第12話「傷だらけの華」
アーブラヴに突如として出没し、局地的な攻撃を繰り返す謎のガンダム・フレーム。
ジュリエッタの依頼により、その調査を行うことになった曉はそのガンダム・フレームと遭遇する。
「日本からの出場チームの中では最年少となる彩渡商店街ガンプラチームですが、昨日の予選を見事通過し、本線への出場を決めました。彩渡商店街ガンプラチームは昨年までは日本で行われたタウンカップにおいて予選敗退を続けていたチームでしたが、今年は…」
「ふふ…いいものだな。こうして活躍を見ることができるというのは」
座席についているテレビに映るアザレアとゲーティアの活躍を見ながら、ゴーグルで目を隠した、青い髭と逆立った髪型をした老人が唇を緩ませる。
通りがかった金髪のスチュワーデスがテーブルにある空っぽになったコップを手に取る。
「お飲み物、お代わりされますか?」
「うん…さっきのと同じものを頂くとするかな」
「かしこまりました。お客様、もう10杯目ですよ。日本からハワイまで、これほど同じ飲み物をお代わりされたのはお客様だけです」
新しいコップに老人が先ほど飲んでいたジュースを注ぎ、テーブルに置くとさっそく老人はそのコップを手にする。
「せっかく1人気ままに海外旅行をする上に、乗っているのがハウンゼンなんだからな」
「ふふ…ここはハウンゼンではありませんよ。それなら、ここにいるお客様全員が特権階級かその関係者ですよ。それに、薄着にされてはいかがですか?今のハワイは暑いですよ」
スチュワーデスが立ち去り、飲み物を飲んだ老人は窓からハワイとそこから続くギガフロートに目を向ける。
スチュワーデスの指摘通り、茶色い羽毛入りのジャケット姿はとてもハワイに行くものとは思えない。
おまけに老人がそれを着て暑いハワイで遊ぶのは自殺行為だろうと彼女には思えたのだろう。
「妻に無理を言ってきたんじゃ、楽しませてもらうとするか」
「うーーーん、やっぱりギガフロートばっかりだと息苦しいって感じがするし、やっぱりハワイに来たんだから、ビーチで楽しみたいね!」
ギガフロートからの連絡船を降りたミサは背伸びをし、近くにあるビーチを見る。
普段はネットやテレビの映像でしか見ないビーチをこうして生で見れるだけでも本当にハワイに来たんだという実感がわく。
さっそくその景色をスマートフォンで撮影する。
「おい、いいのかよ勇太。せっかくもらった一日をこんな形で使うのはよぉ」
はしゃぐミサをよそに、勇太ともども荷物を持つカドマツが意外そうに勇太を見る。
いつもの勇太なら、こういう日はガンプラの調整や練習に費やすとばかり思っていた。
だが、こうしてビーチに行って遊ぶことを提案したのは勇太本人だ。
「まぁ…ミサちゃんのいう通りだなって思うところがあったので…。練習とか勉強ばっかりに使うと煮詰まってしまうので。それに、ずっと頑張っていたから、ほんの少しだけ落ち着いてもいいって思いましたから」
「ふうん、まあ…そういうことにしといてやるよ。さ、早く行くぞ。ミサのやつにどやされる」
「…ですね」
走っていったミサを追いかけ、ロボ太とともに2人はビーチへと続く歩道を歩いていった。
シーズン中となっているハワイのビーチは日本人を含め、数多くの外国人たちが集まり、思い思いに過ごしている。
サーフィンに興じる人がいれば、パラソルの下で横になる人もおり、遠泳を試みる人もいるだろう。
あまり泳ぐつもりのない勇太は下をトランクスにし、上を青い無地のTシャツで身を包んでいる状態だ。
「ほぉー、やっぱり水着姿の美人がいる場所というのはいいなぁ。心が休まる」
「そういう楽しみ方もありだとは思いますけど、僕は…」
「勇太くーん!!」
おそらく、着替え終わったであろうミサの声が聞こえてくる。
一番最初に、かなり早くに到着したにもかかわらず、一番遅くまで着替えに時間がかかっていたことが気になりながらも、立ち上がった勇太はパラソルから出て、ミサの声がした方向に目を向けると同時に言葉を失う。
ミサの姿がオレンジのラインの入った白いビキニ姿をしていた。
カドマツは特にミサに対して反応はないが、勇太はすっかり顔を赤く染めてしまっている。
「そ、その…勇太君、どう、かな…?」
