【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~ 作:しとしと
エントゥア、ヤクトワルト、あとボコイナンテがウズールッシャに旅立ち、早くも皆の心には深い寂寥感が宿っていた。
特にエントゥアやヤクトワルトと縁深いシノノンの落ち込みようは大きかった。涙くらい流せば良いものの、周囲の空気を察し、その落ち込みようを皆に見せまいと空元気する様を見て、余計に心を痛めた。
キウルも忙しい合間を縫って何とか元気づけようと動いてくれているが、シノノンの落ち込みようは変わらなかった。
そんな時である。
自分との鍛錬を終えたオシュトルが早々に執務に戻る中、自分は怠けてゆっくり休憩していた頃だ。労い交じりにフミルィルから声をかけられた。
「──シノノンを元気づけたい?」
「はい……あれからやっぱり元気が無くて……私たちで慰めてあげなきゃいけないと思うんです」
「……まあ、確かにそうだな」
実はキウルからも何度か提案はあったのだ。
慰めに行きたいとは思っていたが、エントゥア、ヤクトワルトの抜けた穴は大きく、自分の忙しさもあって行けていなかった。
それに、自分もシノノンに何をしてあげればいいか分からなかったからな。
「ハク様、一緒に行ってくれるんですか?」
「ああ、それはいいんだが……慰める方法とかは考えているのか?」
「はい! 名付けて、シーちゃんのお父さんとお母さん大作戦です~」
「? な、なんだそりゃ」
何故か身の危険を覚える作戦名だ。
しかし、フミルィルも精一杯考えたようで、その豊満すぎる胸を殊更に強調して熱弁した。
「シーちゃんの家族の代わりを、私達で務めればいいと思うのですが……」
「えーと……つまり」
「私がシーちゃんの母、そしてハク様が父として接するんです」
「自分がヤクトワルトの代わりか……」
それはどうなのだろうか。
シノノンは家族に飢えて寂しがっているというよりは、親しい人と今生の別れかもしれないことに怯えているような感覚だろうか。
以前、ウズールッシャ侵攻の際、グンドゥルアはヤクトワルトを利用するためシノノンを虜囚の身としていた。その時には今よりも幼かったことやエントゥアが良くしてくれていた手前、寂しさ等はあまり感じなかったのかもしれない。
しかし、今や成長したシノノンは齢に似合わぬ聡さを持った少女である。これが今生の別れとなる可能性を考慮している可能性もあるのだ。そんなシノノンにフミルィルの作戦がうまくいくのだろうか。
「まあ……いいか」
「あら、本当によろしいのですか?」
「他に案も無いし」
そう、かといって他にシノノンを慰める方法も思いつかない。
物は試し、やってみるのが良いだろう。
「なら、思い立ったが吉日といいます。今から行きましょう!」
「い、今からか……?」
「はい~!」
オシュトルに剣の扱いについてこてんぱんに調教された後なのだ。
欲を言えばもう少し休んでいたかったが、フミルィルの気概は抑えきれない様子である。フミルィルは座り込んでいる自分の手をとり、はやくはやくと急かす。
その勢いに呑まれ、足早にシノノンの部屋へと急いだのだった。
「……シノノン?」
「お? だんなかー? どうした?」
ヤクトワルトのいない今、シノノンはこうして部屋で一人過ごすことも多い。
キウルと共にうろうろしていたり、ルルティエと料理を作ったりと暇を潰してはいるようだが、皆が忙しいときはこうして寂しそうに過ごしているのだ。ヤクトワルトがいなくても、せめてエントゥアがいればな。
「いや、シノノンと遊びに来たんだ」
「おお、そうなのかー!」
「こんにちは、シーちゃん」
「お、なんだ、ふうおねえちゃもいっしょか。まあはいれ!」
諸手をあげて喜びを見せるシノノン。
遊びに来たと言ったはいいものの、さてどう切り出すか。
「だんなとふうねえちゃは、なんのあそびをしにきたんだー?」
「おままごとです!」
「おままごとか、いいぞーおれはとくいだ」
小さな胸を張って了承するシノノン。
そういえば、暇とあればキウルと夫婦ごっこやっていたもんな。
「やくはどうするんだー?」
「えーっと……」
「私がお母さん、ハク様がお父さんですよ」
「ほう、だんながとうさまか……まあ、いいぞ。じゃあシノノンはむすめだなー」
