精霊使いの剣舞~氷結の剣舞姫~   作:舞翼

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文字数が予定より多くなっちゃいました。


第7話 真夜中の剣舞

 深夜二時。学院生が眠りに就き、森の精霊たちがざわめき始める時間帯。

 月明かりの照らす石畳の道を、俺とイレイナは、ユーナの後ろを歩いていた。

 

「精霊たちが活発化してるな。野宿の時を思い出す」

 

 俺は精霊の住まう森で野宿をした時を思い出し、肩を震わせた。

 あの時は襲われたしな。まあ、撃退したけどさ。

 

「私の精霊魔装(エレメンタルヴァッフェ)が一歩遅かったら、やばかったもだし」

 

「複数で襲ってくるとか、想定外もいいところだぞ。てか、一度や二度の体験じゃないしな」

 

「た、大変だったんだね」

 

 ユーナさん。何で若干引き気味なの?

 普通じゃ有り得ない体験だけどさ。

 

「で、でも、その話も聞きたいかな。私、カケル君の事をもっと知りたいんだ」

 

 ……ユーナさん。ある意味告白に近い言葉ですよ。

 まあ、俺の偏見かも知れんが。

 

「構わないけど。んじゃ、ユーナの事も教えてくれよ」

 

「ん、いいよ」

 

 俺とユーナが歩いていると、目的地に到着した。カミトたちが立っている場所は、巨大な石の円環(ストーンサークル)の目の前だ。そして、地面はぼんやりと青白く発光している。

 足を踏み入れ、クレアが精霊語で開門の呪文を唱えると、地面の青い光が輝きを増す。

 途端、視界が白い閃光に満たされる。

 全身を襲う目眩のような感覚、目を開けると、そこは異世界の風景が広がっていた。

 捻じれた木々と屹立する、深い闇の森。夜に煌々と輝く紅い月。辺りは、薄く紫がかった霧が立ち込めている。

 ――元素精霊界(アストラル・ゼロ)。精霊たちが住まう、もう一つの世界。

 

 元素精霊界(アストラル・ゼロ)では、契約精霊をより純粋な神威(カムイ)の塊として使役する事ができる。

 そうした場合、神威(カムイ)を宿す人間の肉体は精霊と同様として扱われ、物理的なダメージは殆んどないのだ。

 だけどまあ、絶対に安全とは言えない。痛みは普通に感じるし、肉体にダメージを受けない代わりに精神に同等のダメージを被る。

 最悪の場合、重度の記憶障害や精神が破壊され、二度と意識を取り戻せないという可能性もある。

 

「――炎よ、照らせ」

 

「――焔よ、我が手に力を」

 

 クレアとユーナが精霊魔術を唱えると、手の平に小さな火球が、森の中に開かれた細い道を照らし出した。

 歩いていると、決闘の話となった。勝算については、まあカミトの実力が大きいらしい。

 

「それじゃあ、私とカケル君は離れた所から見てるね」

 

「んじゃ、頑張れよ」

 

 目的地に到着した俺とユーナは、スタジアムの石段を上った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「やっぱ、短期決戦になりそうだな」

 

「そうかも。長期戦は、クレアちゃんたちには分が悪い感じだしね。気になったんだけど、カケル君はイレイナさんを無詠唱で展開できるの?」

 

「まあ一応」

 

「最初の頃は、かなり苦戦してたけどねー」

 

 無詠唱展開はかなりの技術が必要になる。

 またこれは、精霊との関係も重視される事でもあるのだ。

 

「そうなんだ。私もできるようにしないと」

 

「意気込むだけじゃできないぞ。精霊との対話が重要になってくるしな」

 

「大雑把にいえば、精霊と仲良くなるのがコツかな」

 

 ねっ。って同意を求めるな、イレイナさんや。仲がいいのは否定しないけどさ。

 ユーナも、そうなんだ。と同意してくれたし、この話はここまでにしよう。

 てか、カミトの精霊魔装(エレメンタルヴァッフェ)だが、あの短剣なの?剣の封印精霊なのに?

 

「……勝負あった感じに見えるのは俺の気のせいか」

 

 あの短剣じゃ、リーチが短すぎる。敵に一太刀入れるのは困難を極めるだろう。

 

「……だ、大丈夫だよ。凄い能力があるかも知れないんだし」

 

「私の見た手じゃ、もっと強力な精霊のはずなんだけど……」

 

「てことは、上手く回路(パス)が繋がってないって事か」

 

 それが原因なら、納得がいく。

 つーか、クレア。鞭を振り回すな。カミトが痛そうだぞ。

 まあ、リンスレットも華麗な登場をしました。キャロルもいるし、何処からか取り出した旗を振ってるしね。

 それと同時に、劇場の上に騎士団も姿を現した。……ここまでタイミングが良いという事は、カッコよく出てくるタイミングでも見計らっていたのだろう。

 

「決闘開始か。見ものだな」

 

