【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~ 作:しとしと
「ここは……?」
巨大な光の奔流に体が呑まれ、目を開ければそこは不思議な空間であった。
自分の手を見れば、そこには人間としての手があった。だが、薄く透けるような存在の希薄さが、己の肉体無く精神だけがここに来たことをおぼろげながら理解する。
「ッ……クオン!」
前方を見やれば、兄貴が入っていたカプセルのような黄色い繭の中に、クオンが自らの体を抱きかかえるようにして眠り、囚われていた。
傍を見れば、もう一つの繭の中には、空ろな目をしたウォシスの姿もあった。
そして──
「あんたが……アイスマン……ウィツァルネミテアの、正体か」
「そうだ……」
二つの繭の中心に位置する、巨大な生物──いや、化石か。
猿、いや人をベースにしたとも言えるが、その牙や体の構成から、そのどちらでもない異形の姿であることを理解する。
その額にはハクオロから渡されそうになった見覚えのある仮面のようなものが附随しており、この者こそが世界の始まりの神であると認識した。
「宣言通り、クオンを返してもらいにきた」
「……見事なり、縁無き人の身でここへ来たのは其方が初めてだ」
でろり、と繭が崩れ、クオンが解放される。
慌ててクオンの元へと走り、その背を起こして表情を見る。
「良かった……」
気を失ってはいるが、命に別状は無さそうだ。
ただ、救いに来たのは、もう一人いるのだ。
もう一つの繭を指さす。
「すまんが……そいつも連れ帰っていいか?」
「……彼奴は願いの代償にここにいる。我に契約を破棄せよと申すか」
「ああ」
「もはや代償として失った精神は戻らぬ。それでもか?」
「ああ、そんな奴でも、兄貴の大事な一人息子なんでな」
「そうか……」
化石は化石のまま、その表情を動かさず声だけ響いている。
その声色から感情を読みとらねばならなかったが、ほぼ無機質であり僅かに哀しみが感じ取れるだけ。故に、その意図は読めなかった。
「依代が無ければ、我はこの世に顕現できない。それでも、彼奴を連れて帰ると?」
「……ああ」
「そうか……我に孤独に戻れと、言うのだな」
「孤独?」
そういえば、戦っている最中も、この孤独と絶望について奴は常に嘆き、言葉にしてきた。
その意味について知らぬまま問答を続けることに忌避感を得て、思わず問うた。
「あんたの言う、孤独って何なんだ」
「世界にたった一人……我と同じ存在は無く……愛する者、理解するものもいないこと……」
「……」
どこから来たのか、宇宙人のように空から来たのか、来歴はわからん。
しかし、奴がこの世にたった一人の存在であることだけはわかった。
嘆くように言う、その孤独の本当の意味はわからなかったが、かつて自分も似たような孤独を経験していることが頭に過る。
自分と兄貴は、大いなる父最後の生き残り。
どれだけデコイと交わろうとも、その種としての意味で一緒になることはない。
しかし、大神に挑みし者として、仲間の全てを結集したのだ。たとえ一時的ではあっても、オシュトルとは命と魂すら融合させ、共に戦えた。
それはきっと、目の前に居る存在にもできることなのだ。いや、過去にしてきた筈なのだ。それに、気付いていないだけで。
「自分は……あんたが羨ましいがな」
「何?」
「大いなる父は、もう兄貴と自分だけだ。だが、あんたはどうだ……愛するヒトと子を育み、あんたの遺伝子がこの世界を覆い繁栄している」
「……」
「あんたを、この世のうたわれるものとして愛し、信じている奴に、自分は孤独で哀れな神だって罵るのか?」
「……うたわれるものと呼ばれる者に対して、その言い様か」
「すまんな、自分もうたわれるものなんだ」
デコイにとっては、この世界では並ぶ者らしいぞ。
怒りを買ったかとも思ったが、その声色は変わらぬまま興味を引いたように言葉を続けた。
「……面白い漢だ……なるほど確かに、大いなる意志が其方を選ぶ理由もわかろうものだ」
「それで……どうなんだ?」
