師の話をするとしよう。
最初に言っておくが、僕は師の事が大嫌いだ。
夢魔と人間のハーフのせいか、ろくでなしの人でなしだし、人間のふりをした悪魔だとさえ思っている。
僕の相棒の言葉を借りるなら、死ぬべきだと毎日毎秒思っている。
え? 仮にも師匠を相手にその態度はないんじゃないかって?
OK。ならば、見ていてくれ。僕の師匠がどれだけろくでなしなのかを。
「そぉれ!」
「!?」
まぶたを開くと同時に、僕はベッドから飛び降りた。
今まで横になっていた部分に刃が突き刺さる。
「やあ、おはようクモ。朝から元気だね」
「おはようじゃないですよ。くそ師匠」
僕が床に転がる様を見て、愉悦の笑みを浮かべている男を、思いっきり睨み付けてやる。
「やだな。そう怒らないでくれよ。かわいいイタズラだろう?」
「これをイタズラで笑える奴は、あなたぐらいですよ」
ベッドの上に突き刺さっいるのは、この世で最も有名な剣。エクスカリバー。もろに直撃すればかの有名な大英雄ヘラクレスでも6回は死ねるだろう。
「それで、何の用ですか?」
正直眠くて仕方がないんですけど。
「ん、何の事だい?」
「惚けなくてもいいです」
マーリンの機嫌がいい。
こういう時は大抵とんでもない頼み事をしてくるのだ。このくそ師匠は。
「なに、大した事じゃない――」
白々しい前振りをするのはいつものこと。
「よ?」
そして何かを口にする前に、背後からの斬撃に、上半身と下半身を両断されるのもいつもの事だった。
ぼとりと床に、マーリンの身体が落ちる。僕はそれを欠伸混じりに見る。
何度も言うが、『いつもの事』なのだ。だから驚く必要がない。
そんな事よりも、今はマーリンを両断した相棒に挨拶をする事が重要だ。
「おはよう
「おはようございますクモ」
返事がすぐに返ってくる。小鳥のさえずりよりも透明感のある美しい声。
軽い魅了スキル付きの彼女の声は寝起きの頭にも優しいので、僕は好きだった。
「気分はどうですか?」
鎌に付着したマーリンの血を払いながら、アナがきいてきたので、僕は肩をすくめた。
「くそ師匠に起こされたからね、分かるだろう?」
「最悪ですね。分かります」
大抵はアナが起こしてくれるから、いつもは気持ちよく起きられるんだけどね。
「ふむ。それはあれだね? 俗に言うツンデレという奴だろう我が弟子よ?」
「――全然違いますよくそ師匠」
両断されたはずの男の声が聞こえた。
声が聞こえた方を見ると、そこには何事もなかったかのように、ニヤニヤした顔をしているマーリンがいたので、嘆息する。
「やはりさっきのは幻術でしたか」
アナも驚かない。いつもの光景だからだ。アナにとってマーリンの殺害をしようとするのは、朝の挨拶みたいなものだ。
「いや、幻術って分かっていたのに、ぶった切ったのかい君は?」
「日頃の日課ですので。やらないと気持ち悪いです」
「やだこの幼女恐い」
そうだろうか?
「とにかく、朝ごはんにしますので、下に降りてきて下さい」
やはりいつも通りマイペースに告げると、アナは部屋から出ていってしまった。
「さて」
アナも部屋から出ていった事だし――
「二度寝するか」
僕は再びベッドに戻ろうとし――
「……あの、なんで僕のベッドに勝手に入ってるんですか?」
いつの間にか、僕のベッドの上で寝転がっているマーリンに気が付いた。
「ん? いや、折角だから添い寝でもしてあげようかと」
「ぶっ飛ばしますよくそ師匠」
やはりマーリンは死ぬべきです。うん。
「味噌汁の味、大丈夫ですか?」
「うん。ちょうどいいよ」
僕の好みに合わせてくれた味付けは、空腹だけでなく、心まで満たされる気がする。
「うんうん。実においしいねぇ。所でアナ。僕のおかわりはまだかな?」
「なんで当たり前のように座って食べてるんですかマーリン。殺しますよ」
「食材を用意するのは僕なんだから、これぐらいは許して欲しいなぁ」
「……別にここで食べなくていいじゃないですか」
「え。だって面白いだろ? 君達弄るの」
「マーリン。いっぺん、死んでみますか?」
「いやあ、それは勘弁したい! まあ、それはそうと、このプリン美味しいねアナ。お代わりはないのかい?」
」
獲物である鎌を出したアナに対し、マーリンはどこまでもマイペースだ。
しかし、
「あの。それ、クモのデザートなんですけど」
「え?」
これには流石のマーリンも顔を強張らせた。
「代わりのプリンとかは?」
「ないです。それ一つきりです」
「でじま?」
「でじまです」
「あークモ?」
「はい」
