宇宙空間の中、モニターには発射されるビームと弾丸だけが見え、時折聞こえる剣の交差する音が聞こえてくる。
オクトカムとミラージュコロイドを使い、互いに姿を隠したうえでの戦いは見ている側にとっては何が起こるのか、何をしているのか分からない状態だ。
そんな中で、ミスターガンプラはワクワクしながらモニターを眺めていた。
「これは面白い試合だ。お互いの姿が見えないけれど、どちらにも弱点がある」
ミラージュコロイドを使うブリッツはフェイズシフト装甲やビーム兵器も使う都合上、多くの電力を消耗するため、おそらく長い時間闘うことはできない。
一方のシュピーゲルは装甲にダメージがあるとその部分のオクトカムの使用が不可能になるうえ、フェイズシフト装甲のブリッツ相手に有効打を与える可能性のある武器とすればシュピーゲルブレードのみ。
時間稼ぎをして、フェイズシフトダウンを起こしてからがシュピーゲルにとってチャンスになる。
(勝負は時間だ…。それがどちらを味方してくれる?)
「ふう、ふう…バッテリーは…」
デブリの陰に隠れたサクラはいったんミラージュコロイドを解除し、バッテリー残量を確認する。
アルヴァトーレとの戦闘のせいで多くの電力を消耗したうえ、覚醒も使ってしまった。
今の体力なら、あと少しだけ覚醒を使うことができるが、それでも可能な限り絞って使ってあと1分半。
それでは相手を殺し切れない。
「フェイズシフトを解除する余裕があるとは、見事ですね」
真下に出現したシュピーゲルがメッサーグランツをブリッツに向けて投げつける。
突然現れた敵に気を取られたサクラはメッサーグランツの回避が遅れ、投げられた3本のうちの1本が命中と共に爆発する。
直撃と爆発によって装甲に回される電力が増え、バッテリーの消耗が速まる。
反撃のため、インパクトダガーを投擲したものの、その時にはもうシュピーゲルは姿を消し、移動した後だった。
「やってくれるわね…あの男!」
電力消耗を考えると、もうビームライフルとビームサーベルは使えない。
インパクトダガーが決定打たりえない以上、シュピーゲルを撃破できる武器はランサーダートとギガンティックシザースだ。
だが、本編では槍として使用していたランサーダートだが、それには炸裂する機能がついているため、フェイズシフトダウンした状態でそんなことをしたら爆発に巻き込まれる、自殺行為だ。
だとしたら、電力の消耗が相対的に低いうえに破壊力のあるギガンティックシザースの一撃を加えるのがベストだ。
問題はそれで挟み殺すタイミングで、当然相手がそれを許してくれるはずがない。
(何かで油断をさせないと…少しでもいい、動きを止められる油断を…!)
残った手札で、とどめを刺すための戦略を練る。
考えている間も、バッテリーは消耗し続け、敗北へのカウントダウンが続く。
2人が撃墜されてしまった今、サクラが倒れることは許されない。
「アルヴァトーレを使ってきたから、やってくるかもしれないというのは薄々思っていたけど、本当に使ってきた…」
モニターを見る勇太はブリッツが隠れているかもしれないデブリ帯を見る。
サクラのブリッツはミラージュコロイドを使った超短期決戦型であるため、同じ光学迷彩を使うような、短時間で倒すのが難しい相手に対しては不利な一面がある。
今回はピタリとサクラにとって最悪の相手が登場してしまった。
だが、ガンプラバトルを続ける以上、そのようなことは起こる可能性は常にある。
それがたまたま今回になってしまっただけの話だ。
「こりゃあ、あの嬢ちゃんが勝てる可能性が低いなぁ…あのまま逃げられたら、アウトだ」
「んもう!なんでそんなこと言うの!?サクラが勝つよ!勝つったら勝つ!絶対に!!」
「おいおい、ガンプラバトルに絶対なんてものはねえだろ…」
決勝でサクラと戦いたいというミサの気持ちはカドマツもよくわかっている。
だが、今回は明らかにサクラが分が悪く、勝算も薄いように見える。
「おい、勇太。お前はどう見る?お前から見ても、今回はあの子が負けるんじゃないか?」
