さーて今日から通常営業だ、通常営業。修学旅行? そんなもんはとうの昔に終わったわい。そりゃあまあ良い思い出だったのは確かだけどね、最後がいけなかった。足を捻ったせいで碌に動けなかった――というか部屋にこもり切りになってしまった。割と重傷だったっていうね、うんとにもう。気を使って部屋で遊ぼうとするオデコちゃん達の優しさが胸に沁みたけど、一生に一度の修学旅行を介護じみた室内遊戯で過ごさせるなどという鬼畜な所業はできなかった。
うわっ…! 私って聖女…? というのはもちろん冗談だが、とにかく最後の方は出歩けなかったという事実のみが残ったわけだ。二度目じゃなけりゃヤサぐれてるとこだぜ、まったく。特にキバ子の奴が『えー? 足挫いちゃったの? かわいそ~』とかほざいてたのが個人的なイラッとポイントである。
この前までは心の中でも『南さん』と呼んでやっていたが、あんな奴はもうキバ子でいいだろう。ファッキューキバ子。グッバイキバ子。お前がクラスのヒエラルキーでは上位だとしても、私は世界のヒエラルキーで上位だからな。既に勝負はついているといっても過言ではない。
もこっちではないが、あ奴のキバを全部抜いたらさぞ気持ちがいいことだろう……おっと、つい罵ってしまった。美少女は心の中まで綺麗であらねばならぬというのに、しまったしまった。まあ太陽のように光り輝いているといっても誇張ではない私だし、少しくらい影があった方がむしろ引き立つことだろう。
さて、それはともかくとして、現在は昼休みである。いつものグループで昼食を楽しんだ後、図書室へ本を返却しに向かっているところだ。もしかしたらこみーがいるかもしれないな……あの子も黙っていれば割と美少女なのに、色々と全てが残念過ぎる存在だ。大袈裟にいうと変態で、控えめにいっても変態である。どう言い繕っても変態で、恐らく来世に生まれ変わっても変態に違いない。
「こんにちは、こみちゃん」
「あ、葵ちゃん。足はもう大丈夫?」
「ええ。ご心配をおかけしました」
「ううん。と、友達だもんね!」
別にそんな強調しなくとも、私と君は友人だとも。そこに絶対的な序列は確かに存在するが、間違いなく友人だ。本来ならば三歩後ろを歩いて頂くのが理想だが、まあ許してやろう。いや、別に女性らしさを求めてる訳じゃないけどね。
…それにしてもなんか妙な壁を感じるな…? はて、彼女に何かした覚えはないんだけど。もしかして休学中に何か変な噂でも流れてしまったのだろうか。うーむ、可能性があるとすれば学校を休んでいるのにゲーセンに通っていたところだろうか。遭遇したのはヤンキーだけだが、あの子は言いふらすタイプでもないだろうし……やっぱり美しすぎるというのも問題か。きっと知らないところで目線を引いていたのだろう。
――という冗談はさておいて、こういう時は心を読むに限る。これがあるからこそ、私は全てにおいてそつなく人生を送れているといえるだろう。最近ハプニング多いけど。
「これ、返却しますね」
「う、うん」
「…」
「…? あ、あの、葵ちゃん?」
どれどれ……ふむふむ……なるへそ。だいたい事情は理解したけれど、相変わらず脳内の半分は智貴君で埋め尽くされてて、気持ち悪いことこの上ないぞこみー。残りの半分のうち更に半分はロッテ、更に半分で生活を送っているような状態である。お前脳のリソース覚醒してね? 人は日常生活において脳の機能の数割程度しか引きだせていないというが、こみーは八割くらい使用してるイメージだ。あくまでもイメージだけどね。
それはともかく、記憶を読む限りこんなことがあったようだ。
先日もこっちとゆうちゃん、こみーでお茶を飲んでいたらしい。私が誘われなかったのは怪我のせいだろうが、それならそれで三人でお見舞いくらい来てくれてもいいじゃないかもこっち。悲しいぞもこっち。おっと話がそれた。
そのお茶の最中に後輩らしき女生徒が店に入ってきたのだが、その娘達が智貴君を話題にしていたと。そしてこみーの反応を見たもこっちもその娘達に気が付いた。彼女が記憶を掘り返したところ、どうやら家の玄関で智貴君とセッ〇スしていた少女らしい――はぁっ!?
