ガンダムブレイカー3 彩渡商店街物語   作:ナタタク

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機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ第3期(勇太のノートより)
第9話「ゲーティアの目覚め」

タービンズ及びテイワズによるゲーティア迎撃作戦が行われる中で、アリアンロッドの介入が始まる。
過去に起こった悪夢の再現がされるかのような戦場で、暁は母の制止を振り切り、ゲーティアのリミッターを解除する。


第52話 幻の羽根

「で、この式を解くためにはまずここで場合分けをするんだ。例えば、このxが2以上の場合と2以下の場合で…」

夜のホテルで、勇太が教科書を手にしてミサがにらめっこしている問題の箇所の解説を行う。

予想はしていたが、ミサは熱暴走を起こしている様子で、シャープペンの動きは止まっている。

今の勇太とミサは世界大会の選手であるが、その前に高校生だ。

当然、帰国したら補習が待っていて、そこでは進学校ということもあり、模試が待っている。

そして、その補修や模試のための課題や予習復習もしなければならない。

勇太はある程度済ませており、あとは帰国後に済ませることができるようにしたが、残念なことにミサは山積みとなっていて、こうして持ち込まなければならなくなった。

1人でやるのは無理だろうと思い、最初はカドマツに助力を求めた。

ハイムロボティクスに勤める彼なら、理系の勉強をしているミサの助けになるだろうと。

だが、なぜかカドマツから断られ、なぜか勇太にやれと言われた。

勇太は文系で、化学や物理などは理科総合で学んだ程度の知識しかない。

その部分については難しいが、数学と国語、英語と現代社会なら教えられる。

「ううーー…勇太君、休憩ー…」

「まだ。今日は少なくとも、あと4ページは進んでおかないと、後が大変だよ」

「そんなぁー、勇太君の鬼ー」

「強くなろうという気持ちは分かるけど、やることはやっておかないと…。一般常識がない大人の例って、ガンダムでも現実でもいっぱいあるよ」

その例で典型的といえるのはフランクリン・ビダンだろう。

ガンダムMk-Ⅱを開発するなど、科学者としては能力があるかもしれないが、マルガリータという愛人と不倫しており、息子であるカミーユに対して父親らしいことを何一つしていない。

彼個人の人格の問題もあるだろうが、一般常識というものはオールドタイプだろうとニュータイプだろうとXラウンダーだろうと必要だということだろう。

ミサもそんなことは分かっているが、それでもやりたくないという気持ちが強くなる。

ただ、否定ばかりしていると委縮したりやる気をなくすのは事実。

そこで勇太は机の上にタブレット端末を置き、とある動画をいつでも再生できるようにセットする。

映像のタイトルにはガンダムスローネダブルシザースと書かれている。

「終わったら、これを一緒に見よう。どうやって戦うかを一緒に考えるんだ」

「勇太君…よーし、なら!!」

「ひとまず、今の問題は後回しにして、解ける問題からやっておこう」

勇太の助言を元に、ミサは詰まっている問題に一度見切りをつけるかのようにページをめくる。

室内にある冷蔵庫の中から缶ジュースを2本だし、そのうちの1本をミサの机に置くと、勇太は椅子に座ってジュースを口にする。

「明日は2次予選。ここを通過すれば、本選に入る。ウィリアムとサクラさんが見えてくるか…」

 

「フフフフ…よしよし、ハッキングも完璧だ。選手用のIDもできた。これで、私たちは立派な世界大会の選手だ」

暗い部屋の中でノートパソコンをいじる音だけが響き、完璧に偽装された自身の選手データを見つめる男はほくそ笑む。

紫のスーツとネクタイをつけた、若干後ろに下がった薄めの黒髪をした男性はさっそく仲間とチャットをつなげる。

これから、彼は自らの仲間たちにこのデータを暗号化したうえで送信する。

仲介用の偽装メールアドレスを複数経由させたうえで届く仕組みにしており、それらのメールアドレスも目的を果たしたら履歴ごと抹消される。

さっそく仲間の一人から連絡が来る。

「おい、これで目的を果たしたら…分かっているな?」

「ああ、当然さ。既に都合はつけてある。新しいきれいな体が待っているぞ。だから、目的を果たすまではきっちり働いてくれ」

「ああ…。約束を忘れるなよ?バイラス・ブリンクス」

「そのつもりさ…。まったく、心配性な男だ。よっぽど自分のやったことを恐れているようだ」

彼からの確認の連絡はこれで5回目になる。

かつての秦の名将である王翦は天下統一の総仕上げのため、楚を攻略する際に主である秦王、嬴政の持つ度を過ぎた猜疑心から自らの身を守り、天寿を全うするために用心して生きていたという。

