もう少しもう少しと言いはや数か月……読んでくださる皆さんには本当に頭が上がらないです……。
次回は今回と同じくらいか、さらに少し掛かるかもしれません。
投稿順番を、今作→今作→別作→今作、と回しているのでそこはご了承ください。
作戦当日。
空は灰色の雲が覆っており予報でも、数時間後には雨が降るがそれで作戦が取りやめになるほど軍が甘いわけがない。そんなどんよりとした空気の中、斬夜は目覚めた。
「今日は雨か。まったく、ついてないな」
せっかくの初出撃だというのに、これでは山城たちが不憫だと思いながら身支度を整える。彼女たちが最前線にいるときは安全な場所で指揮をとることしかできない自分に嫌気がさすが、我が
「アイツらが帰ってきたら旨い飯でも食わせられるようにしておくか。体の芯から温まるスープでも用意しておこう」
これが自分にできる最低限のことだろうと斬夜は思う。前の世界では傭兵であった自分もこの世界では提督だ。戦うことなど基本的にはあり得ない。ならば郷に入っては郷に従うしかないだろう。
下手に余計な悩みの種を増やす必要もないし、斬夜が出撃するような状況にもなっていないのなら尚更だろう。
「とりあえず朝飯でも作るか。いつもより早く起きたし」
鎮守府の台所事情は基本間宮が担っているが、恐らく間宮が料理を始める時間よりは早い。
流石に二度寝する気分でもなかったので、どうせなら食材の確認ついでに皆の食事を作ってしまおうと思い食堂へと向かう斬夜。
「そうだな……。待ってる間に何か新しいレシピでも考えておくか。鎮守府近海ならそんなに敵もいないだろうし多分暇だろう」
作戦当日だというのにこれほどまでに呑気なのはこれまでの経験からかそれとも、戦場から離れていたからだろうか。どちらにせよ今の斬夜の頭の中には料理以外の考えはなく、作戦に対しては天候以外大した懸念もなかった。
◇
「♪~~~」
鼻歌を口ずさみながら手際よく準備をしていく斬夜。既に鍋やフライパンの中には斬夜が腕によりをかけた料理が用意されている。充分に足りるように多めに作ったが残すようなことはないはずだ。
アジの開きに、ニンジンとクルミのきんぴら、かぼちゃの煮物、卵焼きにご飯と野菜たっぷりの味噌汁。これといった豪華さはないが、むしろ朝はこれくらいのほうが丁度いいと斬夜は思っている。
それに本番は夕食の時だ。山城たちが喜ぶような豪勢な料理を作らなければならない。あくまでこれは肩慣らしだ。
「あら、いい匂いがすると思ったら」
「おはよう間宮。なんだか目が覚めてな、時間もあったから俺が作っちまった」
扉を静かに開けながら間宮が入ってきた。わざわざ起きてきたのに余計なことをしたような気がして申し訳なさがあるが間宮は「そんなことはないですよ」と快く受け止めてくれた。
「随分手際がいいんですね。早く起きたといってもいつもとそれほど変わらなかったでしょう?」
「時間がない中で動くのには慣れてる。それに一人暮らしだったから自分で色々とできるようにしておかないと不便だからな」
さも当然、といった様子で答える斬夜。しかしさりげなく言った斬夜の言葉に間宮は少し戸惑ってしまった。
「一人暮らしだったんですか?その……ご両親は?」
「とっくの昔に死んだ。俺がまだ意識がはっきりする前に死んだから顔もぼんやりとしか覚えていない。父親は提督だったらしいが俺が生まれてから数か月後に深海棲艦に殺された。それから後を追うように母親も死んだらしい。それから俺はじいさんに引き取られて、中学からはずっと一人暮らしさ。仕送りとかは貰ってたけどな」
「なぜ一人暮らしを?」
このとき間宮は両親に対する斬夜の反応がよそよそしく感じた。しかし当の本人はとくに何もないように振る舞っていたので気のせいだろう、と違和感を思考の隅に置いた。