…あ、違うわ。玄関で用事を終わらせて帰っていっただけの少女らしい。ああ、もこっちがこみーをからかっただけか……記憶ってのは主観で構成されてるから、強い印象を受けた方が真実を塗り替えることもあるし、対象が本気で信じ込んでいる場合嘘を見抜くことは難しいのだ。にしてもお前“GENKANでS〇X”って印象強すぎだろ。私まで勘違いしただろうが。
その玄関セックルちゃんこと『
いや経緯はわかるんだけど、どうしてそうなるのかがわからんな……ほんともこっち周りの人物は個性派が多いわぁ。普通は勘違いされたらすぐ訂正しない? 漫画じゃあるまいし。『もしかして智貴君のお姉さんですか?』からの『と、智貴(くん)って年上の女が好きだから…』の牽制コンボとか常人には考えつかんぞ。だがそれがいい。
そして彼女――セックルちゃんはこう思ったようだ。『年上ってもしかして……最近智貴君とよく話してるっていう二年の先輩じゃ…』という風に。うん、私ですね。いや別に私に恋愛感情はないが、妙に校内で鉢合わせるんだよね。当然無視なんかすれば感じ悪いし、世間話の一つや二つや三つくらいするじゃん? 主にもこっちの話とかもこっちの話とか。
普通の一般人のモテ度を数値で表して『五十』だとすると、智貴君は『六十五』といったところだろう。容姿は普通か少し上で、目つきの悪さが苦手な人もいればカッコイイと思う人もいるかもしれない。そこにサッカー部の活躍点を加味してその数字だ。セックルちゃんのように恋する少女が生まれることもあるだろう。
対して私。もはや口にするのも憚られる美少女。
そんな邪推を口から漏らしてしまったセックルちゃん。それを聞いたこみーも、目の前の少女への警戒とは別に、私への複雑な感情も抱いてしまったという訳だ。うんうん、ドラマでよくある友情か愛情かみたいなやつですね。私ってドロドロの恋愛模様とかすごく嫌いなんで、そういうのやめてもらえますか? ちなみに友情を取る派です。まぁ本気の恋愛ともなると違うのかもしれないけど、少なくとも現在まで『身を焦がすような激情』というものに縁はない。
「こみちゃん…」
「あ、葵ちゃん…? えっと…」
「心配しなくても智貴君を取ったりしませんよ」
「うえっ!? え、あ、な、なん――」
「顔に書いてましたよ? 『葵ちゃんみたいな超絶美少女に私みたいなコオロギが敵う筈ないよね…』って」
「う、嘘……ってそこまで卑屈になってねーよ!!」
「ぐふぅっ!?」
「…あっ! ご、ごめん…! ついアイツ相手みたいに…」
こ、この私の
「んーーっ!?」
「ほれほれ」
「ちょ、まひゃっ…!」
体のどこが弱いか、何をされるときついか。自分で弱点を把握していない奴相手ならばともかく、脇腹が弱いと自覚しているこみー相手ならば優位に立てる。おらおら、報いを受けよ。でも気安いスキンシップはちょっと嬉しかったり。友達の理想ってやつは、最終的に『パーソナルスペースに居座られても気にしない関係』だ。段階を踏むとして、乱暴なボディタッチ等はかなり進んでるんじゃないだろうか。もちろん八方ビッチの『筋肉触っていい~? わー、男らしい~』とか『もう、やだ~(パシン)』とかは別だけどな。あれは疑似餌なのだ。パクっといくと、下手をすれば勘違い男として全てを失う。
「ぜぇ……ぜひっ…」
「ほらほら、シャンとしないと。智貴君の好きなタイプはきっちりしたしっかり者の女性ですよ(私調べ)」
「ほ、ほんと!?」
「ええ。だから変に媚びたりしたら逆効果です。きっと真面目に受付をやることが攻略への第一歩ですよ。そんなこみちゃんの姿を物陰から見て、ドキッとなる可能性もありますし」
「うん!」
まぁ少女漫画じゃあるまいし、そんな可能性は皆無だと思うけどな。恋愛巧者はいつだって自分からいくものさ。とはいえこみーがぐいぐいいくと百二十%ドン引きされるから、助言としては間違ってないと思うけど。それよりさっさと返却作業を終えてくれまいか。昼休みは有限なんだぞ。つーか昼休みに図書委員の業務いれるってこの学校どうなってんの?
しかしこみーとはいえ、無理やりシチュは中々そそるものがあったな。心のアルバムに挟み込んどこう。タイトルは『女子高生くすぐり実況 IN 原幕』でいいかな。見た目はいいから八千円くらいでも売れそうだ……しかしああいうDVDとか買う層っていまいちわからんよね。若い娘のAVじゃだめなのか? 健全なエロともいえないし、かといって下劣なエロって感じもしないし、アイドルが脱いだ云々ってのも昔から何が良いのか理解できなんだな。
――などと脳内葵48人による脳内AV会議を
「こんにちは、智貴君。よく会いますねぇ」
「…ちわっす。足はもう大丈夫なんす……なんですか」
「ええ。そのセリフ、今日だけで何回聞いたかな……みんなの優しさが身に沁みますね、ふふ」
弟君も何気に図書室使用率高いよな…? もこっちもそうだけど、黒木家の本好きは根っからのものなのかもしれないな。二人共地味に成績良いし。というか進学校だし、転がり落ちちゃう奴はいても馬鹿があんまりいないのは当然っちゃ当然かな?
