私はバレンタインに縁のない人間ですけど、瑞鶴と提督は何かしらあるでしょう。
前作に出てきた提督さんと同じ人です。

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瑞鶴と提督のバレンタイン事情

 今日は珍しく瑞鶴が執務室に顔を出してない。居座られても困るけれど朝から一回も来ないっていうのはちょっと寂しい。

 なぜなら、今日はバレンタインデーというやつだから。

 御多分に洩れず、俺も手作りだったりあり合わせだったり、おしゃれな高級そうなやつだったり、様々なチョコをもらってしまった。しかし、本命をくれてもよさそうな瑞鶴が顔を出さない。俺のケッコン指輪を返せって感じだ。

 駆逐艦が手作りした微笑ましいチョコを口に放り込んで歯を当てる。硬すぎる。しょうがないから口の中でゆっくり溶かしていく。甘すぎる。喉が焼けそうなほど甘い。つらい。

 飲み物が欲しい。パソコンとその手前に並べられたチョコの数々を尻目に私室の冷蔵庫に向かおうとした瞬間に執務室のドアがノックされる。

「提督さーん。本命持ってきてあげたよー」

 瑞鶴の声だ。

「入って」

「はいはーい」

 ドアをくぐった迷彩の瑞鶴は牛乳の紙パックと茶色い紙袋を持っている。

「死ぬほど甘いの食べて喉が焼けてると見た」

「ドンピシャ。コップだけ取ってくる」

 結局私室に立つことにはなった。日が傾いている。

 

「はぁ……牛乳おいしい……ぬるい……癒し……」

「これ誰の? 高いやつだよ」

「それは確か……」

「ん、ご丁寧に直筆のメッセージカード付き。雲龍だって。奮発したって書いてあるよ」

「へー雲龍が。意外だな」

「何そのリアクション。あの子実は提督さんのこと気にかけてるよ。ありがたくいただいた方がいいよ」

「そうか、拝んどこう」

 高いっていうなら、とっておこう。

「さっきこれ食べてたの? 一粒もらうね」

「覚悟しとけ」

 瑞鶴が固まる。

「硬いんだけど。あと甘い」

「俺もそう思った」

 瑞鶴はしばらくチョコの球体を口の中で弄んでいる。牛乳パックに手が伸びてきて緩慢な動きでラッパ飲みした。

「飲みすぎんなよ」

「ぬるい。甘い。何これ」

「作ってくれるのは嬉しいけどこれじゃねえ」

「駆逐艦連中……なるほどねえ。微笑ましいんだけど、出来はこんなもんでしょって感じ」

 牛乳は三分の一になっていた。

 

「で? 瑞鶴のは?」

「はいこれ」

 百円で売ってそうな紙袋からプラスチックの保存容器が出てくる。昨日の残り物とか入れるやつだぞこれ。

「本命には見えないな」

「失礼な、ちゃんと手作りしたのにー」

「これはブラウニーってやつか」

 中身は飾り気のないチョコケーキだ。

「たぶんそう」

「ずいぶん多いな」

 瑞鶴の手が伸びてきて一切れつまみ上げる。

「私も食べるから」

「へえ。じゃ俺も。いただきます」

 ずっしりと重い。一口かじる。

「うまいじゃん」

 重いけど。

「そうでしょ? 提督さん以外には食べさせてないからね、ありがたく頂戴してよ」

 重い。濃い。

「なんだよ、油でベタベタじゃん。それと重い。濃い。重い。」

「バター入れすぎたかな?」

「さあ、よくわからん。俺はお菓子なんて作れないからなあ。でもまあ、うまい。さすが本命。お見それしました」

「嬉しいなあ。ほら、まだ残ってるよ。食べて食べて」

 そう言って瑞鶴がもう一切れ持っていく。全部食われちゃたまらない。せっかく作ってくれたんだから。

 

「しかしまあ、十七時にこれは重いわ。夕飯食えるかな」

 空になった容器が残された。

「十七時……そっかー五時かあ」

「どうした改まって」

「ん、ちょっとね。提督さんさ、今日のお仕事どんな感じ?」

「少し残ってるけど、どうかしたか」

「じゃあ、ここにいていいよね?」

「居座るつもりか?」

「いいでしょ?」

「いいけどさ。すぐ終わるし」

「これもらうね」

 誰からもらったかもわからなくなったまだ開けてないチョコを箱ごと持っていかれる。まあ、あまりチョコばっかり食っても飽きるし。ごめんね、せっかく作ってくれたのに。

 

 盛られた。瑞鶴がジャンキーなのを失念した。……俺も瑞鶴のせいで突き落とされたんだけど。

 仕事が終わって、二人で夕飯を食って、執務室に帰って椅子に体を沈めていたら、ぐるぐる、ふわふわ。

 瑞鶴はニヤニヤしながらこっちを見ている。

「なんか盛ったな?」

 笑ってみる。

 それを聞いた瑞鶴が嬉しそうにこっちに歩いてくる。

「バターか何かに溶かした?」

「そんなもん。効いてるねー」

「だからあんなに? やられたなあ」

「気分はどう?」

「悪くない。良くもないな。少し眠い」

「むぅ、今夜は寝かさないよとか言おうと思ったのに」

 瑞鶴の声が頭の中で良く響く。声に合わせて動く喉がなんだか愛おしくて手を伸ばして指でなぞってみる。瑞鶴が唾を飲んでその音まで骨を伝わってくる。

「首だなんて、いい趣味してるね」

「首、細いんだな」

「そうかもね」

「瑞鶴も食べてたよな? 効いてるの?」

「いい感じ。ねえ提督さん、ダメ?」

 眠い? 眠いっていうか、心地いいリラックスって感じ。

「寝れるかな? わかんねえや」

「寝てもいいんだよ。私一人で楽しむから」

「寝かさないって言葉、期待してるよ?」

「提督さん、立てる?」

「たぶん。今何時だ?」

「九時半。大丈夫だよね?」

 瑞鶴がいつまでも俺の手を握っている。爪はあまり長くなくて、俺の手の平に食い込んでいるのがわかる。瑞鶴の手は俺より小さくて細くてホントにこの娘が戦場に立ってるのか疑いたくなる。

「ほら、提督さん」

「あー、ぐらぐらする。あまり激しいのは勘弁してくれよ。なんかフワフワしちゃって」

 瑞鶴にエスコートされてるみたいだ。床を足で踏みしめるとそのまま沈み込みそう、飲み込まれそう。水の上を歩いてるみたいだ。

「海の上ってこんな感じなのか?」

 ドアまでの数歩で尋ねてみる。

「足元沈んじゃいそう?」

「ああ、少し不安。倒れそうだ。相当盛ったな?」

「ふふっ、あんだけ食べればそうなるよ。でもね、海の上は楽しいよ」

「そうだといいな」

 たぶん今の俺は足元がおぼつかないんだろうな。初めて海域に出たみたいに。

 先輩艦娘の瑞鶴に手を引かれて夜の荒波へ。冗談じゃない。

 執務室の明かりを消す。私室へのドアを抜けて、鍵をかける。

 次の瞬間、視界が一回転した。俺は観念して、身を預けた。




続きません。

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