銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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8話

 予想はしていたけど、やっぱり黒鉄君の圧勝だった。

 ボクと黒鉄君の試合を見て慢心を改めたステラさんは最初から異能全開で挑んだ。

 しかし、《一刀修羅》で灼熱の異能をやり過ごし、ステラさんの剣術──皇室剣技というらしい─をあっという間に読みとき、ろくな抵抗すら許さず斬り捨てた。

 ステラさんの莫大な魔力によって編まれたシールドを黒鉄君が突破できるか不安だったものの、《一刀修羅》による状態なら問題なかったようだ。

 

 その後《一刀修羅》は途中で止めることができないからボクが黒鉄君を気絶させて無理やり止め、約束通り再戦してボクが勝った。

 しかし当たりどころが悪く黒鉄君がまたも気絶してしまったので、様子を見に来ていた──本人は下僕だから付き添ってるとよくわからない主張をしていたけど──ステラさんに後を任せてその日は終えた。

 彼女、細い腕に反して凄まじい力の持ち主らしく、スリムなマッチョの黒鉄君を軽々と持ち上げていた。まぁ身の丈ほどある大剣の霊装をぶん回してるから、ある意味当たり前か。

 

 そして入学式当日、黒鉄君のクラスである一年一組の教室が吹っ飛んだ。

 なんでもステラさんと黒鉄君の妹さん──珠雫さんが喧嘩した結果らしい。何やってんだ。

 下された処分は一週間の停学。学年の違う二年生まで広まっているくらいだから、入学早々から話題の尽きぬステラさんである。

 

 ちなみに、約束通り永続下僕になったステラさんだけど、黒鉄君の命令によって普通の友達になったとのこと。

 今まで友達がボクしかいなかった黒鉄君に理解のある友達ができたのは素直に喜ばしいことだ。なにせ去年は友達どころの騒ぎじゃなかったからね。

 今年から黒鉄君の人生は明るいものになる、そんな兆しを感じる入学式だった。

 

 そして数日が経ったある日、黒鉄君に映画を観にいかないかといつもの訓練の後に誘われた。

 ボクは射的して放課後を満喫したかったけれど、よく考えたら黒鉄君から外出の誘いを受けた覚えがなく、なんとなく断るのが惜しい気がしたので乗った。

 が、返事をしたところで私服を持っていないことに気づき、当日に恥をかくくらいならと正直にそのことを話すと、黒鉄君はなら映画を観に行くついでに服も買いに行こうと提案してくれて話がまとまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 

「あたしの目に狂いはなかったわ……綴ちゃん、あなた最高よ!」

「慣れないから何だか恥ずかしいなぁ……。黒鉄君、ボク変じゃない?」

 

 綴たちは学園のすぐ近くにある巨大モールに訪れていた。その中にある全国的に展開している服屋に彼らの姿はあった。

 

 タイツを穿き形の良い脚を引き締め、ショートパンツとニーハイブーツを組み合わせることで更に際立たせ。

 春の季節に合った淡くも明るいチュニックを着た綴は、周りの目を気にするように体を縮こませる。

 

 彼女を前に、一輝はぽかんと口を開けて見つめていた。

 普段見慣れた制服姿が私服に変わるだけで、人とはこうも変わるのかと痛感する。

 

 こう言っては綴に失礼だが、一輝は綴のことを異性として意識したことはほとんどなかった。

 それは彼女のことを本気で尊敬していたからであり、越えるべきライバルでもあり、唯一無二の親友だからでもあるのだが、何よりも特徴的な一人称と白黒はっきりつける明瞭とした性格がどことなく少年らしさを思わせたことが大きい。

 そのため女性として認識してはいるものの、恋愛対象の異性として綴を見たことは一度たりともない。

 

 が、そんな一輝が思わず胸を抑えるほど、コーディネートされた綴は魅力的な異性に見えた。

 

「……ハッ。ごめん言ノ葉さん、見惚れてて聞いてなかった。何て言ったの?」

「っ、もういい!それで十分だよバカ!」

「あらあら照れちゃって。それじゃ次にいってみましょ!」

 

 綴を仕立て上げた有栖院凪──通称アリスは実に楽しげに洋服をピックアップし、堪らず更衣室のカーテンを閉じた綴に渡していく。

 彼は珠雫のルームメイトであり、いわゆるオカマと呼ばれる人種である。それもファッションではなく、本物の男色家。

 動揺されるかと経験則で予想していたアリスだが、彼に会う前に、一輝の過度なシスコン疑惑や珠雫の近親相姦紛いの行動とゴスロリ衣装、と怒涛の勢いで非日常が襲いかかったせいでまともな感覚がぶっ壊れていた綴は、アリスと対面しても逆に普通に対応出来てしまった。

 

 それにより変な先入観なく会話することができた二人はモールに着く頃には仲良くなっており、アリスが綴の私服を選ぶことを申し出たのだった。

 アリスのコーディネートを鑑賞する役は必然的に一輝が担い、今に至る。

 

 嬉々として綴の着替えを待っている一輝の背後では──

 

「イッキィ〜……ッ!!」

「ステラさん、さすがの私から見ても許容量が小さすぎです。どうして胸だけは無駄に大きいのに度量はないんですか」

「うっさい!てかアンタが一番怒りそうなのに、なんで平然としてるのよッ!?」

 

 ステラと珠雫がその様を眺めていた。ステラは嫉妬、珠雫は静観である。

 

