今回はプロローグ的な話なので短めですがご了承ください。
第百八問
第百八問
「優子」
「…………」
「優子?」
「…………」
「おい優子!」
「…………え? あ……っ!」
ぼーっと道を歩いていた優子の直ぐ側を自転車が通り過ぎる。我に返った優子は、秀隆の腕の中でようやく事故になりそうだったことに気がついた。
「ったく。気をつけろよ」
「……ごめん」
シュンとして謝る優子。その視線が名残惜しそうに秀隆の腕に向いていたのは内緒だ。
「まったく。どうせ変な妄想でもしてたんだろ」
「失礼ね。私を
「扱いじゃなくてそっち方面はほぼ同類だろうが」
普段から優子の被害にあっている秀隆がため息を吐く。
「んで、どうかしたのか?」
「え?」
「『え?』じゃねぇよ。さっきから生返事ばっかで心ここにあらず、って感じじゃねぇか」
「あ、ああ……うん。ちょっとね」
優子が珍しく困ったような笑みを浮かべる。
「お前が上の空になるほどの悩み事なんて珍しいな」
「さっきから失礼ね。私だって悩む時くらいあるわよ」
「今日の妄想のカップリングにか?」
否定したいができない事実に、優子は取り敢えず拳を振り上げた。
「違うわよ! ちゃんとマジメな悩み事よ!」
「だから珍しいってんだろ。いったい何に悩んでんだよ?」
「何って……進路とか……将来とか……」
段々と尻すぼみになる優子。そこまで悩むものかと秀隆は頭に『?』を浮かべる。
「進路ねぇ。取り敢えず大学に行くんだろ?」
「ええ。そうね」
「理系か文系でなやんでんのか?」
「……まぁ、そんなところ」
「ふ〜ん」
少し煮え切らない言い方。秀隆はそれ以上追求しても仕方ないと思ったのか、それ以上は聞かなかった。
「……ねぇ」
そのまま暫く歩いた後、優子が尋ねてきた。
「ん?」
「アンタはどうなのよ?」
「俺?」
不意に話題を振られ、秀隆の目が一瞬点になる。
「そうだなぁ……まぁ、取り敢えず大学には進むよなぁ」
「やっぱり理系?」
「俺が文系に見えるか?」
「それもそうね」
秀隆の得意科目は自他ともに認める化学。数学や英語も苦手ではないし、物理も言うほど悪くはない。成績からみても、理系に適しているのは言うまでもない。
「やっぱり……向こうの大学に行くの?」
秀隆の母親、星奈が再び渡米してからしばらくして、NASAから正式に月基地建設計画の開始が発表された。それに程なくして、JAXAも計画への参入を表明。技術的、人員的支援を惜しまないと会見で述べた。そのための宇宙飛行士候補生や技術者の増員も視野に入れているとも。
星奈は将来的にはアメリカで秀隆の父親の手伝いをしてほしいと言っていた。秀隆もその仕事に興味を持っていたし、大学からアメリカに行ってもなんらおかしくはない。
「う〜ん……。どうかなぁ……」
だが、秀隆はそこで言い淀んだ。優子に遠慮する、などどいう配慮の欠片もないので、本当に悩んでいるようだ。
「行かないの?」
「……正直。迷ってる」
決めたことには一直線の秀隆からした、本当に珍しい。
「珍しいわね」
「俺だって悩むことくらいあらぁ」
優子が少し誂うように言うが、秀隆は不快感を抱くような素振りは見せなかった。自分でもらしくないという自覚はあるようだ。
「けど、せっかくおばさんも勧めてくれたし、おじさんも歓迎してくれてるんでしょ?」
「そりゃぁな。親からしたら自分の仕事を手伝ってくれるのは嬉しい限りだろ」
だがな、と秀隆は続ける。
「なんか、しっくりこねぇ」
「しっくりこない?」
意味が分からない、と優子は首を傾げる。
「アンタねぇ。仕事は服じゃないのよ?」
「分かってるよんなことは。そうじゃなくて、その仕事に就いた自分を想像すると、な」
「違和感がある? そんなことないと思うわよ」
デスクで設計をしている秀隆。現場で機械を組み立てている秀隆。実験が上手くいかずくやしがる秀隆。成功して大はしゃぎする秀隆。
どの秀隆の姿も、優子にとってはごく自然な未来に見える。いったい何に悩む必要があるのだろうか。
「ま、まだ進路決定には半年くらい猶予があるんだ。じっくり考えるか」
「そうね」
お互いに少しベクトルの違う将来への悩み事を抱きながら、学園への道を進んだ。
「……ねぇ」
「ん?」
学園に近づいたところで、また不意に優子が話しかける。
「もしも、もしもの話なんだけど……」
「もしも、の話はあんまり好きじゃないんだけどな」
「私だってそうよ。でも、もしもなんだけど……」
そこまで言って、また優子の口が重くなる。
「なんだよ? 聞きたいことがあるならちゃんと聞けよ」
「もし、私にちゃんとした夢が決まって、でもそれが1人で叶えきれないとしたら」
「おいおい。今からそんな大層な夢見てんのか?」
「だから、もしもよっ。で、その時は――」
「その時は?」
「……わ、私と――」
『その家庭絶対幸せじゃねぇからな!? 特に俺が!』
突然上がった叫び声に優子の台詞がかき消される。声の出どころを探ると、前を歩く悪友とその幼馴染みの姿が。
「また雄二と霧島か」
「……そう見たいね」
呆れる秀隆の横で、優子の顔が見る見る不機嫌になっていく。
「おーい! 雄二ー! 霧島ー!」
