【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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最終話 影とうたわれるもの

 男は、ある場所へ辿り着かんと既に打ち捨てられた遺跡へと一人足を踏み入れていた。

 

 先代より聞き及んでいた場所はここだった筈──と、暗い地の底のような旧時代の遺跡を、灯りを持って奥へ奥へと進む。

 すると、見慣れぬ機械の壁や蛍光灯等、明らかに数千年は先を行っているであろう技術を用いた施設の一端が顔を出した。

 

「む……開かぬな」

 

 しかし、その先の袋小路に辿り着き、どうにも扉のようなものではあるが、横にも縦にも押しても開かない扉が目の前に現れた。

 

 そこで暫く四苦八苦していると、ぶぅんという起動音と共に、誰かの声がする。

 

「来客とは珍しい。誰だ?」

「あ、あなた様が……!」

 

 そこには、扉の横の壁から、顔を覗く様にして顔が映し出されていた。

 先代が言っていたのは確か、もにたー、というものであったか。

 

 先代から受け継ぐように聞き及んでいた風貌の顔をした男がいた。

 随分若いが、その姿は仮の姿とも聞いている。

 

 故に、彼に会えばこの名を言うと良い、と伝え聞いていたその名を呼ぶ。

 

「あなた様が、影とうたわれるもの──ハク様であらせられましょうか?」

「……その名を知っているってことは……そうか、代替わりか。入ってくれ」

 

 男の言葉に呼応するように、しゅんと目の前の扉のようなものは一瞬にして消え、その先の部屋を示した。

 

 促されるまま中へと入り、周囲に浮かぶ底知れない技術の一端に息を飲む。

 触っても良いものか迷うが、気になり手に取っては眺め、再び元の場所へと戻す。

 

 ここに来た理由も忘れ夢中になって触っていると、そこに先程もにたーに映っていた男が姿を現した。

 

「はは、ここに来た奴は大抵同じ反応するが、先代以上に好奇心旺盛な奴みたいだな」

「し、失礼致しました」

 

 あまりじろじろと見たり触ったりして、怒らせてしまったかと思ったが、目の前の男は優しい笑みを浮かべている。

 

「まあ、座ってくれ」

「はっ、失礼致します」

 

 見慣れぬ材質でできた椅子を勧められ、促されるまま座る。

 相手も近くに腰掛け、自分に興味を持ったように瞳を見つめてきた。

 

 その視線に圧はない。それどころか、全てを包み込むような優しき雰囲気を持った御方であった。

 

「貴方様が、この世の生証人……この世界の影と言われる御方……」

「まあ……そんなとこだ。それで、ここには何用で?」

「はい、某は先代から功績を認められ、皇の位を受け継ぐ予定なのです。代替わりの挨拶にと」

 

 ハクと呼ばれる男は、何やら苦々しい表情をして頬をかく。何か今の言葉に不都合があっただろうか。

 

「そうか……義理堅い奴だったが、あんたに自分のことを喋ったか」

「? 貴方様が、代替わりの際には、必ずここへ来るよう厳命していたのでは?」

「いいや。何なら、先代……いや、そのずっと前の世代から、もう来るなよって言い続けてどれくらいか……」

 

 どうやら、別に必ず挨拶に来なければならないわけではないらしい。

 そういえば、と男は自分にある質問をする。

 

「そうだ。これは、ここに来る奴にはいつも聞いているんだが……あんたの先祖は誰だ?」

「先祖……」

 

 そういえば、先代よりこの男と会う際には必ず家系図を調べてから行くのが良いと言われていた。

 しかし、先代、先々代など、いくつかの名をあげるも、男はあまりピンとこないようである。

 

「えっと……一番わかるのは、まだ帝政だった時代だ。アンジュ政権くらいからだな」

「であれば……その頃の某の家系は、アンジュ政権初代総大将であらせられるオシュトル様の血を引いている……と言われています」

「なるほど……オシュトルか。どことなくその尖った眉が似ているとは思っていたよ」

 

 指を差され、思わず自らの眉を抑える。

 

「デコイは母方の容姿を継ぐからな。最初見た時は、ネコネと自分の血を継いでいるのかと思ったが……そうかオシュトルの方だったか」

 

 ネコネ、その人名が教科書にすら載っている偉大な人物の名であることを知り、思わず聞き返す。

 