シノノンは少し納得のいっていない表情をするも、うんうん頷いておままごとの合図をした。
シノノンに一度外に出るように言われ、ただいまの挨拶をすることになった。
「ただいまー! シノノン、とうちゃんが帰ってきたぞー」
「こら! とおさま、どこにいっていたんだ? うわきはだめだぞー!」
シノノンから何故か、めっ、と指を差して怒られる。
帰宅早々どういうことだよ。
「な、何だ、シノノン。どういうことだ?」
「かあさまはとうさまがかえってくるまで、おいしいごはんをつくってまってたんだぞ!」
「えぇ……?」
「大丈夫ですよ、私は気にしていませんから」
「かあさま……こんなにやさしいかあさまをほおっておいて、そとにおんなばかりつくって! かあさまがかわいそうだぞ!」
「は、はあ……すいません」
思わず謝る自分。傍から見れば幼女に怒られる情けないおっさんだ。
というか、シノノンの情操教育を担当した奴は一体どんな夫婦生活を教えているんだよ。ヤクトワルトのにやにやした顔を思い浮かべながらも、シノノンの設定に従う。
「かあさまも、こんなとうさますてたらいいんだぞ!」
「いえいえ、ハク様は素敵なところのいっぱいある旦那様ですから、シーちゃんの心配するようなことは無いんですよ」
「そうなのか?」
「はい!」
フミルィルが抜群の手助けを見せ、何とか設定に修正が入り始める。
このままやると、自分は針の筵だからな。ここはフミルィルに乗っておこう。
「そうだぞ、シノノン。自分達は愛し合っているからな」
「ええ、私達は仲のいい夫婦ですから、お母さんとお父さんにいっぱい甘えていいですからね」
そう言ってフミルィルは手を大きく広げて抱きしめる体勢を取った。
シノノンはわあと喜んでフミルィルに飛び込む。そして、その豊満な胸に顔を埋めたり小さな手で掴んだり揉み込んだりしている。その度にぐにぐにと大きく形を変えるフミルィルの──
「おお~、おっぱい、すごいぞ! ふうおねえちゃのはやっぱりでかいな?」
「ええ、シーちゃん。いっぱい触っていいですからね」
「……」
何だろう。見てはいけないものを見ている気がするぞ。
冷や冷やと背中に薄ら寒いものが伝ってくる。この光景は見られてはまずいと何かが直感を下している。
「だんな?」
「あ、な、何だ?」
「だんなはとうさまだろ? いっしょにするぞ」
「いっしょに?」
「そうだぞ、かあさまと、シノノンといっしょ!」
フミルィルと目を合わせるも、いいですよと朗らかに笑う。
そうか、フミルィルが納得しているならご相伴に与るか。
「シノノン、お前は可愛い娘だなー」
「とおさま……ほんとか?」
「ああ、シノノンやフミルィルがいれば、浮気何てせずにこうして帰ってくる方がいいってもんだ」
自分の名誉のためにも浮気に関しては否定しておきながら、シノノンとフミルィルを包むように抱きしめる。
シノノンがフミルィルに抱きしめられ、自分がシノノンごとフミルィルを抱きしめている感じだ。
暫くシノノンはその行為に目蓋を閉じて考えていたが、やがてぽつりと駄目出しを下した。
「……だめだ、あいがたりないぞ」
「あ、愛が足りない?」
「そうだぞー。やっぱりとおさまはうわきをしているんだぞ!」
しまった。忘れかけていた設定を自分の台詞で思いださせてしまったようだ。
「いやいや、そんなことないって」
「うそだな。かあさまへのあいをみせてくれないと、シノノンはふあんだ」
「……例えば、どうすれば愛を証明できるんだ?」
「まず……だんなとふうおねえちゃは、あいしあっているのか?」
「え……」
「えんぎでもほんきでやらなきゃ、とうさまとかあさまのような、めおととはいえないぞ!」
急に厳しいな。
おままごとってそこまで役作りをしなければならんのか。どうするべきかフミルィルの方を向くと、フミルィルは思いついたというように笑顔を向けた。
「愛の証明……もちろん、できますよ~」
「ほう、ならばそのあいをおれにみせてみろ」
「ええ、シーちゃん。見ていてくださいね……ちゅっ」
フミルィルは自分の頬に軽く唇を寄せ、当てた。
驚きに軽く目を見開く。おいおい、演技でそこまでするのか。
「……て、照れちゃいますね~」
「そ……そうだな」
案の定、恥ずかしかったのだろう。フミルィルの頬は真っ赤に染まっていた。
