ラーメンによる胃容量過多地獄もかなり落ち着いてきた。我ながら誇らしい消化速度である。迷惑をかけつつ奈良やら京都やら忙しなく動き回ったのが功を奏したのだろう。しかし神社仏閣巡りというのは定番でもあるが、少々面白みにかける。まあ企画したのは私なんだけどさ。いきなり自分勝手にラーメンとかやっちゃったから、後はオーソドックスにしといた方がいいかなって。
それにしてもいい景色だ。清水の舞台から飛び降りる云々はよく聞くが、こんなところから身を投げる勇気があるなら別のことに活かせばいいのに。とはいっても此処から飛び降りるのは、どちらかというとポジティブな意味で飛ぶことが多かったらしいけど。ポジティブアイキャンフライってどういうことだよ。昔の人が考えることはよく解らんぜまったく。ちなみに飛び降りた場合の生存率は意外にも高いらしい。
「さあ、眼を開けてください」
「…空を飛んでるわ!」
「お前らの頭のネジが飛んでんじゃねーか? つーかポジション逆だろ」
「馬鹿と煙は高いところが好きっていうしねー」
タイタニーック。え? 古い? うるさいな、高いところにきたらとりあえず『人類は十進数を採用しました』ポーズをするのがお決まりなんだよ。『天翔十字鳳』ポーズでもいい。たとえノッてくれたのがメガネこと清田だけであっても、私はこだわり続けるぞ。まあそのポーズをしているのが清田で私が後ろで支えているわけだが。ここはお約束的に伝説の『当ててんのよ』をするべきか? でもこいつ童貞じゃないから普通にスルーしそうだしな。
「あはは、馬鹿って言われてますよ清田君」
「なんで俺だけなんだよ! むしろ大谷ちゃんが始めたんですけど!?」
「え……でも私より成績が上の人っていませんし…」
「イヤミぃーー!!」
「純全たる事実ですよ」
人生二回目、人の二倍も勉強時間があれば秀才になるくらい訳はないのさ。そして私の能力があれば天才と呼ばれるくらい訳もない。不正はなかった、うん。
「次どこだっけー?」
「伏見稲荷大社ですよ。全国稲荷の総本山です」
「あー、キツネ祀ってるとこ」
「…お稲荷様はキツネじゃありませんよ?」
オイオイオイ、なにあざと可愛い馬鹿ぶりっ子してんだおでこちゃん。私を殺す気か? ちなみにキツネはお稲荷様の使いであって、神聖なものではあるけど神様そのものじゃないぞ。いわゆる善狐というやつだ。有名な九尾の狐なんかは逆に悪狐とか言われてるね。
ま、今は九尾の狐も萌えキャラになる時代だしその分け方に意味があるとも思えないけど。白面の者もあの不気味な女性姿じゃなく、幼女形態をとっていたならば獣の槍に滅ぼされることもなかったろうに。
それはさておき、総本山といわれるだけあって伏見稲荷は立派な大社だ。鳥居の数も半端じゃないし、全体の印象からは荘厳さを、建物の端々から歴史の積み重ねを感じ取れる。狛犬ならぬ狛狐が観光客を迎え入れ、参道には屋台が立ち並ぶ。現代機器や新しめの調理器具が視界の端に移るというのに、この場所に対する畏敬の念、歴史の重みは露ほども色褪せない――
――うむ、レビューとしては☆5くらいある紹介の仕方だったろう。
「こっからどうするの?」
「山をぐるーっと回って参拝ですね。ちょっとした登山です」
「げ、マジ? 俺パスだわー」
「私もここで待ってようかな…」
「なら屋台巡りしようぜ」
ああん? 私が考えたルートを外れやがるとは貴様等、いい度胸をしているじゃないか。これだから現代っ子は……おっと、私もそうだったか。これだからゆとり世代は……おっと、今も昔もゆとり世代だったなそういえば。
しかし意外に乗り気な奴が少ないな。せっかく常ではできない体験ができるんだから、たまには足腰動かせばいいのにねー。スマホ弄りながら屋台の飯なんていつでもできるじゃん――いやできないか。まあいい、ここに残るというなら私が貴様らの分まで堪能してきてやろう。
…え? ヤンキーちゃん、お前も残るの? ネモ、貴様裏切る気か! ああ、他にも……まてまて、この流れはいけない。ここは私の話術を駆使して引き留めねば。
「…吉田さんて意外と足腰弱いんですね。よければおぶっていってあげましょうか?」
「ああ!? んなわけあるか!」
ちょろいぜ。
「根本さん、ほんとに声優目指してるんですか? こんな山も登れないなんて…」
「か、関係なくないかな? というかもう少し声小さくして…!」
「有名声優といういうのは険しい山のようなものです。目の前に山があるというのに登らない人間に、それを目指す資格はありますか?」
「いやいや、あるでしょ!?」
「では登りましょう」
「え、えぇ…?」
