ブレイブウィッチーズ・刃の魔女   作:ダイダロス

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刃は魔女となり、異界を飛ぶ

 とある世界。その世界は何度も戦火に包まれ、人同士の争いで血が流された世界だった。兵器の発展と共に、戦争の凄惨さを増していった。そして近代で最も激しく凄絶だった戦い、ベルカ戦争の集結と共に、連合国としてベルカ公国と戦った国々は戦争を忌避するようになり、軍縮をし、互いに融和政策を進めてきた。

 私の祖国オーシア連邦は海を渡った先にあるユークトバニア連邦共和国と不倶戴天の敵同士であったが、15年前のベルカ戦争の終結以後は友好を深めてきた。

 ベルカ戦争を教訓に、もう二度と戦争はしない。誰もがそう思っていた。だが、それはある日突然破られた。私の目の前で。

 私はオーシア軍の戦闘機パイロット、ケイ・ナガセ。TACネームはエッジ。アークバードという白い鳥に憧れ、いつか白い鳥に乗るために軍のパイロットとなる道を選んだ。ハイエルラーク空軍基地の練習飛行隊を経て、サンド島基地で順調に戦闘機パイロットの過程を進み、もう少ししたら実戦部隊に送られる予定だった。

 しかし訓練飛行中に海を渡ってきた所属不明の戦闘機部隊の奇襲に遭い、その際の戦闘で教官や同期の訓練生達が大勢死亡した。私は反撃して生き残る事ができたが、その数日後にオーシアは友好国ユークトバニアと戦争状態に陥った。対ユークトバニアの最前線基地となったサンド島基地で、戦火の中を私は仲間達と共に戦闘機を駆った。

 侵攻してくる敵機を撃墜し、激戦に次ぐ激戦でかけがえのない同僚、そして大勢の顔も知らない仲間達を喪い、オーシア軍上層部の醜さを見せつけられ、この戦争に意義を見出だせず、そして真実を知った私や隊長達は祖国にスパイの汚名まで着せられた。

 身を守るために脱走したは良いものの、どこに逃げればいいのかわからなかった。オーシアもユークトバニアも敵、世界が敵に等しい状況だった。しかしそんな私達と同じく戦争の真実を知った空母ケストレルのアンダーセン艦長とスノー大尉が助けてくれ、ベルカの追撃を逃れる事ができた。そしてアンダーセン艦長達と共に戦争を終わらせるために、私はユークトバニアではなく真の敵と戦う事を選んだ。

 空母ケストレルが率いる艦隊を除くオーシア軍から支援は受けられない状況で、私達は真の敵〝ベルカの残党〟と戦い続けた。その中で終わりの見えない戦争を続ける者達に対抗する人々と共闘した。そしてベルカの残党に囚われていたオーシアとユークトバニアの国家元首を救出した。

 そしてオーシア連邦とユークトバニア連邦共和国の間で勃発した戦争は大衆にとっては唐突に終わりを告げた。オーシア大統領ビンセント・ハーリング、ユークトバニア国家元首セリョージャ・ヴィクトロヴィッチ・ニカノールの両名がテレビカメラで共同声明を発表したからだ。この戦争はオーシアとユークトバニアを滅ぼそうとする者達の陰謀なのだと、私達が戦うべき敵は、その黒幕なのだと。

 そして、私達はオーシアとユーク軍の有志達と共に、戦争を続けようとする好戦派の部隊やベルカの残党達と戦い、黒幕の本拠地を叩く事に成功した。

 だが息を吐く暇はなかった。大気圏外から軌道を外れてオーシア首都オーレッド目掛けて墜落してくる戦闘衛星SOLGを破壊するミッションが発動。私達は妨害しようとしたベルカの残党の戦闘機部隊を蹴散らし、SOLGの中枢部を攻撃、破壊した。

 私達は朝日を見ながら帰還する。これでようやく全てに決着が付き、戦争が終わった。あぁ、でもどこに行けば良いのか。一ヶ月に満たない時間だったが、母艦のケストレルは敵潜水艦からの攻撃で沈んでしまった。公式には死亡している事になっている自分達は、どこに行けば良いのか。

 宛もなく飛び続ける訳にはいかないし、幸いハーリング大統領は私達の味方だ。きっとどこかに着陸できるだろう。そう思いながら不意に襲ってきた睡魔にやられ、私は意識を手放してしまったのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 オラーシャ帝国ペテルブルグ基地周辺の森林。雪の積もる中を二人の少女が歩いていた。