「どうでしょう…?確かにガンプラバトルで重要な要素はガンプラの出来栄え、性能です。ですけど、その分ファイターの力量も求められます。そして、出来栄えが相手の方が上回っていたけれど、ファイターの技量で逆転したという話もありますし、その逆もしかりです」
「さて…このまま逃げ勝ちという手もありますけれど、それではあまりに味気がないですよね…」
キョウジとしては、このままフェイズシフトダウンしたところを狙って勝利するよりもまだサクラが全力で戦える状態で勝つ方が同じ勝利でも旨みがあると感じていた。
確かに、時間切れを待った方が合理的だが、そこはファイターとしての性質がそうさせるのかもしれない。
フェイズシフト装甲を前には実弾はほとんど意味をなさないが、それでも衝撃による内部へのダメージは発生するし、それが原因で戦闘不能になることだってあり得る。
サクラの居場所にはある程度目星はついている。
「でしたら、せっかくですので、私の技を見せましょう」
シュピーゲルがオクトカムを解除して姿を現す。
そして、背中と胸部の装甲を展開し、そこから十数本のメッサーグランツを発射し、3本のそれを手に取る。
「受けていただきますよ、この攻撃を!」
ブリッツがいると思われる場所に向けて、シュピーゲルが手に持っているメッサーグランツを投げつける。
死角からではない、正面からのメッサーグランツはサクラにとって何の問題もなかった。
「そんなもので!」
ミラージュコロイドを解除し、スラスターをわずかに使って機体をそらして回避する。
しかし、同時にコックピット内に警告音が鳴り響いた。
「ええっ!?」
次の瞬間、十数本のメッサーグランツが降り注ぎ、ブリッツの各部に次々と接触すると同時に爆発を起こす。
「キャアアア!!」
フェイズシフト装甲の効果でみるみるとバッテリーを消耗していき、関節や内部の電子機器にもダメージが発生する。
頭部パーツにもダメージがあり、センサーにも不具合が生じている。
「浴びてしまいましたね…メッサーグランツの雨を」
「どうして…」
「経験則ですよ。今の戦いで、あなたの回避の動きをある程度予測できたので…」
経験則、と簡単に言っているが、ミラージュコロイドで姿を見る機会が限られている以上、そう簡単に経験則を構築できるものではない。
サクラの脳裏に浮かんだのは瞬間記憶能力だ。
見たものを画像のように覚えることのできる先天的な能力で、おそらくキョウジはその能力を持っている。
だからこそ、あのようなベストなタイミング、ベストな場所にメッサーグランツの雨を落とすことができた。
おかげで、今のブリッツはすっかりボロボロになってしまった。
サクラはバッテリー残量を確認する。
(この残量だと、フェイズシフトダウンまでもうわずかしかないわね…。これじゃあ、あと少しで負けるのは私…)
ゆっくりと呼吸し、再びオクトカムで姿を消すシュピーゲルを見る。
今になってようやく、一つこの状況を突破できるかもしれない作戦を思いつく。
これがはまるかどうかは分からない。
でも、やらずに敗北を待つよりもずっとましだ。
サクラは通信をオープンチャンネルに切り替える。
「聞こえる!?忍者のあなた!」
「うん…?」
「よく聞きなさい。今の私のブリッツのバッテリーだと、持つのはあと15秒。15秒後、フェイズシフトダウンして、ミラージュコロイドも使えなくなる!だから…15秒以内に、あなたを倒す!!」
オープンチャンネルで発せられるまさかの宣言に会場に動揺が走る。
「ええっと、これは勝利宣言みたいなもの…なのでしょうか?」
「かもね。けど、彼女にしては大胆なことをするなぁ」
「15秒…嘘の可能性もありますがね…」
通信を聞いたキョウジは一瞬疑ったが、その言葉が真実である可能性が高いと自分の中で結論付ける。
これまでの戦闘による消耗とダメージ、それを考えるともうすぐフェイズシフトダウンを起こす可能性が高い。
それを彼女自身が証明するかのように、ブリッツがわざとビームサーベルを展開してこちらへ突っ込んできている。
シュピーゲルブレードで受けて立とうとするキョウジだが、ブリッツは左足についているインパクトダガーを発射し、それに向けてビームライフルを発射する。
ビームが命中した瞬間、インパクトダガーが爆発し、煙がシュピーゲルブレードの正面を覆い隠す。