今の彼の慎重さはそれ並だが、逆にそんな人間ならあんな大それたことはしないだろう。

とある国の大統領選の際にフェイクニュースを大量に流して、事実が明白である対抗馬による不正行為を隠し、現大統領の再選を阻止しようと動いたらしい。

昔はそれで多くの人を動かすことができただろうが、ネットが普及した今はその効果は薄い。

再選阻止に失敗した挙句、その際の報道によって、彼やその関係者から民事訴訟によって多額の損害賠償を請求されることになった。

おまけに、その報道が偽計業務妨害罪や信用棄損罪、名誉棄損罪、詐欺罪に接触し、刑事訴訟までされてしまった。

SNSによるデマでさえ、罪に問われることがある。

マスコミもフェイクニュースを流して、実害を与えてしまってはその罪から逃れることはできない。

これについては流した人間も拡散した人間も対象となり、現に彼以外にも対抗馬を含めて罪に問われ、実刑で刑務所に叩き込まれる、財産のほとんどを失った人間は山ほどいる。

このご時世にフェイクニュースを流しても、罪に問われて前科がつくうえに損害賠償や慰謝料で金も失うだけで、割に合わない。

かつては表現の自由への配慮から、特定の人物や法人の利益を害した場合にのみ刑罰の対象となったフェイクニュースだが、時代錯誤という声が上がり、最近の法改正によって不特定多数の利益の侵害や心的苦痛に対しても刑罰の対象になりつつある。

報道の価値を貶め、マスゴミ呼ばわりされるだけで終わる、SNSで匿名でデマを流す以下のレベルの馬鹿な行為。

最も、彼の場合はほかの連中と違って幸運だ。

こうして自分との約束を守ることで、人間的、霊的に生まれ変われるかは別としても、社会的には生まれ変わることができるのだから。

「ウィリアム・スターク…。ただ父親の跡を継いだだけで、世間やビジネスというものを知らない若造め…」

あの時、自分が敗れ、警察から逃げ回る日々を送っているのはすべて彼のせいだ。

父親から受け継いだ金と事業があるだけで、それ抜きであればただ帝王学を学んだだけのボンボン息子のくせに。

本来ならこうして復讐の機会をうかがうことすらできなかったかもしれないが、幸運にも自分を助けてくれる人物がいた。

その人物のおかげで、今は身を隠し、こうして復讐の機会を得ることができた。

どんな思惑があるのかは知らないが、莫大な金をはじめとした援助はバイラスには大きい。

「待っていろ、ウィリアム・スターク…。お前を破滅させてやる…」

 