 小柄な銀髪の少女が、背中を丸くして歩く褐色肌の少女を逃げないように見張っている感じだ。褐色肌の少女の首から掛けられている板には〝私は情報漏えいをしました〟と書かれている。

 二人は第502統合(J)戦闘(F)航空団(W)に所属しているウィッチで、小柄な銀髪はエディータ・ロスマン曹長。褐色肌の方はヴァルトルート・クルピンスキー中尉という。

 

「はぁ…なーんで僕がこんな事を…」

「自業自得です。そんな事を言っている暇があるのなら、キノコの一つでも見つけなさい」

 

 クルピンスキーが嘆くとロスマンが取り付く島もない様子で言った。

 現在502JFWはネウロイによって補給路を遮断され、補給がない状態が続いている。食料も底を突きかけ、食事も扶桑のすいとんくらいしかない有様だ。

 なので今年はサトゥルヌス祭は中止しようかという方針だった。しかし風邪を引いて寝込んでしまった502の新人ウィッチ、雁淵ひかりを元気づけたいとニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長がサトゥルヌス祭をしたいと言って、それに他のメンバーも乗っかり、少ない物資や食料でなんとかお祭りをするために皆で動いていた。しかし驚かせたいと、ひかりには秘密にしていた。のだが、クルピンスキーが口を滑らせてバラしてしまったのである。という訳で懲罰でクルピンスキーはキノコ探索に、ロスマンが目付けになって食料探索に出発したのである。

 

「ふぅー…ん? おぉーーー!!」

 

 クルピンスキーが喜びの声を上げて歓喜のあまりロスマンに抱きつく。

 木の根元にキノコが群生していた。これだけあれば、502の全員が食べられるだろう。

 ロスマンはキノコが生えている木に何か妙な物を見つけた。黒い物が木の後ろから覗いている。怪訝に思ったロスマンがクルピンスキーを引剥して歩いて木の裏に近寄る。

 

「え? ウィッチ?」

 

 ロスマンが信じられない様子で呟いた。ロスマンの後を追ってきたクルピンスキーもポケッと口を開けている。

 木の根元で見知らぬウィッチがストライカーユニットを履いたまま目を閉じて眠っていた。黒い物は彼女の後頭部だったらしい。

 見た所扶桑人のような顔立ちだ。しかし彼女が着ているのは扶桑海軍の制服でも扶桑陸軍の制服でもない。緑色の全身スーツのような物を着ている。おまけに見慣れない漆黒のストライカーユニットを履いている。鋭い剣のような翼が、ユニットのウィッチが足を入れる口の近くにあり、ユニットの先の部分にも小さな翼がある。ユニット中央に描かれた兜を被った女性の横顔が黒い塗装の中で異彩を放っていた。

 

「ねぇ君、大丈夫? しっかりしなよ」

 

 クルピンスキーが話し掛けるが、ウィッチは反応しない。二人は血相を変えて彼女の息を確認して、無事胸が膨らんだり萎んだりするのを確認して安堵する。

 

「こちらロスマン。隊長、キノコ狩りの最中に意識不明で倒れている所属不明のウィッチを発見。至急、救援部隊を要請します」

『わかった。位置を教えろ』

 

 ロスマンが基地にいる隊長のグュンドラ・ラル少佐に現在地を報告する。

 

「この子、墜落しちゃったのかな?」

「それにしては周りが綺麗ね。枝葉も散らばっていないし、墜落したような痕跡もないわ」

 

 ロスマンは自分が観察した異常な点を見つけて言う。木が密集しているこの場所に墜落してきたなら、途中で枝にぶつかっているはずだ。ぶつかった衝撃で折れた枝や葉が散乱していてもおかしくないのに何もないし、雪のカーペットに不格好な穴も開いていない。まるで誰かがこの場に眠っている彼女を置き去りにしたみたいだ。

 

「確かに。それにこの子…」

 

 真面目な声でクルピンスキーが言う。ロスマンが次の言葉を待っていると。

 

「超美人だねぇ」

 

