彼女がモテないのは性格がダメダメだからでしょう   作:ラゼ

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嫌です。

という話。


名前を呼んで

 

 学生生活というものは長いようで短いものだ。人間は若ければ若い程主観的な時間を長く感じるらしい。つまり10歳から20歳までと、20歳から30歳までは圧倒的に前者の方が長く思えるということだ。それは脳が刺激を――つまり“初体験”の物事をどう処理するかということだろう。

 

 仕事も運動も、そして勉強だって、何事も初めてだと覚束ないのは当たり前のことだ。それは脳も同じことで、“初めて”と“二回目”では処理の仕方が違うのだろう。つまり年を経るにつれて初体験というものは減り、相対的に時間の過ぎる速度が速まっていくのかもしれない。

 

 その点について私はどうかというと、なるほど確かにかつての学生生活より圧倒的に密度が薄いような気はしている。やはり新鮮味というものが少ないせいだろう。だからこそ普通から逸脱したものを好み、黒木さんという変人をこよなく愛しているのだ。別に『普通じゃないものを好む私かっけー』とかじゃないよ。

 

 そして、それ故に規則正しい生活というものは私に合わない。毎度毎度同じ時間に起きて同じ時間に朝食を食べて、同じ時間に登校などすれば、それこそ光陰矢の如しなどという言葉が霞む程に時間が過ぎ去っていくかもしれないからだ。気がつけばお婆ちゃんだったなんて嫌すぎる。

 

 時には遠回りをして、時にはよくわからない店に入ったりして、時には猫を追っかけて時間を潰してみる。前の人生でやらなかった事こそが私を老いから遠ざけるのだ。文武両道、眉目秀麗、才色兼備を地でいくのも同じ理由だ。前世とかけ離れた人生は脳に刺激を与えてくれる。佳人薄命などはできればご免被りたい。

 

 まあそんなわけで、今日は随分早起きをして学校にきてみた。部活動に励む生徒が眩しいぜ。男だった時はサッカーをやっていたが、ここには女子サッカー部なんてものはない。まあ部活自体もうやる気もないけどね。なんせ『前に打ち込んだ』ということは今世では『あまり進んでやりたくない』ことだ。

 

 でも懐かしいなー……ちょっと混ぜてーとか言ったら混ぜてくれないかな。無理か。それはただの変人だな。私は黒木さんとは違うのだ。彼女なら恐らく『男子の中に混ざってもなお光るスーパーサッカー少女の自分』を妄想しながら見学していることだろう。学校にテロリストが来て、自分が活躍して撃退する――そんな妄想をするタイプだあの子は。

 

「おい…」

「なんだよ? …おおっ」

「あれ二年の人だよな?」

 

 走り込みと雑用をやらされている一年坊を少し遠くから見学していると、一部で少しひそひそしているのが見えた。うーん、美人は辛いぜ。二年でも有名な美少女の先輩が俺達を見てる…! 的なやつだろう。まあ別に有名でもなんでもないけど。

 

 『学校の中でも有名』とか創作物の中だけだろう常識的に考えて。リアルに轟くとしたら悪名ぐらいのものだ。あいつ万引きしたらしいぜ、とか。あいつ授業中にウンコ漏らしたらしいぜ、とか。

 

 まあでもこんな美人に優しく見られていたら嬉しかろう。ほれ、頑張れ青少年。一番に走り終えたやつにはギリギリデルタゾーンでも――お、なんか一人元気なやつがいるな。目つき悪っ! それに最近どっかで見たような……ああ、黒木さんの弟だ。目元が似てるなー。

 

 記憶の中でしか見た事ないから実物はこれが初めてだ。そんなに記憶に出てきたわけじゃないんだけど、ちょっとシスコンっぽいところがあったようななかったような。あくまで彼女の主観だけどね。お、こっち見た。よーし、友達の弟のよしみでサービスしてやろうじゃないか。満面の笑みで手を振ってやろう。どや、羨ましがられることうけあいだろう。

 

 …会釈して流された。え? 性欲が八割を占める男子高校生じゃないの? そこは照れながらそっぽ向くところだろうが! この私のスマイルだぞ。マクドのスマイルの万倍価値があると思えよう!