「ど、どうって…」
「その…私の水着、変じゃない…よね?」
「そ、そんなわけないよ!その…か、かわいいよ…似合ってる…」
「そ、そう…あり、がと…」
ミサも勇太もすっかり顔を赤く染めてしまい、ぎこちない会話の後はお互いに沈黙するばかり。
そんな様子の2人にカドマツはふぅとため息をついてしまった。
そのあとは3人と1機でビーチで楽しい時間を過ごし、カドマツとロボ太がその光景を撮影してくれた。
海で泳いでいる様子や顔に海藻がくっついた状態の勇太を見て爆笑するミサ、突然起こった大きな波にびっくりして思わず勇太に抱き着いてしまったミサやカドマツが作った焼きそばに舌鼓を打つ2人の様子などの写真がデータベースに乗せられる。
帰国後にカドマツがプリントして、2人に渡す手はずになっている。
ビーチである程度遊んだ後で、勇太たちがやってきたのはハワイにできたアメリカ初のガンプラベースだ。
ガンダムWで登場したハワードに似た姿をしたアロハシャツの店長が出迎え、中には名古屋のガンプラベースに負けず劣らずのラインナップのガンプラや工具が置かれている。
「これは…サンダーボルト版のジオングか。初めて見たときはびっくりしたけど」
「これこれ!!これってゼハートカラーのレギルスだよね!これ、買って帰りたいなぁー!」
「買うのもいいけど、もうここで作ってもいいんじゃないかな?シミュレーターもあるし」
「賛成ーー!ロボ太、一緒に作ろ!」
「あんまり無茶なことをするなよ?明日から本選なんだからな」
2人と1機がそれぞれガンプラを購入し、ベース内にある制作コーナーでガンプラの作成に入る。
ミサにとっては設備や工具などは店にいるときと変わりないが、なぜかこうしてガンプラを作っているとはにかんでしまう。
「どうしたの?ミサちゃん」
「ううん、なんだか懐かしいなって思って…」
「懐かしい…?」
「そう、昔は何も考えずにただ楽しくガンプラを作ってたんだ。今は楽しくないってわけじゃないけど、なんだか昔とちょっと違う感じがして…」
ミサが初めてガンプラを作ったのは小学生の頃で、ただ単に勇武へのあこがれからガンプラを作っていた。
色を塗ったり出来栄えを考えるようなことはせず、ただ説明書通りに作り、直組みに近い形だったが、それでも作っているときも、完成して鑑賞しているときも楽しかった。
ガンプラバトルがはやり始め、ミサもそれを初めて、自分で自分の作ったガンプラを自由に動かせた時の感動は忘れられない。
「でも、今は商店街を守らなきゃって思いもあるし、負けられない理由がある。小さいころのように楽しむことはできないんじゃないかなって」
その時のような無垢な自分に戻りたいというわけではないが、その気持ちに戻れないことへのむなしさがある。
何かに縛られてしまった自分というのは感じられる。
「その、ごめんね。急に変なこと言っちゃって…」
「ううん、そんなことないよ。僕も…似たような感じだったし、僕の場合は兄さんが死んだこともあって、10年も逃げ回っちゃったから…」
「勇太君…」
「でも、さ…。それって、昔よりも成長した、大人になったっていうことじゃないかな?」
「大人、に…?」
「うん。うまく言えないけど、きっと今だからこその楽しみがあるんだよ。それは将来、大人になって、家族ができて…その時その時にしか味わえない楽しみもある。だから…そんなに悲観することじゃない、そんな気がするんだ。もし、そのことにもっと早く気づいていたら、もっと早くにガンプラバトルに戻ってこれたかもしれないけど…」
だが、そうしていたらきっとミサと出会うことはなかっただろう。
出会った可能性があったとしても、一緒に戦う未来はなかったかもしれない。
そして、こんな気持ちをはぐくむこともなかっただろう。
(兄さんはいなくなってしまったけど…今の僕には一緒に戦いたい人がいる。力になりたいって思える人がいる。勝ちたい相手がいる…。僕は幸せ者だよ)
「…じゃあ、今を楽しまないとね!勇太君、シミュレーターへ行こう!ロボ太も!」
自分のガンプラを完成させたミサはすっきりとした笑顔を見せ、さっそくシミュレーターへと走っていき、ロボ太も追いかけていく。
そんな仲間の様子をほほえましく思いながら、勇太もシミュレーターに入った。