「おそらく、あなたはこの状態で…上から!!」
キョウジの予想通り、ビームサーベルを展開したブリッツが真上から切りかかってきて、今度こそシュピーゲルブレードで受け止める。
ビームライフル、ビームサーベルを使ったことでよりバッテリーを消耗している。
このまま使い続けたら、15秒を待たずにフェイズシフトダウンを引き起こす。
そのことを彼女も分かっているようで、ブリッツはすぐに煙に向かってスラスターを噴かせて後退し、その向こう側へ消えていく。
「さあ、あと5秒ですよ!」
ニヤリと笑うキョウジはシュピーゲルを煙の中へ突っ込ませていく。
その向こう側にはライフルを向けるブリッツの姿が見えた。
だが、どうやらバッテリー切れが発生したようで、フェイズシフトダウンを引き起こしている。
「どうやら、時間切れが…む?」
目の前のブリッツを見たキョウジはそれに違和感を抱く。
(おかしい…このような隙だらけの姿をさらすことなど…)
「あり得ない…でしょう!」
「まさか…!」
ハッとしたキョウジだが、機体を動かす前にコックピット内に衝撃が走り、激しく揺れる。
背後にはブリッツの姿があり、左腕のギガンティックシザースがシュピーゲルを挟んでいた。
そして、目前にあるブリッツが煙のように消滅する。
「まさか…あのブリッツはあなたの覚醒で作った…」
「分身よ!!」
叫ぶとともに残りに電力をすべてギガンティックシザースに供給し、シュピーゲルを挟みつぶした。
つぶされたシュピーゲルは消滅し、ブリッツはその爆発に巻き込まれる。
煙が晴れると、その爆発で機体前方を中心に装甲が焼けたブリッツのフェイズシフトダウンした姿が残っていた。
「試合終了ーーーー!!勝者、ジャパンカップ選抜チーム!!」
「はあはあ…きっかり、宣言通り15秒よ…」
シミュレーターが解除され、出てきたサクラの体は汗でびっしょり濡れており、何かにもたれていないと立てないくらいに疲労していた。
「見事だったぞ、サクラ。まさに君あっての勝利だ」
「悪い…あっという間に倒されるとは、油断していた…」
「いいわよ。けど、シュピーゲルオクト、叢雲恭二…強敵だったわ」
選抜チームとして、予選無しで出場することができたチームということから、もしかしたら心のどこかで油断があったのかもしれない。
選抜されなかったとはいえ、日本にも、世界にも強いファイターが数多く存在する。
そのことを実感するという意味では、今回の戦いは有意義なものに思えた。
「お見事です、あの覚醒には見事に騙されてしまいました…」
パチパチと拍手をしながら、キョウジがサクラ達の元へやってくる。
マスクで隠れていた目元はほっそりとした、キツネのような目つきをしていて、それを初めて見たサクラは少し震えてしまった。
「失礼…生まれつきそういう目つきでして、無用な威圧を与えないため、バトルではマスクをつけているのです。しかし…覚醒であのようなこともできるとは…」
「私の覚醒は分身を作ることができるの。それを応用したわ。最も、その分余計に力を使ってしまったけど…」
「なるほど…完敗です。いつか再戦を希望したいですね」
敗北したにもかかわらず、嬉しそうに笑うキョウジは彼女に右手を差し出す。
怖い目つきだったのにはびっくりしたが、立派なファイターの一人だと思えた彼との出会いをうれしく思ったサクラはキョウジと握手をした。
勝利をおさめ、力を尽くした戦ったファイターの握手を観客は拍手で祝福している。
その光景がウィルの座席にあるテレビにも映っていた。
眼鏡をかけてそれを見ていたウィルは気分が陰るのを感じ、チャンネルを切り替える。
(あんなの…ただの欺瞞だ)
「ウィル坊ちゃま。ティータイムのお茶とお菓子をお持ちいたしました」
背後にあるスタッフ区間へとつながる部屋から出てきたドロシーがお盆にスコーンと紅茶を乗せた状態でやってくる。
そして、彼の座席前の机にそれらを置いた。
「ありがとう、これで気持ちの切り替えができるよ」
あとはいい番組を見つけて、有意義な時間を過ごしたいと思い、チャンネルを変える。
