前からすでに留年は確定されており、就任したときにはどうすることもできない状態だったらしい。一年の留年どころか無期留年に処されており、そこから黒鉄君が七星剣武祭で優勝すれば卒業見込みを出せるところまで漕ぎ着けた新宮寺さんマジ優秀。
新宮寺さんは大変不満そうだったが、黒鉄君本人は卒業の目処がたっただけでも万々歳だと喜んでいたので複雑そうな顔を浮かべてた。
他にもちらほら細かい変化もあるけど、そこらへんはザックリと割愛させてもらおう。綺麗な破軍学園になりましたー、という報告でした。
さて、新年明けて清々しい気分で休暇を射撃で満喫していたボクは、新宮寺さんに電話で呼び出されて黒塗りの高級車に乗せられていた。
普通の生活に慣れ親しんでいる者としては非常に落ち着かない。が、それ以上に対面に座る新宮寺さんの顔を直視できない。
「なぁ言ノ葉。私は確かに正装で来いと伝えたはずだが」
「学生服も立派な正装だと思います!」
「あぁ確かにお前の言う通り、学生としては正装だな。だが私はこうも言ったよな?『国賓を護衛する魔導騎士として』とも」
「……ごめんなさい。ボク、正装はおろか私服すら持ってなくて」
観念して白状すると、新宮寺さんは盛大にため息と紫煙を吐き出した。仕方ないじゃないか。中学校も制服だったし、私事で外出することなんてほとんどなかったんだもん。
せめてもの言い訳として口を開く。
「そもそも新宮寺さんにだって非がありますよ。普通国賓の護衛という重大な任務を当日に言い渡します?せめて前日であれば正装の準備くらいはできましたよ」
ボクの反論に新宮寺さんは、うっと言葉を詰まらせた。それからバツの悪そうに早口で返す。
「仕方ないだろう。予定していた騎士が約束を放っぽり出したんだから。急遽呼び出せる奴はお前くらいしかいなかったんだ」
「……ちなみに、その騎士の名前は」
「西京寧音だ」
今度は揃ってため息を吐いた。ボクたちの無益な言い争いはここで終結した。何もかも
今度会ったらあのパッパラパーな頭に一発ぶち込んでやる。そう固く決意したボクは窓から外を見渡す。
空港に着いた車から見えるのは所狭しと並ぶマスコミ関係者たちの姿。
「それにしても、あんなびっしりと出口を塞いじゃって。報道陣はステラ姫を迎え入れるつもりはあるんですかねぇ」
「その出口をこじ開けるのがお前の仕事だ」
うへぇと変な声が漏れる。気が滅入るほどのマスコミ関係者が押しかけているのだ。ボクはマスコミに良い印象なんか持ってないぶん、余計に嫌なんだけど……。勝手に二つ名とか報道したの、今でも根に持ってるからな。
……そう、ボクが駆り出された理由は、今年から海外からはるばる破軍学園に入学してくることになったヴァーミリオン皇国のお姫様を、空港から学園に着くまで護衛することになったからである。
護衛なら新宮寺さん一人で事足りるだろと思ったけど、彼女は学園の理事長として迎えるので歓迎の意志をアピールするためには明確な護衛役を連れる必要があるんだとか。ボクには理解できなかったけど、国同士の付き合い上必要なものらしい。
そんな大事な任務をドタキャンする寧音の神経が疑われる。頭おかしすぎるだろあの合法ロリ。
一発だけじゃ足りなさそうだ。三発くらいぶち込んだ方が良さげである。
愚痴はさておき、魔人なんて大それた肩書きを持つ以前に学生騎士であるボクが何故お仕事をしているのかと言うと、まだまだ未熟と言えど優秀な学生騎士に将来を見据えて仕事を依頼できる制度──特別召集を受けたからだ。
日課である目覚ましの射的を邪魔されてイラついたので無視したかったけど、何かと気をかけてくれる上に黒鉄君の一件で世話になった新宮寺さんからの頼みだったので、渋々引き受けた。その代わり振替休日をもらったからむしろ儲けものである。
けど、年が明けるまでに国のお偉いさんに呼び出されたり、魔導騎士連盟日本支部長に呼び出されたり、色々と忙しいなぁ。最近もまた呼び出し食らったし、そんなに仕事を押し付けないでほしいものだ。