大会で使われているものとは違い、普段のゲームセンターにあるものと変わらないシミュレーターで、久々に思える感覚に戸惑いながらも、勇太は新たに作ったガンプラの中で起動の準備に取り掛かる。
「アスタロトかぁ…やっぱり勇太君は鉄血系のガンプラだよね」
「こっちのほうがしっくりくるんだ。阿頼耶識はないし、義手での神経接続もできないけど、どうにかなるよ。ミサちゃんはノーベルガンダムなんだ」
「うん!ロボ太はGファイターかぁ…」
「戦闘機というものがどういうものかが気になったのでな。支援なら任せてもらおう」
今回はステージを進めるのではなく、ランダムでシミュレーターにログインしているプレイヤーと対戦する形式になっている。
ランダムに出現する形式となるため、どの機体が登場するか、初心者か上級者かもわからない設定だ。
「大会じゃないんだ。楽しもう。沢村勇太、アスタロトで出るよ」
トリントン基地近辺へ飛び出したアスタロトは左手で対物ライフルを構えた状態となって警戒する。
本来は腰部ハードポイントと接続することで安定度を増した状態で運用することが求められるものだが、その場合は姿勢制御用に装備されているブーストアーマーを撤去しなければならないことからマニピュレーターのみで運用している。
遅れてノーベルガンダムとGファイターも戦場に現れ、やがて最初の対戦相手が出てくる。
ブルーディスティニーベースのガンプラはツインビームスピアを構え、真っ黒に染まったM1アストレイというべきガンプラはあいさつ代わりにトリケロスにと右手に握っているドッズガンを発射した。
勇太とミサがバトルを始めるほんの少し前、ハワイのとあるバー。
スーツ姿の男が強い酒を飲んでいる中、その隣の席に茶色いコート姿で頬や顎に髭を生やした男が座る。
その男の姿を見ないまま、スーツの男はコンコンと指でカウンターを叩くと、バーテンダーは同じ酒をコートの男にふるまう。
「あの男から話は聞いているよ。ガンプラマフィア…そんな生き物がこの世界にも存在するとはね」
「いかなる場所にも裏社会というものは存在する、ということだ。たとえ、それが子供の遊びから始まったものだとしても」
顔の上から半分を覆うような形のサングラスをつけた彼の表情を知ることはできず、ふるまう酒を一気に飲む彼にスーツの男はニヤリと笑う。
あくまでこれはスーツの男が聞いただけの話だが、ガンプラマフィアは表や裏で行われる大会において、バトルの妨害工作や闇取引、違法賭博などを行い、中には対戦相手となるファイターを不慮の事故の被害者にすることもあるという。
そして、このコート姿の男であるGはあるツテで知ったガンプラマフィアで、その腕は折り紙付きだという。
「私はこれから潜伏しなければならないが、どうしてもやり返したい相手がいるのだ。彼らを代わり始末してほしい。方法は任せるよ」
スーツの男が懐から出した写真。
それに映っているのは勇太たち綾渡商店街ガンプラチームのメンバーだった。
「まだ子供だな。だが…ウィリアム・スタークがターゲットではないのか?」
「奴への復讐はもう完遂している。だが、あのガキに協力したこいつらは許せん。私は完全主義なのでな…。これが前金だ。残りは仲介人を通じて渡す」
小切手と一緒に2人分の酒代をカウンターに置く。
そして、スーツの男は席を立ち、何も言わずにその場をあとにする。
1人になったGはフッと笑った後でお代わりをバーテンダーに要求する。
「沢村勇太、か…。あの少年の弟がターゲットとは、因果なものだ。バイラス・ブリンクス」
「よし、これでダウンだ!!」
ツインビームスピアを投擲したナイフで破壊し、左手で握ったデモリッションナイフでペイルライダーを切り捨てる。
真っ赤に染まっていたカメラから光が消えていき、機体は爆発・消滅した。
「はああああああ!!ヒートエンドぉ!!」
一方でミサも、ノーベルガンダムのゴッドフィンガーでM1アストレイの撃破に成功し、上空のGファイターが周囲の警戒を続ける。
「ミサちゃん、格闘主体の機体でも戦えるじゃん。アザレアとは真逆のコンセプトなのに」
「ふふん、私だって強くなってるもん!」
「油断するな、ミサ。うん…?この反応は。それに、この音は…??」