「みなさん、お待たせいたしました!!まもなく、1次予選で生き残ったファイター達によるバトルロワイヤル、2次予選を開始します!!」

「ふあああ…眠いぃ…」

待機室で待つミサはうとうとしていて、一瞬グラリとして隣に座る勇太の肩の上に頭が乗る。

「おいおい、勇太。確かにミサに勉強させろとは言ったが、こんな状態になるまでしろとまでは言ってねえぞ」

眠たそうなミサの様子にカドマツはため息をつき、原因の一端を作った勇太は申し訳なさそうに体を小さくさせる。

確かに勉強を終わらせることはできたが、その後で見ようと約束した動画をミサは夢中になって何度も繰り返し再生した。

そして、気づいた時には夜が明けていて、ミサもこのような状態になってしまった。

内心、勇太とミサを接近させてやろうと思ってやってみたが、こうなるのならやっぱり自分が教えるべきだったとカドマツは後悔している。

もしそんな理由でベストコンディションで戦えず、挙句の果てには予選敗退となって彩渡商店街が乗っ取られる事態になったら、ユウイチ達に合わせる顔がない。

「ミサちゃん、開始時間まで少し時間があるから、顔を洗って、コーラも飲んできたら?」

「ん…そーするー…」

フラフラと待機室を後にするミサを念のためにロボ太が追いかけていく。

そして、小さくなっていた勇太はどうにか落ち着こうと行きがけに買った缶ジュースを一気に飲む。

「そういえば、勇太。お前…どうなんだよ?あいつに勝つための手段は見つかったのか?」

「ヒントになりそうなものはあらかた…。あとは、僕がそれを実行できるかですけれど…」

「そうか…。ま、お前ならどうにかなるだろ?」

「簡単に言いますね…」

「当然さ。それだけ信頼してるってことさ」

信頼されるのはうれしいことだが、時には重たく感じてしまう。

ミサがエースを自称していた時期があるが、エースは周囲からはより多くの成果を求められるうえに敵からはターゲットにされやすい。

それをはねのけたうえで名乗るなら格好がつくけれども、それができる本当のエースは少ないものだ。

「ああーーー、すっきりしたー。これで、予選の準備バッチリ!」

「途中で寝るなよな?」

「そんなヘマしないって!そろそろ行こ、勇太君!」

「うん…」

勇太たち2人と1機が共に待機室を出て、会場のシミュレーターへと足を運ぶ。

「まったく、若いってのはいいもんだな。多少なりとも無理ができる。年を取ると、そうもいかなるなるんだけどなぁ」

三十路になったが、まだまだ若いと思っていたカドマツだが、最近受け取った健康診断の結果の一部を見て絶句したことを覚えている。

ある程度の年齢を迎えると、体が大きく入れ替わってしまうという話があるが、それは既に体内年齢を確認済みだ。

そんな嫌なことを思い出してしまったが、すぐに切り替えようと思い、首を振ると勇太たちの後に続いた。

 

「えー、それでは2次予選のフィールドを説明します。フィールドは月面!基本的には宇宙での戦闘となりますが、フォン・ブラウンなどの都市部のような重力下のフィールドも存在します!各チームはステージ内にある補給地点からの出撃となります。補給地点では弾薬や燃料の補給ができますが、破壊されるともう使用することができません。破壊して他のチームの補給を阻止するか、奪って自分たちの回復に使うかの判断はお任せです!!」

「補給地点あり…だいたいは同じか」

ジャパンカップ予選での戦いでそういうルールでの戦いは経験済みだが、相手はそれ以上の手練れぞろい。

おまけに一定数のチームの生存が確認された時点で予選が終わるルールのため、時間制限については違いがある。

そして、ここでのバトルでもしかするとウィルと遭遇するかもしれない。

シミュレーターに入り、イサリビの格納庫で愛機を見つめる勇太のそばにミサがやってくる。

「勇太君、バックパックが変わってるね」

以前のゲーティアのブレードウィング付きのバックパックではなく、デスティニーに近い翼のような構造の新たなバックパックをミサは興味津々に見つめる。

地味な灰色でカラーリングされたゲーティアの新しい装備を無重力を利用して浮かんだ勇太がそっと触れる。

「ミサちゃん、エイハブリアクターが生み出すエイハブ粒子が機体のエネルギーと重力を生み出すことは知ってるよね?」

「うん。そのおかげで、ポスト・ディザスターの戦艦って重力下みたいに動けるんでしょ?」

口では簡単にそういうが、最近はそうした動力炉でとんでもないものがいろいろ出たような記憶がある。

エイハブウェーブやナノラミネートアーマーなど、その時代の戦闘の要としてなくてはならないそれらにもエイハブリアクターがかかわっていて、おまけに物理的に破壊することが非常に困難となるともはや動力源としてはチートと言えるだろう。

太陽炉やフォトンバッテリーも似たようなもので、もしかしたらコアファイターそのものではなく、動力源そのものがガンダムの象徴となる時代も来るのではないかと錯覚してしまう。

「うん、そして生み出したエイハブ粒子は短時間でニュートリノやμ粒子といった素粒子に分解し、超高速で周囲に飛び散ってしまう。それがエイハブ・ウェーブになる。本当はそのエイハブ粒子を圧縮してナノラミネートアーマーを無力化するγラミネート反応を利用したγナノラミネートソードのように、武器に転用できるけれど、技術的課題が多かったし、技術レベルが後退した時代では実用性を完全になくした…けれど、その圧縮エイハブ粒子をほんの少しの時間維持するだけでいいなら、別の使い方もあるかもしれない」