 ステラの指摘は尤もだと珠雫は思う。しかしそれはあくまでどこの馬の骨とも知れぬ──それこそステラのような──女が一輝に纏わり付いている場合であって、綴は例外だった。

 兄と再会してから綴の話をよく聞いており、兄にとって綴がどれほど大切な人であるかを認識していたからだ。そして直に見て反応を伺い、珠雫は綴を兄のそばにいるのに相応しい人間だと認めたのだ。

 

 綴は、珠雫では与えることのできない温もりを与えられる人だったのだ。

 ステラのように色目を使うでもなく、珠雫のように家族愛を注ぐ訳でもなく。ただ一輝の友達として、ライバルとして、先人としてあり続ける。

 

 母としての愛情も、妹としての愛情も、恋人としての愛情も珠雫は一輝に与えられると思っている。

 けれど一輝と同じ道を歩むことは珠雫には絶対に出来ないことだった。それを成せる才能も努力もないからだ。

 

 家内部だけの迫害に留まらず、学園にも迫害の手が伸びてきた時、一輝はさぞ苦しかっただろう。家のみならず、社会からも存在を認められなかったと実感したはずだ。

 ある意味最も辛い時の彼を支えてくれた綴には、感謝をしてもしきれない。

 

「言ノ葉さんは良いんですよ。彼女はお兄様には相応しい方ですから」

「ならアタシも良いじゃない!」

「雌豚がよくもぬけぬけと」

「アンタほんとに口が悪いわね……ッ」

 

 青筋を浮かべて睨み合う二人を蚊帳の外に、綴の私服選びは続く。

 

「えっ、これ男っぽいじゃないか!」

「いいじゃない、口調は男の子なんだし」

「これはお父さんのが移っただけだよ!」

「ほら、一輝が待ちわびてるわよ。待たせるのは良くないわ」

「これで変って言われたら撃ち抜くからね!?」

「大丈夫よ。普通に女の子のファッションの一つなんだから」

 

 皇女であるステラを驚嘆させるほどのコーディネートの腕前を持つアリスと、一般のファッショントレンドすら理解していない綴。

 アリスを信じるしかない立場にある綴は、ええいままよとカーテンを開ける。

 

 薄いパーカーにジーンズと本当にひねりっけのないスタイルなのだが、女性成分に偏った中性的な顔と長身のアリスすら驚嘆する美しく長い足を持つ綴が着ると、健気さと美しさが両立するという不思議。

 パーカーを目に見える程度に押し上げる胸や吸い込まれそうになる絶妙なくびれ。ジーンズによって官能的なまでに極まった足。それらが没個性のファッションを別の何かへ昇華させていた。

 

 Yes!とガッツポーズする一輝。

 

「なんで男の格好で喜ぶんだよぉ……!」

「仕方ないじゃないか。言ノ葉さん、違う服を着るたびに見応えある姿になっちゃうんだから」

「綴ちゃんはちょうどいい具合に中性的な顔と良い体をしてるから、何を着てもだいたい似合っちゃうのよねぇ。確かめるために着せてみたけど、恐ろしく違和感ないわ。まぁ女の子だから、一番似合うのは女の子らしい格好だけど!さぁ次はこっちよ」

「まだあるの!?私服ってそんなに買わなきゃダメなの!?」

「女の子はたくさん服を持っているものよ」

 

 本音は着せ替えるのが楽しくなっているだけなのだが。しかし年頃の女子として私服を一つも持っていないというのは致命的なので、この機に最低でも四季にあわせてそれぞれ二着ずつ買わせるつもりである。

 生まれてこの方、己の銃にしか興味がなかったため、小遣いやお年玉も使うことも一切ない。それが幸いし現在の綴のポケットマネーは大変豊かである。

 買った服は郵送してもらうことになりそうだと密かにため息を零す綴。

 

 その後アリスの悪ノリが過激になり、珠雫が着ているようなゴスロリやどこから持ってきたと突っ込みたくなるようなスーツ、果てに水着も着ることになった。

 前半の二つはさすがにスルーしたものの、水着はいつかプールにいくこともあるわよと正論を言われ、渋々購入した綴だった。

 

 綴の着せ替えショーを心いっぱい楽しんだ一輝は、綴の新鮮な姿にご満悦。

 銃以外興味ないと公言するのを憚らない綴の邪魔をするのも悪いかと外出の誘いは控えていたが、意外と付き合いの悪くない人だと今更ながらに知ったので、また見れるなら誘ってみようと決める。

 尤も、あくまで友達の感覚で、だが。

 

 ちなみに、外野の皇女様は一輝の目を奪う綴に激しく対抗心を燃やしており、ゴスロリ妹はそんな皇女様を鬱陶しそうに眺めていたのだった。

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 そんな平和な彼らの日常の裏。

 

『そろそろ時間だ。配置につけ』

 

 一人の男の号令により、目出し帽を被った何人もの不審者がモールのあちこちから湧くように出現した。

 手には銃火器を持ち、中には戦闘服に手榴弾を備えた者もいる。

 

 彼らは《解放軍(リベリオン)》。

 伐刀者を選ばれた新人類と崇め、それ以外を下等種族と位置付ける選民意識の下、現代社会の構造の破壊を目論む、簡単に言えばテロリストだった。

 

 手段を問わず、己の願望のためなら犠牲を出すことも躊躇わない彼らは闇から現れる。

 

「楽園にゴミは不要。ゴミは罪。罪には罰を。ヒヒヒ……掃除の時間だ」

 

 闇から伸びた両手には不気味な光を湛える一対の指輪がはめられていた。


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