彼女がモテないのは性格がダメダメだからでしょう   作:ラゼ

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女心と夏の空

 

 夏だ! 祭りだ! そして夏休みだ! …これで何回目の夏だったかな。いかん、考えるのはよそう。とにもかくにも高校二年の夏休みだ。はっきりいって人生最大クラスの青春を謳歌できるタイミングである。次点で大学2~3回とかかな。お金まわりは大学生の方が圧倒的に良いし、免許や年齢を考えれば行ける場所の自由も広がる。

 

 けれどやはり高校時代の方が圧倒的に輝きがある気がするんだよ。まあ私個人の考えだし、大学でうぇーいうぇーいできる方が好きという人もいっぱいいるだろう。なんにしても大型の休み――それも一か月に渡る長期間の休みなど社会人になればまずとれない。あ、特殊な職業は別にしてだけどね。

 

 せっかくの長期休みだし、どこかプチ旅行にでも行きたいところである。ゆうちゃん達と何故かコミケや海にいく約束はしたが、所詮東京はお隣だ。どうせなら我が心の故郷、関西へ帰郷したいというのは贅沢だろうか。ちなみに野蛮な大阪でもなく、陰険な京都でもなく、上品な神戸だからね。

 

 全部一緒だって? 馬鹿野郎、ガンダムとボトムズぐらい違うわ。

 

 そういえば東京の言葉を東京弁て言うのは関西人だけらしいけど、関西弁は名詞そのものが全国区。つまり関西の方が偉いってことだよね。うん、言ってて悲しくなってきた。まあ三つ子の魂百までっていうし、関西人はなんとなく東京もんが嫌いなんだよ。実際に喋ればどうでもいいことなんだけどさ。

 

 うむ、ということは『東京もん』という空想上の存在に対して敵対的ともいえるな。東京もんとはポケモンのように架空のものであったか……とまあ、こういうつまらんボケをかますのも関西人の特徴だ。話にオチをつけないと『ん?』ってなるんだよね。

 

「葵ちゃん、大丈夫?」

 

 しかしこうも暑いと脳内でくだらないことを考えてしまうものだ。夏休みを謳歌しようと張り切っている、その出鼻を挫くように学校からの召集がかかるとかテンションダダ下がりですよ。なにが悲しゅうて興味のない野球なぞ見なければいけないのか。タイガースやロッテマリーンズの試合とかならともかく、高校野球の、しかも甲子園ですらない試合なぞ。だいたい学校をあげて応援するならテニスとか囲碁もやってやれよ。荻野先生が狂喜乱舞するかもしれんぞ。囲碁の方だったら『頑張れ頑張れできるできる!』とか叫んで会場から放り出されそうだな。

 

「おーい、葵ちゃーん…?」

 

 おおそうだ。方言といえば、最近『方言女子』なるものが流行っているそうじゃないか。東北弁とか博多弁の女の子は可愛い! なんだって。関西弁はちょっと気が強そうで嫌なんだって。ないわー。めっちゃ可愛いやんな? 神戸弁。

 

「葵ちゃーん」

「どげんしたと? 黒木しゃん」

「ふぁっ!?」

 

 おっと間違えた。別に可愛いって自己主張したわけじゃないよ。博多弁を喋るなんて、そんな関西人のプライドを売るような真似するわけないじゃないか。というか『ふぁっ!?』って似合い過ぎて笑うわ。もこっちはなんJ民だった…? まあ普通にそっち系の人ではあるだろうけどさ。

 

「な、なんか上の空だったから…」

「ええ、あまりの暑さに少し。黒木さんは大丈夫ですか? 目のクマすごいですよ」

「うぅ……昨日寝てなくて。連絡気付かなかった振りしとけばよかった…」

 