挨拶をして私の横を通り過ぎようとする弟君――しかしその前に、先ほどこみーの記憶に映っていたセックルちゃんが通りかかった。もちろんそれだけなら気にせず進むんだけど、私と智貴君を見て固まったように立ち竦んでしまったため、優しい美少女を標榜する私としては声をかける選択肢しかないだろう。智貴君もクラスメイトとあってか、何事かと立ち止まった。
「…どうかしましたか?」
「………えっ!? あ、いえ……その、なんでも…」
「具合悪いんなら保健室行くか?」
「ひゅいっ!? だだ、大丈夫…! です!」
おーおー、真っ赤っかじゃないですか……いや、なんでこの好意に気付かないの? 頭おかしいの? 朴念仁ってレベルじゃねえだろうが。人間のコミュニケーションってある程度相手のことを察するとこから始まるじゃん。自分に対して吃音、赤面、発情してる女がいて気付かないっていったいどうなってるんだお前の本能は。鈍感系主人公なの? それとも難聴系主人公なの?
…まあ私には関係ないからいいけどさ。いや、関係なくはないか。曲がりなりにもこみーとは友達だし、応援するならあっちの方だ。すまんねセックルちゃん。というか保健室を口実に二人きりになって告白ックスでも突入しちゃえばよかったのにね。純真な娘だ、まったく。そんなだから――こうやって隙を突かれるのだ!
「智貴君は優しいですねぇ……良い子だから撫でてあげましょう」
「はぁ」
「――っ!」
イイっ…! “寝取る”とは……生物としての優秀さを! 感じさせてくれるぞっ! まるで長い舌で蟻塚を荒らすアリクイの気分だっ! ――というジョジョごっこはさておいて、なんか罪悪感と同時に変な興奮があるなこういうのって。物語の悪役にでもなった気分だ。きっと悪役令嬢に転生した人々も、こういった
「じゃあ俺こっちなんで、失礼します」
「ふふ、別に学校だからって敬語はいりませんよ。この前、家にいった時はあんなに乱暴な口調だったじゃないですか」
「いや、あれはあのバカが…」
「あ、ネクタイ曲がってます。ほら、ちゃんとしないと先生に怒られますよ……はい、これで大丈夫」
「じ、自分でできますって」
「~~~っ!!」
おーっほっほっほ! とかいえばいいのか? ちょっと楽しくなってきたな。というかよく考えたらセックルちゃんへの牽制にはなるだろうが、こみーへの裏切りにもなりそうだな。これ以上はやめとこう、うん。なんかセックルちゃんも目が据わってきたし、もしヤンデレ気質な人だったら刺されかねん。痴情のもつれで刃傷沙汰なんて一番嫌な死因だ。
「また明後日、家に行きますのでよろしくお願いしますね。それでは」
「うっす」
「…」
智貴君を見送る女子高生二人。何ともいえない雰囲気が漂っている。ここで笑顔を崩して『調子に乗らないでね』とか言っちゃったら完全に悪役だなぁ……まあ人としてそれはやべぇ奴過ぎるな。やめとこう。
「あ……あの!」
「はい、なんでしょう」
「と、智貴君と……その、付き合ってるんですか?」
「…」
うーむ……どう答えたものか。いやどうもなにもノーとしか言いようがないんだけど、それをすると彼女はこれまで以上に智貴君にモーションをかけるかもしれない。
でもイエスはないしぃ……そうするとこみーの邪魔をしただけになってしまのでは…? HAHAHA! ごめんよこみー。上手くいかなかったけど、友達だから許してくれるよね! いやほら、まさかこんな直球で聞かれるとは思わなかったからさ。だいたいそんな決断力あるならさっさと告白しちゃえよう。
「…実は」
「…!」
「あ、もうチャイム鳴りますね。それでは」
「…えっ? ちょっ」
問題は先送り…っ! それが私の人生だ。ごめんよセックルちゃん。だらしない先輩ですまない。後ろからかけられる声を振り切って教室へ戻る。というか冗談抜きでそろそろ予鈴だし、ご勘弁願いたい。本を返却したらさっさと戻っておでこちゃんをのおでこを愛でるつもりだったのに、とんだ邪魔が入ったものだ。それもこれもこみーのせいだし、さっきの私のミスとで帳消しにしておいてやるか。私ってば優しいな。
教室の扉に手をかけると、鈴の音のように美しく響く声が聞こえてきた。端麗な容姿と耳心地の良いこの声――ずばりキバ子である。見た目も声も良いのに性根が悪いって最悪だなほんと……なんか誰かに似てる気がするな。誰だっけ? とても身近な存在だったような……ううん、思い出せない。
まあいいや、さっさと入ってしまおう。どうせまた誰かの悪口でも言ってるんだろうし、ほんと悪い子。悪口は心の中に秘めてプギャーするものって江戸時代からのお約束だってのに。もこっちでさえ、人の悪口は聞こえない程度のぼそぼそ声で呟くだけだぞ。
「――ヤバいヤバい! マジで見たんだって! 大谷さんが一年の子と抱き合ってたの!」
「え~、ほんとにぃ…?」
キバ子ぉーーー!! おまっ、見てたのかよ――じゃなくてなに地味に盛ってんだコラ! ネクタイ直してただけだろうが! 机叩かれただけで五メートルくらい吹っ飛ぶ系女子かお前は!