そして、重要なのはそのエイハブ粒子の中に重力因子の性質があること。

これがあるからモビルスーツを稼働する際にパイロットにかかるGを緩和することができ、百里やキマリスなどのような高機動戦闘も可能になっていた。

それがあるからこそ、このバックパックを作ることができた。

「圧縮エイハブ粒子をスラスターに蓄積させて、それが崩壊すると同時に発生する重力因子で機体を前進させる…エイハブウィング」

「エイハブウィング…」

「…なんてかっこつけて言ってるけど、まだテストもしてないからうまくいくかわからないけどね」

理論上は光の翼を発生させたV2のようなスピードを出せるはずだが、それがうまくいくか、そしてそれに自分が耐えられるかは分からない。

だが、少しでもウィルに有利に立ち回ることを考えると、少しでもプラスになるなら入れていく。

「それ…本当に大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないかもしれない。けど、保険はあるから、足は引っ張らないよ。そろそろだ…行こう!」

ゲーティアのコックピットに入り、ケーブル付きのヘルメットを装着するとともに阿頼耶識システムとのシンクロが始まる。

エイハブウィングの採用によってより複雑になったシステム。

光信号によって伝達される情報が勇太に頭痛を生じさせる。

「ふうう…出来栄えもそうだけど、僕自身にも課題を突き付けてくるな…これは」

鼻血まで再現されたら困るが、その心配はないことに安心するとともに、網膜投影が開始される。

先にカタパルトに接続されたアザレアが発進し、その後でバーサル騎士ガンダムが飛び立つ。

「ったく、エイハブウィングとは、いったいどれだけ拡張性をもたせてるんだよ」

「どこまでも、ですよ…。だって、設定上はバエルよりも前に開発されたガンダム・フレームそのもののプロトタイプ、性能を追求したものですから…」

「無茶すんなよ?お前がいないとミサがうるさいからな」

「これくらい、無茶をしないと…彼には勝てませんから。沢村勇太、ゲーティア、出るよ」

カタパルトから射出されたゲーティアが月面宙域へと飛び立つ。

同時にバックパックが展開されていき、そこから間近であれば肉眼でギリギリ見えるかのような細やかな光の粒子が発生する。

そして、その粒子が集まっていくと羽ばたく羽根のようなエフェクトが発生し、同時にゲーティアを急速に前へ押し出していく。

「くううう!!すごい、加速だ…!!2人とも、ちょっと開けてぇ!!」

「何…!?すごい接近してくる…キャッ!!?」

「うわあ、主殿!?」

後ろからの反応をキャッチしていたアザレアとバーサル騎士ガンダムが危うく左右によけ、開けた道をゲーティアが突き進んでいく。

「すっごい速い…」

「うむ…あの加速、主殿は大丈夫なのか…?」

「この加速…!まだ機動変化は難しいけれど!!」

突き進む中で、さっそく敵機の反応をキャッチする。

月面の警備をしているものと思われるダガーL3機がゲーティアの接近に気付き、バックパックの装備されているキャノン砲を発射する。

この加速の中での実弾攻撃にはさすがのナノラミネートアーマーでも、普段以上のダメージを受ける。

細やかな動きが難しい分、バッタのように大きく跳躍して弾丸を避け、放出された粒子の残滓だけをその場に残し、敵モビルスーツに向けて接近していく。

「これで…両断だぁ!!」

すさまじいスピードのまま、すれ違いざまに太刀でダガーLを切り付ける。

元々切れ味の良い太刀がスピードで上乗せされたことで更に破壊力が増し、3機とも仲良く両断されて消滅する。

消えていく敵機に目を向けないまま、勇太は次の敵COMと敵チームを探し始めた。




システム名:エイハブウィング
ゲーティアのバックパックに新たに装備された追加装備。
エイハブ粒子の持つ重力因子を利用した、ポスト・ディザスター版の光の翼と言える装備で、理論上ではV2のようなスピードを生み出すことが可能となっている。
ただし、V2のそれとは違って巨大なビームサーベルを生み出すことができず、あくまでも現段階では、推進剤を極力消費せずに更に加速できるか確かめるための試作パーツに過ぎない。
だが、加速を生み出すために圧縮エイハブ粒子を放出していることから、それに伴う偶発的な現象が発生する可能性は否定できない。

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