銃は剣より強し   作:尼寺捜索

9 / 38
9話

 購入した私服に着替えた綴は、一階のフードコートでアリスに勧められた喫茶店でクレープをいただき、映画の上映まで時間を潰した。

 その時に珠雫の口についたクリームを一輝が拭って食べるという行為をしでかしたために、対抗したステラがサンタクロースの髭のようにクリームを塗りたくるという怪事件があったりしたが、ここでは割愛しよう。

 

 さて、そうこうしているうちに予定の時間が迫り、一行はエスカレーターに乗りながら観る映画を決めていた。

 というのも、珠雫の観ようとしていた映画が『私は妹に恋をした』というR−15恋愛映画であり、タイトルからしてドン引きものだったので却下となったからだ。

 

「恋愛映画を観たいなら『砂漠の女王カルナ』とかいいんじゃない?砂漠の盗賊団に攫われたカルナ姫が若い盗賊リーダーに恋するアニメ映画だって」

「却下です。何が悲しくて氏素性も知れぬチンピラに股を開くビッチを観なくちゃいけないんですか」

「血の繋がった兄と変態映画を観ようとしてた奴に言われたくないわよッ!」

 

 とまぁ、案の定二人は仲良くしているので、一輝はこのグループで一番の常識人である綴に振った。

 

「言ノ葉さんは何か観たいものとかある?」

「うーん……ボク映画自体観たことないからなぁ」

 

 私服を持っていない時点で薄々予想はしていたが、家のテレビすら見ていないだなんて。それくらい射撃に夢中にならないとあの領域には達さないのだろうか。さすが我がライバル。

 おめかしをした綴は少しの間手元のチラシに目を落とし、

 

「あ、銃を使う映画なんてあるんだ。これ面白そうだよ」

「アクション映画だと大体出てくるよ。それで何てタイトルなんだい?」

「『ガンジー怒りの解脱』」

「なにそれすんごい気になる」

 

 炎をバックに上半身半裸の筋肉モリモリマッチョマンの坊主が銃火器を担いで佇む画像が大変インパクトだ。

『許すことは強さの証と言ったな。あれは嘘だ』という煽り文句の酷さが逆に興味をそそる。まともなレビューより、こういったカオスなものの方が話題を呼びやすいのだ。

 

 幸いアクション映画は男女ともに楽しめるジャンルなので、一行の観る映画はそれに決定した。

 アリスが腐女子向けの映画を口惜しそうに眺めていたが、敢え無く無視された。

 

 エスカレーターで三階に着いたとき、一輝がふと思い立った。

 

「ごめんみんな。先にトイレを済ましてくるから、僕のぶんのチケットも買っておいて」

「あら。ならあたしもお供しようかしら」

「ボクも行っておこうかな。二人は?」

「私たちは結構です。チケットを買っておきますので、後でお金渡してください」

「始まる前に戻って来なさいよ」

 

 こうして三人は三階のトイレを目指すことになったのだが──

 

「なんで男子トイレのそばに女子トイレがないのかなぁ」

 

 案内板を見たところ、なぜか女子トイレは男子トイレの反対側にあるらしい。なにを思ってこんな配置にしたのだろうか。

 そこはかとなく邪念が漂う設計に文句を零しながら綴は男子二人とも別れ、履き慣れないブーツを鳴らしながら一人でモールを歩いていた。

 

 すれ違う人たちから視線を投げかけられる中、綴は上映時間に遅れないように早足でトイレに着いた。

 

「そういえば黒鉄君大丈夫かな……」

 

 男色家のアリスと一緒にトイレ。……字面だけでヤバイ雰囲気が醸し出される。

 尤も、アリスは見境のない人ではないことを知っている──ノンケは食わないとか聞いていた──ので、半ば冗談の呟きだ。

 

 しかし、それが別の意味で的中した呟きだったと知ったのは、その直後。

 

 バァンとアクション映画さながらに女子トイレのドアが開いた。

 そんな野蛮な行いをしたのは、アサルトライフルを持ち目出し帽を被った、一目で不審者とわかる男二人組だった。

 ちょうど無人のトイレで用を済ませ手を洗っていた綴と視線が合致し、お互い無言で少し見つめ合う。

 

 そして、

 

『おいおい、コイツはある意味当たり──』

「うるさい」

 