 特にカミトがだが。

 元は、レン・アッシュベルだった訳だし。三年のブランクはかなりのものだと思うが。

 そして、巨大な大鷲が紅い夜空に姿を現した。おそらく、エリス・ファーレンガルトの契約精霊だろう。

 風を纏う大鷲は咆哮を上げ、急降下しカミトたちが立つ場所にダイブした。

 これにより、石畳が剥がれ、大量の砂が舞い上がる。

 

「挨拶代わりの一撃ってところかな」

 

「だろうな」

 

 でもまあ、クレアは中距離からの直接援護。リンスレットは遠距離攻撃による後方支援にすぐに移る。

 だが、ファーレンガルトの精霊制御は完璧だ。んで、三つ編みの少女と短髪の少女は中の下といった所か。

 でもまあ、ファーレンガルトの指揮が上手く嵌まってる。騎士団長を名乗るだけあり、ファーレンガルトは指揮能力も高い。

 てか、支援役のリンスレットは何であんなに目立つ所から狙撃してんの?的になるだけだぞ。

 それでも決闘は続いて行き、カミトがファーレンガルトの隙を突いた――、

 

『凍てつく氷河よ、穿て――魔氷の矢弾(フリージング・アロー)!』

 

『舞え、破滅を呼ぶ紅蓮の炎よ――炎王の息吹(ヘルブレイズ)!』

 

 ……タイミングは完璧なんだが、放たれた氷河と獄炎は衝突した。

 これはあれだ。互いの攻撃が衝突し、勝利を手放してしまった。という所だ。

 

「(……個々の能力は高いが、チームワークがバラバラだな)」

 

 だが、この直後、俺とイレイナは気付いた。

 刹那、空の裂け目から、それ(・・)は現れた。それは虚空に浮かぶ巨大な顎。

 頭部も胴体も尻尾も存在しない。ただ、ズラリと歯の並んだ不気味な顎だけが、ガチガチと音を鳴らしていた。

 

 ――魔精霊。

 それは、その精神構造の在り方が人間と異なる故に、精霊使いが決して手懐ける事のできない異形の精霊。

 おそらく、ここに現れた魔精霊は魔人級に匹敵するだろう。

 

「イレイナ!」

 

「りょうかいよ!」

 

 俺は立ち上がり、無詠唱で氷剣の女帝(アイス・エンプレスソード)を左手に展開させる。大技で決める事はできるが、ここでは被害が大きすぎてカミトたちを巻き込んでしまう恐れがある。ならば、顎野郎と接近戦だ。

 また、ユーナの契約精霊ならば、皆を乗せて飛ぶ事ができるはず。

 俺は、ユーナを一瞥した。

 

「召喚がしたら私も行く」

 

「ああ、頼んだ」

 

 俺はこの場から跳び下りた。

 そして、後方からは詠唱が聞こえる。

 

 ――業火を纏いし不死鳥よ、守護を司る神獣よ!

 ――今こそ血の契約に従い、我が下へ馳せ参じ給え!

 

 現れたのは、神々しい鳳凰だ。おそらく、精霊の格も学院ではトップクラスだろう。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 虚空に浮かぶ顎は森の木々を薙ぎ倒し、古代の遺跡を粉々に噛み砕き、砕け散った破片が頭上に降り注ぐ。

 あの精霊は契約精霊のように純化形態で召喚されてる訳ではない。

 あの歯で噛み砕かれれば、人間は体など紙屑同然だろう。

 

「お前らは避難しろ。あれはお前たちが手に負える相手じゃない」

 

 精霊との戦闘は、精霊使いとの戦闘とは全く異なる。無論、学院の生徒は魔精霊の相手など皆無だろう。

 

「な、なにを言ってる。ここは騎士団長の私が殿(しんがり)を務める」

 

「アホか!ここで虚勢を張っても意味がない!それに、精霊との戦闘経験がないお前らは死ぬぞ!」

 

「……カケル。殿(しんがり)はわたしがやるわ」

 

 クレアの言葉に目を見開く俺。

 クレアは鞭を鳴らし、契約精霊を呼び出した。

 

「クレア、さっきの俺の言葉を聞いて言ってんのか?冗談抜きで死ぬぞ」

 

「…………」

 

 クレアの瞳は、暴風の如く荒れ狂う魔精霊に釘付けになっていた。そう、まるで魅入られたように(・・・・・・・・)

 カミトが、ハッと何かに気付いた。

 

「……お前、まさかあの魔精霊を――契約精霊にするつもりか!?」

 

「…………」

 

 クレアは何も答えない。ただ、じっと魔精霊を見続けている。

 

「無茶だ!あれは魔精霊だぞ!しかも狂乱してる!」

 

 カミトが叫ぶと、クレアはやっと振り向いた。

 

「…………これは、千載一隅のチャンスなのよ」

 

 唇を噛み、思いつめたような表情で呟く。

 