「一人が好きだったんだ。無論通学に問題がないようにとも考えたがやっぱりそれが一番の理由かな。誰にも邪魔をされずにゆっくりとしてたかったんだ。だから人間関係は必要最低限しか取ってこなかったし、じいさんのこともあってほとんど家の中で過ごしたよ」
「でもだった、ということは……」
「あぁそうだ、変わったよ中学に入ってからは。小学生の時とはまた違った奴らが多くてな、しかも一癖も二癖もある奴らばっかりで、そんな中の二人に俺は変えられたよ」
その二人こそ高校まで一緒に進んだ誠と翔海なのだがもちろん間宮がそれを知るはずはない。だが斬夜の二人のことを話す雰囲気が年相応の子供らしく、それだけで間宮は斬夜たちの関係がとても深いことが察せた。
「いいお友達ができたのですね」
「そうだな。だが、一人はともかくもう一人の方の癖が強くて中々扱いが難しいよ。何度こっちにとばっちりがきたことか」
「ふふっ、それも含めて青春というものではないですか?」
「そんな風に言われてもな……。まぁそいつらとも今後会うことは少なくなるだろうさ。提督になったならあまり自由にもできないだろ」
「そこは提督の戦果にも関わってくると思いますよ。それに荒谷元帥のおかげで今ではそれほど厳しく規制されているわけでもありませんし」
どうしても軍というと厳格なイメージがついてしまうが、荒谷が元帥についてからは軍としての節度を保ちつつ一般人にも馴染めるように、規則をところどころ緩和している。そのおかげで艦娘たちは自分たちを認めてもらえるように努力をし、人々も次第と艦娘たちを受け入れていった。
しかし、人というものが全員、万人に受け入れられることはあり得ない。提督によっては鎮守府周辺の人々の対応も変わってくる。提督の態度や性格が常識に欠けていれば艦娘たちも、いわれのない陰口をされることもある。過去にあまりに素行が悪いという苦情が大本営に届き、提督を辞めさせられたということもあったらしい。
そういうこともあり、提督という立場は非常に危うい場所にあるといっていい。だが、人々と打ち解けるためには人付き合いを上手くこなさなければならない。その機会を設けるため荒谷は少しずつ軍の規制緩和を行ったのだ。
「結局どこに行こうが結果が全て、か。世知辛い世の中だな」
「仕方がないというのもあれですが、どうしても戦時中ですからね。人類が安心して暮らすにはやはり深海棲艦を倒さなければなりませんから」
「あぁ。だから俺たちがいる。何かを得るにはどうしても犠牲がいるものだからな。傷つくのは俺たちだけで十分だ」
「もう、犠牲だなんて縁起でもないことを言わないでください。私たちは人類のために力を惜しみませんし、貴方や他の提督たちも自分たちの意志で戦おうと決めたんですから誇れることなんです。だから自信を持って胸を張ってください」
「……あぁ、そうだな。お前らの上官の俺がこんな風じゃダメだよな。今は目の前にあることだけをこなしていけばいいか」
間宮の言葉を聞いて斬夜は自分自身に改めて問いかけていた。自分はそんな風に人類のことを考えて提督になろうと決めたのかと。確かに人類を守りたいとは思う。しかしそれが本当の望みかと聞かれればそれは嘘になるだろう。
斬夜は戦いを求めてここに居る。十五年の時を経てようやく戦場という、自分がいるべき場所に帰ってこれた。だからこそ自分が、成り行きとはいえ他の提督のように真っ当な理由もなく提督になっていていいのか、それが分からなかった。
「さぁ、そろそろ皆が起きてくる頃だ。さっさと準備を済ませよう」
結局答えが出ないまま心の中でうやむやにした斬夜は、気を紛らわすかのように朝食の準備に取り掛かった。