…はっ! 落ちけつ、大丈夫だ。所詮は人の悪口陰口嘘っぱちの二枚牙。誰にも信用されないオチしか見えないな。コミュニケーション能力はともかく、クラス内での言葉の信用度はヤンキーちゃんよりも下だ。どうせいつものキバ子節としか見做されないさ、うん。
はーい、みんなのアイドルが帰ってきましたよー。がらがら。
「…!」
「…――」
「――…」
なにこのざわざわ具合。そういえばどっかの雀荘にアカギもいたし、変なオノマトペが出てもおかしくはないのか? いやでもゲーセンに『カイジ3』あったし、あれはただの白昼夢だった筈だ、うん。いや、なに混乱しているんだ私。大丈夫だ、この程度の修羅場なんて今までいくらでも潜ってきただろう?
いや、潜ってねーよ。めっちゃ順風満帆だったよ。くそ、仕方ない。悪意に染まりそうだから読むのはやめておいたが、事ここに至ってはどうしようもない。先手必勝だ。
――読む!
「ねね、大谷さん」
「どうしたんですか? 南さん。今日も可愛いですね」
「へっ!? う、うんアリガト……――っ!?」
私に話しかけながら近付いてきたキバ子。彼我の差一メートル弱で止まる……対して仲良くもないクラスメイトの距離としては適正か、やや近いといったところだ。ああ、お前はそこで止まるんだろうさ。だが私はそこで止まるとはいってないからな!
詰めて詰めて、その距離約三十センチ。顔をへらへら手をぶらぶら、そんなにボケっとしてるから悪いのさ。がら空きの手を引っ掴んで、合わせるように指を絡ませる。もう片方の手はキバ子の腰へ回す。既にユリプレイス領域、私の距離だ。なんか頭の悪そうな名前だな……まあいいや。これでクラスメイトには『抱き合っている』ようにも見える状態だろう。
能力の性質上、元々が男子女子関係なくスキンシップ過剰という印象を与えてきた私だ。“触れ合う距離”まで近付いてくるのが私、という認識を多かれ少なかれ皆もっている。メガネ(清田の方)だってそれがあったから、私が腕を組んだところで勘違いしなかったというのもあるだろう。
だからこれはギリギリ。女の子どうしのスキンシップとしてギリギリの範囲内……でも抱き合っているようには見える。だからキバ子がさっき教室中に振りまいていた『抱き合ってた』という情報も、仮にそれが真実であれ“こんな感じ”だという認識になるだろう。ビッチと紙一重になりそうだが、普段の私の行動あってこそ許されるギリギリ具合だろう。ただ単に『ネクタイを直していただけ』なんて言っても、あんまり説得力ないしね。というか行動としては恋人のそれだしな、ネクタイ直し。
「…どうしたんですか?」
「あっ、えっと…」
「――あ、チャイム鳴っちゃいましたね。お話するなら次の休み時間にしましょうか」
肩に手を回してキバ子をくるりと一回転。後ろからもたれかかるようにして体重をかけ、席へ送る。相当仲が良い間柄じゃないとこんなことはしないが、まあ今は許してやろうじゃないか。というか意外と頭の中身は普通だなキバ子。偶に満員電車で触れ合うガチの悪人とは格が違った……もちろん良い意味でだが。
あれだ、ようは悪口を潤滑油にしたキョロ充だ。まったく、完全に気を許せるような友達を作ってこなかったからそんな性格になっちゃうんだぞ……ん? なんか誰かに似てる気がするな。誰だっけ? とても身近な存在だったような……ううん、思い出せない。
ま、いいや。セックルちゃんという問題は残ったが、とりあえず完全復活。足もまったく支障ないし、今日からまた楽しい学園生活が始まる。もうすぐ運動会だし、どの競技に出よっかな――と。
『※ちなみにビッチである』が完結しましたので、しばらくはこちらと『オーバーロード forget daily life』の二作を更新していきたいと思います。