「精霊の森で、あれほどの精霊と遭遇する事なんてまずないわ。それに、過去に魔精霊と契約した精霊使いがいなかったわけじゃない」

 

「グレイワースのことか?あいつは魔女だ」

 

「わたしにも、魔女の素質があるかもしれないわ」

 

「バカなことを言うのはやめろ、カケルの言う通り死ぬぞ」

 

 カミトは、今にも駆け出そうとするクレアの腕を掴んだ。

 クレアは、キッとカミトを睨みつける。

 

「……う、うるさいわねっ、離して!弱いあんたは黙ってて!」

 

 クレアは、カミトの腕を振り払い叫ぶ。カミトを睨む紅玉(ルビー)の双眸には怒りが浮かんでいた。

 

「わたしの封印精霊、横取りしたくせに!あんな弱い精霊魔装(エレメンタルヴァッフェ)しか使えないあんたに、わたしに何かを言う資格があるの!?」

 

「それは──」

 

 カミトが俯く。クレアが苛立つのも仕方ないのかもしれない。封印精霊クラスの精霊と契約しているのに、その力を全く引き出すことができないのだから。

 

「……なによ、ちょっとは期待してたのに」

 

 クレアは目を逸らした。

 

「あれはわたし一人でやるわ。あんたたちは早く逃げなさい。……できれば考えたくないけれど、もしわたしが……」

 

 クレアはそこから先を口にしなかった。そして、

 

「──スカーレット!」

 

 相棒の精霊の名を叫ぶと、森を食い荒らす魔精霊に向かって走り出す。

 

「クレアッ!」

 

「待て、クレアッ!」

 

 俺とカミトが慌てて手を伸ばすが、その瞬間、魔精霊が咆哮した。

 叩きつけられる衝撃の塊。辺りの木々が根こそぎ吹き飛ぶ。

 

「風よ、我らに加護の手を――風絶障壁(ウインドウォール)!」

 

「氷結よ、全てを凍らせ給え――吹雪の息吹(アイスブレイズ)!」

 

 エリスと俺が精霊魔術を唱え、エリスが風の障壁で暴風から俺たちを守り、俺が放つ凍気が、此方に飛んでくる遮蔽物を凍らせる。

 その時――、

 

「皆、早くフェニックスの背に乗って」

 

 風の障壁の後ろに、鳳凰の背に乗ったユーナが到着した。

 ファーレンガルト、リンスレット、気絶した二人と背に乗っていくが、カミトだけは前を見据えていた。

 

「カミト、早くお前も乗れ。クレアは俺に任せろ」

 

「……いや、その役目は俺がやる」

 

「……お前は、満足に精霊魔装(エレメンタルヴァッフェ)もできないのに行く気なのか」

 

「……ああ、次は絶対に成功させる。それにオレは――あいつの契約精霊(・・・・)だ!」

 

 俺は盛大に溜息を吐いた。

 

「……行って来い。援護はしてやる」

 

 それを聞くと、カミトは風の障壁から出て走り出した。

 

「おおおおおおおっ!」

 

 雄叫びを上げながら、カミトは魔精霊に向かって突進する。その時、カミトの右手に刻まれた精霊刻印が青白い輝きを放つ。

 カミトの手に光の粒子が生まれ、剣の形に変化する。その手に握られていたのは短剣ではなく、ひと振りの長剣。――魔王殺しの聖剣(デモン・スレイヤー)だ。

 カミトの接近に気付いた魔精霊は、カミトを狙って複数の触手を伸ばしてくる。

 

「氷結よ、剣に宿りて悪を絶て。――吹雪の嵐(ブリザードストーム)!」

 

 剣から吹雪いた風が、カミトに向かってくる触手を完全に凍らせた。全部凍らせて終わりにしたいが、まあヒーローの出番を残して於かないと。

 そして、カミトが地を蹴って高く飛び上がった。刹那、カミトが握る魔王殺しの聖剣(デモン・スレイヤー)が振り下ろされる。

 

「──消え失せろ、顎野郎!」

 

 振り下ろされた聖剣が、魔精霊を真っ二つに切り裂いた。

 それを確認してから、俺は精霊魔装(エレメンタルヴァッフェ)を解いた。

 

「(クレアちゃんの心はカミト君のものだね)」

 

「(アホ。こんな時に何言ってんだ、お前は)」

 

 緊張感の欠片もない精霊である。

 まあ、これがイレイナの良い所でもあるんだけど。極度の緊張を解して、体の力を抜けさせてくれるしね。

 つーか、カミトさん。意識を失わないで。

 

神威(カムイ)を根こそぎ奪われたんだろうな」

 

「今の一撃、かなりのものだったしね。ま、私の方が凄いけど」

 

「……そんな所で対抗心を燃やすなよ……」

 

 ともあれ、この事件は一件落着した。




次回は、銀髪の子かな。

感想よろしく!(切実)

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