「おおっ。秀隆に木下姉! 助けてくれ!」
秀隆の悪友、クラスメイトの坂本雄二が秀隆と優子に助けを求める。
「助ける? 別にきょうは何もされてないみたいだが?」
「いや、コイツを説得するのを手伝ってくれ」
雄二の言うコイツ、幼馴染みの霧島翔子は雄二の台詞にポカンと首を傾げている。
「説得ぅ? 別にお前が霧島に求婚されようがどうでもいいんだが」
「いや、翔子はあくまで俺にプロポーズさせる気でいるらしい。告白の前に」
「順番が逆だろってツッコミは置いといて、それこそどうでもいいわ」
「子供は30人くらい欲しいとか」
「個人で独立リーグでも立ち上げる気か?」
「……正確には38人」
「代表。それはもう誤差よ」
単純計算で毎年双子を産んでも19年もかかる。いくら雄二といえども枯れ果てそうだ。
「そんで犬は庭を子供と駆け回って、俺は鎖で繋がれているらしい」
「いつものことじゃねえか」
「いつものことであってたまるか!」
しかし否定し切れないのも悲しい事実である。
「だめじゃない代表」
と、優子が翔子を諭す。
「坂本君にも自由を謳歌する権利があるのよ」
「……優子? でも……」
「そうだ言ってやれ木下姉。自由は誰にも奪われないと。基本的人権の尊重は――」
「ちゃんと地下室に専用の鍵付きの部屋を作ってそこで管理しないと」
「おおいっ!?」
「……分かった」
「分かるな! おい木下姉っ!テメェなんて事吹き込みやがる! 今基本的人権の大切さを説いたばかりだろ!」
「坂本君は代表の
「お前俺に恨みでもあるのか!?」
珍しく雄二に敵意を剥き出しにする優子に、秀隆も唖然とする他なかった。
「うーす」
「あ、雄二、秀隆。おはよう」
「よっす明久。珍しく早いな」
雄二と秀隆が教室に入ると、珍しく既に明久が登校していた。
「今日は姉さんが早く出勤する日だったみたいでさ。ついでだからって早めに起こされちゃって」
「なるほどな」
「毎朝姉貴に起こされるとは、いちご身分だな」
「そっちこそ。毎朝霧島さんに起こされて羨ましい限りだよ」
「滅多な事を言うんじゃない明久。今クラスメイトたちがカッターナイフを構えて俺を狙っている」
もちろん明久の狙いはそれなのだから当然である。
「それにお前の思っている程良いもんじゃないぞ。毎朝命の危険に晒されているんだからな」
「こっちだってそうだよ。毎朝命がいくつあっても足りないんだから」
「普通は男子高校生なら一度は憧れるシチュエーションなんだがな」
秀隆が苦笑するのも無理はない。方や美人の実姉。方や学校のマドンナ的幼馴染み。漫画やライトノベルなら主人公まっしぐらなシチュエーションであるのに、この2人はその恩恵を一切受けている気がしない。
「…………おはよう」
「よう康太。今日は遅かったな」
「…………準備に時間がかかった」
「おはようムッツリーニ。準備って、
「…………(こくり)」
明久の言う『例の』とはムッツリ商会主催の『収穫報告祭(夏)』の事だ。夏休みの間に皆が収穫した『お宝』の報告会だ。皆が親の目を盗んで手に入れた珠玉の逸品が目白押しの収穫祭。明久も夏休み明けからこの日を楽しみにしてた。
「…………それ
康太は明久の予想を肯定しつつ、他にも理由があると言う。
「他にもあるのか?」
「…………夏休み明けで、注文が殺到している」
「なるほど」
康太は両肩に提げた大きなボストンバッグ2つを掲げてみせる。中には康太がムッツリ商会で販売している『商品』が入っていた。
「また新作か?」
「…………他にも色々」
「相変わらず商魂たくましいな」
ムッツリ商会のお得意様は学年男女問わず大勢いる。康太のボストンバッグの中身も、そのお得意様たちからのオーダーメイドの品だそうだ。
「おはようございます。明久君」
「アキ。おはよう」
「あ、姫路さんに美波も。おはよう」
と、瑞希と美波もやってきた。心なしかソワソワしているようにも見える。
「あ、あの土屋君」
「き、今日は」
「…………ちゃんと持ってきている」
「「やった」」
康太からの返答に、2人は小さくガッツポーズをする。
その理由が分からない明久は首を傾げ、雄二と秀隆の2人はその光景に苦笑が溢れる。
「…………販売は昼休憩から」
「お昼休憩ですね」
「じゃぁお楽しみはその後」
「おはよう。全員席に着きなさい」
女子2人がお昼の楽しみに胸を躍らせる中、西村教諭が登壇。自身が受け持つFクラスの生徒たちをジロリと見渡す。
「さて、夏休みも明けしばらく経ったが、皆まだまだ休み気分も抜けていないだろう」
HR開始早々、西村教諭がそう切り出した。実際休み気分の抜けていない生徒はFクラスに限らずまだまだ多い。目の前の何人かも退屈そうに欠伸を噛みしめていた。いつものことではあるが。
「そんなお前たちに、今から特別なイベントだ」
トライアスロンで鍛え上げまた肉体に相応しい暑苦しい顔に、似つかわしくない笑みを浮かべ、西村教諭がドンと机に麻袋を置く。空のはずなのに重量感を漂わせるそれに、Fクラス全員が嫌な予感を抱く。
「さて、ただ今から――
今日も波乱の幕が上がる。
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