これでヤンキーちゃん、ネモ、もこっち、ユリちゃん、うっちーか……あれ? 私って人望ない? いやいや、まさかな。みんな疲れてるだけだろう。加藤さんにはあまり無理強いできないし、岡田ちゃんを言い包めるのは至難の業だし……だが六人づつというのは気に入らん。せめてもう一人――しかたない、メガネで我慢するか。
「清田君は来ますよね?」
「いやー、めんどいからパス――」
「わかりました。ほら、行きますよ」
「質問の意味は!? いや、ちょっ…」
さあ行くか。二時間も歩けばお腹もすいてくるだろうし、山を下りたらいなり寿司でも食べたいな。関東のいなり寿司は、あれはあれで美味しいけれどやっぱり具沢山の関西風が好きなんだよね。
そういえば西と東で食文化が違うだのなんだの料理漫画ではよく題材にされるけど、分け方おかしいと思うんだよね。西と東っていうか、県とか街単位でも相当変わるよね『食』って。だいたい創作物とはいえ関西人と関東人を謎に争わせるから変な壁ができるんだよ。なんでスポーツものは大抵かませという名の強豪になるんだ関西は。
「ふぅ、ふぅ…」
「田村さん、大丈夫ですか?」
「うん。普段あんまり運動しないから少しきついけど」
「いけませんね。若いうちに運動した量によって加齢後の身体能力に相当な差が出るそうですよ。歳をとっても矍鑠としていたいなら、今のうちに体を動かすべきです。特に高齢になると、体を動かさないと痴呆が早くなるらしいですし」
「そ、そうなんだ…」
明日の夜にでも布団の上で運動する? 確か三日目は二人部屋だし……おっとこれ以上はいけない。しかしずんずん進むヤンキーちゃん、それを追うメガネモコンビ、なんだかよくわからないうちもこコンビと中々面白いな。おおそうだ、今のうちにマコマコのことでも話しとくか。案外二人きりで話せるタイミングってないものだし。ちょっと引っ張ってあげる感じで手を繋いどこう。
「田中さんとは仲直りしましたか?」
「へ? あ、え…」(このタイミングで聞くの!?)
いいじゃないか別に。私は馬の育成とかふれあい動画を見ながら馬刺し食べられるタイプだから。タイミングなぞ気にしない。いや、他人に関しては気にするけどね。
「田中さん、普段から田村さんのこと大事な友達だって言ってましたよ(心の中で)。今回のことだって物凄く後悔してました(心の中で)。許す許さないは田村さんの気持ち次第ですから、私はとやかく言いません。でも機会を作ってあげるくらいはしてもいいと思いますよ。昨日、何回かこっちにきた田中さんのこと避けてましたよね。謝罪を受け入れたくないという気持ちもわからなくはありませんが、素直になることも時には必要ではないでしょうか」
「…」(…っ)
…ん、ちょっと嫌われちゃった。まあ同級生から諭されるなんて普通の人ならイラっとくるか。他人から自分への評価は、更に別の人から聞いた場合にこそ信憑性を増すものだ。マコマコがユリちゃんのことを良く言っていた――と私が言う事で彼女達のわだかまりは薄くなるわけなんだけど……うーん、やはり人の心って難しいね。これなら前半部分を伝えるだけで良かったかな? 無意味な説教になっちゃった。
…ま、それで拗れるのは私以外の場合だけですけど。心が読めればこそ、失言は自分でフォローできるのさ。ユリちゃんが『なんであんたにそんなこと言われなきゃならないの』って少しだけ思っているのは確かだ。しかし本質は良い子。説教に理由を付ければあら不思議、先の言葉の印象は逆転するのさ。卑怯だって? いやいや、誰も損しないのならそれは善いことだろう。
心理学者を気取る気はないが、人の心というものへの理解は世界でも随一だと自負している。この場合はそうだね、まずは思考のリセットが有効な手段だと思われる。今彼女の心は少々鬱屈としているから、ポジティブかつ驚くような発言が肝要だ。喜怒に哀楽と感情は多々あれど、驚愕というのはその全てを凌駕する――まあ一瞬だけどね。
「私、田村さんのことが好きです」
「そう……そすっ――!?」(な、はっ…!?)
「素敵な友達だなって」
「あ、う、うん…」(そ、そうだよね……びっくりした)
「田村さんが本当に、心から田中さんとかかわりたくないと思ってるなら……さっきみたいなこと言いませんよ。でも違いますよね? 仲直りしたいって思ってますよね」
「…っ」(そんなこと…)
うーん、強情だなぁ……だいたいマコマコがいなけりゃ更にぼっちになっちゃうのは君だぞユリちゃん。いやさ、一人ぼっちにはさせんけども、とにかくお前らの視線対決が気になるんだよ。マコマコの方をちらちらちらちら、その癖あっちが自分を向いたら『ぷいっ』て。思春期のカップルかお前らは!