 とりあえずロスマンはクルピンスキーの頭を殴る事にした。

 救援が来るまでする事もないため、とりあえず二人は森林に来た目的のキノコを採取する。

 しばらくすると、502のウィッチが二人、空を飛んでやって来た。ロスマン達を確認すると降下してくる。一人は部隊内での通称がジョゼのジョーゼット・ルマール少尉、もう一人は下原定子少尉だ。

 

「二人ともありがとう、来てくれて。ジョゼ、お願い」

「は、はい」

 

 治癒魔法持ちのジョゼが治療を始める。魔法力が活性化し、所属不明のウィッチを治癒しようとする。

 

「どうしてこんな所にウィッチが?」

 

 下原が誰もが思う疑問を口にする。

 今ジョゼから治療を受けているウィッチは502に所属していない。そして新しいメンバーが入ってくるという事も聞いていない。他のウィッチの部隊から所属ウィッチの救援要請もない。とても怪しい。ストライカーユニットも全員見たこともない物。

 しかしユニットの中央に描かれた女性の横顔が、人の手による物だという事を証明しているようにも見える。

 

「わからないわ。とにかく本人に事情を聞いてからじゃないと」

 

 治療が終わるとジョゼと下原の二人で運ぼうとするが、ストライカーユニットが重いらしく、二人がかりで両脇から抱え上げて、歯を食いしばって飛び立っていった。それを見送ると、ロスマンとクルピンスキーも基地に帰る為、キノコが入った袋を持って歩き出すのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 ロスマンの通報で出動したジョゼと下原が意識不明のウィッチを二人がかりで運んできた。彼女を運んできた二人は疲労困憊の様子。

 

「お、重たかった…」

「はぁはぁ…」

 

 どうやらストライカーユニットが異常に重いらしい。整備員が固定器具の載せる時も大人三人が苦労して抱えていた。

 グュンドラ・ラル少佐は、ウィッチから外されて器具に固定された黒いストライカーユニットを無表情で観察する。

 

「ふむ…これが彼女の履いていたストライカーユニットか」

「なんじゃこりゃ」

「初めて見る形式の物ですね。今までのストライカーユニットと全く違う。新型でしょうか」

 

 格納庫でサトゥルヌス祭に向けた作業を行っていた管野直枝少尉、サーシャことアレクサンドラ・I・ポクルイーシキン大尉も初見のストライカーユニットをしげしげと観察している。

 

「とりあえず、彼女が目を覚ましてから事情を聞くとしよう。救護室に運んでやれ」

「わかりました」

 

 ストライカーユニットの整備員達が担架を使ってウィッチを運んでいく。ジョゼと下原も付いていく。それをラル達は三者三様の視線で見送っていた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 気がついた時に目にしたのは、見知らぬ天井だった。ぼんやり眺めていると、少女の声が聞こえた。

 

「お、起きたんですね。すぐに隊長を呼んでくるので、そのまま眠って待っててください」

 

 その声の主はすぐに部屋の外に出ていった。視線を下に向けると病院服のような白い服を着ていた。声の方に視線を向けても開け放たれた扉だけしか目に入らなかった。上体を起こしてベッドの上から近くの窓の外を見ると、遠くに見えた人家の屋根に白い雪が積もっていた。それを見て私はユークトバニアの雪山を思い出す。しかし、いつの間に戦闘機から降りたのか、どうして自分が眠っていたのか、前後の記憶がない。

 SOLGを破壊した後、私はどこの基地に降りたのだっただろうか。サンド島基地ではない、ケストレルでもない。雪が降るとなると、ノースオーシア州のハイエルラーク空軍基地だろうか?

 そんな事を考えていると「入るぞ」という声が聞こえた。

 出入り口を見ると、ベルカ人らしき少女が部屋に入ってきた。のだが、何故かスカートもズボンも穿いていない。まだ成人したかしていない年頃かと思われるが…その女性が下半身丸出しで制服を着て入ってくるというのはどう理解したら良いのだろうか。

 

「第502統合戦闘航空団隊長のグンドュラ・ラル少佐だ。早速だが、君の名前と所属を教えてもらおうか」

 

 なんと、彼女は少佐らしい。私は開戦から脱走してセレス海で撃墜されるまでかなり速いスピードで大尉に昇進したが、彼女はその私より上の階級だという。あの憎きハミルトンでさえ私達より歳上なのだ。ベルカは人手不足で若い女性を佐官に任命しなければならない状況だというのか。というかズボン若しくはスカートを穿いていないのは何故なのか。

 