 背の高い方の不審者が何かを言おうとした直後、綴は何の躊躇いもなく二人の不審者の額を撃ち抜いた。

 半ば反射で体に染み付いた早撃ちが出てしまったが、普段の訓練で幻想形態を心がけていたためか、うっかり殺してしまうことはなかった。

 

 まぁ、女子トイレを堂々と覗いてきた不埒な輩の生死なんて、綴は拘らなかったが。

 

 一瞬で無力化された不審者二人が床に崩れ落ち、ガシャガシャと音を立ててアサルトライフルが転がった。

 それを手にとって観察してみると、

 

「うわ、これ本物じゃん」

 

 金属による重い手応え。マガジンに込められた金に輝く弾丸。それらが雄弁にこの者たちがただの不審者ではないことを語っていた。落とした時に暴発しなくてよかった。

 生まれて初めて事件に巻き込まれた綴だが、自分が思った以上に冷静であることを自覚しつつ、倒れた男の身元を改めた。

 

 すると、胸ポケットから無骨なトランシーバーが出てきた。

 つまり、下手人はこの二人のみならず、かなりの数がいると見ていいだろう。

 

 さてどうしようかとトランシーバーを回収しつつ女子トイレを出た綴だったが、

 

「げっ」

「あ」

 

 私服姿の桐原とばったり出くわした。お互いをお互いに嫌っているため、顔を合わせた瞬間に思い切り顔を顰めた。

 

「なんでキミがこんなところにいる」

「それはボクのセリフだ桐原」

 

 桐原はガールフレンド()()とモールに遊びに来ていただけであり、トイレに行ったきり中々帰ってこない女を探していたところだった。

 しかし一年生のときの確執がある手前、当然険悪な空気が漂い始めるが、桐原が綴の持つトランシーバーに目ざとく気づく。

 

「おい、それなんだ」

「女子トイレに転がってる奴から奪った」

 

 あん?と躊躇いなく女子トイレを開けて確かめる桐原。

 無様に気絶して倒れている男二人を見て、尋常ではない状況を悟った。

 

「これはどういうことだ」

「ボクだって知らないよ。今から調べるところ」

 

 すげなく返した綴はさっさと立ち去ろうとするが、桐原はニヤリと邪な笑みを浮かべてその肩を掴んだ。

 

「待てよ言ノ葉。まさか手柄を独り占めしよう、なんて魂胆じゃねぇよなぁ?」

「はぁ?何言ってんのキミ」

 

 肩に乗せられた手を払いのけると、桐原は気にした風もなく言葉を返す。

 

「歴代最強の《七星剣王》様は興味ないだろうけど、こういった事件をボクたち学生騎士が解決すると、学園から報酬が出されるんだよ。臨時召集とか言ったかな」

「はぁ……。で?キミはそれが欲しいの?」

「いいや?キミが貰おうとしてるなら見逃せないだけだ」

 

 普段の桐原を見ている人は驚くだろう。彼は身内に対しては猫を被っているので、ここまであからさまに邪悪な性格を露にすることはない。

 が、今の彼に人目を憚る理由は何もない。ゆえに本性剥き出しで綴に絡みつく。伐刀者としては確かに優秀だが、その事実が彼の自尊心を大いに満たしたせいで、醜い心が肥大化してしまったのである。

 桐原は、態度はでかいが器は小さいという、典型の悪党なのだ。

 

 そんな桐原に心底呆れたため息を零す綴だが、ふとこの場を上手く利用する妙案を思いついた。

 

「よし、キミのそのみみっちくてドブのように汚い正義感に心を打たれたボクは」

「おい」

「キミにチャンスをやろう」

 

 その言葉に、露骨に嫌そうに顔を顰めて両耳に手を当てた桐原。

 ちょうどあの時も同じことを言ったっけ、とどうでもいい思い出を脳裏に浮かべる綴は続けた。

 

「ここにトランシーバーがある」

「ああ」

「これを持っていたのは男だ」

「そうだな」

「ボクは女だ」

「は?」

「また両耳撃ち抜かれたいようだね?……それで、キミは男だろう?」

 

 そこまで言えば綴が何を言おうとしているのか予想はつく。

 トランシーバーで敵の情報を桐原が聴きだす作戦だ。

 しかし、桐原は嘲るように言った。

 

「馬鹿なのか?いや、それはもうとっくに知っていたな。キミは大馬鹿だ。そんなことをしなくとも、もっとクレバーな方法があるだろう」

 

