SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 ALO編始動です! どうぞ。


フェアリィ・ダンス編
#15 訪問


 今の僕は絶賛リハビリ中だ。SAOから帰還した僕の体は、二年間も動かしていなかったせいで非常に弱っていたのだ。

 リハビリというものがここまで辛いとは思わなかった。動かない体に鞭を打ち、必死に動かす。三週間経ってようやく一人で動けるようになった。これでもかなり早い方らしく、担当の看護師が驚いていたが。

 感覚も弱くなっており、聴覚、視覚、味覚、嗅覚、触覚の五感は全て役立たずになっていた。最初に戻ったのは視覚だ。次が聴覚と嗅覚。刺激が多いものから復活していくのだろうか。まともに物が持てていなかったため、触覚が治ったのはその後だった。最後まで不調だったのが味覚。味のないものはこれほどにも不味いのかと、僅かに感じる刺激のようなものを感じながら病院食を摂取していた。しかし実はそもそもが不味い料理だったらしい、味が薄くて。二年振りの活動だ、胃袋に負荷をかけないためには仕方ないのだろうが、不味かった。そのため味覚に関しては、実はいつ回復したのか覚えていない。

 最近は医師の検診、リハビリ、二年間分の情報収集と勉強をして一日が終わる。SAOに囚われていた全期間分となると相当な量になり、しばらくは学ぶことは尽きないだろう。いずれは同世代に追いつきたいと思うと、軽い絶望感を覚える。

 情報収集の結果分かったのだが、VRゲームは滅んでいなかった。一万人もの生命を脅かす大事件があったのだ。てっきりもう闇に葬られたと思っていたのだが。

 《アルブヘイム・オンライン(ALO)》という新しいソフトと、絶対安心を謳う《アミュスフィア》という新ハードがSAOとナーヴギアの代わりに出回っているそうだ。経営しているのは、かつてのSAO経営会社の《アーガス》を吸収した《レクト》。CEOの結城彰三の名前は散々記事に取り上げられていて食傷気味だ。

 ALOではSAOで廃止されていた《魔法(スペル)》が使えるという。またフライトエンジンという物が開発され、妖精として自由に空を飛ぶことが可能らしい。SAOの椅子に収まったそれは大層人気で、様々な賞を受賞していた。

 リハビリルームでリハビリをしながら、改めて現状を思っていた。いつ退院できるのか。退院したところで、それ以後はどう生きていくべきか。後は体のことだ。

 元々貧弱な子供だった僕は、今のリハビリだけでかつての体力に戻りかけている。昔が低過ぎただけで何の自慢にもならないのだが。点滴生活で骨と皮ばかりだった身体にも健康的に肉がついてきた。壁際で休憩の水分補給をしつつ、リハビリと言うより筋トレに近いそれの成果を鏡に映して確認した。

 

「何でこうなったかなぁ……?」

 

 鏡に映る自分の姿にかつての面影はほとんどない。代わりに、SAOのアバターの要素が色濃く出ていた。

 一七〇㎝ほどの身長。

 痩せ型の体形。

 透けるように、抜けるように白い肌。

 鼻筋の通った、眉目秀麗という言葉が似合う顔。

 こんな感じだ。まあ、身長は二年間もあれば妥当に伸びる程度であるし、痩せ型なのは贅肉含めて身体の肉がごっそり落ちていたからだが。それに、肌の白さも病的だ。二年間も外に出なければこのくらいにはなるはずだ。あくまでも『はず』だが。

 しかし顔が変わっている件は説明がつかない。担当の医師にも、昔の自分が写っている写真を見せて訴えてみたりもしたのだが、

 

「う~ん、確かに変わってるっぽいけどね~。でも、昔にレントゲン取ったことないんでしょ~。骨格が変わったかどうかは分からないし。まあ、写真だと変わってそうっちゃそうだけど、面影もないことはないし。でも、まあ、うん。イケメンになって良かったじゃないか! ははははは」

 

 かなり変わった医者だろうと思う。世の医者がこのような軽い人ばかりでは目眩がする。

 その変人医者によれば、成長期に別の体で長時間生活したことが体の発育に影響を与えたのかもしれないらしい。同じ状況を再現することはできないため、永遠に変人医者の仮説で終わってしまうが。

 そのため、今の僕の顔は非常に――自分で言うのは烏滸がましいが――整っている。アバター造形なのだから当たり前だ。

 僕の目が覚めたことを知ってかつての友人が訪ねてきたりもしたが、全員が僕の顔を見て部屋が合っているか確認する様子は映像に残してやろうかとも思ったほどだ。

 しかしそれも仕方ない。SAO以前の僕はどこにでもいるような顔で、猫背でぽっちゃりとした中肉中背のお手本のような体型をしていたというのに、今では顔は整い、寝たきり生活で猫背は直って肉は落ちた。