しかし、これだけしてもシノノンの判定は厳しいものだった。腕組みを解かずに言葉を発した。
「ほっぺにちゅうくらいだれでもするぞ」
「だ、誰でも? ……そうか?」
「おう、おれのとおさまとかあさまになるなら、もーっとあいしあってないとだめだぞ!」
「もっと……」
もっととは一体どういったことをするのだろうか。
フミルィルと顔を見合せて考えを巡らせている間に、フミルィルは何か思いついたらしい。ぱっと花のような笑顔で両手を合わせた。
「わかりました……これがお父さんと愛し合っている証拠ですよ~」
「──むぐっ!?」
フミルィルは自分の頭を掴むと、その豊満過ぎて育ちすぎてなお育ち盛りである胸の谷間に突っ込んだ。
一瞬呼吸ができなくなる圧迫感、そして弾力、そして何やら漂う高貴な香りに酔ってしまう。思わず離れようとするも、視界を塞がれている今どこを掴めば良いのかわからず手が彷徨う。
「ほら、こうやって旦那様をしっかり抱擁するのが愛し合っている証拠です~」
「おお~だんな、やくとくってやつだな」
「──っ!!」
やばいやばい、こんなところ誰かに見られたら処刑ものだ。
特に見られるとやばいのは──と一人の女性の顔と声が浮かんだところだった。
「ハ、ハ、ハ~ク~……!? し、シノノンが心配で来てみれば……こ、こここ、こぉんなところで、フミ、フミルィルとなぁにをやっているのかな……!」
──げ、幻聴だと言ってくれ。
この世で最も見られたくない人の声だ。自分の頭の中にだけ響いているだけだと証明してくれ。
フミルィルから解放され視界が明るくなると、そこにはしゅるしゅると蠢くクオンの尻尾。
憤怒の表情のクオンを見て、避けられないものと知る。そういえば、この処刑方法も久々だな。
「ハク! フミルィルにだけは手を出したらダメって言ったかな!」
「あぎゃああッ! や、やめ……冤罪だあっ!」
久々の尻尾攻撃は痛すぎる。
いくら鍛えても頭は鍛えられないのだ。ヘチマになるくらいの握撃を受け、ただただ悲鳴をあげる。
「おごぉお……! っ、よせっ、よせーッ! 壊れる、頭壊れる!」
「ちょっと血抜きして冷静になろっか……!」
「クーちゃん、ハク様はシーちゃんを励まそうとしただけで……」
「へ、へえ……シノノンを励ますことと、フミルィルの胸に頭を突っ込むことは関係があるのかな……!」
「ええ、私達が愛し合っている証拠を見せるためです!」
フミルィル、絶妙に言葉が足りない。
尻尾の加減が動揺を示すように強弱する。このままでは仮面ごと頭が粉砕されるであろう。
「え、演技だ! 演技でシノノンを元気づけようと……おごおおっ!」
「へえ、演技でね……胸に頭を突っ込んだと」
自分も絶妙に言葉が足りない。というか、話させてもらえない。
痛みで全身がぴくぴくしてきた、まさか生きながらにして死後硬直が始まっているのか。
そんなやりとりをずっと見ていたのだろう。シノノンは急に大きく笑いだした。
「あはははっ! やはりだんなのそばはおもしろいなー!」
「シノノン……?」
そこで、シノノンの様子がおかしいことにクオンは気づいたようだ。
シノノンは笑ってはいるが、心の底から楽しんではいない様子なのだ。
「もう、だいじょうぶだ。おれはつよいおんなだからな。みんながはげまそうとしてくれるのはうれしいが……」
クオンはシノノンが無理して言葉を発している姿を見て、心配になったのだろう。
尻尾の締め上げる力を緩め自分を放り投げた後、シノノンに駆け寄った。
「シノノン……無理しなくてもいいんだよ?」
「あねご、おれはむりなんてしてないぞ」
「シーちゃん、寂しかったら……泣いたっていいんです」
「……そんなこと、ないぞ。つよいおんなは、なかないからな」
強がり続け、涙を堪えてそう言うシノノン。
きっと、ヤクトワルトという憧れの父の姿を思い描いて、こうして無理をしているんだろうな。
仕方がない。強い奴だってたまには泣いちまうことを証明しないといけないな。
「……うおーっ! エントゥア、ヤクトワルト行かないでくれ! 自分は寂しいぞーっ!」
「ハ、ハク!?」
「うおおおん、うおおおおん!」
叫び、クオンに締め上げられた痛みのために出た涙を大量に溢れさせる。
「ちょ、ちょっとハク……!」
「ぐすっ、ぶしゅ、ぶえええ……!」