閑話休題。他愛もない雑談をしていると、とうとう噂のお姫様が到着したのか、車の外が騒がしくなってきた。
人の波が渦巻く光景を目の当たりにし目線で本当にいかなきゃダメ?と尋ねると、いかなきゃダメと頷かれた。観念してドアを開けた。
すると人混みの後方にいた記者がボクの登場に気づき声をあげた。それが波紋上に広がり、報道陣の視線がボクの方にも分散する。
『《沈黙》だ!《沈黙》がいるぞ!』
『な、なんだって!?どうしてあの七星剣王がここに……』
『きっとステラ姫の護衛に就いているのよ。あえて学生服を着ているところ、生徒の代表も兼ねてるんだわ』
『学園も本気ってわけだ……思わぬスクープだ』
……なんか色々言われてるけど、極力スルーしつつ道を開けてもらう。ごめんなさーい。失礼しますー。道を開けて頂けますかー?
棒読みでも最低限の礼儀を忘れてはいけない。寧音は良い反面教師である。
思ったよりあっさり道が空き人の海を泳ぎ切った先に、ステラさんはいた。
燃え盛る炎を体現するかのようなウェーブのかかった紅蓮の髪。日本人離れした美しい顔立ちに、自信に満ち溢れたルビーの瞳。本当に絵に描いたような美しいお姫様である。
そして何気なく纏っている魔力の量が尋常じゃない。ボクが歩兵なら、ステラさんは歩く要塞である。さすが常人の三十倍の魔力量を誇る天才。
胡乱げに報道陣に向けていた視線ががっちりと合う。そして何故かその瞳が驚愕で見開かれ、長い足を大股に動かし目の前まで来た皇女はボクの手を取り、
「アナタがツヅリ・コトノハね!会えて嬉しいわ!」
流暢な日本語でとびっきりの笑顔と共にそう言ったのだ。何でボクのこと知ってるんだと思ったら去年の七星剣武祭をライブで視聴していたらしい。
一国のお姫様と言われてボクは鼻にかけた態度をしてそうだと勝手に予想していたけど、どうやらそれは見当違いだったようだ。とても人懐っこそうで、身分の違いを忘れてしまいそう。
本当ならボクも相応の態度で彼女の好意に応えたいところだ。が、今は余計な目がありすぎる。
握ってきている彼女の手をやんわりとほどき、ボクの手に乗せる。いわゆるエスコートの態度である。
「我が国にようこそいらっしゃいました、ステラ皇女。ここからはボクたちが学園にご案内しますので、どうぞこちらに」
貴族と話した経験なんかあるはずもないし、社会人の礼節すら知らないからちょっと不安だったが、ステラ姫の溌剌とした笑みを見るところ正解だったようだ。
『お、王子様だわ……!ボクっ娘王子様だわ!』
『ボクっ娘パワーを全開だッ!』
『つづりんのボクっ娘力は世界一ィ!』
『クレイジーサイコレズ……イイネ……』
外野がやかましすぎるので、さっさと車にお連れすることにした。あと一番最後のヤツは覚えておけよ。
フラッシュの嵐を背負いながらボクたちは逃げるように空港を後にしたのだった。
△
滔々と新宮寺さんに説教される黒鉄君の姿を見て綴は思う。
──どうしてこうなった。
「年頃の男女を一つの部屋に押し込んだ新宮寺さんが悪いんだけどね?」
「なんだ言ノ葉、何か文句でもあるのか?」
「イエナニモ」
説教の飛び火がこっちに移る前に退散したボク。友情より己の安全を真っ先に優先するところを目の当たりにした黒鉄君は愕然と顎を落とした。
許せ黒鉄君、また今度だ。
事件が起きたのはつい先ほど。黒鉄君が寮の自室でステラさんの着替えを覗いたとのこと。犯罪臭が凄まじいが、この話には続きがある。
実は黒鉄君とステラさんはルームメイトだったのだ。新宮寺さんの改革により、ルームメイトも実力の近しい者同士を割り当てることで競争意識を持たせるという名目の下、性別問わず部屋が割り振られた。
その結果男女ペアの部屋がいくつか出来てしまい、それがたまたま黒鉄君とステラさんにも当てはまることだったということだ。
