深夜二時。学院生が眠りに就き、森の精霊たちがざわめき始める時間帯。
月明かりの照らす石畳の道を、俺とイレイナは、ユーナの後ろを歩いていた。
「精霊たちが活発化してるな。野宿の時を思い出す」
俺は精霊の住まう森で野宿をした時を思い出し、肩を震わせた。
あの時は襲われたしな。まあ、撃退したけどさ。
「私の
「複数で襲ってくるとか、想定外もいいところだぞ。てか、一度や二度の体験じゃないしな」
「た、大変だったんだね」
ユーナさん。何で若干引き気味なの?
普通じゃ有り得ない体験だけどさ。
「で、でも、その話も聞きたいかな。私、カケル君の事をもっと知りたいんだ」
……ユーナさん。ある意味告白に近い言葉ですよ。
まあ、俺の偏見かも知れんが。
「構わないけど。んじゃ、ユーナの事も教えてくれよ」
「ん、いいよ」
俺とユーナが歩いていると、目的地に到着した。カミトたちが立っている場所は、巨大な
足を踏み入れ、クレアが精霊語で開門の呪文を唱えると、地面の青い光が輝きを増す。
途端、視界が白い閃光に満たされる。
全身を襲う目眩のような感覚、目を開けると、そこは異世界の風景が広がっていた。
捻じれた木々と屹立する、深い闇の森。夜に煌々と輝く紅い月。辺りは、薄く紫がかった霧が立ち込めている。
――
そうした場合、
だけどまあ、絶対に安全とは言えない。痛みは普通に感じるし、肉体にダメージを受けない代わりに精神に同等のダメージを被る。
最悪の場合、重度の記憶障害や精神が破壊され、二度と意識を取り戻せないという可能性もある。
「――炎よ、照らせ」
「――焔よ、我が手に力を」
クレアとユーナが精霊魔術を唱えると、手の平に小さな火球が、森の中に開かれた細い道を照らし出した。
歩いていると、決闘の話となった。勝算については、まあカミトの実力が大きいらしい。
「それじゃあ、私とカケル君は離れた所から見てるね」
「んじゃ、頑張れよ」
目的地に到着した俺とユーナは、スタジアムの石段を上った。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「やっぱ、短期決戦になりそうだな」
「そうかも。長期戦は、クレアちゃんたちには分が悪い感じだしね。気になったんだけど、カケル君はイレイナさんを無詠唱で展開できるの?」
「まあ一応」
「最初の頃は、かなり苦戦してたけどねー」
無詠唱展開はかなりの技術が必要になる。
またこれは、精霊との関係も重視される事でもあるのだ。
「そうなんだ。私もできるようにしないと」
「意気込むだけじゃできないぞ。精霊との対話が重要になってくるしな」
「大雑把にいえば、精霊と仲良くなるのがコツかな」
ねっ。って同意を求めるな、イレイナさんや。仲がいいのは否定しないけどさ。
ユーナも、そうなんだ。と同意してくれたし、この話はここまでにしよう。
てか、カミトの
「……勝負あった感じに見えるのは俺の気のせいか」
あの短剣じゃ、リーチが短すぎる。敵に一太刀入れるのは困難を極めるだろう。
「……だ、大丈夫だよ。凄い能力があるかも知れないんだし」
「私の見た手じゃ、もっと強力な精霊のはずなんだけど……」
「てことは、上手く
それが原因なら、納得がいく。
つーか、クレア。鞭を振り回すな。カミトが痛そうだぞ。
まあ、リンスレットも華麗な登場をしました。キャロルもいるし、何処からか取り出した旗を振ってるしね。
それと同時に、劇場の上に騎士団も姿を現した。……ここまでタイミングが良いという事は、カッコよく出てくるタイミングでも見計らっていたのだろう。