 

 あ、0円は万倍しても0か。

 

「おい智貴コラ。どこであんな可愛い先輩と知り合ったんだよテメエ!」

「ああ? 知らねえよ。お前に手え振ったんだろ」

「え、マジ? もしかして俺にも春が…?」

「ねーよ。つうかどう見ても智貴に笑ってんじゃねえか。なんで中学ん時からお前ばっかモテんだよ…」

 

 なんか男同士で乳繰り合ってる……もしかしてあいつらホモなのか? なら私に靡かないのも納得だな。いや、私に靡かない時点でホモは確定的に明らかだったか。

 

 …んなわけないな。ま、運動部の団体競技はホモっぽくなってなんぼだし。チームワークと愛情は紙一重なのだよ。ヒエロス・ロコスがそれを証明しているといっても過言ではない。男のカップルのみで構成された軍隊とかよく考え付くよね昔の人は。

 

 お、ボールがこっちに転がってきた。どれ、届けたげよう。君達も雑用大変だねほんと。

 

「すいませーん!」

「うっす!」

「ざーす!」

 

 礼儀正しいなー。流石体育会系。まあ『ざーす』が礼儀正しいかどうかはさておいて、挨拶は人間関係の基本だからね。社会に出てもそれは一緒だ。それにしても……これはチャンスだな。女に興味ありませんよー、と硬派を気取っている弟君の化けの皮を剥がしてやる。なんでかって? 面白そうだからです。

 

「おはようございます。みんな頑張ってますねー……あ、智貴君ですよね?」

「はあ」

 

 何だその気の抜けた返事は! 羨ましそうに君の背中を殴っている友人達を見習えよ! 男だろう! 横の坊主頭なんぞ私の匂いだけでトイレに行きたそうにしてるじゃないか!(偏見)

 

「あ、ごめんなさい。私は大谷葵と申します。お姉さんの友達でして、なにかとお世話になってます」

「…っ!?」

 

 ふっ、ようやく動揺が顔に出たな……って違う違う。別にバトってるわけじゃないんだから。にしても驚きすぎじゃない? それほどあの残念な姉に私みたいなリア充の友達がいることがおかしいのか。

 

 この場合弟が失礼すぎるのか姉が残念すぎるのか――うん、間違いなく後者だな。

 

「家に遊びに行く約束もしてるので、また会うかもしれませんね。よろしくお願いします」

「え、あ……はい」

 

 姉の友人が握手を求めてくる――世間一般的にも少し変ではあるが、私はそういうキャラで通している。だってそうしないと読めないし。なに、こんな女神がわざわざ手を差し出しているのだ。断る男子高校生などおるまいて。さあ、全部曝け出すんだ。

 

「ふむ…」

「…」(…なに企んでんだ? 金は……割と貯めこんでたっけアイツ。友達の振りして最後に『罰ゲームでしたー』とかやるつもりか。いや、特殊な性癖のやつに無理やり援交させられる可能性も――待て、俺には関係ない。けど母さんが悲しむかもしれないし…)

 

 ねーよ。どんだけだお前。姉の心配が一割、私への疑いが六割、エロが一分、姉への心配を認めたくない心が二割九分。エロ一分!? 絶対おかしいよこいつ! 高校一年なんて猿みたいなもんでしょ? ええい、このシスコンめが。ちょっとそこの坊主! 手を出せい!

 

「えっ…! あ…」

 

 ほらエロエロ……ってなんで全部モザイクかかってんだよ! 今時ネットでいくらでも――あ、持ってないのか。いやでもスマホでだって――ふぉ、フォーマ? すまん、お姉さんが悪かった。手を握るくらいいいさ。許してやろう。

 

 ってなに訳わかんないことしてんだ私は。これじゃ黒木さんと同類に……ああっ!? 弟君の目が納得した感じに…! 違うぞ、別に同じ変人だから仲良くなったとかじゃないからね? おいその目はやめロッテ。

 

「お前らサボってんじゃねーぞ!」

「げっ……スンマセン!」

「やっべ、鬼原キレてんぞ」

「あ、ごめんなさい邪魔をしてしまって。ふふ、頑張ってくださいね」

「うっす!」

「ざした!」

「…っす」

 

 ちくせう。哀れまれるのが一番嫌いなのに、やらかしてしまった。最後だけは取り繕ったけど意味なかった気がするなー……まあいいか。過ぎた事は気にしないのが私の性分だ。なーに、所詮は男だ。ちょっとエッチな格好で迫ればわたわたするに決まってるさ。

 

 いやなに考えてんだ私は。迫る必要性まったくねーよ。男に迫るくらいなら黒木さんに迫るわ。

 

「おはよ」

「うひゃぁ!?」

「えぇっ!?」

 

 びっくりしたぁ! 誰かと思えばこみーじゃないか。気配消して後ろから声かけないでおくれよ。え? 別に気配は消してないって? …あぁ、だからボッチなのか。まったく、どこぞのバスケボーイじゃあるまいし。冗談は眼鏡だけにしてくれよ。

 

「おはようございます。早いですね、こみ……こみちゃん」

「えっ……あ、うん! ちょっと図書委員の仕事があって。葵ちゃんは?」

 

 え、なにいきなり下の名前呼び捨てにしてんの? そんなに親しかったっけ私達。私は『こみ』しかわかんないからこみちゃんって呼んだだけなのに……まあいいけどさ。

 

「私はただの気まぐれです。同じ時間に登校する方が稀なので」

「なにそれ? 変なの」

「そうですか?」

「いやそうでしょ」

 