ジャパンカップクラスの国単位以上の大会の試合の放送権はインターネットテレビ局であるブッホITVが独占しており、それ以外のチャンネルを見れば、少しはマシなものが見れるだろうと思った。
今の切り替えたばかりのチャンネルではテロップでジャパンカップに関するニュースが流れていたものの、好きなアニメが流れていたため、大目に見ることにして、出してもらったばかりの紅茶を口にする。
今2人が乗っているのはウィルのプライベートジェットだ。
この時期の飛行機は日本への観光客やジャパンカップ観戦を目的とした客でいっぱいで、チケットの確保ができなかったことから、やむなくそれを使うことにした。
日本製のMRJで、内装は購入後にタイムズ・ユニバース傘下の企業に依頼して改装している。
乗り心地が良く、周りでガンプラバトルについてペチャクチャしゃべるようなうっとうしい人間がいないため、ウィルはむしろ最初からプライベートジェットで行くよう計画したらよかったと思っていた。
それに、静かにメールのチェックやあるものを作ることができる。
「わからせてやるんだ…あいつに…」
紅茶を飲み終え、スコーンも食べ終えたウィルは隣の席においてある箱に手を取る。
中には左肩に百とJが重なり合っているデカールが貼られている灰色の百式ベースのガンプラとまだ未完成のパーツが入っていた。
ウィルは未完成パーツを手に取り、作業に取り掛かった。
「よし…ストーリーの準備はこれでOKだ」
ホテルに戻り、25話分のストーリーと設定を書き上げた数冊のノートを見た勇太はほっと一息つく。
ジャパンカップの試合とファイターたちのガンプラを見たことが自分にとっていい刺激になったようで、設定を一気に書き上げることができた。
たった1機のガンプラを作りたいがために、バルバトス・レーヴァテインの時以上にここまで熱中してしまう自分に自嘲しながらも、そこまでして作り上げるガンプラがどこまで自分にこたえてくれるのかと頭を巡らせる。
ストーリーを作るうえで、主人公機となるそのガンプラ、というよりもモビルスーツの相手、もしくは味方となるモビルスーツもあらかた考えもした。
ノートのそばに置いてあるグレイズベースのガンプラ、グレイズⅡはそのストーリーの中で登場するギャラルホルンの主力量産型モビルスーツといえる。
レギンレイズは量産されたものの、民主化による情勢の相対的な安定化で再びギャラルホルン内部で次世代機開発に及び腰になる空気が広がり、レギンレイズほどの性能も求められなくなったということから、むしろ既存のグレイズのアップデートが行われた、というのがこのストーリーにおけるグレイズⅡの設定だ。
「まぁ、レギンレイズってジュリエッタクラスじゃないと使いこなせないし、それにマグネットコーティングの登場でモビルスーツを扱える人間が限られてしまった、みたいな話をガンダムカタナであった気がするし…」
もうすぐカドマツが帰ってくるかもしれないため、勇太は急いでそれらをカバンの中に入れた。
機体名:ガンダムシュピーゲル・オクト
形式番号:GF13-021NGOCT
使用プレイヤー:叢雲恭二
使用パーツ
射撃武器:なし
格闘武器:シュピーゲルブレード×2
シールド:なし
頭部:ガンダムシュピーゲル
胴体:ガンダムシュピーゲル(メッサーグランツ内臓パック×4装備)
バックパック:ガンダムシュピーゲル
腕:ガンダムシュピーゲル
足:ガンダムシュピーゲル
叢雲恭二が使用するガンプラ。
ガンダムシュピーゲルをベースとしており、見た目の変化はほとんど見られない。
最大の特徴が装甲に搭載されているオクトカムシステムで、それを利用して完全に風景に溶け込むことができる。
それを採用したのがキョウジがあくまでガンダムシュピーゲルが利用したゲルマン流忍術はパイロットがそれを習得した人物であるためで、それが使えなければガンダムシュピーゲルもまたゲルマン流忍術を再現できないと考えたため。
オクトカムを利用し、奇襲攻撃を連続で行うことを主軸としているため、武装や走行を必要最小限にとどめ、軽量化と長時間の運用を可能としている、短期決戦型のブリッツ・ヘルシザースとは方向性の異なるガンプラといえる。