ハンター試験を不本意な理由で去ったキルアを追ってパドキア共和国、ククルーマウンテンまで来たゴン、クラピカ、レオリオであったが、いざ辿り着いたはいいものの彼らはキルアに会うどころかゾルディック家の敷地に入る前に入り口で足止めをくらっていた。……というのも、その入り口が原因である。
ククルーマウンテンの入り口には「試しの門」と呼ばれる片側2トンの重さを誇る、"最低"でも4トンの扉がある。扉は巨大で全部で7まであり、1つ数字が増えるごとにその重量は倍になっていく。そしてその扉は開く者の力に応じて開く仕組みであり、文字通り門の下を通る者の"資格"と"技量"を試すのだ。すぐ脇に鍵付きの小さな扉もあるのだがそちらは侵入者用の囮。試しの門を潜れずそちらから敷地に入った者は"ミケ"という番犬に食い殺されてしまう。
そのため敷地に入るには試しの門をくぐるしか無いのだが、現状のゴン達にとってその壁は実際の大きさ以上に高いものだった。
しかし守衛……正確には侵入者の死体を片付ける掃除夫であるゼブロの勧めで、ゴンたちは門の内側にある使用人の家で訓練を積むことになった。
家の中のありとあらゆる物が重い環境はゴンたちにとって厳しくもあったが、3人は確実に門を開くための力をつけていった。
そして訓練を始めて数日経ったある日のことである。
ガァンッと響いた鉄に鉄を叩きつけたような大音量が熟睡していた3人の鼓膜を打ち付け、50kgの掛け布団から跳ねるように飛び起きたゴン達は何事かと慌てて外へ出た。そして先に異変に気付き試しの門の前に来ていたゼブロにゴンが問いかける。
「ゼブロさん! 今の音は何? 試しの門から聞こえた気がしたけど……」
ゼブロは3人に気づくと困ったように眉尻を下げて、やや遅れてやって来たもう一人の掃除夫であるシークアントと顔を見合わせる。
「いやぁ、どうも門の向こうに誰かいるみたいでねぇ。しかもさっきから」
ゼブロが言いかけたところで再び特大の音が響き、思わずゴン、クラピカ、レオリオは耳を塞いだ。
「……とまあ、こんな風に何度も扉を叩いてるみたいなんだよ」
「これ扉叩いてる音かよ!? 何だ、重機でも使って扉を壊そうって腹か?」
「あ、ああ。まるで鉄球を打ち付けてるような音だな」
レオリオとクラピカがくらくらする頭を押さえつつ突っ込む。寝起きにこの目覚ましはキツイ。そして偶然だろうが、彼らのツッコミに呼応したように今度は継続的にガンガンと扉を叩く音が響き始めた。先ほどの音よりは小さいが、正直煩い事この上ない。
わざわざ門を内側から開けて侵入者を招いてやる必要も無いだろうと、ゼブロはしばらく様子を見ていたらしい。しかしあまりにも煩い音が続くので、そろそろ注意を促そうと侵入者用の扉から門の外へ出ることにしたようだ。侵入者用の扉は外から入ればミケに食い殺されてしまうが、内側から出る分には何ら問題無いのである。
「ねえ、俺たちも行ってみようよ!」
「おう! 朝っぱらから目ぇ覚まさせてくれた馬鹿野郎の面をおがまねぇとな!」
ゴン達もこの煩い音を響かせる者がどんな相手か気になりゼブロ達の後に続いた。
しかしいざ門の外に出て見れば、試しの門の前には巨大な鉄球をぶらさげた重機など何処にも見当たらない。
代わりに居たのは見覚えのありすぎる一人の女性と、憔悴しきった様子の黒い執事服を着た男。そして女の方は今もなおガンガンと煩い音をあたりにこだまさせている。……自らの足によって。
「おらお望み通り来てやったぞデブ! わざわざここまで出向いてやったんだからさっさと出てきなさいよ!」
「え、エミリアさん?」
そう。扉の前でケータイを片手にガンガンと足でひたすら扉を蹴り続けていたのは、ハンター試験後に一度別れたエミリア=フローレンだった。
彼女はゴンたちに気づく様子もなく電話越しの相手に怒鳴り続けている。足も変わらず扉をガンガンだのドコドコだの鈍い音を連続させながら蹴り続けたままだ。
「はあ? 自分で来い? ふざけんなテメェここまで来てやっただけありがたく思え! さっきからお前んちのデッケェ玄関超ノックしてんだけど! 聞こえない? ……ああそっか、耳まで脂肪で詰まり切ってて聞こえないのよねデブだから!」
「ちょ、ノックって無理あるだろ! 扉ちょっとへこんでんぞ」
「え、嘘だろう!?」