Gファイターのセンサーが新しい敵機を感じ取ったと思ったら、急にザザッと雑音が混じり始めると同時にその機体の反応が消えてしまう。
雑音は一段とひどくなっていき、それは勇太とミサのガンプラも同様だ。
「何、これ…ジャミング!?」
「イフリートのものもあるけど…これは!?」
モニターに映る光景にもノイズが発生し、トリントン基地だったはずの光景の一部がジャブローやテキサスコロニー、崩壊しつつあるノーラなどへと次々と変わっていく。
何が起こっているかもわからない間に弾丸が飛んできて、何発かがアスタロトのナノラミネートアーマーを叩く。
「くっ…!」
「勇太君!」
「敵機、どこにいる!?うわあ!!」
ガンッとなのかがのしかかった音がしたと同時にGファイターの高度が下がる。
真上に敵機がいることはこの衝撃と重量で分かり、モニターにもようやく映ったものの、センサーには反応することがない上に、Gファイターには真上を攻撃する装備がない。
「ロボ太!!」
「まずは1機…!」
両足に内蔵されたパイルバンカーが起動し、2本の杭がGファイターに突き刺さる。
甚大なダメージを負ったGファイターは墜落し、敵機体は飛び降りるとともに勇太たちにマシンガンで攻撃を仕掛ける。
「あれが敵機!?それに、ロボ太が不意打ちされるなんて…」
「あの機体は…いったい…?」
陸戦型ガンダムをベースとしていて、ガトリングと追加スラスターが搭載されているためなのか、腕と脚が若干太いイメージがある。
スパイクシールドと100mmマシンガンという標準的な装備の機体の中で、Gはニヤリと笑う。
「遊んでもらうぞ…」
追加スラスターを吹かせ、大きく跳躍した陸戦型ガンダムが地上のアスタロトとノーベルガンダムに向けてマシンガンを連射する。
相手が見えている分、まだ回避に余裕があったために射線上から外れることは容易だった。
だが、回避して地面に足をつけた瞬間、その場で爆発が起こる。
「うわああ!!地雷?!仕掛ける時間もなかったはずなのに…!」
「え…!?何何!?何がどうなってるの!?」
地雷によって足にダメージを負ったアスタロトに動揺するミサに今度はミサイルが襲う。
ビームフラフープを投げてどうにかミサイルを破壊することができたが、その間に接近してきた陸戦型ガンダムがツインビームスピアで切りかかり、ミサはどうにか不完全ながらもゴッドフィンガーを発動させた状態でビームの刀身を受け止めた。
「ほぉ…この攻撃に反応し、防御するとはな…。去年までの弱小チームのリーダーとしての姿はもうない、ということか」
ガンプラマフィアであるGだが、弱い相手よりも力のある獲物と戦う方がやる気がわく。
仕事に相手は選べないことはわかっているが、こうしたときは楽しみたいという気持ちが出てくるが、それでも仕事は完遂させなければならない。
「だが、これはどうかな…?」
そうつぶやくと同時に陸戦型ガンダムのツインアイが怪しく光る。
すると、急にノーベルガンダムのモニターがブラックアウトし、わずか1秒で元の状態に戻る。
「ジャミングってそんな効果も…って、これって!?」
モニターに映っている光景にミサの目が大きく開く。
モニターに映っている機体はなぜかすべてアスタロトに変わっていて、機体がとらえている反応もすべてアスタロトのものへと変わっていた。
そして、目の前ではアスタロト同士がデモリッションナイフでつばぜり合いを演じているようにミサには見えた。
「このフィールドの異常に、いつ設置したかわからない地雷…!!何者なんだ、あなたは!!」
正規のファイターとは思えず、答えがもらえないことはわかっているが、それでも問わずにはいられない。
おまけにそうして動けない間にも、勇太の周辺には地雷が出現しつつあった。
「答える義理はない。かわいそうだが、ここで果ててもらうぞ」
「誰が…!!」
「お前たちのシミュレーターには仕掛けを施させてもらった。バトルに負けた場合、お前たちは閉じ込められ、死ぬまで出ることはできない」
「何…!?カドマツさん、カドマツさん応答を!!」
「無駄だ。エンジニアとの通信も遮断させてもらった。このバトルの光景も、外の人間には見ることはできない」
「なんで、そんなことを…!まさか…」