「? ネコネ……もしや、学士制度の改革者、現代教育制度の母とうたわれる御方ですか?」

「おお! そうそう、そのネコネだ」

「やはり……確か、曽祖父が、ネコネ様の家系と言われる方と見合い婚をされていたと思いますよ」

「そうなのか……ってことは薄いが自分の血も入っているみたいだな」

 

 その言葉に驚いた。

 家系図についてはかなり調べ上げたが、そこまでの記録は確かなかった筈。

 

「そうなのですか? しかし、そのような記録は……」

「まあ、帝都を去る時に、消せるもんは消したからな」

「そうだったのですか……」

 

 現在の教科書には必ず載る偉人ネコネ様と縁があったというのか。

 であれば、このような場所で過ごすことなく、そのまま表舞台に立ち続けることもできた筈。

 

 権力を捨て、なぜこのような場所に居るのか。

 聞いても良いか迷ったが、目の前の男であれば許してくれると不思議と信じられた。

 

 故に、聞く。

 

「なぜ……このようなところで、ずっとお過ごしに?」

「うーん……人はな、権力を持ちすぎると腐る。大きければ大きい程、長ければ長いほどな」

「……」

「まあ、それでも本来であれば死が訪れ、その腐ったもんも自浄作用があるんだが、自分は何の因果か死なんのでね」

「だから、ここにいると?」

「他にも理由はあるが、そうだな」

 

 何てことの無いように言う男であるが、永遠の命を与えられ尚権力はいらぬと言える漢の思考が、己の好奇心を燻ぶらせた。

 

「他の……理由とは?」

「まあ、自分の能力をよく知っているからさ。どのくらいの権力であれば自分は正気でいられるのか、とかな」

「それは、どの程度の……」

「大宮司だったあの頃は忙しくてな……思いだしたくない仕事量だった」

「そ、そうなのですか」

「時間というものがある限り……人が抱えられる権力も、仕事も、できることも、限りがある。自分はその大事な時間を、愛する人と……のんべんだらりと使いたかった、それだけさ」

 

 目の前の男は、その言葉に懐かしむように、愛おしいものを思い出すかのように、優しい笑みを浮かべている。

 一見怠け者の言にも思えたが、為政者としての心構えにも通ずるところがあるとも感じていた。

 

 故に、先代が何故最後にこの言伝を某に齎したのか、それを以ってして代替わりを成すと命じたのか、その理由がわかった気がした。

 

「なぜ、先代が貴方様の元へと馳せ参じるように言ったか理解できました」

「?」

「為政者として、貴方の言葉、纏う雰囲気は見習うべき物、そう感じました」

「そうか? そうか……ま、褒め言葉として受け取っとくが、あんまり自分みたいになるなよ。自分みたいな人間が増えたら世界がぐうたらだらけになっちまう」

「ふ……そうでしょうか」

「ああ、あんたはオシュトルに似て真面目そうだから、特に自分になんか影響されたら駄目だぞ」

 

 既に長い年月を過ごしている筈の生証人であるが、その悪戯好きの笑みは若い男のものそのものであった。

 

「じゃ、先代によろしく言っといてくれ」

「は、はい」

 

 そう言って、男は立ちあがる。

 もっと話したいと思わせる雰囲気を纏った漢であった。しかし、彼がそういうのであれば、私もこの場を去らなければならないだろう。

 

 残念気にしていたのを気づかれたのか、目の前の男はふっと笑みを浮かべると、誘うように目線を向けた。

 

「好奇心旺盛な奴だ。忙しい時分あんまり相手はできんが……ちょっと見て回るか?」

「っ、は、はい。是非!」

 

 遺跡はその殆どが破壊され崩れ落ち、もはや人も長く立ち入らぬ場所となっている。

 このような未知の技術に溢れた場を見て回れる機会などそうそうあることではないのだ。

 

「確かに、ネコネの血も入っているんだな。目の輝き方が似てる」

「っ、も、申し訳ありません」

 

 男は苦笑しながらそう言い、施設の扉を開けて中へ入るように促す。

 そこには──

 

「「主様」」

「おお、お前ら、調子はどうだ?」

「な……彼らは?」

「ん、まあ……調査に行った時に色々拾っちまったり、その息子娘だったり……だな。どこでも行っていいって言っているんだが……物好きにもここにいてくれる奴らさ」

 