 二年前と比べて僕は大きく変わっている。そしてそれは何も顔だけではない。

 昔は冴えない、暗い表情をしていた顔は微笑を湛え、自信に満ち溢れている。また、中学生らしく荒っぽかった口調は柔らかくなり、『俺』だった一人称も『僕』になった。親しい知人の前で見せていたハイテンションも鳴りを潜め、少しのことではまるで動じない。どれもロールプレイングで始めたものが染みついただけだが、それを知らない彼らには別人のように見えるだろう。

 昔、昔、と言葉を重ねたが、たったの二年前だ。良いことにせよ悪いことにせよ、SAOでの日々は密度が濃かった。あの二年が僕の中を占める大きさは、到底二年分程度ではない。

 今日は来客があるらしいのでリハビリを切り上げ、陽の当たる院内のカフェテリアに向かった。

 

******

 

「大蓮翔君。SAOでの名前は《レント》。攻略組の一人と見られており、他のプレイヤーからの話ではゲームクリアの立役者、と。幼い頃に事件に巻き込まれて両親を失い、現在は叔母と二人暮らし。亡くした両親の仕事の関係上多数の言語を解す、ねぇ」

 

 僕がカフェテリアで来客を探し、ようやく見つけて近づいたらそんな声が聞こえた。どうやら僕に会いに来たことは間違いないようだが、家族構成はまだしろ、僕の技能のことを知っているのは怪しくはないだろうか。

 

「……あの、菊岡誠二郎さんでしょうか? 僕は大蓮翔ですが……」

「――ああ! 驚いたよ。後ろにいるなんて。僕が総務省の、……長いから省略するけど通称《仮想課》の菊岡誠二郎だ。よろしくね、レント君」

「すみません、少し探していたものですから。それより、先程のは……?」

「ああ、この資料ね。君は僕達にとって情報を得るための大事なリソースだ。調べておくのが当然だろう? ……というのはこれを僕に渡してきた人間の言葉なんだけどね」

「そうですか。流石お役所様ですね。調べるのはお手の物のようです」

「ははは、そうなるね」

 

 冷たく言ってみたが、少しも応えていない。この菊岡という人物は優男のような外見だが、穏やかな微笑みからは不気味さを感じる。

―――《狸》といい勝負だな、こりゃ……。

 

「それで、今日はどのような用件で?」

「簡単に言えば、SAOでの話を聞きに来たってところかな。これからも何度か来る予定だから、色々と聞かせてほしい。日々の生活だったり、ボス戦の話だったり、君が気づいたという茅場晶彦に関してだったり」

「なるほど、分かりました。それなら構いません。……代償と言ってはあれですが、SAOでの知り合いの連絡先を教えていただけませんか?」

「ああ、その話は今までのどのプレイヤーからも要求されているよ。もちろん、可能な限り便宜は図ろう」

「ありがとうございます」

 

 僕は人の少ない閑散としたカフェテリアで、菊岡に話し始めた。ボイスレコーダーで録られていたのは気づいたが、止める気にはならなかった。

 SAOの初日から順を追って話していった。アルバムを捲るように、こんなこともあったな、あんな人がいたなと回想する。それを口に出していただけだ。

 その日はある程度のところで切り上げたのだが、菊岡はすぐにまた来ると言った。退院してからも会うのは面倒なので、入院している間に終わらせてほしいものだが。

 次の日取りの約束をしてから、最後に菊岡と僕は互いに頼んだ。

 

「そういえばレント君、ナーヴギアの方は今度来たときに預からせてもらうよ。あれは一応危険物に入るものだからね。準備をよろしく」

「菊岡さん。次にいらっしゃったときには色々と調べものをお願いしたいと思います。よろしくお願いしますね」

「はは、お手柔らかに」

 

 僕が頼みたいのは、手にかけてしまった九人の調査だ。同時にレッドプレイヤーリストを渡そうと思う。現行の法律で裁くことは不可能だろうが、どこかにデータとして残ってくれればそれで良いのだ。

 僕は笑顔で菊岡を見送った。

 

******

 

 菊岡と会う二週間ほど前の十一月十三日、実は僕は既に妖精の国に降り立っていた。

 リハビリも本格的に始まる前で、体が弱りきっていて何もできなかったときだった。フルダイブなら問題はないことに気がついたのだ。新ハードに、新ソフト、空を飛ぶ翅に魔法。やってみたくなるのは当然の話だった。

 僕にはVRへの嫌悪感はまるでなかった。あの世界で九人のプレイヤーを手にかけた。それが切っかけで悪夢に苛まれ、心をすり減らしたこともある。それでもVRは、紛れもなく今の僕の育まれた場所なのだ。嫌えるはずがなかった。