このような手段をとってくる相手として真っ先の頭に浮かんだのは、ウィルを襲ったバイラスをはじめとして一派だ。
ウィルと協力して彼らを退けたことで、恨みを持たれた可能性は否定できない。
「それに、知ってどうする?知ったとしても、無駄なだけだ」
ふいに腹部に蹴りを入れられ、後ろへと吹き飛ばされたアスタロトは壁に当たると同時に壁に仕掛けられた爆弾が起動する。
爆発によってバックパックが損傷し、対物ライフルが故障してしまう。
「しまった!貴重な射撃兵装が!!」
前のめりに倒れたアスタロトは使い物にならなくなった対物ライフルを強制排除する。
幸いにもデモリッションナイフは無事なため、それを手に接近してくる陸戦型ガンダムと格闘戦を演じる。
「くうう…ミサちゃん、援護を!!」
「え、援護って…どっちを!?」
援護したい気持ちはやまやまだが、ミサには今戦っている2機のアスタロトのどちらが本物なのかの判別がつかない。
確かに勇太からの通信は届いているが、なぜか2機同時に通信が届く形になっていて、それが余計にミサを混乱させる。
「く…ミサ、主殿…!」
墜落したGファイターのコックピットの中で、その光景を見るロボ太は拳をモニターにたたきつける。
今のGファイターは撃墜判定こそされていないものの、動ける状態でないうえに兵装も使用不能な状態だ。
こうして指をくわえてみていることしかできないことに腹立たしさが感じられた。
「おい、勇太!ミサ!ロボ太!!どうしたっていうんだ!くそ!!」
通信がなくなり、シミュレーターの状況を見ることができなくなったことで嫌な予感がしたカドマツは必死に通信を送ると同時に、シミュレーターにいる3人を出そうとノートパソコンでの操作を試みる。
だが、パソコンからの命令をシミュレーターはすべて拒絶しているうえに、緊急事態発生時のための強制解放装置まで動かすことができない状態だ。
「どうなってやがる…さっきまでバトルの状況を見ることができてたってのに…クソ!!」
新しい乱入機体の登場とほぼ同時に切断されたことから、おそらくはその乱入者が原因であることはわかる。
だが、それが勇太たちを罠にはめるとは思いもしなかった。
いつもなら、普通にできる外部との通信もできなくなっているとなるとかなりの異常だ。
「うん…?どうしたのだ?大の大人が焦っているではないか」
「誰だか知らねえが、今は忙しいんだ!!遊ぶならほかのところで…!」
背後から聞こえる声から、老人だということはわかるが、今はそれを相手にできる余裕はない。
どうにか別方向から命令を送れないかとパソコンを操作するカドマツを後目に、老人はシミュレーターに触れる。
「なるほど…厄介なことをしてくれたものだな。どれ…私が力添えをしてやろう」
「力添え…?爺さん、あんたに何が!?」
「空いているシミュレーターを借りる。あとは任せてもらおう。こう見えても、私は強いからな」
「何…!?」
カドマツの言葉を無視してシミュレーターに入った老人は懐から出したガンプラをさっそくセットする。
「さあ…出してもらおうか。…私の孫を!」
「くっ…こうなったら、覚醒を…!」
大会ではないため、覚醒はあまり使わないように心がけていた勇太だが、この正体不明の相手に対してはもうそのようなことは言っていられない状態だ。
「そうだ…使ってこい、覚醒を」
覚醒の兆候が見られたことで、陸戦型ガンダムが後ろに下がり、アスタロトが炎のようなオーラを宿そうとする。
だが、その瞬間に陸戦型ガンダムの両腕のシールドが分離する。
そして、2枚のシールドが半分に分離して4枚になるとアスタロトを包囲する。
4枚のシールドから発生する虹色の光はアスタロトを包み込むと同時に、機体を包むはずの覚醒エネルギーが消えていく。
「どう…して…!?」
覚醒が使えなくなると同時に、勇太の体全体を縄で無理やり縛るような痛みが襲う。
その状態でどうにかアスタロトを動かそうとするが、いくら操縦桿を動かしても機体は満足に動くことができない。
「これって、サイコジャマー…!?」
「覚醒など使わせんよ、沢村勇太」
縛り付けられたアスタロトに向けて、陸戦型ガンダムはビームサーベルを抜いて接近を始める。