「決闘開始か。見ものだな」
特にカミトがだが。
元は、レン・アッシュベルだった訳だし。三年のブランクはかなりのものだと思うが。
そして、巨大な大鷲が紅い夜空に姿を現した。おそらく、エリス・ファーレンガルトの契約精霊だろう。
風を纏う大鷲は咆哮を上げ、急降下しカミトたちが立つ場所にダイブした。
これにより、石畳が剥がれ、大量の砂が舞い上がる。
「挨拶代わりの一撃ってところかな」
「だろうな」
でもまあ、クレアは中距離からの直接援護。リンスレットは遠距離攻撃による後方支援にすぐに移る。
だが、ファーレンガルトの精霊制御は完璧だ。んで、三つ編みの少女と短髪の少女は中の下といった所か。
でもまあ、ファーレンガルトの指揮が上手く嵌まってる。騎士団長を名乗るだけあり、ファーレンガルトは指揮能力も高い。
てか、支援役のリンスレットは何であんなに目立つ所から狙撃してんの?的になるだけだぞ。
それでも決闘は続いて行き、カミトがファーレンガルトの隙を突いた――、
『凍てつく氷河よ、穿て――
『舞え、破滅を呼ぶ紅蓮の炎よ――
……タイミングは完璧なんだが、放たれた氷河と獄炎は衝突した。
これはあれだ。互いの攻撃が衝突し、勝利を手放してしまった。という所だ。
「(……個々の能力は高いが、チームワークがバラバラだな)」
だが、この直後、俺とイレイナは気付いた。
刹那、空の裂け目から、
頭部も胴体も尻尾も存在しない。ただ、ズラリと歯の並んだ不気味な顎だけが、ガチガチと音を鳴らしていた。
――魔精霊。
それは、その精神構造の在り方が人間と異なる故に、精霊使いが決して手懐ける事のできない異形の精霊。
おそらく、ここに現れた魔精霊は魔人級に匹敵するだろう。
「イレイナ!」
「りょうかいよ!」
俺は立ち上がり、無詠唱で
また、ユーナの契約精霊ならば、皆を乗せて飛ぶ事ができるはず。
俺は、ユーナを一瞥した。
「召喚がしたら私も行く」
「ああ、頼んだ」
俺はこの場から跳び下りた。
そして、後方からは詠唱が聞こえる。
――業火を纏いし不死鳥よ、守護を司る神獣よ!
――今こそ血の契約に従い、我が下へ馳せ参じ給え!
現れたのは、神々しい鳳凰だ。おそらく、精霊の格も学院ではトップクラスだろう。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
虚空に浮かぶ顎は森の木々を薙ぎ倒し、古代の遺跡を粉々に噛み砕き、砕け散った破片が頭上に降り注ぐ。
あの精霊は契約精霊のように純化形態で召喚されてる訳ではない。
あの歯で噛み砕かれれば、人間は体など紙屑同然だろう。
「お前らは避難しろ。あれはお前たちが手に負える相手じゃない」
精霊との戦闘は、精霊使いとの戦闘とは全く異なる。無論、学院の生徒は魔精霊の相手など皆無だろう。
「な、なにを言ってる。ここは騎士団長の私が
「アホか!ここで虚勢を張っても意味がない!それに、精霊との戦闘経験がないお前らは死ぬぞ!」
「……カケル。
クレアの言葉に目を見開く俺。
クレアは鞭を鳴らし、契約精霊を呼び出した。
「クレア、さっきの俺の言葉を聞いて言ってんのか?冗談抜きで死ぬぞ」
「…………」
クレアの瞳は、暴風の如く荒れ狂う魔精霊に釘付けになっていた。そう、まるで
カミトが、ハッと何かに気付いた。
「……お前、まさかあの魔精霊を――契約精霊にするつもりか!?」
「…………」
クレアは何も答えない。ただ、じっと魔精霊を見続けている。
「無茶だ!あれは魔精霊だぞ!しかも狂乱してる!」
カミトが叫ぶと、クレアはやっと振り向いた。
