5月 7日 晴れ
俺氏、熱でダウン……やっちまったぜ。
原因は間違いなく昨日の謎の……いや大体の理由は察してるけどあの暴走のせいだろう。まったく、あんなもの見たら暴走する事なんて分かり切っていた事だろうに。あの人でなしはそんな事も分からないのだろうか。……まあいいや。終わった事だし。
聞いたところによると、イリヤちゃんも熱を出したらしいけど病状が俺より軽いから今日の夜は俺抜きでクラスカードを回収しに行くらしい。AUOも真っ青な慢心振りである。猛反対したのだが「元々これは私達の任務なんだからアンタが無理しなくていいの」と言われては反論も出来なかった。
それに黒化セイバーを俺が倒してしまった事になっているのも余計に心配させる要因になっていた。ちょっとの間、暴走してたし凛ちゃん達は俺が使ってはいけないような変な力を使ったと思っているのだろう。……実際は原作通りイリヤちゃんが倒したみたいだけど。
実際、まだ使い時じゃない力を使ったせいでこんな風にダウンしているわけだし、凛ちゃんの言う通り俺がいなくてもクラスカードを回収出来る事は事実だ。……それに、今の俺はちょっと視えすぎている。アサシンの気配遮断すら見抜ける、と豪語はしないけれどイリヤちゃんに向かってくる不意打ちくらいなら防げるだろう。咄嗟に手が出てしまうかもしれない。流石にここで本筋に影響するような行動はダメだろう。ちょっとかわいそうだけど黒化バーサーカー戦を考えるとイリヤちゃんの暴走は止められないからなあ。黒化してるとはいえヘラクレスだしなぁ……
そんな訳で渋々だが今回は参加しない事になった。せめてえっちゃんだけでもと思ったがここでえっちゃん、まさかのボイコット。「マスターさんが心配、なので」とえっちゃんが言うと凛ちゃん達も呆れた顔でそれを了承していた。
あともう少しで今日のカード回収が始まるだろう。こうして日記を書いておいてなんだけどやっぱり少し心配だ。凛ちゃん達もいるし最悪な事にはならないでほしいものだ。
……それはさておき。今日はえっちゃんからの手厚い看病を受けた。そういえば二ヵ月ほど前の召喚の時も俺が体調を崩して色々してもらったんだっけ。懐かしいなあ。
食後、「こうした方が取りやすいので」とえっちゃんが口に含んで温めたスプーンでアイスクリームを掬い、あーんと差し出してくる。半分くらいえっちゃんが食べてたような気もするけどかわいいから気にしないでおこう。
……幸せだ。こんな安らかな日々があったことを俺は絶対に忘れてはいけない。どうしようもない理不尽から始まったこの旅路だけど、楽しかった事、楽しむ事を忘れた時、俺は真の「虫」になってしまうだろうから。
……少し弱気になってしまっている、かな? ずっとえっちゃんの横に居られればそれで俺は満足なんだけどなぁ……
◇
「はぁ……」
日記を閉じ、小さく溜息を吐いた俺は机の上に置いてあった本を手に取る。
俺が暇を潰せるようにだろう。えっちゃんが「虫の介護なんて、私はしないですからね。……早く、元気になって下さい、マスターさん」と言いながら手渡されたその本は読書が趣味じゃない俺でも名前を知っている物語だった。
「よりにもよってカフカの『変身』か。……釘を刺された気分だよ、ホントにさ」
ベッドに体を預け、栞を挟んだページから本を開く。
『変身』。目が覚めると巨大な毒虫――
本来、喜劇であるはずのこの物語だったが、
「……大丈夫。俺は、まだ人間だ」
気付けば、そんな言葉を口にしていた。
少しだけ胸が苦しくなったが、ちゃんとこの痛みを戒めにしないといけない。昨日の暴走を見て俺の身を案じたからこそ、えっちゃんもわざわざこんな本を持ってきたのだから。
あの姿ではなく、俺が俺でいる事をえっちゃんが望むのならば、それに応えよう。元より、俺に残された道はそれしかない。
……それに、えっちゃんが俺を求めてくれているのは、なんだか嬉しい。この気持ちのためなら俺はどこまでだって頑張れる。そんな気がする。
「……おやすみ」
最後のページまで読み終え、少しの感傷と共に眠りに落ちる。意識が深い心底に落ちていく最中、遥か最果てから声が聞こえた。
『ナチュラルに人の事を虫呼ばわりなんてキミは酷い奴だなぁ』
うっせえ、全ての元凶は引っ込んでろ!
『ハハ、退散退散~』
そんな呑気な言葉と共に、声は聞こえなくなった。
ここ文学少女要素(言い訳)