いくらナノラミネートアーマーで覆われたアスタロトでも、コックピットにゼロ距離で突き立てられたら無事では済まない。
「終わりだ…うん!?」
ピピピと新たな機体反応を見つけたGは機体が出現した方向に目を向ける。
その瞬間、4本のビームがアスタロトを拘束するシールドを貫き、爆散させるとともにアスタロトを解放する。
「何!?あのガンプラの攻撃ではないな…これは!!」
カメラでとらえたその機体はガンダムAGE-1をベースにしたと思われるガンプラだった。
だが、両腕にはグランサから装備されていると思われるシールドライフルを装備していて、両肩にはタイタスのパーツ、脚はシグルブレイドと追加スラスターを外付けした状態のスパローのものになっていて、背部にはグラストロランチャーを装備と、アニメ版ガンダムAGEでこれまでフリットが運用したAGE-1の集大成と思える姿を見せていた。
「この、ガンプラって…」
「邪魔をするな…!」
GはAGE-1ベースのガンプラに向けてマシンガンを放つ。
上空からグラストロランチャーと両足のスラスターでスピードを上げるAGE-1はその攻撃から逃れ、混乱するノーベルガンダムの元へ向かう。
状況がつかめないミサの前に立ったその機体の胸部のAが強い光を放ち、アザレアを包み込んでいく。
視界が元に戻ったミサの目に映るのは光を放った機体と追い詰められていたアスタロト、そしてアスタロトを襲う陸戦型ガンダムの姿だった。
「元に戻った…ガンダムが助けてくれた?」
「初めまして、だな。井川美沙さん」
接触回線で通信をつなげてきたその機体のパイロットの姿がモニターに映り、ミサが見たそのパイロットはノーマルスーツを着用していない、老年期のフリットをほうふつとさせる姿をした老人だった。
「おじいちゃん…誰?」
「私は風間明日夢。孫がいつも世話になっているな」
「孫…え?」
「まずはあの不埒な輩を追い出すとしよう。援護を頼む」
「ちょ、ちょっと孫って、もしかしておじいさんって、勇太君のおじいちゃんなのーーー!?」
機体は普段使っているものと全く違うのにどうしてすぐにわかったのかも理解できず、手を伸ばして制止しようとするミサを無視して、機体は陸戦型ガンダムに迫る。
「風間明日夢、AGE-1FC、目標を破壊する!」
AGE-1FCがシールドライフルにビームサーベルを展開した状態で陸戦型ガンダムに切りかかる。
ビームサーベルで受け止めることには成功した陸戦型ガンダムだが、機動力や出力の違いが出ているのか、陸戦型ガンダムが押されている格好だ。
「ぐ、うう…!」
「孫が世話になったな、G。ゴキブリのような名前のガンプラマフィアめ」
「ちっ…貴様が邪魔をしなければ沢村勇太をしとめることができたものを…!やむを得んか…」
相手が明日夢である以上、手加減することはできないと考えたGはパスワードを入力する。
すると陸戦型ガンダムを中心に一瞬強烈な衝撃波が発生してAGE-1FCを吹き飛ばす。
そして、陸戦型ガンダムを赤い血のようなオーラが包み込んでいく。
「これは…EXAMシステム!?」
「いや…EXAMではない。それに、覚醒でもない。これは…」
「ふっ、プロトタイプだが、使えるじゃないか」
オーラをまとった陸戦型ガンダムが一気にAGE-1FCに接近し、ビームサーベルをふるう。
危険を感じた明日夢はシールドライフルを手放すと両肩に搭載されていたタイタスのビームショルダーを両腕までスライド移動させ、そこからビームサーベルを発生させた状態でつばぜり合いを始める。
シールドライフルの時とは違い、重量とパワーを増加させることができたものの、それでもギリギリ受けることができた程度。
「受け止めたか…だが!!」
陸戦型ガンダムの胸部に搭載されているマルチランチャーから閃光弾がゼロ距離で発射され、それが2機を覆う。
光に目がくらんだAGE-1FCが動きを止めてしまい、光が収まると同時にバックパックに強い衝撃が襲う。
背後に回り込んだ陸戦型ガンダムがビームサーベルでグラストロランチャーを切り裂いていた。
すかさずグラストロランチャーを分離させ、それが生み出す爆発から逃れたAGE-1FCは両脚に内蔵されているニードルガンを発射してけん制しつつ、どうにか動けるようになったアスタロトの元まで向かう。