「…………これは、千載一隅のチャンスなのよ」
唇を噛み、思いつめたような表情で呟く。
「精霊の森で、あれほどの精霊と遭遇する事なんてまずないわ。それに、過去に魔精霊と契約した精霊使いがいなかったわけじゃない」
「グレイワースのことか?あいつは魔女だ」
「わたしにも、魔女の素質があるかもしれないわ」
「バカなことを言うのはやめろ、カケルの言う通り死ぬぞ」
カミトは、今にも駆け出そうとするクレアの腕を掴んだ。
クレアは、キッとカミトを睨みつける。
「……う、うるさいわねっ、離して!弱いあんたは黙ってて!」
クレアは、カミトの腕を振り払い叫ぶ。カミトを睨む
「わたしの封印精霊、横取りしたくせに!あんな弱い
「それは──」
カミトが俯く。クレアが苛立つのも仕方ないのかもしれない。封印精霊クラスの精霊と契約しているのに、その力を全く引き出すことができないのだから。
「……なによ、ちょっとは期待してたのに」
クレアは目を逸らした。
「あれはわたし一人でやるわ。あんたたちは早く逃げなさい。……できれば考えたくないけれど、もしわたしが……」
クレアはそこから先を口にしなかった。そして、
「──スカーレット!」
相棒の精霊の名を叫ぶと、森を食い荒らす魔精霊に向かって走り出す。
「クレアッ!」
「待て、クレアッ!」
俺とカミトが慌てて手を伸ばすが、その瞬間、魔精霊が咆哮した。
叩きつけられる衝撃の塊。辺りの木々が根こそぎ吹き飛ぶ。
「風よ、我らに加護の手を――
「氷結よ、全てを凍らせ給え――
エリスと俺が精霊魔術を唱え、エリスが風の障壁で暴風から俺たちを守り、俺が放つ凍気が、此方に飛んでくる遮蔽物を凍らせる。
その時――、
「皆、早くフェニックスの背に乗って」
風の障壁の後ろに、鳳凰の背に乗ったユーナが到着した。
ファーレンガルト、リンスレット、気絶した二人と背に乗っていくが、カミトだけは前を見据えていた。
「カミト、早くお前も乗れ。クレアは俺に任せろ」
「……いや、その役目は俺がやる」
「……お前は、満足に
「……ああ、次は絶対に成功させる。それにオレは――あいつの
俺は盛大に溜息を吐いた。
「……行って来い。援護はしてやる」
それを聞くと、カミトは風の障壁から出て走り出した。
「おおおおおおおっ!」
雄叫びを上げながら、カミトは魔精霊に向かって突進する。その時、カミトの右手に刻まれた精霊刻印が青白い輝きを放つ。
カミトの手に光の粒子が生まれ、剣の形に変化する。その手に握られていたのは短剣ではなく、ひと振りの長剣。――
カミトの接近に気付いた魔精霊は、カミトを狙って複数の触手を伸ばしてくる。
「氷結よ、剣に宿りて悪を絶て。――
剣から吹雪いた風が、カミトに向かってくる触手を完全に凍らせた。全部凍らせて終わりにしたいが、まあヒーローの出番を残して於かないと。
そして、カミトが地を蹴って高く飛び上がった。刹那、カミトが握る
「──消え失せろ、顎野郎!」
振り下ろされた聖剣が、魔精霊を真っ二つに切り裂いた。
それを確認してから、俺は
「(クレアちゃんの心はカミト君のものだね)」
「(アホ。こんな時に何言ってんだ、お前は)」
緊張感の欠片もない精霊である。
まあ、これがイレイナの良い所でもあるんだけど。極度の緊張を解して、体の力を抜けさせてくれるしね。
つーか、カミトさん。意識を失わないで。
「
「今の一撃、かなりのものだったしね。ま、私の方が凄いけど」
「……そんな所で対抗心を燃やすなよ……」
ともあれ、この事件は一件落着した。
次回は、銀髪の子かな。
感想よろしく!(切実)