「解放しよう」
繭の中からウォシスがどろりと這い出てくる。
廃人のようになってしまったかもしれないが、生きているだけで丸儲けのようなものである。
「依代無き我は眠る……しかし、クオンは我が血を継ぎし者。再び目覚めることもあろう」
「……そうだな」
ハクオロさんによれば、起きるたびに戦乱を起こしてきたそうだから、碌なことにはならんだろうな。
「故に──我に願え」
「願い?」
「そうだ……其方が言っていただろう。神は影から見守る存在で良いと……故に願うのだ。我を永久に眠らせ、この世界を影より見守る存在となれと」
戦いの最中、確かに奴に言った言葉だ。
ライコウのように、ヒトはヒトとして考え、生きていく時代となった。そこに、願いを叶える神様は不要だと。故に、神様らしく影から見守るだけの存在で良いと。
しかし、願いには代償が伴う筈だ。
「……それは、あんたが勝手に叶えればいいことじゃないのか?」
「我の意志は、我自身では抑えられぬ……」
「そうなのか?」
「そうだ……我の力は根源の意志より生まれ出ずるモノ……大いなる意志に従い……我が感情も、理屈も通じない巨大な意思の奔流に身を任せている……故に、その意志の定めるまま他者の願いを叶えることができても……我自身の願いを叶えることはできぬ」
巨大な力を扱うが故の、代償とも言うべきものか。
ウィツァルネミテアさんも苦労しているってことだな。
「故に──願え。世界の大いなる意志に選ばれた其方であれば、願いは叶う。そして……その代償をその身に受けよ」
「代償、か……」
ハクオロさんは、大いなる意志は自分を新たな大神にするためだと言っていた。
ならば、この選択はどういう結果になるのだろうか。
「……代償は、何なんだ?」
「恐らく……力無き大神として……我の孤独、絶望、咎を背負うこととなろう」
「力無き、大神?」
力無き大神とは何のことであろうか。
目の前の化石は、その答えを言う。
「この世にとって力無き大神──それは人だ。其方は、神に代わる……影とうたわれるものとして……力無きまま我の使命を永劫背負うのだ」
「──影と、うたわれるもの……」
「そう、神と人の世を終わらせるための使者、大いなる意志が定めた者として……」
ハクオロさんが言う大いなる意志は、自分が新たな大神となることであった。
きっと、本来の未来であれば、新たな大神となった自分は、自分の考えもあって必要以上に世に干渉せず、この世界を影より見守る存在となったのだろう。
その結果、この世は神と人の世の時代が終わり、新しくヒトの時代が始まることとなった──筈だったのだ。
その定められた大いなる意志による未来を、大神としてではなく人として全うする。
そういうことか。
「……クオン」
両の手に抱いているクオンへと目がいく。
安心したように眠る姿は、とても美しかった。
本当は、代償なんてものはどうでもいいんだ。
何より、自分の愛するクオンが、これから自分の力に脅えずに生きていけるなら──
「……わかった。願うよ、クオンが救われ……あんたがそれで、楽になれるんならな」
「ああ……感謝する。力の大きさと愛深き故に、我が魂を分け、尚憎しみ合い、それでも己を滅ぼせなかった哀れな神は、今ここで永遠の眠りにつくとしよう」
その言葉にあるは、己の否定と寂しさ。
人の身である自分には、その永劫続く愛と孤独と絶望の輪廻が果たしてどれほどの悲しみかわからない。
かつての兄貴も己の罪を悔やみ、己を責め続けていた。その姿が重なり、思わず励ましの言葉を口にした。
「まあ、そう卑下するなって……あんたと、ハクオロさんが、この世をここまで繁栄させてきたんだ」
「……我が罪を許すというか?」
「この世界は、美しい……それだけで、人とあんたがしてきたことは無意味じゃなかったって言える……あんたを責めるつもりもないし、自分達の驕りを責めるつもりもない。わかっているのは……この世界はもう彼らのものだってことだ」
「……」