「あの…何故ズボンを穿いてないんですか?」

「む? ちゃんと穿いているが?」

 

 きょとんと返してくるが、何か話が通じていない。彼女には悪いが、どう見たって下半身を露出している痴女だ。

 

「あの、隊長は、ブレイズはどこに? グリムは? ソーズマンは?」

 

 とりあえず信頼できる人を呼んでもらおうと、同じラーズグリーズ隊としてベルカの残党や主戦派のオーシア・ユーク軍として戦った仲間の名前を挙げる。

 だがラルという少女は無表情を崩さずに腕を組んで言った。

 

「…君は状況がわかっていないようだな。今から一時間ほど前、私の部下が森林で意識不明で倒れていた君を発見し、保護した。君の他にウィッチはいなかった。何故君はペテルブルグ郊外の森林で意識不明で倒れていたのか、教えてもらえるか?」

 

 彼女の言葉に私は目を見開く。

 

「私は…いつの間にか墜落してたんですか?」

「どういう事だ?」

「覚えてないんです。SOLGを破壊した後、私は何をしていたのか全く」

 

 ラルは瞬きをして聞く。

 

「そーぐ? なんだそれは」

「15年前のベルカ戦争でオーシアが作っていた衛星の事よ。けれど戦争の終わりで建造は途中で放棄されてた。それをベルカの残党が完成させて兵器として使ったのよ」

 

 ラルが知らない様子なので、私はSOLGの事を彼女に説明する。階級は上でも年下のためか、つい敬語を忘れていた。だが無表情のまま、ラルはキョトンと聞き返す。

 

「おーしあ? べるか戦争? 何だそれは?」

 

 ここでようやくお互いの何かがずれている事に気付いた。何かを見落としているような…しかしそれに気づきまいと私は形容し難い恐怖を隠して言う。

 

「何を言っているの? オーシアもベルカも有名な国じゃない。まさかベルカ戦争を知らないとでも言うの?」

 

 オーシアは大国だ。空母を何隻も保有し、軍事的に見ても経済的に見ても周辺各国から頭一つ飛び抜けている国家だ。ベルカも歴史に名を残した国家だ。ベルカ戦争を経験していない子供たちも、ベルカ戦争の名前は知っている。それなのに、まさか知らないと言うのか。

 ラルは口に手を当てて考え込む。そして年齢に見合わない落ち着いた様子で質問してきた。

 

「…ではこちらから聞こう。ネウロイという存在を知っているか?」

「ねうろい? 何、それは」

 

 聞いた事もない存在だ。何か特定のものを表すコードネームだろうか。

 

「ふむ。ネウロイというのは我々人類の敵で、人や町を手当たり次第に襲ってきた。我々人類は国家の垣根を超えて手を結び、ネウロイという敵と戦っている。我々にとっては当たり前の事なんだが…」

 

 知らない。そんな存在など知らない。もしそんな存在がいたらベルカ戦争もユークとの戦争もユージア大陸で起こった戦争も起こっていない。呆然と聞く私に視線を向けて、さらに彼女は爆弾を落とす。

 

「因みに現在は1944年12月下旬で、ここはオラーシャ帝国ペテルブルグ市だ。オーシアやベルカという国家は存在しない」

「………嘘」

 

 今までの彼女の言葉は痴女の妄言だ。彼女の言葉の証拠も何もない。だが、彼女がそう言う理由もない。何かのドッキリだと考えたい。

 

「ブレイズは…皆はどこに?」

「…混乱しているようだな。少し休め。事情聴取は明日からにする」

 

 ラル少佐はそう言うと部屋から出ていった。私が何かを言う前に扉はパタンと閉まった。

 彼女が出ていった後、私は一人ベッドの上に寝ながら頭を悩ませていた。

 看病してくれたジョゼという少女が持ってきてくれたキノコのスープも手に付かない。一体何が私の身に起こっているのか…。

 その時、サイレンが響いた。私はベッドから跳ね起きて出口に向かう。放送で知ったが、ネウロイとかいう敵が基地に接近しているらしい。戦争に慣れてしまった私の体はサイレンの音に考えるよりも先に体が動き、格納庫へと走る。

 

「あ、でも格納庫ってどこかしら…」

 

 部屋を出て格納庫に向かう途中で迷っていると、そこへセーターを着た胸の大きな少女が走ってきた。ちょうどいい。

 