 夏休み初っ端から徹夜とは恐れ入る。なんで私と行動パターンが一緒なんだ? とはいっても私は目の下にクマなんか存在しないけどね。美容には気を使ってるし、美少女たるものぬかりはないのだ。しかしもこっち、クマが酷くなると増々あれだな……いやまてよ。クマがない彼女の顔を想像すると――おお。結構可愛いんじゃないか? 私に劣るとはいえ。

 

 ま、なんにしても『無い』場合の話だけどさ。いっつもクマあるからなあ、もこっち。いっそ更に盛って隈取でもつくってみたら? 珍獣として持て囃されるかもしれんぞ。女としては終わりを迎えるが。

 

 というかクマもそうだけど汗がすごいな……というかやばいな。熱中症とか大丈夫だよね? ハンカチハンカチ。あとポカリスエット。私はアクエリアスより断然ポカリ派だ。

 

「出なければ出席日数が減りますからねぇ。職権濫用ですよまったく。あ、少し目を瞑ってください」

「むぎゅっ……あ、ありがと。でもほんとだよね。だいたいこの――」(――このクソ暑い中で野球なんぞやってんじゃねーよ。そもそもなんで野球部が一番偉いみたいになってんの? ハゲで暑苦しくて、どうせ煙草も吸いまくってんだろ。眉毛細いし、ただのヤンキーみたいなもんじゃん。そんなやつら応援するとかバッカじゃねーの?)

 

 こらこら、流石の私でもそこまでは思わんぞ。っていうか口に出しそうだな。いかん、それはいくらなんでも周りの顰蹙を買ってしまう。もう付き合いも四か月近くだし気安くなってきたのはいいんだけど、いかんせん彼女は失言が多い。というよりか心の中での毒づきが凄い。つまりは私限定での愚痴が多いってことなんだけど、まあそれは全然いいんだ。物語に出てくる読心能力者よろしく、人間の悪意に苦悩するなんてこと私はあんまりないしね。

 

 たまーに少しだけ滅入ることぐらいはあるけど、それに反して、彼女が内心で呟く切れのいい毒舌は何故か心地いい。けれど実際にその内心を口に出し始めれば周囲の心証が少々よろしくなくなるだろうし……それはちょっと嫌だな。周囲に嫌われてへこむ彼女を見るのはいくら私でも笑ってられないね。

 

 仕方ない、いつも通り的確なフォローをしてあげるか。えいっ!

 

「――こんなに暑いとごぼぼがばっ!?」

「ああっ! すいません、口を開けたからてっきり『ポカリください』の合図かと…!」

「べーよ!」(ねーよ!)

 

 おっと、首筋にポカリの雫が……ちょっとエロイな。それはともかく、彼女の不用意な一言を阻止できたようだ。この辺りの観客席に座る7割くらいは彼女の内心の毒舌と似たようなことを思っているだろうが、口に出すのはダーメよっと。

 

「まあポカリは冗談ですが、もしやこの暑さのせいで野球児達を貶める発言をするんじゃないかと思いまして。いけませんよ。めっ、です」

「え、えぇー…」(そんなこと思ってな――くはないけど口には出さねーよ! 『こんなに暑いと倒れる人もいそうだね』って言おうとしただけなのに…)

 

 あれ? そうだったのか。ということはもしや今まで未然に防いできたと思ったのはただのお節介だった…? 紅茶おかわりのサインかと思って口にペットボトル突っ込んだり、おにぎり欲しいのサインかと思って口にお米突っ込んだり、愛してるのサインかと思ってハグしたりとか、勘違いした振りをしつつ彼女を助けてきたというのに。

 

 うーん……うん。誰にでも間違いはあるよね。次いこう、次。

 

「ふぅ…」(しかし葵ちゃんてたまに心でも読んでんじゃないかってくらい察しがいいよな……今も読んでいるんだろう? 気付いていないとでも思っていたのか?)