昔のように余計なことは気にしないようにできれば楽だったろうが存外、平和に慣れすぎたと思う斬夜であった。
◇
朝食を終えた斬夜たちは改めて今回の作戦を確認すべく執務室へ集まっていた。編成は山城を旗艦とした現在鎮守府にいる間宮や大淀などを抜かした艦娘全員だ。鎮守府の守りが気になるが、山城たちが出撃した後、新しく艦娘を建造するのでそこの所は問題ない。
作戦内容は鎮守府近海再び現れた深海棲艦の撃沈及び該当海域の開放。過去に人類側が既に制圧していたが近年、再び深海棲艦の目撃情報が相次いでいる。規模は一、二艦隊程度と考えられるが戦場では予想外のこともあり得る。斬夜は重点的に索敵を徹底するように伝えていた。
「今回の任務はそれほど難しいことじゃない。お前たちの力を存分に振るってくれれば何の問題もなく遂行できるだろう。だが―――」
懸念事項を説明するために窓の外へと視線を向ける斬夜。視線の先では初陣を拒むかのように雨が降っている。
「御覧の通り今日は生憎の悪天候だ。それにお前たちは本格的な戦闘が今回が初めてだ。いいか、功を焦るな。生きていればいくらでもチャンスは来る。無理だけはしないでくれ」
「了解っ!」
凛とした声が執務室内に響く。電だけ後に「なのです!」と聞こえたがそこは愛嬌だ。
山城も斬夜の励ましが功を奏したのか自信を持った表情で活力に溢れている。
「では、それぞれ準備につけ。健闘を祈る」
揃った動作で敬礼をし出撃のための準備を整えるため港まで向かっていく山城たち。その後ろ姿を見送った後体を預けるように深く椅子に座りこむ斬夜。
「ダメだな……。ああいう口調は慣れないから体がむず痒くなる」
「ふふ、でもご立派でしたよ。彼女たちの士気を高めるのにも適していると思いますし私としてはこれからも続けてほしいのですが」
「断固拒否する」
「まぁ、そうですよね」
大淀が苦笑交じりに今日中に目を通す書類を整理する。先程は提督らしく振舞ったが、出撃する度にこの調子では斬夜の体が持たないだろう。最初から断られるのは分かっているはずなのにわざわざ聞いてくるとは、大淀も斬夜に慣れてきたということだろうか。
「さて、今日の分の執務に取り掛かるとするか。大淀頼むぞ」
「はい。提督の補佐、しっかりと務めさせていただきます」
今日も変わらずいつも通りに執務をこなす。いつもならこの時間は鹿島か香取の授業があるが、今回は作戦があるため執務室ですぐに指揮を取れるように授業は空けてもらった。
斬夜が着任してからまだ二週間と少ししか経っていないが、元々適応力が高かった斬夜はすぐに執務に慣れ、大淀もそれに合わせてくれるのであっという間に書類が減っていく。それでもまだ特に大きな作戦もしていないのに何故こんなにも書類があるのか疑問に思った斬夜だったが、しょうがないと諦めをつけ黙々とこなす。
作戦について不安がなかったわけではないがアイツらなら大丈夫だろうと考え目の前のことに集中する。外では今はまだ雨脚は弱いが、斬夜の不安が的中するかのように徐々に雲が黒くなっていった。
◇
「初の出撃が雨とはついてないね~」
「そうは言っても仕方ないわよ。中止にするわけにもいかないし前々から決まっていたことなんだから」
「おうおう、高雄は真面目だねぇ。でも、こんな日にこんな天気じゃ愚痴の一つや二つ言っても罰は当たんないと思うぜ」
「それでも私たちがやらなければいけないことなんだから、愚痴も程々にして索敵を始めて」
「おぉ怖い怖い。そんなにずっと気を張ってるといざって時に動けなくなるぜ?」
「戦場では一瞬の油断が命取り。貴女だってそれは分かっているでしょう?」