「格納庫はどこ?」

「え、えぇ? 何をするつもり?」

 

 戸惑う彼女の隣を走りながら答える。

 

「戦うのよ、もちろん」

 

 私は軍人で戦闘機パイロットだ。亡霊扱いされようが気が付いたら変な場所にいようが、私が軍人である事に変わりはなく、戦う覚悟もある。それに一人で鬱屈と頭を悩ませているより空で戦っていた方が気も晴れる。

 

「そっか。ワタシはニパ、よろしく」

「ケイ・ナガセよ。よろしく、お嬢さん」

 

 ニパの先導に従って私は廊下を走る。

 

「カンノー!って、こっちもかよ…」

 

 辿り付いた格納庫では何故か笑い転げる少女が二人いたが、それを無視して走る。

 私が見つけたのは剣みたいな翼とジェットエンジンが付いた二つの黒い筒だ。私はそれを見て、瞬きして呟く。

 

「F-14…?」

 

 可変翼が特徴の戦闘機F-14トムキャット。しかもラーズグリーズ隊仕様の塗装になっている。中央にラーズグリーズの横顔のエンブレムが描かれているのが証拠だ。

 ラーズグリーズ隊というのは、私達がベルカの残党に囚われていたハーリング大統領を救出した後、彼が私を含む四人の戦闘機パイロットで組織した非公式大統領直属部隊の事だ。

 ラーズグリーズというのはおとぎ話に登場する死を振りまく黒衣の悪魔で、私達がラーズグリーズ隊として使用した機体は黒と一部に赤のラインで統一され、尾翼にはラーズグリーズの横顔がエンブレムとして描かれた。

 ラーズグリーズ隊はオーシア海軍の空母ケストレルを本拠地とし、私達は専らF-14戦闘機で出撃した。私だけではなくラーズグリーズ隊全員の愛機だ。この戦闘機で幾つもの敵機を撃墜してきた。幾つもの地上目標を撃破してきた。

 だがそれは航空機としてのF-14だ。何故こんな筒を見てそう思うのか、これをどうやって使うのか。疑問は山積みだが、ともかく戦わなくては。

 戦闘機はないのか。私が格納庫を見回していると、ニパが走ってきた。

 

「どいて!」

 

 そう言ってニパは筒に足を一本ずつ通す。

 それでどうすればいいのかわかり、私はF-14に乗り込む。私が筒に足を通した瞬間、頭から黒い犬の耳と臀部に尻尾が生え、翼を象ったイルミネーションのような光の線が両耳の近くに出現する。脚部に何か力のような物が集まっていき、ターボファンエンジンが始動する。低く甲高い音が格納庫に響き渡る。操縦桿もスロットルもラダーペダルも何もないが、こうすれば動くというのが頭の中に浮かんでくる。何がどうなっているのかわからないが、とりあえず戦えればそれでいい。

 あとは武器だがどう戦えば良いのか。ミサイルはないが、流石に手で格闘という訳にはいかない。とりあえず無いよりはマシだと思い、傍にあった機関銃を持つ。

 

「うわっ、何この音…? あっ、ニパさーん! 私も一緒に…」

 

 紺のセーラー服を着た少女が走りながら格納庫に入ってきた。だが顔が赤く、調子が悪そうだ。その少女にニパは絶対に上がってくるなと強い口調で命令する。

 爆発が格納庫周辺で起こった。出入り口に燃える木が倒れる。セーラー服の少女が悲鳴をあげる。

 

「くっそぉ、よくもやってくれたな!」

 

 そう言いながらニパは発進していく。本当に飛んだ…。信じられない気持ちだが、実際に目の前で起こった事だ。それよりも自分も発進しなければ。見よう見まねで私も彼女に続く。

 

「エッジ、発進します!」

 

 固定器具からユニットが解放され、ジェットエンジンの音を高らかに響かせながら格納庫を出る。格納庫を出て上昇すると同時に速度を徐々に上げると、自動的に可変翼の先端が尾翼にくっつきそうになる程後退し、高速巡航モードになる。

 先に発進したニパをあっという間に追い抜く。

 

「うわわわわわわ! うっわ、速…」

 

 私が彼女の近くを通過した時に発生した衝撃波に襲われ、機体を揺さぶられながら唖然とニパが呟いた。しかし私にはそんな言葉は聞こえなかった。それよりも純粋に感動していた。変わった筒を使っているものの、まるで体一つで飛んでいるような爽快感。これに感動を覚えない者がいるのか、いやいないだろう。

