黒髪少女帝都奇譚 作:黒髪少女
あれは昭和五年の、六月の頃のことだったように思う。
いったいそれがその月の何日であったのか等といったことは、老いて頭もすっかり鈍くなった今となっては思い出すこともできない体たらくなのだが、あの日の事は鮮やかな映像として今も私の頭に焼き付いている。
突き抜けるような青い空。
うねるようにわき立つ大きな入道雲。
雨に濡れた地面と草いきれの匂い──
──昨日までの大雨が嘘のよう。
一息つきたくてその場で足を止めた私は、坂の向こうに見える青空の眩しさを清々しく思い、また苦々しく思いながら。
セーラー服のポケットから取り出したハンカチで額の汗をおさえる。
まだまだ梅雨の季節とばかり思っていたが、どうやら夏は確かに近づいてきているらしい。
芝伊皿子町にある有礼坂。
両脇を私の背よりも高い板塀が囲むこの坂は、昼でもどこか薄暗い。それは板塀の上から頭をもたげた笹の枝葉が道に影を作っているゆえにというだけではなく、充満した空気というか、目に見えぬ雰囲気の暗さがあるように私には思われた。
ところで、この有礼坂だが俗にはこの名前よりも『幽霊坂』という名前での方がよく知られている。
なんとも縁起の悪そうな呼び名ではあると思われるのだが、しかしそれには「さもありなん」という理由があって、この板塀の向うにあるのが寺や墓地だと知れれば誰もが納得するところであろう。
この辺りは、まだ徳川の治世である寛永十二年の頃に江戸城の拡張に伴い八丁堀にあった寺院群二十余りが一挙に移されたという所謂ところの寺町であり、この坂の両側には合わせて八つの寺院が立ち並んでいる。
特に坂の中腹辺りから伸びている忍願寺と南台寺の間を魚籃坂へと抜ける道は、歩いていると片側の崖下に墓石が整然と並んでいるのが嫌でも見渡せて、日も落ちた頃など一人ではとても平静では通り抜け難いものがあるという。
そんなだから。
この冷えたような寂しさのある坂が『幽霊坂』と呼ばれ始めたのは当然の成り行きだったのかもしれない。
私としてはその呼び名、なんとも趣きがあって良いと思うのだが。
しかし、やはりと言うか。近隣に住まう人々としてはどうにも気分の悪いところがあるらしく『幽霊』という字に『勇励』という字を当ててみたり、明治の頃に森有礼文部卿のお屋敷が近くにあったということでその名をお借りして『有礼坂』と呼んでみたりと試みは諸事様々といった様子である。
さて、その幽霊坂の上にて「赤い雨傘をさして待つ」というのが『彼女』からの言付けであった。
「きっとこれを書いた時は、今日も雨が降ると思っていたのね」
私はハンカチをポケットに戻すのと代わりに、その言付けの書き付けられた紙片を取り出してくすりと笑みを零してしまう。
今日の早朝、我が家に住み込んで働いている仲の良い女中が「お嬢様に宛てて身なりの良き男の方がお持ちに」と、何やらにやついたような笑みを押し隠した様子で持ってきたのがこの紙片であった。なんでも玄関先を掃こうと箒を手に出たところ、濃い朝靄の中、門の前に男が立っていてこの紙片を差し出して私への言付けを頼んだと言う。
そのような男性など全く心当たりなどなかった為に私も紙片を手にいささか当惑してしまったのだが、それ以上に、そんな私のことを女中が妙にニヤニヤして見守っていた事についての方がより閉口してしまった。
私とそう歳の変わらないこの女中だが『自由恋愛』というものに対していささか憧れ余って、妄想が過ぎているようなところがあった。自分よりも上流と思われる人々の間では度を忘れたような惚れたはれたの交流がさかんに交わされているに違いないと、そう信じているようなのである。
しかし、そんなものは小説か下世話な新聞の中だけの話だ。
少なくとも。
私はそんな貞操観を失ったような娘ではないし、女中もまたこの紙片に書かれていた文字を見ればすぐに考えを改めたことだろう。
線やわらかく細くにして、流麗な筆致。
女中が言うところの『身なり良き男の方』がこんな可憐な文字を書くわけがないだろうし、どう見てもこれは女性の書いた文字であろう。
しかし、この文面ときたら……なんとも簡素というか、ぶっきらぼうというか。そもそも差出人である自分の名すら書いていない。
……ただ、この言付けを見た瞬間。