「装甲が薄いあたしには尚更だからね~。それぐらいは分かってるって!」
ようやく発艦の準備を始める隼鷹。胴着の袖口から航空機の形をした紙片を取り出し、巻物状の飛行甲板を広げた。そして、隼鷹が勅令の文字を描くと紙片が意思を持ったかのように動き始める。その一連の動作が、隼鷹の服装も相まって陰陽師のように見えたのは山城だけではないだろう。
「最初からそうしてくれれば余計な手間も省けたのに……」
「いいじゃない、本人もやる気を出したのならそれ以上言う必要は無いわよ。空母には空母の、隼鷹には隼鷹のやり方があるでしょうし」
「そうね……。私も少し出過ぎました。この艦隊の旗艦は貴女なのですから私が命令する必要もなかったでしょうし」
「そういうのはいいからさっさと終わらせましょう。私もこんな雨の中あまり長居したくないもの」
嫌と言いながらも山城の顔にはあまり不満がないように見えた。それは斬夜から旗艦を任された責任感からか、再び戦場へ舞い戻ったことへの喜びか、はたまた別のなにかか。
しかし山城にとってはどれであろうと大差はない。今は与えられた任務をこなすだけ。それを達成することで自分が本当に変わることができるとそう信じているからこそ、今は不満など気にしている時ではないのだ。
「偵察機より通信!敵艦隊が前方より接近。数は四。イ級二隻、ホ級とへ級が一隻ずつ、さらにその後方に同数の艦隊あり!」
隼鷹の一声で艦隊全体の空気が一気に張り詰める。恐らく、ここ最近目撃情報が出ていた深海棲艦だと誰もが思っていた。
必然的に艦隊の旗艦である山城に全員の視線が集まる。
「当初の予定通り、敵艦隊を
「「了解!」」
隼鷹は再度紙片を取り出し攻撃隊の発艦準備をしていた。他の艦娘たちも各々の態勢を整えていたが、そんな中、駆逐艦である
何とか勇気を振り絞ろうとしているが、いかんせん腰が引けてしまっているのは否めない。流石に見ていられないと思ったのか電の
「電、怖いなら後ろに下がっててもいいんだよ?私や高雄さんと山城さんでも問題はないと思うから」
「い、いえ!電も皆さんと一緒に戦います。電だって艦娘なのですからちゃんと戦えます!」
川内にはまだ電が無理をしているように見えたが本人の意思を無視することもあまり好きではなかった。鎮守府での演習では十分な成果を上げていたので電の実力は川内も認めていた。
腕を組みながらどうしたものかと一考する川内。
ここは年上でもある自分が何かあったら助けに回ることにして電を信じることにする。最初さえできてしまえば、次第と電も慣れていくだろうとそう考えた。
「分かった。何かあったら私が手伝うから電も無理しないようにしてね!」
「はい!ありがとうございます!川内さん!」
元の配置と戻る川内。その間にも深海棲艦との距離は視認できるほどの距離までに近づいていた。
空母がいないならこちらの艦載機の攻撃は十分に通る。先手を取るべく隼鷹は艦載機たちを深海棲艦の上空へ向かわせ攻撃命令を出した。
隼鷹が搭載しているのは、九六式艦戦、九九式艦爆、天山であり、艦船攻撃に使えるのは九九式艦爆、天山の二つだ。九九式艦爆の性能はお世辞にも高いとは言えないが隼鷹の練度である程度は補われている。逆に天山は初期に搭載されていた、九七式艦攻よりも性能が高く出撃までに唯一斬夜が開発できた艦攻だ。本当ならばすべての艦載機を上位互換に交換したかったが、あまり成果も出ず資材も潤沢とは言えなかったためこれしか開発できなかった。
「さぁ、攻撃隊!やっちゃってー!」
爆撃と雷撃の雨が敵深海棲艦を襲う。対空防衛で多少の損害は出たがほとんどの艦載機は無傷のまま切り抜けていた。