 そこには、白衣を来た双子の者や、数多の研究員と思わしき人物達が慌ただしく動き回っていたのだ。

 狭い遺跡であると思っていが、地深き場所でこのような形で発展しているとは。

 

「で、どうだ。調子は」

「万事良し」

「臨床実験の準備は滞り無く終わっています」

 

 その言葉に、よしよしと頷くハク。

 様々な研究員たちに指示を出し、何かの実験を行うようである。私は戸惑うばかりで右往左往していると──。

 

「おお、来客との会話は終わったのか、ハク」

「うわっ!!」

 

 ぶぉんと、何もなかった場に突然老人の姿をした者が現れ、驚きの声をあげてしまう。

 

「おいおい、あんま驚かしてやるなよ、兄貴」

「ほっほっほ、この客を驚かす瞬間が余は待ち遠しくてのぉ」

「か、彼は?」

「ああ、この瞬時に姿を現すのはホログラムっていってな……そんでこれは自分の兄貴で──」

 

 諸々説明されても、その単語の羅列の意味も、何を言っているのかもまるでわからない。

 

「そんで、今から何をするかと言うとだな……タタリって知っているか?」

「タタリ……あ、遥か昔にその存在を消したという?」

「ああ、そのタタリだ」

 

 赤き肉を蠢かせ、その肉を喰らい膨張する禍日神と聞いている。

 おとぎ話として伝え聞いている存在であるが、それが何なのか。

 

「タタリはな、実は元は人だったんだよ」

「な……そうなのですか?」

「ああ、今やっている──というか、自分がずっと研究しているのはそれでな。ほら、これがタタリだ」

 

 そうして指し示すところには、巨大な球状の物体が浮かんでいた。

 その中にいるのは──

 

「? これが、タタリと呼ばれる者なのですか?」

「そうだ」

 

 そこには、小柄な少女の姿があった。

 水で満たされた半透明の球状の中に浮かぶ少女の瞳は閉じられ、深く眠るように漂っている。

 

「その……タタリというには、随分、その……」

「可愛らしい姿をしてるってか? その通りだ、元々はもっと違う姿をしていたんだぞ。ここまで戻すのに大分時間がかかった」

 

 ハクは、これまでの優しげな雰囲気から一転、中に浮かぶ少女を見て何とも哀愁のようなものを漂わせていた。

 

「折角の機会だ。ちょっと結果を見ていくか?」

「は、はい」

 

 何をしているかはわからないが、見せてくれるのであれば見させてもらおう。

 そして、そこにいる全ての研究員がハクの判断を待つかのように視線を向けた。

 

「実行可能ですが、如何いたしますか?」

「ああ、最後の臨床試験だな……」

「……良いのじゃな、ハク」

「ああ、兄貴よ……今日は縁故ある来客が訪れた良き日だ。神だの運だのに頼るつもりはないが……きっとこれで……」

 

 ハクはこちらを見てにやりと笑うと、決意の表情をして何かを押し込んだ。

 すると──

 

「ぅ……」

 

 水に浮かぶ少女に、鋭い針のようなものが刺さり、何かが注入されていく。

 少女のうめき声とともにごぽりとした空気が漏れる。

 

 皆が緊張の様子でそれを眺め、やがてどれくらいの時間が過ぎたろうか。

 

「体表面、安定」

「臓器等も復元確認致しました」

「よし、解放しろ」

 

 ぶしゅうと内より満たされていた水が徐々に流れ出て、少女の姿は底へと落ちていく。

 そして全てが流れ落ち、空洞となった球状の装置は花びらの様に上部から開いた。

 

「……」

 

 緊張した面持ちで、少女に近づいていくハク。

 震える手で伏した少女を抱き起こし、その反応を見ている。

 

 やがて──

 

「ぅ……」

「!! まさか……チィ、ちゃん……?」

「……あれ? ここは……え、おじ……ちゃん?」

 

 少女の瞳は、目の前のハクを見て驚愕に見開き、おじちゃんと口にした。

 それを聞いたハクは、その顔を感情が爆発したかのように破顔させ、少女の体を強く抱きしめた。

 

「──チィちゃん!!」

「……おじ、ちゃん? なんで……泣いてるの?」

 