「勇太、動けるな…?」
「その声…じいちゃん!?なんでここに…」
「詳しい説明は後だ。アスタロトの武装、まだ使えるものは…」
「デモリッションナイフは使える。ナイフはあと1本だけ。それ以外はもう使えないよ」
「十分だ。デモリッションナイフを借りる。お前はそこで休んでいろ、あのフィールドの影響から完全に出られたわけではないだろう?」
「それは…」
明日夢の言う通り、どうにか動けるようになったアスタロトもまだぐらついた状態になっているうえに覚醒もあのフィールドで力を奪われたために、まだ使える状態になっていない。
相手は覚醒らしき力を使っているため、今加勢したとしても明日夢の足を引っ張るのではないかと思える。
せっかく世界大会に出られるだけの力を手に入れたのにこの体たらくに怒りを覚える勇太のアスタロトの頭をAGE-1FCが自由にさせた右手でそっと撫でる。
「お前はよくやった、さすがは私の孫。任せておけ」
「じいちゃん…」
グラストロランチャーを失ったことで機動力と遠距離戦闘の火力は落ちたが、まだ戦闘の継続はできる。
受け取ったデモリッションナイフを手に、AGE-1FCは再び陸戦型ガンダムに向けて飛ぶ。
「ふん…覚醒を使えない人間に何ができる。覚醒を手に入れたこの俺に」
「それはどうかな?覚醒の存在がガンプラバトルの決定的な差ではないことを教えてやろう」
デモリッションナイフで切りかかってくるAGE-1FCの刃を見たGは回収したツインビームスピアを構える。
真っ黒な光の刃を放つそれでデモリッションナイフとつばぜり合いを演じ、その中で再び胸部のマルチランチャーで攻撃を仕掛けようとする。
「そのような動きはもう見ている!くらえ!!」
その言葉とともにAGE-1FCの胸部からミサに放ったものと同じ光が放たれる。
光を浴びた陸戦型ガンダムの黒いオーラが消えていくと同時に、上昇していたはずの出力も低下していく。
「何…!?貴様、いったい何をした!!」
「そんなことを気にしている場合…かね!!」
一度わずかに後ろに下がったAGE-1FCがツインビームスピアを握る手に蹴りを入れ、それを吹き飛ばす。
それに動揺しているところを見逃すことなく、デモリッションナイフを振り下ろした。
真っ二つになった陸戦型ガンダムは一瞬スパークした後で爆発・消滅した。
「すごい…じいちゃん、あの機体を…でも、どうしてハワイに?」
母方の祖父であり、鹿島でのんびり過ごしているはずの彼がなぜここにいるのか。
勇太の脳裏にいる明日夢はあまり外出せず、のんびりしている様子しかない。
たまに訪ねてきたときは嬉しそうに出迎え、たまにお小遣いをくれる優しい祖父のイメージが強い。
「少し、訳ありでな。…いい連れを持ったな、勇太」
「えっ?」
「おっと、これから行かなくてはな。また遊びに来い、ミサちゃんと2人でな」
そう言い残し、デモリッションナイフを手放したと同時にAGE-1FCは消えてしまう。
落ちていくデモリッションナイフを拾った勇太はポカンとして、ミサがくるまで立ち尽くしていた。
「まさか、乱入者が入ったことでしくじるとはな…。ええい」
飛行機に乗るGは拳を握りしめ、タブレット端末で明日夢の映像を見る。
ミスターガンプラの師匠であり、ガンプラバトルの黎明期に活躍した男。
世界初のプロとなった彼に対して、明日夢はアマチュアであり続け、ミスターガンプラに注目が集まったことで明日夢についてはメディア嫌いな性格もあり、あまり言及されなくなった。
「風間明日夢…老いてなお健在か」
最低限の目標は達しているが、このことはGにとっては大きなしこりになる。
いつか再戦の時が来たら、完膚なきまでに叩き潰すと心に誓う。
(そのためにも、完成させなければ…マスフレームを)
「逃げられたか…逃げ足の速い男め」
夜のハワイの街中では明日夢は一人で裏路地を歩いていた。
彼の持つタブレットにはGの姿が映っていて、少し前の連絡によってGはすでにハワイを出発してしまったことを知った。
「まったく、年を取りたくないものだ。もう10年若ければ…。それに、G…お前だけは…私の手で捕らえなければならない。勇武のためにも…」