爆撃で砲塔部分を破壊され、雷撃により機関部分が破損し、深海棲艦には多大なる被害が出た。攻撃を終えた艦載機たちは再び上空に戻り隼鷹の命令を待っていた。だがその必要はない。もしもの時に備え待機はしているが空母の仕事はほとんど終了したといっていい。あとは他の艦に任せるだけで十分だった。
「全艦、主砲一斉射!撃てぇーー!」
山城の声とともに動きが鈍っている深海棲艦たちに砲弾が降り注ぐ。放たれた砲弾が放物線を描きながら、やがて重力に引かれて落ちていく。口径が小さい電や川内では中々有効打にはならないが、重巡、戦艦の高雄と山城の砲撃は問題なく深海棲艦に効いていた。
深海棲艦からの反撃もあったが隼鷹の攻撃が余程痛かったのか、山城たちからかなり離れた地点に着弾している。
「やっぱりこの距離じゃ大したことないか~。山城さん、一応聞くけど突っ込んでもいい?」
「ダメに決まってるでしょ……。でも、流れ弾に当たる覚悟があるなら止めはしないわよ?」
「あはは……。やっぱりかー」
焦れた様子の川内だったが流石に自分の役割を捨てるほど頭が回らないわけではないようだ。山城の冗談には少し肝を冷やしたが内心では山城が冗談を言ったことに驚いていた。
(初日であんなに暗かったのにたったの数週間で、ここまで前向きになるなんてね)
斬夜が一体どうやって山城を変えたのかを気にはなるが、それは作戦が終わった後にでも聞けばいいと考え目の前の敵を片付けた。
作戦は順調に進み、その後に接敵した艦隊も同じように撃退することが出来た。
「ふぃ~やっと終わったー」
「安心してないで近くに敵艦隊がいないか索敵して」
「少しくらい休んだっていいじゃんかよ~。まったく、高雄は人使いが荒いんだからさー」
「それでも付近の安全くらいは確認しないと危ないでしょ?休むのはそれからにして」
またもや高雄が隼鷹に物申しているが隼鷹は大して気にはしていない様子だった。むしろ、高雄のような存在が近くにいることが慣れている様だ。一番艦である飛鷹が似たような性格なのかは今後彼女が来れば分かるだろう。
「んじゃま、言われたとおりに働きますか!」
先程と同じように勅令の文字を描き艦載機を発艦させる。雨が降る中それをものともせず艦載機はどんどん離れていく。
それを見て、ようやく落ち着けるといった表情が各々に浮かんでいる。しかし頭の中では、鎮守府に着任してから鍛錬は欠かさずこなしてきたが実戦となるとやはり勝手が違うということを改めて意識させられていた。一つのミスが命取りのやり直しのきかない戦場。全員が今の戦闘での自分が最適解の行動を取っていたのか、それとも他に何かやり方があったのかそんなことを考える。
それでも勝利は勝利だ。どんな不格好な勝ち方でも戦場では勝ちさえすればそれでいい。その経験が次の戦いで最適解を導き出すカギにもなるのだから。
「大丈夫だった、電?」
「は、はい。電は大丈夫なのです。でも、あまりお役に立てなかったのです……」
「しょうがないよ、駆逐艦や私たち軽巡艦の主砲の口径じゃ決定打にはなりにくいからね。でもその分私たちには魚雷があるし、なんなら夜戦もあるんだからあまり落ち込まないほうがいいよ!私たちには私たちの役割があるってことを忘れないでね」
「はい!」
笑顔で返事をする電に満足そうに
「若いってのはいいもんだねぇ~。あれだけの元気っていうか活力があるからさ、何にでも真っすぐに立ち向かおうとしてる」
「何よ急に。年より臭いこと言って」
「ていうかその言い方だと私たちが若くないみたいな言い方に聞こえるんだけど?」
「あ、自覚あったのかい?」
瞬間二人の艤装の照準が隼鷹に合わせられた。ギョッと驚いた隼鷹は両手を慌てて振りながら「冗談!冗談!」とすぐさま訂正をした。