 

 ひゃっ! ちょっとビクっとしたじゃないか。やめてよね、色んな意味で痛々しいぞそれは。誰もいないとわかっている家の中で『おい、見ているんだろう?』なんて恥ずかしいことを君がやっているのは知ってるけど、私には意外と効くからやめるんだ。

 

「…」(“機関”の命令を受けて私の側にいるんでしょ? でも生憎だったね、私には心を無にするという黒木流の奥義が――)

「…っ! くっ、かひゅっ…! ぷっ、く…!」

「ど、どうしたの?」(え? マジで読まれてないよな…? もしそうだったら自殺するぞおい)

「な、なんでも、ない、れひゅっ」

 

 笑っちゃダメだ…! 堪えるんだ私…! もしここで爆笑してしまったらもこっちが自殺してしまう。享年16歳、死因は羞恥死とか笑い話にもならないぞ。まあ友達ゼロで高校一年生を乗り切ったメンタルがあれば大丈夫だとは思うけどさ。

 

 でも普通は心を読まれるなんて生理的に絶対受け付けない。『貴女になら心を読まれてもいい!』なんてのは漫画の中だけだ。私だったら、もしそんな能力があるやつがいたら半径50メートル以内には近付かないね。じゃあ読むなよって? 私はいいの。

 

「…っ、~~っ!、く、くくっ……んんっ!」

「だ、大丈夫?」(なんで喘いでんだ…? バイブでも挿れてんのかな)

 

 なんでそうなるんだよ。というかもう少し心配してくれてもいいんじゃないかな! いや笑ってるだけだけどね。あとさりげなく下半身を触ってくるんじゃない。ナニも入ってないよ! 振動音もしないから!

 

「そ、そこはダメ、です…」

「うぇっ!? あ、あはは、ごめん…」(エッロ! お、女同士だしちょっと手が滑るくらい、いいかな…?)

 

 よくねーよ! この前の自転車二人乗りの時といい、お前は痴漢のおっさんか。お金とるぞ! まったくこの子は……順調に百合百合しくなっているようでなによりです。といっても結構元からっぽいけど。ゆうちゃんと二人乗りしてる時もあわよくば触ろうとしていたみたいだし……もう一度言うが、おっさんかお前は。

 

「ちょ、ちょっとトイレに行ってきますね」

「へ? あ、うん」

 

 ふひー、少し離れないとまともに顔が見れん。なんであんなに面白いんだろうね、もこっちは。

 

 …ふう。やっと落ち着いてきた。腹筋が少し痛い。観客席から少し離れた通路でうずくまっている私は、傍から見れば観客席から少し離れたところでうずくまっている美少女だろう。おっと、そのまんまじゃないか。はっはっは。

 

「あ…」

「…ん? あ、こみちゃん。どうしたんですかこんなところで。それに、そっちへ行ったら一年生のエリアですよ」

「あ、あはは! ちょっと迷っちゃって!」

「…?」

 

 なんだその見え透いた嘘は。でも嘘を吐いてまであっちに行く必要性も確かにないよな……あ、弟君か。ほんと色惚けてるなこの子は。だいたい行ってどうしようというんだ。エリア内での席は割と自由だが、どっちにしてもリボンの色が違うんだから二年は目立つぞ。

 

「…ストーカーで通報されないように気を付けてくださいね」

「なな、なにが!?」

「智貴君のところに行きたいんでしょう? でもあまり露骨だと引かれますよ。だいたいお姉さんという友達がいるんですから、そこから接点を作っていけばいいじゃないですか。偶には家に遊びに行くのもいいでしょう? 弟君の友達が来ている時にかち合って一緒にゲームをしたこともありますよ、私」

「え!? 嘘…! じゃなくて! なんで私が、その……好きだって、知って…」

「見ればわかりますよ」

 

 智貴という単語だけでメスの顔をするのはお前くらいだと思うぞ。いやマジで、そこの部分に関してはほんとにキモい。一途といえば聞こえはいいが、弟君の妄想をしている時のこみーに触ると汚染されそうになるレベルだからな。男を好きになるなんて絶対に嫌だ。