ルームメイトの発表は三日後の新学期初日に行われる予定だった。当然黒鉄君の知る由もなく普段通りの生活を送っていただけであり、ステラさんは手続きやら何やらで早めに来てもらっていたので、ちょうど食い違う形でこの事件は相成った。
哀れ黒鉄君、彼に非は一切ない悲しい事件である。だいたい新宮寺さんのせいである。
ちなみになぜFランクの黒鉄君とAランクのステラさんが同室になったかというと、お互い両極端のせいで実力が拮抗した人がおらず余り物になったらしい。ちょうどいいやと思った新宮寺さん──!?──は二人をくっつけたとさ。ツッコミどころ満載のオチだ。
蛇足に、ボクは今年も一人部屋だった。変に誰かと組み合わせるより一人にしておいた方が有事の際に都合が良いとか何とか。ボクもその方が気楽なので助かる。
だがもしその事情を抜きにしていたら多分ボクと黒鉄君が同室になっていただろう。一年近く同じ釜の飯を突いてきた仲だから今更同室になったところで……いや、結構問題あるな。やっぱ一人部屋が最適解だ。
さて、男なら度量を見せろという新宮寺さんの立派なパワハラで黒鉄君が責任を負うハメになったところで、理事長室のドアが開いた。破軍学園の制服を着たステラさんだ。
黒鉄君に恨みがましい視線を投げかけるその目元は赤く腫れていた。直前まで何をしていたか明白だ。
気まずい沈黙が訪れるかと思ったが、黒鉄君が真っ先に頭を下げたことにより若干だが空気が弛緩した。
黒鉄君はすごいなぁ。ボクだったら理不尽すぎる始末に逆に食ってかかりそうだ。この手の理不尽に慣れてしまったのだろう。涙を禁じ得ない。
完全にボクが空気になりつつ、当事者たちが案外仲よさそうに会話しているのを眺めていると、唐突に新宮寺さんが二人の会話に割り込んだ。
「やれやれ、このままでは平行線を辿るばかりだな。なら二人で模擬戦をやって、勝った方が部屋のルールを決めるんだ。己の運命を剣で切り開くのが騎士道なれば、これに異論を唱える者はいないだろう?」
さも第三者ですよという顔してるけど、半分以上はあなたの不手際が原因なんですよ新宮寺さん。ジト目で見つめるとギロリと睨まれた。くわばらくわばら。
まぁ、ステラさんは国賓という立場にある人であり、入学早々こんな不祥事が起こってしまったらマスコミが寄ってたかってくるに違いない。それが黒鉄君によるものだとなればいよいよ面倒臭いこと山の如し。これからの事務処理を思うとイラつくのはわかる。不祥事の原因は新宮寺さんにあるけど。
売り言葉に買い言葉。頭に血が昇ったステラさんはその提案を承諾した。なんか物のついでみたいに負けたら一生下僕がなんだとか言ってたけど、ヴァーミリオン皇国って奴隷制度とかあるの?ちょっとステラさんが怖くなってきた。
それにしても黒鉄君の模擬戦か。なんだかんだで黒鉄君が誰かと戦うのを見るの、これが初めてじゃないか?今まで銃で相手していたから、黒鉄君の剣術の腕前もよくわかってないし、ちょっと興味が湧いてきた。
もはや他人事として認識し始めていたボクだったが、思わぬ流れ弾が飛んできた。
「が、その前に、黒鉄は言ノ葉とも一戦交えろ」
『……は?』
ボクと黒鉄君の声が重なった。ステラさんも新宮寺さんの発言に疑問を抱いているのか、頭にハテナマークを浮かべていた。
「よく考えろ言ノ葉。お前は、今日一日、ステラ・ヴァーミリオンの護衛に就いていたよな?」
「え、えぇ。そうですね。……あ、まさか」
ボクがそんなバカなと顔で訴えるが、神宮寺さんは無慈悲に判定を下した。
「そう、お前は護衛中のはずのステラ・ヴァーミリオンに襲いかかった不祥事を未然に防げなかった責任がある」
「ま、待ってください!確かにボクはステラさんの護衛をしていましたが、それは空港から学園までの間という話だったじゃないですか!」
「事実はそうでも、世間からはそう見えるんだよ。なまじ空港で目立った真似をしたせいで余計にバイアスがかかるだろうな」
そんなぁ!アドリブにしては上出来の対応だったじゃないか!