あのまま話を続けていたらどうなっていたかと考えると思わず身震いしてしまうがとりあえず五体満足でいられたのだから良しとした。
「そうじゃなくてさ、あたしたちの成り立ち的にさ正直明るいもんじゃないだろ?言っちゃえば山城みたいになってる奴もいないとは言い切れないし」
「人を根暗みたいに……。まぁ、否定はしないわ」
「期待に応えられなかったヤツもいれば望んだ最期を遂げられなかったヤツ、アタシらは大体そんなもんさ。でもあの二人はしっかりと今を生きようとしてる。生まれ変わっても同じような後悔を残さないように、今できることを一生懸命にやってるんだよ」
隼鷹の言葉を聞いているうちに高雄の胸中に形容しがたい感情が
高雄は過去の戦争で終戦まで生き延び当時のイギリス海軍によって自沈処理された。特にそれを不幸とは考えてもいなければ終戦まで生き延びたことを踏まえればむしろ幸運とも言えるだろう。
しかし、姉妹艦である、愛宕、摩耶、の二隻はレイテ沖海戦で沈没。鳥海も数日後のサーマル沖海戦にて沈没してしまった。わずか数日で姉妹艦が全て沈んでしまったことはとても心に残る出来事だった。
それ艦娘に生まれ変わった今もまだ心に残っているが、それでも姉妹のためにも胸を張って生きようと、そう考えていた。
「……そうね。あの二人は私たちから見たらとても眩しいものに見えるわ。私だって後悔がないなんて言いきれないもの」
「だからさ、アタシたちみたいな年上がしっかり見守んなきゃなってそう考えてたのさ」
隼鷹の言葉に二人は無言で肯定する。山城は自然と斬夜の言葉を思い出していた。自分に自信がないならこれから頑張っていけばいい。困ったら仲間に助けてもらえばいい。甘え、と言われてしまうこともあるだろう。しかしどんなに頑張っても人が一人で生きることはできない。
山城は斬夜に、頼るということを教えられた。そして、これから自分がどうやって生きていけばいいかを。もちろんこれからも苦労することはある。だが、それでもこの鎮守府……斬夜の下でならばきっと乗り越えることができるだろうと思っていた。
「なら、私たちも先輩らしく頑張るしかないわよね」
「お、いつになくやる気じゃん山城。そういえばなんで旗艦をやる気になったのか気になるんだけど、なんかあったのかい?」
「私もそこは気になっていたわ。どういう心境の変化があったの?」
「べ、別になにもないわよ!提督にどうしてもって言われたからやっているだけよ」
斬夜に励まされたことを知られるのが妙に恥ずかしくなり山城は思わず声を荒げる。そもそも部屋に入れたことも知られてしまったら口が軽い隼鷹がどんな噂を流し始めるか分かったものではない。それになぜか高雄まで妙に乗り気である。山城が着任してから斬夜と一緒にいることが多かったためかそんな風にでも思われてしまっているのだろうか。
「ほほう。提督にどうしてもね~」
「な、なによ?」
「別に~?山城は押しに弱いんだなって」
「誰が押しに弱いよ!」
「おおっと、怖い怖い。これ以上つつかないほうが良さそうだね~」
「まったく、隼鷹も山城さんをいじめるのはやめて頂戴。それにそろそろ艦載機から通信が入るんじゃないのかしら?」
「おっと待ちな。噂をすればなんとやら。丁度今きたところだよ」
ようやく本題に戻ってきたことに高雄はため息をついている。隼鷹を扱うのはその掴みどころのない性格故、中々大変なようだ。その標的にされた山城も多少の気疲れを感じているがすぐさま気持ちを切り替える。作戦中に気を抜きすぎることはあってはならないことだし、近場とはいえまだ敵がいるかもしれないことを忘れてはいけない。