「怒る?」
「いいえ」
正直、僕は気にしていませんが……
「さあ、あなたの罪を数えなさい。マーリン」
僕のサーヴァントは、鎌の柄部分につけられた鎖を持ち、ぶんぶんと振り回している。
誰が見ても、やる気満々だ。
「――アナ。結構怒ってたりする?」
「いいえ別に」
「そ、そうかい?」
「はい――」
口の端をアナは吊り上げ、笑みの形を作る。
「ただじわじわとなぶり殺しにしてやるだけです」
「クモ! 君のサーヴァント、どこかの宇宙の帝王みたいなノリになってるんだけど!?」
「僕のサーヴァントの戦闘力は53万ですよ。ヤ●チャ」
「誰がヤムチ●!? せめて、クリ●ンにしてよ! ク●リンに!!」
実際アナは後三回、変身を残しているし。宇宙の帝王さんと似たようなノリである。
最強の地球人さんのように、爆殺されるがいい。
「――ふと思ったんだけどさ」
「はい」
「実は君もプリン食べた事、結構怒ってたりする?」
「(にこり)」
「笑顔が怖いよ!?」
「やっちゃえアナ」
「いいでしょう。今度は木っ端微塵にしてやります。あの地球人のように!!」
「クリリ●のことか―――っ!!!!!」
こうして、朝から壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた。
(変われば変わるものだな)
逃走するマーリンを鬼気迫る顔で追いかけるアナを見て、僕は思い出す。
出会ったばかりの頃のアナを。
『ランサーのクラスで現界しました。真名――――です。よろしくお願いします』
無愛想とまではいかないが、あまり取っ付き易くない性格であったアナ。だが、僕と旅を続ける間に、その性格はいい意味で変わっていった。人間を極度に怖がることもなくなったし、色々なことに積極的に取り組むようになった。料理もその一つだ。
(それに比べて……)
僕は変われているのだろうか?
いや。相棒の変化――成長が眩しく見える時点で、答えなど分かり切っている。
幾らか力はつけた。
だがどうしても――
『愛しているわ■■■』
「クモ?」
「あれ? アナ? マーリンは?」
ぼーっとしていたらしい。いつの間にか、アナが僕の顔を覗き込んでいた。
「幻術と転移を使って逃げやがりました」
必死だな。くそ師匠。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いです」
「あ、うん。大丈夫だよ」
やめよう。
気を紛らわせるように、アナの作ってくれた味噌汁をすすり、一息をつく。
「うん。おいしい」
うちのサーヴァントが作る料理は美味しい。
たとえ、時間が経って冷めてしまっていても。
「さて、今回は君達にちょっと世界を救ってもらいたいんだ」
ほとぼりが冷めた頃に帰って来たマーリンは、食後の紅茶を優雅に飲みながら凄く軽いノリでとんでもない事を言ってきた。
それに対して、僕達の答えはいつも通りだった。
「「またですか」」
もう何度このやり取りを繰り返しただろうか? 少なくとも、数えるのが馬鹿馬鹿しいと思えるぐらいの回数だという事は間違いない。
「二人の冷めた反応に、お兄さんちょっと寂しいなー」
知ったことではない。
「知ったことではありません」
僕とアナの意志疎通は今日も絶好調だ。
「それで? 今回はなんですか?」
「うん。聖杯戦争関連だよ」
となると、やはり
「……今度はなんですか? 月? 聖杯大戦? それとも偽りの聖杯戦争ですか?」
「いや、普通に、冬木市の聖杯戦争さ」
「はあ――」
嬉しいような。悲しいような。何とも言えないな。
「と言ってもまあ、普通とは少し違うけどね」
「?」
どういう事だ?
流石に少しでも情報が欲しいので、質問しようと口を開きかけた僕に、
「じゃあそう言うわけで行ってらっしゃい」
マーリンは問答無用で転移魔術を行使しやがった。
「ちょ、いきなりすぎでしょう!?」
まだなんの準備もしてない。装備すら持ってない!
「いいじゃないか。君たちなら何とかなるって!」
「そんな無責任な!」
いつものことだが!
「あ、あれです! 今日は七時から空手の稽古が――」
「ははは。今日は休みたまえ」
ああ、駄目だ。これはもう、逃げられないパターンだ。
「――アナ」
「はい。マスター。一緒に言いましょう」
色々言いたい事はあるが、その中で僕達が絶対に言わなければならないのは、ただ一つ――――
「「やはりマーリンは死ぬべきです」」
こうして僕たちは、いつも通りアヴァロンから戦場へと駆り出されるのであった。