 

「万が一付き合って結婚にでもなれば、黒木さんはお義姉さんですよ。どのみち仲良くしておいた方がいいでしょう?」

「う……でもアイツが応援してくれるとは思えないし……って“万が一”!?」

「失礼、言葉の綾です」

 

 すまん、億が一の間違いだったな。私の読心人生からの統計によると、君の恋が成就する確率は8%といったところだ。片思いが成就する確率と考えれば意外と低くはないが、なんにしても難しいところだろう。だいたい私に欲情しない枯れ木野郎が君に惚れるわけないだろう常識的に考えて。冗談は眼鏡だけにしてくれよ。

 

「本当の本当に本気なら彼女も応援してくれますよ。もこっ……こほん、あの子はああ見えて意外と優しい子です」

「…あのさ。前から思ってたんだけど葵ちゃんてアイツのこと――」

「おい早くこいって! すげえ巨乳だったぜ!」

「いやだから俺はいいって」

「それでも男か! いいからこいって、いやマジで顔も可愛くて…」

 

 ん? お、噂をすればなんとやら。弟君とその友人のハゲがこっちに歩いてきた。それにしても巨乳の美少女だと? 私にも詳しく教えるんだ坊主!

 

「こんにちは智貴君。思春期ですから仕方ないかもしれませんが、あまり不健全な行動は慎んでくださいね」

「…ちわっす。いや俺じゃなくてこいつが――」

「こんちゃっす大谷先輩! いやー、俺も止めたんですけどコイツがどうしてもって言うから仕方なく……ほんとエロいやつですよね」

「おい、てめっ…!」

「もう。プレステにエッチなDVDを入れてただけはありますね。眼鏡でOLのエッチなお姉さんが好きなら、この子はどうですか? ピッタリですよ」

「ちょ、あっ…!?」

 

 いいぞ、もっといえ坊主。私に靡かぬ男など風評被害の的になればよいのだ。まあそれはともかく、なんて友人思いなんだろう、私。偶然を利用して完璧な推薦をしてやったぜ。クール系の眼鏡美女が好きなら、こみーもなくはないだろう。

 

 …あれ? ああ、そういえばあれは坊主が弟君のプレステに仕込んでただけだったか。すまんこみー、勘違いだったわ。

 

「あああ、えと、とと智貴君がしたいなら私はいいよ!? ええエッチなお姉さんだから!」

 

 あっ…

 

 すまん、こみー。マジですまん。でもわざとじゃないから許してくれるよね? 好きな人に軽蔑の眼差しで見られるのも、変態の君ならオカズになるさ。それと坊主、俺もいいかな、なんて目で見るんじゃない。お前は私の占いによれば26くらいまでは童貞だよ。間違いない。

 

「…」

「…」

「…あ、あはは……こみちゃん、年下の男の子をからかっちゃダメですよ。智貴君も勘違いしないようにね? ただの冗談だか――」

「葵ちゃーん……体調だいじょう……あ! おま、性懲りもなく人の弟のチンポ狙ってんの!? キモいからやめろよもががっ!?」

「お花摘みにいきましょうかもこっち! では失礼しますね皆さん!」

 

 もう知ーらない! なにも知ーらない! 何か忌まわしい記憶を思い出したような弟君も、羞恥で震えているこみーも、私はなにも知らない! あっちに売店あるから一緒に食べようねもこっち。ああ、来週の約束大丈夫かなぁ……こみーがショックで来られないとゆうちゃんが悲しんじゃうぜ。

 

 …ってこら、どこ触ってんのさ。まったく……でもほんと、二年になってから飽きが来ないや。けど夏休みが終わればすぐに秋が来る……なーんちゃって。さ、長い夏休み、楽しもうぜもこっち。

 





 夏休み編すたーとです。

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