レオリオの言葉にゼブロが慌てて確認すれば、たしかに蹴り続けられている扉は少々へこんで見える。しかし扉は重さだけでなく強度も侵入者を阻むにふさわしいものであり、本来それはありえない。ゼブロとシークアントは顔を青ざめさせ、扉を蹴る人物が何者であるのか女と一緒に居た男……本邸の執事の一人に問いかけた。すると男は憔悴しきった顔で項垂れながら「ミルキ様のお客様だ……」と告げる。
「ミルキ様の!?」
「ねえゼブロさん。ミルキさんって誰?」
「キルア坊ちゃまのお兄様ですよ」
そう答えつつもゼブロはミルキに客人などキルアの友達以上にあり得ないと、信じられないものを見る目で扉を蹴る女……エミリアに視線を向けた。しかし客人とはいえ扉を傷つけられては困る。そう思いゼブロは意を決してエミリアに話しかけようとしたが、その前に彼女はひときわ大きな声で電話に怒鳴り散らした。
「ああもう煩いな! 分かったわよ行ってやるよ!」
言うなりエミリアは試しの門を見上げるが、ふと自身の両手に視線を落とす。片手にはケータイ、肩には大きなボストンバッグ。もう片方の手にはキャリーバッグを手にしている。
門を開けようにも両手が塞がった状態に女はしばし考える様子をみせると、何を思ったか扉に背中をくっつけた。そして見守る一同が「まさか」と思う中、彼女はそのまま背中で門を押し始める。
「馬鹿な! あの体勢で扉が開き始めただと!? いやしかし両手が塞がっているなら一度荷物を置けばいいじゃないか!」
「もっともなツッコミだなおい! つーかあいつ馬鹿だな! 扉が開いたはいいが途中で止まってんじゃねーか!」
「扉は片方だけでは開かないようになっていますからね……。背中で開けようにもちょっと無理が……え!?」
「あー! あいつ足使い始めやがった!」
「でも凄いよ! あんな無理な体勢なのに門が3まで開いていってる!」
「嘘だろ!?」
エミリアのあまりにもあまりな扉の開け方……さながらバーゲン帰りで両手が塞がった奥様が行儀悪く自宅のドアを開けるがごとき方法に唖然とする5人。そんな彼らにやっと気づいたのか、片方の扉を背中で押し、片方の扉を足でつっかえ棒のように押しのけていたエミリアは「あ」と声を上げる。
「え、あ、ひ、久しぶり!」
「うん! エミリアさん、用事は済んだの?」
「う、うん! 半分終わったよ」
「そっか。えーと、でも俺たちと一緒にキルアを迎えに来たんじゃ無い……のかな? エミリアさんはミルキさんってキルアのお兄さんと知り合いなの?」
「え……と、実は用事の半分を済ませるためにそのデブに会いに来たというか来させられたっていうか……」
もごもごと言い淀むエミリアだが、普通に会話する二人を見かねてクラピカが頭痛を抑えるように手を頭に添えつつ会話に割って入った。
「二人とも話すのはいいが、せめてその体勢はやめないか?」
「! あ、ごめんエミリアさん! 扉重いのに……」
「べ、別に大丈夫だよゴンさん! そう思ったより大したことないし……!」
「大したことないのかよ」
「…………いったい彼女が正面から両手を使って扉を押したらどこまで開くんだ……」
再会して未だ5分と経っていない。だというのにこの疲れはなんだろうと、レオリオとクラピカは途方にくれる。
そして何やら門の前に停めていた高級車から数人の黒服の男と一緒に、黙々と何やら荷物を運び出している執事服の男に憐憫の目を向けた。…………事情はよく分からないが、執事の疲れ具合と大きくはれ上がった右頬を見るに彼も何らかの苦労をしたのだろう。
「と、とにかくゴメン。キルアさんの前にちょっと済ませないといけない用事があるから先に行くね。もし会えたらゴンさん達が来てる事伝えておくわ」
「本当? ありがとうエミリアさん! 俺たちもあとちょっとで自力でその門を開けられそうなんだ。そしたらすぐ後を追うよ!」
「分かった。頑張ってね! ゴンさん達ならすぐに開けられるようになるわ。…………おいオメェ等! 先に行くからその荷物くれぐれも丁重に運び込んどけよ!」
『分かりました!!』
ゴンに向かってはにかむような照れくさそうな笑みでケータイを握っていた方の手でひらひら手を振ったエミリアだが、直後ドスのきいた低い声で荷物を運ぶ男たちに呼びかけた。執事をはじめとした男たちはその声にすくみ上りつつ淀みのないいい返事を返す。
その様子に何とも言えない表情になるクラピカとレオリオ、ゼブロとシークアント。唯一ゴンだけが「よーし! 俺も頑張るぞ!」と門に闘志のこもった目を向けてやる気を出していた。
【パドキア共和国ククルーマウンテン、ゾルディック家入口試しの門。エミリア=フローレン___開閉可能な門の数字"3"(ただし背中と足の場合)】
A,背中と足で開けます