「おいおいジャップの爺さん、一人でなんでこんなところにいるんだよ?」
路地裏でたむろしている若者4人が明日夢を囲む。
彼らの口から伝わる嫌な臭いに顔をしかめる明日夢はギロリと正面の若者をにらむ。
「どこへ行こうと私の自由だ。どいてもらおうか」
「ならよ、通行料!財布頂戴よ」
「俺ら、こうして危ない路地裏のパトロールをしてるんだからよぉ、だってさ、俺らがいないと…ブスリ、バーン…だからな」
後ろから聞こえたガチャリと重い音が響き、何かが後頭部に当たる感触が走る。
それが何かはわかっているが、それでも明日夢は動じない。
「だからさ、さっさと」
「…どけと言って居るのが聞こえないのか?」
「…はぁ?」
「警告はしたぞ。私は今、とても機嫌が悪い!!」
「じいちゃん、どこへ行ったんだろう…?」
どうにかシミュレーターからでることができた 勇太は明日夢の姿を探してあたりを見渡す。
だが、もうすでに彼の姿はどこにもなく、いるのは観光客や地元民の姿だけ。
遅れてミサとカドマツ、ロボ太もやってくる。
「見つかった?」
「ううん、じいちゃん…どうして…」
「まさか、あのじいさんがお前の祖父だとは思わなかったぜ、それに…ガンプラマフィアか。いやなモンと出会っちまった」
「ガンプラマフィア…本当にいたなんて」
「厄介なもんだよな、ま…それだけ有名人になっちまったってことだ。用心しろよ、2人とも…それから、勇太。これはじいさんからの預かりものだ」
明日夢が立ち去る際にカドマツに紙切れを渡していた。
勇太に渡すようにと言われたその紙切れを受け取った勇太はさっそくその内容を確認する。
「これは…」
「ん…なんだよ、面白いものか」
「作れるかもしれない…今の僕なら、ウィリアムに勝てる刀を」
「まったく、なっていないな…これは」
路地裏を出た明日夢はふぅとため息をつきつつ、歩道を歩く。
彼がいた路地裏にはいくつも痣を作り、手錠をかけられた状態で気を失っている若者たちの姿があった。
「なめられたものだ…。だが、勇太がいい連れをもったこと、ガンプラバトルの道を進んだ姿を見ることができてよかった…。帰国して、あの男の情報を集めなければ」
ハラリとコートがずれ、それに隠されたガンダムの頭と天秤を重ねたような形のバッジが見える。
そこにはIGPO、国際ガンプラバトル警察機構の名前が刻まれていた。
機体名:陸戦型ガンダムType:G
射撃武装:100mmマシンガン
格闘武装:ツイン・ビーム・スピア
頭:陸戦型ガンダム
胴:ブルーディスティニー3号機
腕:パワードジムカーディガン
脚:パワードジムカーディガン(ビームサーベル×2装備)
バックパック:陸戦型ガンダム
シールド:シールド(フルアーマーガンダムサンダーボルト版)×2
不明:マスフレーム
原案者:ライザー・S・フィールドさん、ありがとうございます!
ガンプラマフィアであるGが運用するガンプラ。
陸戦型ガンダムをベースとしたもので、ツインビームスピアを除くと武装そのものは標準的なものとなっているが、それゆえにGの高い操縦技術を直接反映することが可能となっている。
また、ジャミング機能が搭載されていることでステルス性を獲得していると同時にそれを応用したツインアイの閃光は至近距離でないと効果を発揮しづらいものの、受けた相手の通信機能やセンサー、カメラに障害を与えてほかの機体すべてを味方機体か、ソロの場合はType:Gとなり、通信もすべての機体から同時に伝わる形になるなどの効果があり、それによって連携を分断させることも可能となっている。
シールドについてはローゼン・ズールのサイコジャマーのような機能が搭載されており、相手機体の覚醒エネルギーを吸収し、その力でその機体を拘束することができる仕組みとなっていて、仮に抜け出すことができたとしても、しばらくはその影響から抜けることができない。
そして、G本人はプロトタイプと称しているマスフレームにより、疑似的な覚醒が可能となっていて、それによって機動力を中心に一気に機体性能を高めることができるなど、そこの知れないガンプラとなっている。
なお、この機体の正式名称は上記に書いた通りのものだが、G本人が言うことがなかったために勇太たちが知ることはなかった。