 SAOから生還してまだ数日しか経っていなかったときであり、保護者である叔母に反対されると思っていたのに何も言われなかった。それどころか、頼んだら《アミュスフィア》と《ALO》を買ってきてくれたのだ。

 思わず、どうしたのかと尋ねてしまった。叔母はそう簡単に物を買ってくれる人ではなかった。それが、今回は「アミュスフィアとALOが欲しい」「うん、わかった」というだけのやり取りで終わったのだ。

 僕の問いに対して叔母は「生還祝いよ」と返した。VRから生還した祝いにVRを渡すとは。望んだ自分が言うのもおかしな話だが、首を捻る考えである。そのお陰で僕が暇しなかったのは感謝することだが。

 妖精の国にログインするにあたって簡単な情報収集はした。しかし詳細に関しては薄い取扱説明書を流し読んだだけである。こういう類のゲームはやってみるに限る。フルダイブのお陰で操作方法が分からなくて動けないということはないのだから、体当たりで他の仕様を覚えていくのも乙である。

 そうして僕は二年前と変わらない、二年振りの起動コマンドを発したのだった。

 

「リンクスタート!」

 

******

 

 IDやパスワードを入力し、ログインする。SAOのときのものと同じにしたのは思い入れがあったからだ。最初に着いたのは不思議な空間だった。説明書にも書いてあったが、ALOではプレイヤーは妖精としてキャラを作る。その種族をここで決めるのだそうだ。

 

「《Rento》様、種族はどうなされますか?」

 

 まるで生身かと思うほど精巧に作られたアナウンスが選択を促す。プレイヤーが選べる妖精の種族は九種類ある。

 火属性の魔法が得意で、戦闘の適性が高い《火妖精(サラマンダー)》。

 水属性の魔法と回復魔法が得意で、魔法の適性が高い《水妖精(ウンディーネ)》。

 風属性の魔法が得意で、素早い《風妖精(シルフ)》。

 土属性の魔法が得意で、力のある《土妖精(ノーム)》。

 全種族中唯一《テイミング》が可能な《猫妖精(ケットシー)》――この種族だけ尻尾が付く――。

 全種族中唯一《古代武具級(エンシェントウェポン)》作成が可能な《工匠妖精(レプラコーン)》。

 全種族中唯一洞窟などで飛行が可能な《闇妖精(インプ)》。

 全種族中唯一音楽魔法が使用可能な《音楽妖精(プーカ)

 幻惑魔法が得意な《影妖精(スプリガン)》。

 

 ……運営はスプリガンに何か恨みでもあるのだろうか。説明書にあったこの説明を読んだときにそんな考えが浮かんでしまった。

 オーソドックスに長所がある四属性の妖精。モンスターのテイミングに長けた、つまりペットを作れるケットシー。鍛冶が重宝されるレプラコーン。日光や月光がないと飛べない他の種族と違ってどこでも飛べるインプ。音楽という特色を持つプーカ。それらに比べて、地味な幻惑魔法が得意というだけで他に秀でたところのないスプリガン。その悲惨さたるや、ネット記事でも散々叩かれていた。

 だから敢えて、僕はスプリガンを選ぶ。SAOのときと同じだ、ロマンを大事に僕はゲームをやりたい。目標はスプリガンで全種族を超えることだ。

 僕がスプリガンを選択すると、確認メッセージが流れた後にパァーっと視界が開けた。

 先程までの暗い空間からフィールドに飛ばされたようだ。しかも上空に。説明書にも書いてあったが、スタート直後の座標は種族の首都の上空に固定されている。この世界での飛行の感覚になれるためらしく、地面に近づくと落下が止まって柔らかく着地できる。

 僕がスプリガンの首都である古代遺跡――《デラニックス》という名前だ――に降り立った途端、一人のプレイヤーが駆け寄ってきた。

 

「なあ、君! 今ログインしたばっかのニュービーだな!? レクチャーしてやるよ!!」

 

 呆気にとられた僕に気づき、その男性プレイヤーは慌てて取り繕うように言葉を紡いだ。

 

「あっ、その、いきなり捲し立ててすまん。いや、スプリガンは人気がなくてな。一人でも戦力を確保しようと……」

「――そういうことですか。なら、レクチャーお願いします。説明書をざっと読んだだけなので」

「おう、そうこなくっちゃな。俺は《ディラン》だ。お前は?」

「僕は《レント》です。よろしくお願いします」

 

 案内してくれるというのならばそれを断る理由はない。SAOのときとは違って孤高は目指さないのだから、最強のプレイヤーを目指すのに先輩のアドバイスはありがたい。

 僕らは握手をした後、早速フィールドへと向かって訓練を始めた。




 むむむ、文字数の関係上変なところで切れちゃいました。それにしても、SAO帰還後すぐにALOログインとか……。

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