私の脳裏には不思議と、この紙片にメモを書き入れたのではないかと思われる人物の事が不意に思い出されたのである。
「……とは言え。一介の女学生がこんな所までひとりで足を運ぶなんて、やっぱり軽率だったかしら?」
紙片をしまった私は、ふたたび坂を上る足を動かす。
私の心に不安がないと言えば嘘になろう。
西洋には『好奇心は猫を殺す』などという諺があるらしいが、傍目から見れば私こそまさにその諺の中の猫と言ったところではないだろうか。
確かに、あの紙片を書いたのが『彼女』であるという確信が私の中にありはする。
ありはするのだが、それは単なる私の「そうであったらよいのに」という願望に過ぎないのかも知れず、事実としてその確信には何らの確証があるわけではない。
そもそもこの言付けも何かの間違いで私に届けられただけで、上った先にはまったく顔を知らぬ人間が待っているかも知れず、もしかしたら性質の悪い悪戯で誰も待ってすらいないかもしれない。
……最悪、ひとさらいからの手紙であった、などとなれば目もあてられぬ。
それでも私には、この坂を上らずに引き返すという選択肢はありえなかった。
見知らぬ人がそこに立っていてもよい。
誰もそこにいなくともよい。
ただ、この坂を上りきることではじめて私は、私の中でいまだ完全に消化しきれずにいるあの『数日前の事件』の事を完結させることができるような、そんな気がしていたのである。
そして、もし……もし本当に『彼女』が待っていたとしたら──
「まぁ。ひとさらいが待っていたら、そのような暢気も言っていられませんけれど」
「誰が……ひとさらいと?」
弾かれたように。
私がその声に反応した姿はまさにその例えの通りであったろう。
自嘲した私の上に振ってきたのは、冷たい水のように澄んだ少女の声。
『幽霊坂の上にて赤い雨傘をさして待つ』
……なるほど、確かに『彼女』はそのようにして坂の上にいた。
青い空に『彼女』のさした赤い雨傘が妙によく映える。着ているものは数日前に出会った時と同様に黒いセーラーで、傘の柄を握る小さな手もスカートからのぞく足も相変わらず雪のように白かった。
だがそれよりも何よりも、やはり私の目をひきつけるのは彼女の顔だった。
いや『顔』と言うのはいささか正確ではない。この場合は『顔を覆うもの』と呼ぶ方が正しいだろうか。
理由は定かではないが『彼女』の顔は、白い厚手の布地で出来た覆面によってしっかりと覆われてしまっているのである。その覆面というのもひどく簡素なもので、目の辺りにぽっかりと黒い穴が二つ空いたっきりなのだ。
その黒い穴の奥から『彼女』がこちらをじっと見つめているのを感じて、私は自分の喉がごくりと音をたてるのを聞いた。
こういう風に振り返ると、それなりに落ち着いているように見えるかもしれないが、恥ずかしながらその時の私は『彼女』を前にして完全に舞い上がってしまっていたのである。
事実、それまでの道すがらに考えていた「もし再会できたら何と声をかけようか?」等といった事はすっかり頭の中から消え失せて、呆けた様に口をあんぐりと大きく開けた間抜けな表情で『彼女』を見つめ返すほかなかったのだから。
今にして思えば、この『彼女』との再会こそが私達の物語の第一章の始まりと言えるもので。その短い様で長い付き合いは、あの大戦が始まるまさに前夜まで続くことになったのだが。
──さて、その第一章をこれより先に書き進める前に。
まずは序章とも言うべき『彼女』との出会いと、数日前の事件について語らねばならないだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
大正から昭和初期の雰囲気が好き過ぎて、この様なものを書き始めました次第でございます。
つたない文章ですので読みにくい部分が多々あるかと思いますが、お付き合いいただけましたら嬉しい限りです。
最後に言い訳放題となりますが、文章中の情報において「この年にはコレはまだないよ」と言ったモノや「ここからここまでこの時間で移動って、帝都にはワームホールでも開通してるのか」と言った部分が出てくる事になるかと思いますが、それは「この物語の中ではそうなんだ」と言う事でひとつお目こぼしいただければ幸いでございます。