そこに離れていた川内と電が合流するが隼鷹の様子を見て表情を曇らせた。二人を見て遅れて山城も隼鷹の様子に気づく。通信を受ける隼鷹の表情は厳しく、先ほどまでの気の抜けた雰囲気は消え張り詰めた空気が漂っていた。一体何事かと聞こうとした山城だったがそれよりも早く通信を終えた隼鷹が口を開いた。
「……皆聞いてくれ。もうすぐこっちに深海棲艦の大規模な艦隊が来る。それだけならまだ良いんだけど、中にはル級やヲ級なんかのこのあたりじゃ見ないヤツまでいたらしい」
「どうして!?ここには僅かな深海棲艦しかいなかったはずじゃ!?」
「そんなことアタシにだって分かんないよ。ただ今のアタシたちには選択肢が一つしかない」
隼鷹から告げられた情報に驚きを隠せない一同。なぜ、ここ最近はぐれの深海棲艦しか目撃されていなかったこの海域で大規模な艦隊がいるのか。攻め入る時を着々と待っていたのか、はぐれと思われていた艦は
「それは、ここでアイツらを沈めることさ」
「そんなこと、できるわけがないでしょう!?私たちは損害はほとんど無いとと言えどそんな大規模艦隊と戦うことなんてできるはずが―――」
「少し頭を冷やしな山城。いいかい、仮にアタシたちが鎮守府に戻ったとしてなにができる?今鎮守府にはアタシたち以外に戦える艦娘なんていない。他の鎮守府に援軍を頼んでも来るまでには時間が掛かる。それに周りに被害を出しながら撃退するか、なにもない海の上でやりあうなら後の方がいいだろう?ならアタシたちができるのは援軍が来るまで時間稼ぎをすることだけさ」
「できるのでしょうか……私たちだけで」
「これはもうできるできないの問題じゃない。アタシたちがやらなきゃ本土に多くの被害が出ちまう。分かってるだろう?もう選択肢が無いことなんてさ」
今だ信じ切れていない電に現実を突きつけるように言い放つ。受け入れがたい現実に皆口を開けずにいた。
次第に雨が強くなり不安を煽るように風も勢いを増していった。幸い先程の戦闘では痛手となるほどの損害を受けていなかったので戦闘自体は可能だが問題は山城たちの心の方だった。
(勝てる訳がない……。たとえ、多少の足止めができたところで援軍が間に合う保証もない。こんあ状況じゃなにも……)
『お前はどうしたい?山城』
「っ……」
斬夜と話ししたとき自分は何と言っただろう。華々しい戦果を挙げられなかった過去に囚われていた己を克服するために、扶桑型としての誇りを守るためと戦うと誓ったのではなかったのか?目の前に壁が立ちふさがるなど当の昔に分かっていたはずなのに、なにを今更怖気づいているのだろうか。
「……ふふっ。いいわ、やってやろうじゃない」
「山城さん?」
「皆、隼鷹の言う通りよ。私たちにはもう戦う以外に道は残されていない。他所の鎮守府から援軍が来るまでで戦うしかないの。だから皆……力を貸して」
恐怖で頭のネジが一本取れたのだろうか。今は不思議と恐怖を感じない。あるのは自分が果たすべき役割を必ず遂行するという絶対の自信である。
山城の姿を見て、意気消沈していた電や川内にも力が湧いてくる。自分たちは捨て駒じゃない。かと言って本来の役目を忘れるほど落ちぶれているわけではない。今は艦娘としての使命を果たすべきとおのずと理解したのだ。
「電は山城さんに賛成なのです。傷つくのも傷つけるのも嫌ですが、大勢の人が傷つくのはもっと嫌なのです!」
「私より小さい
「私は元より戦うつもりでしたからなんの異論もありません。旗艦である貴女の命令に従います、山城さん」
それぞれが己の意思を迷いなく発する。「やれやれ」と茶化す隼鷹だが彼女も答えは決まっていた。これで艦隊全員の答えが揃った。ならば後は行動に移すだけだ。時間はあまり残されてはいない。鎮守府に最低限の通信を送り彼女たちは深海棲艦の大規模艦隊を迎え撃つ。