 そう、桐原の言う通り、彼には《狩人の森》という非常に優秀な能力がある。

 試合でも猛威を振るうそれが真価を発揮するのは、まさに現在のような敵にこちらの存在を知られてはならない状況、すなわちスニーキングミッションだ。

 だがそれには一つの条件を満たす必要がある。

 

「まさかキミはこの広いモールを片っ端から探していくつもりなのかい?いくらキミの能力でも効果範囲が足りないし、魔力の無駄だ」

「……」

 

 《狩人の森》は自身をステルス化させる能力だが、あくまで一定範囲内に於いてという前提がある。とてもじゃないがモール全体を範囲指定するのは無理だ。

 わざわざ効果範囲ギリギリまで移動して能力を解除、そして再び発動、なんてことをするのは効率悪いこと甚だしい。いくらCランク騎士の桐原でも、敵が早々に見つからなければ魔力が枯渇する怖れがある。

 

 《狩人の森》を使うべきは、敵の現在地を特定したときだ。

 

 それを手短に説明すれば、地頭は悪くないのだろう、桐原は案外素直に納得した。

 

「それでトランシーバーか」

「そういうこと。事は一刻を争う。一般人に被害が出たら報酬が減るかもしれないよ」

「だからボクはそんなもの──」

「いいから、やれ。二度は言わない」

 

 いい加減に痺れを切らした綴は敢えてわかりやすく自然体を取る。それを見た桐原はコクコクと青ざめた顔で首肯した。

 震える手で操作してトランシーバーを起動した。スピーカーからノイズが流れた。

 

『どうした。もう客の確認は済んだのか?』

 

 敵はこちらを疑っていない。絶好のチャンスだ。

 綴はトランシーバーに顎をしゃくり、はやく答えろと催促する。

 よく考えたら凄まじい無茶振りだなと遅まきながら気づく桐原だった。

 

「あー、悪いんだけど、集合場所忘れちゃってさ」

『はぁ?お前頭大丈夫か?』

 

 敵の反応は尤もである。こんなテロ紛いの事件を起こしている最中に計画を忘れるとか、さすがにバカすぎる。

 青筋を浮かべて口元をひくつかせる桐原だが、敵は呆れのため息を零しながらも答えた。

 

『一階のフードコートだ。頼むぜ、ビショウさんキレさせたら俺たちが殺されちまうんだから』

「あ、あぁ、すまん。すぐ向かう」

 

 切ったのを確認し、重いため息を零す桐原。

 

「よく情報を聴きだした。褒めてあげる」

「ほんとテメェはウザい奴だな……!」

 

 元々この緊急事態にどうでもいいことで突っかかってきた桐原が悪いのだ。ぞんざいな態度になるのも仕方ない。

 メンチを切る桐原を無視して電子生徒手帳に登録されている緊急連絡用の電話番号に連絡を取り、破軍学園理事長の黒乃に事態を報告。

 ちょうど黒乃たちもモールがテロに遭っていることを知ったらしく、捜査しているらしい。

 ひとまず手に入れた情報を共有しつつ、学園外での霊装と能力の使用許可を得た。その前に綴はぶっ放していたが、それは護身として処理される。

 

「人質か……また厄介なことを」

「その中に子猫ちゃんたちがいる。さっさと行くぞ」

「子猫?」

「ボクのガールフレンドさ」

「うぇ。気持ち悪い」

「そろそろ我慢の限界なんだが」

 

 なんだかんだ言いつつ今の状況は忘れていないので、速やかに移動を開始する。

 吹き抜けのど真ん中を突き抜くエスカレーターでは目立つので階段から二階へ降りた時だ。

 

「っと、先に行ってて」

「あぁ?」

 

 ちらりと人影が見えたが、間違いなくテロリストの一員だろう。おそらく二階の客を改めている部隊だ。

 本来なら無視して本陣を叩くべきなのだろうが、もし今見かけた奴らが血迷った奴だとしたら平気で銃を乱射するかもしれない。

 無力化できるなら、するに越したことはない。

 

「いいかい、本陣を見つけたらすぐに倒すんだぞ」

「わかってるよ。さすがに彼女たちを見殺しにはしない」

 