 そうかなあ。ま、気にしても仕方ない。人は人で私は私だし。機嫌よさそうにしているこみーと別れて、誰も居ない教室にするりと侵入する。温度のないシンとした空気が心地良い。もう少し若ければ誰かの机の上でダンスでも踊りたい気分だ。誰も居ないとわけわかんない行動したくなる時ってあるよね。

 

 HRの時間が近づくにつれてぞくぞくと生徒が登校してきた。ヤンキーの……誰だっけ。ああ、吉田さんか。彼女の朝は意外と早いようだ。ヤンキーなのに。同じクラスの人はだいたい触ったんだけど、彼女だけはパーソナルスペースが広いというか、ガードが固いので読めていない。

 

 まあ悪い人ではなさそうなんだけど、黒木さんとは違う意味でボッチだよね。とはいえ別のクラスにはヤンキー仲間がいるみたいだし、真正のボッチというわけでもない。ああ、触りたいなー。人の中身ってのは何故こんなにもそそられるのか。

 

 …お、黒木さんが入ってきた。心なしか顔色が悪いな。

 

「おはようございます、黒木さん」

「お、おはよ。あ、ぉ……大谷さん」

 

 ん? なんだ今の詰まりは。うーむ……はい、読みましょう。人の心の機微なんていくら考えたって本当の意味では解らんのさ。手段があるならガンガン使いましょっと。

 

「黒木さん、髪になにか付いてますよ?」

「へっ?」

「あ、取りますから動かないで」

「う、うん。ありがと」

 

 どれどれ……ほう。こみーとさっき会って……なるほど。あの子が私と下の名前で呼び合う仲だと自慢したわけだ。まだ苗字で呼ばれてるんだ? と煽られたと。ああ、さっき詰まったのは『葵』って呼ぼうとしたわけですか。しかし弟君のパオーンの関係で君が煽ったから煽られたんじゃないのか…? まあ、それがいいんだけど。それでこそ彼女だ。

 

 というか下の名前で呼ぶことが自慢になるって……なんか涙が出そう。いいよそのくらい。辛かったんだね、こみー。いまだに君の名前は解らないけれど、私達は立派に友達だよ。

 

 それにしても黒木さん。私の事を下の名前で呼びたいのか。

 

 ――おお。もこっちと呼ばれたいって? それはそれは……いやそれはちょっと恥ずかしいです。昔からそう呼んでたならともかく、高校にもなって“もこっち”はなー。いまだ会ったこともない“ゆうちゃん”とやら、ディスってるようで済まぬ。

 

 うーん…

 

「――もこっち…」

「えっ!?」

「――俺もこっちで強くなりすぎた…」

「なに言ってんの!?」

「あ、すいません。急に戸愚呂(弟)のセリフが頭に浮かんできて」

「どういうことだよ!」

 

 おお、なんか距離が縮まったような気がする。確かに下の名前で呼ぶと親近感がぐっと増すね! そういえばこの体になってからは、ほとんど名字で呼んできたなー。無邪気な少女達との壁は意外と厚いのだ。仲良くなれることはできても、気の置けない仲というのは中々難しい。

 

 高校にもなればようやく精神年齢も近付いてきたから、そんな関係もできるかもしれない――けど。この年齢になるとそれはそれで無邪気に仲良くなるってのも難しいよね。うーん、“もこっち”なあ…

 

「…黒木さん」

「なに?」

「つかぬことを御伺いいたしますが」

「う、うん」

「大谷という苗字はどう思いますか?」

「え? …えーと、普通の苗字だと思うけど」

「では葵という名前は?」

「えっ…と。良い名前だと、思うよ…?」

 

 なんで疑問形なんだ。どう考えても素晴らしい名前だろう? 元サッカー少年の名前に相応しい。翼君は先にタッキーを思い出すからNGで。

 

「実は私も気に入ってるんです。この名前」

「そ、そうなんだ」

「…」

「…」

「苗字は普通すぎてあんまり好きじゃありません」

「…そうなんだ」

 

 彼女の髪の毛をくりくり弄りながらそんなことを宣ってみる。そうだよ、大谷なんて苗字。有り触れすぎて可愛くないじゃないか……全国の大谷さんごめんなさい。

 葵って名前はすごくお気に入りだよ? ねえ黒木さん。

 

「…あ、葵ちゃん、小宮山さんと仲いいの?」

 

 えっへっへ。よくできました。私は恥ずかしいから呼ばないけどね。えーと、小宮山さんて誰だ。

 

「…えーと、誰でしたっけ」

「ぶふっ…!」

 

 ふんふん。ああ、こみーの事だったのか。ごめんね、解らないからこみちゃんにしてたんだ……ということをもこっちに伝えたら、爆笑していた。そういえばお腹から笑っている彼女を見るのは初めてだ。

 

 ま、当分は黒木さんで我慢してね? もこっち。





ちょっと百合成分。

俺もこはあまりにも有名だから使わざるを得なかった。

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