ボクの悲鳴は世間に届く前に歪曲されるのだ。
「そういう訳だ。黒鉄と模擬戦をやって、世間にケジメというやつをアピールするしかない」
「うぅ……ごめんよ黒鉄君……」
謂れなき決闘を背負う黒鉄君に申し訳が立たない。しかし黒鉄君はいつもの優しい笑みで許してくれた。
「仕方ないよ言ノ葉さん。決闘二回で丸く収まるなら安いものだよ」
そんな簡単に納得できる黒鉄君聖人すぎでしょ……。ボクが彼の立場なら今日は厄日認定待ったなしだよ。
黒鉄君の懐の広さにうちしがれていると、今まで黙っていたステラさんが口を挟んだ。その顔には、なぜか憤怒が浮かんでいる。
「ちょっとアンタ、安いものってどういうことよ。今アンタが何を言ってるかわかってるの?」
「安いって言葉は不謹慎だったね。ごめん、それは取り消すよ。でも僕がステラさんと言ノ葉さんの模擬戦に勝てばいいんでしょ?」
キョトンとした顔で黒鉄君は言った。
おっ、さらっとボクを挑発してきたな?どれ、その挑発高く買ってやろうじゃないか。
ボクが密かに息巻く反面、ステラさんは怒りの息を吐いた。
「Fランクの!進級すらできないような《落第騎士》が!あの《七星剣王》のツヅリさんはおろか、Aランク騎士のアタシに勝てるはずがないでしょッ!?」
言われてようやく合点した様子を見せた黒鉄君。
まぁ、確かにステラさんから見れば無謀を通り越した無理を、さも可能であると公言するバカのように映るだろう。普通に考えればFランクがAランクに勝つなんて逆立ちしても無理。それが常識。当然の考えである。
何せ、それだけ魔力や異能という才能は理不尽なのだ。何の努力をしなくとも並程度なら圧倒できてしまうほどに。十年に一度の天才と言われるステラさんが一番理解していることだ。
だけど、この黒鉄君に限って言えば、その常識は当てはまらない。
なぜなら──
「ステラさん、先に言っておきますけど、黒鉄君はボクと互角以上に戦える人ですよ」
「……は?ツヅリさん、何を言って……」
文字通り、何を言ってるんだと顔が歪むステラさん。
でも、予め教えてあげないとほぼ確実にステラさんが黒鉄君の永続下僕になるので、そんな甘ったれた考えをしているなら忠告しておかないとかわいそうだ。
そう思って続けようとしたら、新宮寺さんが割った。
「喧嘩は模擬戦の中で存分にできるだろう。もたもたせずに訓練所に行くぞ。騎士たるもの疾くあれってな」
あ、この人、もしかしてこの状況をちょっと楽しんでる?楽しんでるよね?タバコを咥えるフリして口元を隠してるけど、確実に笑ってるよね?
一応これ、国際問題に発展しかねない事態なんですけど……。良くも悪くも、寧音の親友なだけある。
結局ボクの忠告はうやむやになり、ボクたちは訓練所に向かうのだった。