めんどくさい奴らめ。こう、なんというか……やっと会えたと思ったらすぐに攫われたりするヒロインの作品を見てるようだよ。もやもやどころかイライラ寸前だっちゅーに。もうここまできたらあれだ、実力行使でいいんじゃないか? うん、そうしよう。
「きっと今日の夜にでも部屋にくるんじゃないですか? 今度は受け入れてあげてくださいね」
「…ん」(きたら……うん、きたら話を聞くくらいは…)
お、良かった良かった。ここで否定するなら夕食後は強制SMプレイ展開に突入するところだったよ。縛られたユリちゃんを前にしては、マコマコも謝りづらかろう。
「ふふ、じゃあこの話はここまでにしましょう。ちょっと遅れてますし、少し急ぎましょうか」
「…うん」
…おや? 三の峰でヤンキーちゃんが仁王立ちをしていらっしゃる。待っててくれるとは優しい限りだ。でもそんな階段の一番上で足開いてるとはしたないぞ。デニムのショーパンと黒ニーソの間に見える白い肌がエロい。黒いギャルの方がエロいっていったやつは誰だ? プリン頭のヤンキーちゃんの方がよっぽどエロティックじゃないか。
「おい」
「…? どうしたんですか吉田さん」
「一番最後だな」
「…ああ、なるほど」
なるほどなるほど、少し早く着いた程度でドヤ顔とはな。足腰弱いって言ったのを根に持ってるのか……よし、その喧嘩買ってやろう! お前私の健脚ぶりを知らないな? 少し本気を出せば短距離も長距離も全国クラス(妄想)だぞ私は。ニコチン好き(妄想)なヤンキーなど相手にならんことを、いまこの場で証明してやろうじゃないか。
「ふぅ……まさかスタートの合図も無しに一方的に勝負をしておいて、しかも中間地点程度で勝ち誇るとは」
「ああ!?」
「次の地点までで圧倒的な差を付ければ、実力の差というものを理解していただけるでしょうか……けれど、ああ。『この確変は80%継続だから8連はする』などと頭の悪いことをいう吉田さんでは心配です」
「んだとぉ…!」
「おや? ヒールが少々高いようですが……なるほど、言い訳になりやすい」
「上等だオラーー!!」
フハハハ! 煽って一番楽しいのは君だヤンキーちゃん! ほらほら追いついてごらんなさぷぎゃっ!
「葵ちゃん……転んだね」
「まあ運動靴でもないのに三段飛ばしで行けばなぁ…」
「修学旅行に入ってからテンション高いよねー」
「確かに。俺ならたとえ旅先でも吉田ちゃんをからかう勇気は出ないなー」
「葵ちゃんが吉田さんをからかうのはいつものことだけど」
「…おう」
足を捻ったぁ……メディック、衛生兵ー! 玉のような肌に傷がついたぞ! くそ、いったいどうしてこんなことになったんだ。皆目見当もつかん。ああ恥ずかしい恥ずかしい、よく考えたらいい年して競争してる時点で恥ずかしい。まったく、ヤンキーちゃんが負けず嫌いだからこんなことになったんだぞ。責任をとって――おお?
「…後でなにか奢れ」
「ありがとうございます。セブンスターでいいですか――やっ、落ちる! 落ちます! 階段は洒落になってませんから!」
「落ちろ!」
「ぐぬぅ…!」
おぶってくれたのは罠だったのか! ええい、絶対に離さんぞ。子なき爺も驚く程のひっつき力、見せてやろうではないか。セブンスターが悪かったのか? メビウス……いや、金マルが一番よかったか。ヤンキーって金ぴか好きなイメージだし。
「わ、私がおぶろうか…?」
「黒木さん…! ああっ、気持ちは嬉しいですけど体格的に無理があるかと…」
わお、こういう時には我関せずなもこっちがこんなことを言いだすとは。友情パワー上がってる? しかしもこっちの身体能力じゃ流石に……でもそういえば、意外と体力あるんだよね。体育とか嫌いなのも体力無いからじゃなくて班分けとか二人組みのあれこれが嫌だったからみたいだし。ものは試しだ。クロキネコヤマトよ、私を山頂まで連れてっておくれ。代金は今日のお洒落指南料でいいな?
「…よっ、とと」(オモっ…!)
重くない! よしんば本当に重かったとして、その理由はきっと遥か上空から積み重なる空気圧のせいだろう。上空十万メートルから酸素やら窒素が私の肩に積み重なっているせいで重く感じるんだよきっと。まったく迷惑なことだ。
しかしヤンキーちゃん、なんだかんだいって隣を歩いてくれるのは優しいな。もこっちがへばったらすぐに交代してくれるつもりなんだろう。それにバランスを崩して後ろに倒れこんだりしないように、ネモとメガネがすぐ後ろに控えてくれている。少しだけお尻に視線を感じる気がしないでもないが、まぁ気のせいだろう。みんな優しくてまいっちゃうなぁ。
結局下山する最後までかわるがわる皆が背負ってくれた。正直途中から痛みも引いてきたし大丈夫だったんだけど、なんか言い辛くて……流石の私もちょっと恥ずかしかった。というかこの年齢でおんぶしてもらう時点でだいぶ恥ずかしいよね。時間帯的に少し人が少なかったのが幸いだった。参拝だけして山は登らない人の方が多いしね。旅の恥はかき捨てというけれど――これは恥なのかな? …それとも楽しかった思い出なんだろうか。
…誰も心の中で文句一つ言わないんだもんなぁ、もう。
うーん……いまいち面白くないな。次回は頑張ります。