 それよりも敵はどこにいるのか。AWACSのサンダーヘッドやオーカ・ニエーバもいないため誰が敵機まで誘導してくれるのか。

 だがそんな不安は呆気なく払拭された。まるでテレパシーか何かのように、敵機がいる場所がいるのがわかる。体を傾けて旋回し、そちらに全速で向かうとアークバードと同じくらいの大きさの黒い航空機のようなものが飛んでいた。

 これがネウロイなのかと驚くよりも前に、敵機の背後上空について攻撃を開始する。

 

「ガンレディ、ナウ!」

 

 私は機関銃の発射をコールする。引き金を引き、銃口から弾丸が発射される。拳銃ならば訓練で心得はあるのだが、機関銃は慣れない。発射の反動を殺しきれず集弾性が乱れる。しかし敵の図体は大きい。ある程度狙いがぶれても全て命中する。敵機よりも速度に優る私は、一撃離脱を心がけて機関銃で攻撃する。

 だがどうにも効果が見られない。敵の装甲が硬い? いや、命中弾は確かに敵の装甲を削っている。だが何故か速度が落ちる様子も空中分解する気配もない。もう一度ヒットアンドアウェイ、だが効果は見られない。

 私が怪訝に思っていると突如ネウロイの表面を白い雲が覆い、黒い機体が見えなくなる。

 

「えっ? どこに…」

「カモフラージュか!」

 

 遅れて到着したニパが言った。彼女も機関銃で狙いをつけていたがその矢先に敵が雲に紛れて消えてしまった。

 彼女の言葉になるほど、と思う。まさか戦闘中にカモフラージュできる敵がいるとは。だが私にはわかる。何故かは分からないが、敵機の位置が感じられる。例え敵が見えなくなってもだ。

 ニパは敵を探してあちこちに視線を飛ばしながら飛び回る。

 

「くそっ、どこだ!」

「いいえ、そこにいるわ。ただ見えないだけ」

 

 自分が感じる敵の位置、そこに向けて引き金を引く。銃声が連続して響き、被弾したネウロイは悲鳴のような音をたてて姿を現す。

 

「すごい。サーニャさんみたい」

 

 ニパが感嘆して言う。サーニャが誰かは知らないが、ともかく早く撃墜しなければ基地が危険だ。

 攻撃を続ける私達にネウロイが反撃する。赤い光線が私達を撃墜しようと幾条も伸びてくる。まるでアークバードのようなレーザービームだ。私達は散開する。

 F-14の高速性を活かしてレーザーを躱しながら私は銃撃するが、ネウロイに効いている様子はない。これだけ弾丸を当てていれば、機体が折れてもおかしくないだろうに。おまけにニパの機関銃が詰まってしまうという不幸な事故が起こってしまう。その彼女はネウロイからレーザービームの集中攻撃を受けていた。何か妙な模様の物がレーザーを遮っているが、あれは何なんだろう。

 ネウロイの攻撃をニパから逸らすため、私は一撃離脱を繰り返すが、未だにネウロイは落ちない。早くしないとニパが危険だと言うのに。

 

「くっ、どうすれば…」

 

 アークバードのように動力部となっているだろうエンジン部を狙うべきか。そう考える私の目の前でロケット弾が飛来し、ネウロイを襲う。目を丸くする私の前で、白い髪の少女が現れて機関銃で攻撃すると、ネウロイはガラスが砕けたかのように炸裂し、消滅した。

 

「イッル! サーニャさん!」

 

 白い髪の少女とロケット弾の発射機を持った少女との再会を喜び合うニパを他所に、私は呆然としていた。

 

「一体何がどうなっているの…?」

 

 先程まで頑強に空を飛んでいたのに、妙に呆気なく撃墜された。しかも爆散、というよりガラスのように砕けてからあっさりと消滅した。ネウロイとは一体何なのだ?