「あんたがどんだけ働いたかは知らんが……もし、あんたが自分と同じ研究員だったなら膨大な年休が貯まりに貯まっている頃だろうぜ。自分達はもうこれ以上、彼らにあれこれしてやる必要は無いんだ」
「……そうだな」
「だから、お休み。神さまよ……後は、人である自分が、人の罪を清算し、終わりにするさ」
化石は動かぬ筈だった。
しかし、その頬とも呼ぶべきものが少し傾き、最後に感情らしい笑みを見せる。
「大いなる意志に選ばれし、大いなる父よ……いや、ハク……ありがとう」
その言葉を最後に、その真の姿は風に攫われるように消えていった。
○ ○ ○ ○ ○
クオンが目を覚ました時、そこはオンカミヤムカイ最奥の地、大社のある場所であった。
「ここは……」
「姉さま、起きたのですか……良かった……!」
「怪我も無いのに目を覚まさないから、心配したのですよ……」
「ネコネ、母さま……!」
周囲を見れば、涙を溜めて言うネコネと、包帯の痕が痛々しいも血色のいい母さまの姿があった。
「姉御も無事で、万々歳ってところじゃない」
「ええ、外の消滅騒ぎも沈静したようですから」
「うむ! これにて一件落着なのじゃ!」
ヤクトワルトとオウギ、そしてアンジュの笑み。
周囲の仲間たちの笑みに囲まれている中、エルルゥが私の後方へと声をかけた。
「あなた、クオンが起きましたよ」
「ああ……」
「? え……あ、貴方は……!」
そこには、オボロお父様やドリィとグラァ、ウルお母さま、カルラお母さまや、トウカお母さま、ベナウィやクロウ、カミュお姉さま、アルルゥ姉さま、クーヤ姉さま、サクヤ姉さまに囲まれた──ハクオロの姿があった。
「クオン……か」
「あ……あぁ……!」
初めて見る顔。
しかし、彼が自分にとってとても大切な存在であることは理解できた。
「クオン……ユズハに似て、綺麗になったな……」
「お、お父さま……なの……?」
「そうだ……今まで会えなくて、すまなかった」
ぎゅっと、その体を労るように抱きしめられる。
エルルゥが重ねるようにして、私をハクオロと共に抱きしめる。
その安心感に、涙が溢れる。
「ひっく……ずっと、ずっと……貴方に……ぐすっ……会いたくて……!」
「ああ……ようやく、この手で君を抱きしめることができた……」
「うん……うん……お、おかえり……なさい……お父様……!」
私が泣く姿を仲間に見せるのは恥ずかしかったけれど、子どものように泣いてしまう。
しかし、お父様がどうしてここにいるのだろうか。
「彼のおかげで、私は娘に会えた……」
「彼?」
「ああ、彼がウィツァルネミテアの真の眠りを願ったおかげで、私は依代の呪縛から解放された」
「解放……」
「あそこを、見てごらん」
ハクオロが指さすは、社があった場所。
そこには、見たことは無い筈であるが、どこか懐かしさを感じる異形の姿──その巨大な化石があった。
「あれが……ウィツァルネミテア?」
「そうだ……もはや、ウィツァルネミテアがこの世に顕現するための依代は……必要ないんだ」
「これから、母さま達と一緒に、過ごせるの……?」
「ああ」
「……ッ!」
ぎゅっとその喜びでハクオロを抱く。
今まで甘えられなかった分、今だけはと母様に代わって独り占めをする。
「くっ、兄者とユズハが見える……駄目だな、歳を取って、涙、もろくなっちまったもんだ……」
「若様は……」
「昔からよく泣いていたように思いますけれど……」
オボロお父様も私の涙に釣られて号泣していた。
他のお母さま達も、私とお父様の初めての邂逅に穏やかな笑みを浮かべてくれていた。
ただ、気になることがある。
「ねえ、ハクは……?」
「……」
そういえばと周囲を見やるも、オシュトルも、ミカヅチもいない。
しかし、そう問うても、皆の表情は一転して暗くなる。
「え……ど、どうしたの、皆……ね、ねえハクは、どこ? ねえ、お父様」
「ん……彼は……」
目を反らし、押し黙ってしまうハクオロお父様。
それならばと、ハクの傍にいつも付従う彼女達に問うた。
「あ、貴方達なら知っているよね? ねえ、ウルゥル、サラァナ……?」
「主様は……」