 なんでそういう時に優しさを発揮するのだろうか。あぁ、でもコイツ女を物くらいにしか考えてないから、失うのは惜しいくらいにしか考えてないのか。

 やはり綴の中で、桐原の株は大暴落する定めだった。

 

 さっさと別れて別働隊の消えた角を追うと、四人のテロリストを発見する。

 彼らのうち二人が男子トイレに入り、残りの二人が扉の前に立っている。綴の時のように客を改めているのか、それとも単純に用をたしているのかはわからない。

 

 が、固まってくれているなら好都合だ。

 

 手に銃を顕現させた綴は近くの柱に隠れて、()()()から狙いを定める。物陰から撃っても変わらないのなら、確実に見つからないように撃つ方が良いに決まっている。

 

 目を閉じれば、四つの気配が暗闇から白い輪郭として浮かび上がり、目標の位置を把握する。

 銃を両手で構え、素早く射撃した。

 

 魔弾はなんの抵抗もなく柱を貫き、扉の前にいた男の両肩と両膝を抉る。

 それと並行して隣の男も同じ箇所から血が噴き出す。

 

 ほぼ同時に撃たれた彼らが絶叫をあげると、トイレに入っていた男たちからも悲鳴があがる。

 室内にいた彼らも綴に柱と扉越しに射撃されたことによって、先の二人と同じ運命を辿ったからだ。

 

 魔弾に、対象に当たるまで『あらゆる干渉を受けない』という概念を宿す、概念干渉系の能力。それが綴の()の異能。

 相手がどんな鉄壁を持っていようが、綴が本人を対象に射撃すれば紙くず同然に貫くことができる。

 

 この能力が真価を表すのは、敵が伐刀者の時である。

 霊装は超高密度の魔力塊なので、ダイヤモンド並みの硬度を誇る。これにより滅多に壊れることがないのだが、壊れてしまった時は所有者の意識を断ってしまう。

 その欠点を突き、問答無用で敵本体を撃ってしまえば敵は防ごうと霊装を掲げ、あえなく自滅してくれるだろう。尤も、綴の射撃を防げればの話だが。

 能力で防ごうにもやはり異能で跳ね返されるため、回避するしか逃れるすべはない。

 

 なので敵の自衛する方法が異能頼りであるならば、とんでもない脅威を発揮する。

 ただし一輝のような自身を強化する者に対しては相性が悪いものの、綴の早撃ちと射撃技術の前に躱せるものはいないだろう。今回のように《心眼》を併用すれば、さらに脅威度が増す。

 

 そして銃そのものの異能として、銃弾の威力や射程は込めた魔力に依存するが、実体化させた時は最高威力で撃てばいいので、ヒットは即ち殺害に等しい。

 今回は殺害するわけにはいかないので最大時の五分の一にも満たない魔力を込めたが、それでも拳銃として十分な働きをするのを証明した。

 

 派手な能力ではないが、術者とマッチした優秀な能力と言えるだろう。

 欠点は、あくまで弾に概念を宿すだけで、綴本人には何も影響しないので、自身の防御に関しては一切働かないことだろう。

 そのため、試合のような一対一や今のような奇襲することに於いては最強の能力だが、多対一だったり奇襲を受けることに対してはかなり弱い能力だ。

 

 さて、四肢を破壊され蹲り呻くしかないテロリストたちに近づき、幻想形態で頭を撃ち抜き気絶させた綴は一息つく。

 他にも別働隊がいないとも言い切れないので二階を見て回ろうとエリア中央の吹き抜けに戻ったところで、吹き抜けから飛び降りた一輝を目撃する。

 

 すわ何事かと目を見張った綴だが、一輝の体から青い光が溢れていたのを見て事態を把握する。

 

 一輝の飛び降りた先に、両手に悪趣味な指輪を着けた男が一輝に手を突き出していた。

 それは斬ってくださいと言っているようなものじゃ、と綴が思った時にはその腕は宙を舞っており、男は絶叫をあげた。

 その光景を見てテロリストの間に動揺が走ったのを見ると、斬られた男がリーダー格か。まぁ他の奴らとは違う服装してるし、そりゃそうか。

 

 後は取り巻きを抑え一件落着かと思えば、取り巻きの一人が人質の中年女性に拳銃を突きつけ、事態が一変。

 一輝たちが下手に動けなくなってしまった。

 

 ……が、アイツがステルスの状態で弓を番えたのを見届けた綴は銃をしまい、急いで一階に降りたのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。