 ハクは滂沱の涙を流し、力の限り少女を抱き続ける。

 戸惑う少女は、泣き崩れるハクの姿にあわあわとしていた。

 

「成功」

「おめでとうございます、主様……」

 

 周囲の研究員も、感動に打ち震え、涙ながらにその光景を見ている。

 未だ戸惑うのは某と、あの少女だけ──

 

「──なんで、叔父ちゃんがここに……っていうか、ここはどこなの──って!! きゃ、きゃあっ、は、裸!!」

「──がはっ!!」

 

 少女は自らが裸の姿であることを知り、その渾身の張り手をハクへと放った。

 簡単に吹き飛ばされるハクに大事なところを隠しながらも少女は憤慨する。

 

「叔父ちゃんのエッチ! い、いくら将来結婚してあげるって約束してても、こういうのはまだ駄目なんだからね!!」

「あ、ああ……す、すまん、チィちゃん」

 

 その後、慌ただしく服を着せよと研究員が走り回ったり、少女と老人の邂逅があったりと、置いてけぼりにされている私に気付いたのだろう。

 

 ハクは、某に近づき、ありがとうと礼を一言、そして──

 

「もう、あんたに会うことは無いだろう」

「ここにはもう、いないと?」

「ああ、寂しいか?」

「……」

 

 初対面であるはずの男、しかし確かにそう言われれば寂しさのようなものが湧き上がってくる。

 もっと話したかった、もっと相談したいという想いが芽生え始めていたのだ。

 

 そんな某の様子に苦笑しながらも、大丈夫だと言うように慈愛の笑みを向けられた。

 

「お前の目は、オシュトルにそっくりだ……」

「え……?」

「お前がこれから作る世に自分は……うたわれるものはもう要らない。世界を……後を──頼んだぜ、アンちゃんよ」

 

 そう肩を叩き、見送られたのだった。

 

 それから時が過ぎ、遺跡に赴くもその全ては跡形もなく破壊されていた。

 その様相を見て、もう二度とハクと言う男に会うことが叶わないのだと気づいて思う。

 

 あの時の光景を、真実を、ハクから詳しく聞くことは無いままではあったが、もしかしたら、あのハクという者と少女は、元は家族のようなものだったのかもしれないと。

 

 彼は、権力も、時間も、仲間も、その全てを賭け、何かの運命に抗い続けていたのかもしれないと。

 そして、あの少女との邂逅は、男がその運命に打ち勝ち、最後に届き得た姿だったのだと後々想うようになった。

 

「……おとーさん、どうしたの?」

「おお……すまぬな。思い出していたのだ……影とうたわれるもの……その男の姿を」

 

 あの出来事より数十年後に生まれた愛しき子を抱き、そう呟く。

 かつて、あの男に肩を叩かれ言われた台詞が蘇る。

 

「──後を、頼んだぞ……か」

 

 終わりのない、永遠に続く命と愛の系譜。

 託したその先を少しでも容易く歩めるよう、世界に、我が子らのために、いま自分にできることは何なのか。

 

 未だ小さな手をした愛しき子をしっかりと抱きしめ、その先の未来を思い続けたのだった。

 

 

 

 影とうたわれるもの ── fin

 




「影とうたわれるもの」これにて完結です。

 あなたにとって人生最高のゲームは……と聞かれれば、原作「うたわれるもの」シリーズは、必ず名を挙げる作品です。

 旧Leaf、アクアプラス様にはこんなに熱中できた魅力的なキャラとシナリオが展開されるゲームを世に出してくれてありがとうと言いたい。
 そして願わくば、これからもうたわれ作品を作っていって欲しいですね。特典付きで必ず買うので。
 とりあえず、今年7月末発売の斬2購入時にアンケートなどあれば、また家庭用でうたわれ系の作品出してくださいと要望を送るつもりです。

 後は、ここまで読み支えてくれた読者の方のためにも、気楽なラブコメ後日談を斬2発売前後くらいにどっかであげられたらと思っています。
 活動報告でも皆様の後日談案募集などやりますので、見たい展開などあれば是非お願いします。

 ああ、完結できたなあ……と達成感もあり、2話に渡ってだらだらと後書きが長くなってしまいましたが、うたわれ原作と二次創作界隈がこれからも賑わうことを期待して……一先ずここで完結とさせていただきます。

 ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました。

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