傍目から見れば、気丈にも涙を堪えている幼女と、痛みでめそめそ泣くおっさんを二人の美女が軽蔑の眼差しで見つめている状況である。
何だろう、違う意味で泣けてくるぜ。
「……ったく、だんなはなさけないな……それでもおとこか」
「はっ……強い男もたまには泣くんだよ。きっと、ヤクトワルトも自分と同じように寂しくて泣いているさ……ぐすっ」
未だ続く頭の痛みによる涙と鼻水だらけの顔で、シノノンに微笑んだ。
すると、シノノンは唇を噛み締めて震えた後──
「そ、そんなことない……だんなとちがってとおちゃんは、つよいおとこだからな……とおちゃん……う、うぅ……と、とおちゃん、ねえちゃ……うぅ……!」
「シノノン……大丈夫だよ、きっと会える」
「ええ、シーちゃんのお父さんはとっても強いですから、皆守って戻ってきてくれます」
「うぅ、あねご……ふうおねえちゃ……うわぁああん」
クオンとフミルィルに抱きしめられ、シノノンは声をあげて泣き続けた。
死んだわけではない。しかし、もう会えないかもしれないという恐怖はやはり耐えられるものではない。シノノンはしっかり者だが、心はそれでも年相応なのだ。
しっかり泣けば、心もいくらか落ち着いてくるだろう。
感情を爆発させるように泣き続けるシノノンを優しくあやしながら、三人で顔を見合せる。
皆の表情にはシノノンの感情を引き出すことができた確かな安堵があった。これからも時々シノノンの様子を見ることは必要だろうが、暫くは想い詰めることもないだろう。
ヤクトワルト、エントゥア、頼むから無茶はするな、シノノンのためにも生きて帰って来てくれよ。
──そういえば、自分がライコウに囚われた時も、皆はこんな気持ちだったのだろうか。
暫くして、シノノンが泣き止み幾分落ち着いてきた頃。
「……だんな、あねご、ふうねえちゃ、ありがとう」
「いいってことよ。また泣きたくなったら一緒に泣いてやるさ」
「おう、だんな」
「シノノンちゃん、いるー?」
「お、おー! キウルか、はいれ!」
話は終わり、皆も執務に戻ろうとした時、交代でキウルが部屋に入ってきた。
シノノンはキウルが入ってくると慌てて涙の痕を拭い、笑った。
──なるほど、キウルにかっこ悪いところは見せないってか。
ある程度弱みを見せた方が男はころっといくもんだが、シノノンは惚れた男の前では相変わらずいい女を続けるようだ。
それじゃ、邪魔しても悪いな。早々にお暇することにする。
「あ、あれ? ハクさん達もいらっしゃったんですか?」
「じゃ、キウル、後は任せたぞ」
「え、え? は、はい!」
クオン、フミルィル、自分は外に出て、後はキウルとシノノンの二人の時間を作ることにした。
廊下を歩く道すがら、クオンが申し訳なさそうに謝ってきた。
「ご、ごめんね、ハク……なんか勘違いしたみたいで」
「まあ、クオンのそういうところは昔からだからな。慣れてるさ」
「む……そ、それはそれでなんか納得いかないかな」
「なら攻撃する前に少しは話を聞いてくれ」
「だ、だってあんな光景……」
「まあ、とりあえず誤解だってことをわかってくれたらいいさ」
クオンの言い分もわからなくないからな。
自分も逆なら乳繰り合っていると思って瞬時に襖を閉めるところだ。
そういえば、先程からフミルィルは黙って廊下を歩いている。どうしたのだろうと見やると、何やら熱っぽい瞳でこちらを見つめていた。
「? どうした、フミルィル」
「ハク様、今日はシーちゃんのこと、ありがとうございました~」
「ああ、まあ……フミルィルの案がうまくいって良かったよ」
「いえ……きっと、シーちゃんはハク様が一緒に──だから、これはお礼です」
そう言うと、フミルィルは一歩こちらに踏み込んで、自分の頬にその唇を当てた。
「っ!?」
「ふふ……またシーちゃんのところで夫婦ごっこしましょうね」
ふわりと香る高貴な匂いを残して、フミルィルは赤くなった頬を隠すように足早に走り去っていってしまった。
残されたのは、フミルィルの唇に触れた頬を抑え唖然とする自分と──
「──ハ、ハ、ハ~ク~!?」
「ち、違うぞ!? や、やめ……あああああああッ!」
これが、傾国の美女たる所以か。
シノノンのことが落ち着いた余韻に浸る間もなく、恐怖と痛みによって記憶は上書きされていくのだった。