「……遠いところへ……行ってしまわれました……」
「な……なにそれ……嘘……嘘、だよね……?」
皆は悲痛な表情でその視線を下へと向けた。
ぞっとする感情が己を襲い、恐怖に体が震える。
「ま、まさか……」
「くっ、ハクは、ハクは……」
「おにーさん……ぐすっ」
ノスリやアトゥイが震える声で涙を堪えた。
その絶望に感情が爆発しそうになった時である。
「──はあはあ……ちょっとそこ走って見たんだけど、はあはあ……やっぱり弱くなってるぞ……! 直ぐに息があがる……!」
「ふむ、仮面より根源の力が引き出せなくなり……我らも元の身体能力に戻ったというところか」
「残念だ、ハク。あれだけの戦いができる者が一人減るとは」
「はあはあ……まあ……もう戦乱もないし、いいだろ」
そこにいたのは、仮面が外れて素顔を晒しながら息を切らせているハクと、それに連なって仮面を外し元気にしているオシュトルとミカヅチの姿であった。
「え……ハク……?」
「お、起きたのか、クオン」
「だ、だって、遠くに行ったんじゃ……」
「ああ、確かめたいことがあってな。ちょっと遠くまで一緒に走ってきたんだ」
「お疲れ」
「汗を拭きますね。お茶などいかがですか?」
「ああ……って持ってきてるのか?」
双子を見れば、先程の問答はどうしたのかすまし顔でハクの汗など拭き始めている。
しかし、感情が揺さぶられ過ぎて思考は混乱し、二の句が継げない。
「で……皆、どうだった? クオンの中にある神様の力が解放されそうだったりしたか?」
「いや、衝撃を受けてはいたが、力の波動は感じなかったぞ」
「そうやなぁ……またバリバリ~って凄い力見せてくれるん期待したんやけどなぁ」
「だ、騙していたの……?」
にやりと笑みを浮かべるはノスリやアトゥイ。
「すまない、クオン……彼がどうしても、とね」
「ごめんなさい、クオン様……」
「怒っていいのですよ、姉さま!」
お父様やルルティエ、ネコネなどは申し訳なさそうにその頭を垂れていた。
「まあまあ、こうして生きていたんだから、許してくれよ。なあ、クオン」
「旦那……ほどほどにしとかないと愛想尽かされるじゃない」
「そうですよ、ハクさんは心臓に悪いことを提案し過ぎです」
「ふふ、まあ……仮にハクさんが死んでも、別にクオンさんは悲しまないという可能性もありましたが」
「おいおい、オウギ酷いこと、言う……な……って、く、クオン?」
絶望の感情は燃え上がる憤怒へと代わる。
ハクのことだ、きっと本当に神を封印しきれているか確かめたかったのもあるのだろうが──他にやり方があるだろう。
「ほ……本当に……し、し、心配、したんだから……ッ!!」
「ま、待て、クオン……今の自分は元の人になっちまったから超弱いんだ……そ、その尻尾をどうする気だ、クオン、待て……やめ、やめ……!」
怯えるハクのところに瞬時に駆け寄り──ぎゅっと、ハクの体を抱きしめた。
「? おい……く、クオン?」
「本当に、心配したんだから……!」
「……そうか、悪かったな」
痛い程に抱きしめ、二度と離さないと誓う。
ぎりぎりみしみしと関節が軋む音がする。
「あの、い、痛い……」
「もう、離さないかな……!」
「そ、それはわかった。あの、痛い、マジで痛い……く、クオン……?」
「絶対に……離さないかな……!」
「や、やっぱり、ちょっと怒って……んぎゃああああッ!!」
ハクが痛みの限界で悲鳴をあげるも、こういうことは痛みが無くては覚えない。
私を心配させるなんて二度としないように、しっかり刻み付けておく必要があるかな。
「……エルンガー直伝」
「ちょ……アルルゥ~? そ、それは、どういう意味かな~?」
「ここにもいた」
「アルルゥ~~!!」
エルルゥ母さまとアルルゥ姉さまが懐かしいやりとりをして追いかけっこをし始める。
それを、仲間の皆が微笑ましく見つめていた。
私達は、勝ったのだ。
ハクは、私を助けてくれ、根源の誘惑から、血の呪縛から解放してくれた。
何よりも愛おしく、いつまでもいつまでも、その体を抱きしめ続けていたのだった。