 突如発生した戦闘と自分が航空機も無しで飛べる状況に興奮していたが、自分が筒を使って空を飛び、ネウロイという存在の実物を目にすれば、もうこの現実を認めざるをえない状況だ。ここは自分の常識が通用する世界ではないと。元いた世界とは違う世界なのだと。氷の上を越えてくるソリを護衛する援軍の少女達を眺めながら、私は全てがどうでもよくなりそうでため息を吐いた。

 

 

 ◇◇

 

 

 サトゥルヌス祭が終わった後、私は第502統合戦闘航空団の隊長執務室に出頭していた。そして私の知る全て――オーシア連邦やユークトバニア連邦共和国、オーシアとユークトバニアの間で戦争が起こった事や15年前のベルカ戦争の事、SOLGの事、片っ端から話した。こういう時おしゃべりなチョッパーがいてくれたらどんなに楽か。陽気なあの声が酷く懐かしく感じられる。

 椅子に座るラル少佐は両手を組んで肘を机に突いて、私の訴えを無表情なままで聞いていた。隊長の両脇に立つ戦闘隊長のサーシャとロスマンも難しい顔で私の話を聞いている。

 

「ふむ。話を総合すると、つまり君はネウロイやウィッチの存在しない別の世界から来た、と」

「えぇ、そういう事よ」

「…正直に言って、信じられない話ですね」

 

 そう呟く戦闘隊長のサーシャの隣でロスマンも頷いている。

 普通なら信じてもらえないだろうが、私の履いていたストライカーユニットという筒が、私が別の世界から来た証拠になってくれた。この世界ではジェットはまだ開発段階で、戦闘に耐えられる状況ではないらしい。可変翼のストライカーユニットもだ。これらは全て戦闘後のサーシャ達の目撃証言だ。

 呆れた様子でロスマンが私に言う。

 

「ウィッチがいないのに、よくストライカーユニットなんて使おうと思ったわね」

「飛べると思ったのよ。なんとなくだけど。それに緊急事態だったから」

 

 私の言葉にロスマンはため息を吐いた。サーシャも頭痛がしていそうな表情で頭を振っている。

 ラル少佐は組んでいた手を解いて、私に質問した。

 

「それで、君はどうしたいんだ?」

「…私は元の世界に帰りたい。どうやったら帰れるか、教えていただけませんか?」

「…そう言われても、我々にはそのような方法はない。魔女(ウィッチ)と名乗ってはいるが、別の世界に行くなどという固有魔法は聞いた事がない」

 

 つまり、元の世界に帰る目処も方法も不明だという事だ。

 絶望的な状況にため息を吐きたくなる。明日になったらシーゴブリンのヘリコプターが助けに来てくれないだろうか、などと妄想したくなるが、現実を見据えて対処しなければならない。

 私がここに来た理由は不明だ。しかしその理由がわかれば、元の世界に戻る目処がつくかもしれない。なら理由がわかる時までなんとか生き延びるしかない。

 そう覚悟する私にラル少佐が話し掛けてくる。

 

「ジェットストライカーユニットを運用できる君は、我々にとって有益な存在だと考える。現在我々はネウロイの巣〝グリゴーリ〟を討伐する準備を進めている。その上で新たな戦力を歓迎する用意もある」

 

 そう言い切って、ジッとラル少佐は私を見つめた。言外に彼女は私に訊いている。502に所属しないか、と。

 痩せても枯れても私は軍人だ。隊長や司令部の命令に依らず、他国軍に所属するなどという独断行動は容認されないだろうが、現在私は孤立しており司令部との連絡は途絶え、隊長もいない。その上で生存するためにあらゆる手は打たねばならない。

 なら私は…。

 

「502に、私を所属させていただけないでしょうか」

 

 子供のような年頃の少女が化け物のような存在と戦おうとしている。ならば自分が逃げるのは、軍人としての責務も現実も放棄したように思えた。ならば戦おうと。軍人としての自分が取れる道は、それしかないと。

 

「では改めて、君の名前を聞こうか」

 

 ビシッと敬礼を決めてラル少佐や502の幹部に自己紹介をする。

 

「オーシア大統領直属非公式戦闘機部隊ラーズグリーズ隊所属のケイ・ナガセ大尉です。よろしくお願いします」

「歓迎しよう、ケイ・ナガセ大尉。我々は強き者を歓迎する」

 

 ラル少佐が立ち上がって手を差し出してきた。私はその手を取り握手する。

 

「よろしくお願いします、少佐」

 

 ラルはニヤリと不敵な笑みを返してくる。

 ブレイズ、貴方は今どうしていますか? どうやら私の戦いはまだ終わらないらしい。いつか会える日を祈っています。

 

 

 

 

 

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