「…………いや、お前、筋が良いなんてもんじゃないぞ?」
まずは簡単に地上戦を教えてくれることになった。初期に取れる武器スキルから《片手剣》を選んだ僕は、初期装備の《ロングソード》でモンスターを切り刻んでいた。
SAOの経験がある僕からすればこの程度朝飯前だが、ディランが驚くのも仕方ないだろう。ただ武器のレベルが低く、ダメージには繋がらなかったが。
「その様子なら武器の扱いに関しても問題なさそうだな。よし、次は飛行に移るぞ」
「はい!」
案外誰かに師事するというのは面白い。体力をつけるのも兼ねて、リアルでも何か武道のようなものを始めてみようか。
ALOでの飛行には背中にある二対の翅を使う。この翅のカラーリングは各種族のベースカラーに従っていて、スプリガンはその髪や瞳、初期装備の色と同じく黒だ。本当は白が良かったのだが、白をベースカラーにする種族は存在しないのだから致し方ない。それでも、向こうが透けて見えるほど薄い黒い翅はとても綺麗だった。
「まずはコントローラーを使った飛行からだ。こう、左手を握ってみてくれ」
「こう……?」
見様見真似で左手を握ると、操縦桿のようなグリップが出現した。
「そのコントローラーを手前に引くと上昇、押し倒すと下降、ボタンを押して加速、左右に倒して旋回だ。やってみな」
「こんな感じ……、か!」
そのコントローラーを手前に引くと背中の四枚の翅が震え、体がゆっくりと浮き上がった。そのままボタンを押したり、傾けてみたりする。翅が目まぐるしく動き、体があちこちへと動く。
「うおっ、こうっ、こうして、こう!」
しばらくやればコツが掴めてきた。僕が安定して飛べるようになると、ディランも浮き上がって同じ高さまで上がってくる。
「この翅の光がなくなったら飛べなくなるから気をつけろよ。光はしばらく休んで日光とか月光とかに当てておくと回復する。回復手段がないから洞窟とかだと基本的に翅は使わないな」
「あぁ、だからインプしか洞窟で飛べないんですか。……それより、ディランさんはこれ、スティック使ってないですよね」
「まあ、それ使いながらだとウィンドウも開けないし、戦闘中も邪魔だからな。こんな風にコントローラーを使わないで飛ぶことを《随意飛行》って言うんだ。これができると細かい動きもできるようになるし、上級のプレイヤーへの第一歩って奴だ」
「どうやるんですか?」
「……はあ、いきなりだな。まだログイン初日だろ? そんな時期に随意飛行なんて早過ぎねぇか?」
「取りあえず、やってみるだけでも」
僕の言葉に少し悩んだ様子を見せたが、ディランはすぐに了承を示してきた。そして一旦着地してから講義を始めた。
「ま、コントローラーを使った飛行はできるみたいだし、教えてみるのも良いか。――レント、まずは背中に意識を集中させるんだ。ここに、リアルにはない仮想の筋肉があることをイメージしろ。それを動かすイメージで」
「仮想の筋肉……。こうかな?」
幸いなことに、SAOで仮想の筋肉は嫌というほど視てきた。それを想像する。そしてそこを動かすように意識を集中する。そうすれば翅が細かく揺れ始めた。
「おっ、良い感じだぞ! もうちょっと強く羽ばたけ!」
更に力を込める。すると、体が浮いてきた。それを続ければ、先程飛んでいた位置まで高度を上げられる。
「よし! じゃあ次は翅を動かして旋回するんだ!」
翅を意識して自分の思う通りに動かす。鋭敏化した自分の意識が薄い翅の隅々に至るイメージだ。回路を走らせ、葉脈のような翅の筋を疑似骨格として認識する。これでほぼ完璧に翅を掌握できた。
翅を傾ければ旋回や上昇もお手の物だ。もう少し翅の動かし方を工夫して動きを洗練せねばならないが、今はこれで十分だろう。
「――凄ぇな。本当に初日に随意飛行をものにしちまった」
「どうです?」
「完璧だよ! 俺も一ヶ月ぐらいかかったってのに。お前、実はかなりVRに慣れてんだろ」
「……まぁ」
二年間もVR空間にいたのだ。それは慣れているなんてものではないだろう。SAOのことはまだ聞かれたくなかったので言葉尻を濁したが、その露骨な濁し方でディランも気づいたようだった。
「あぁ、その、言いたくないことなら別に言わなくていいぞ。じゃあ一回飛んで《デラニックス》まで帰るか。帰りながらシステムについて説明する」
「はい、お願いします」
《デラニックス》というのは最初に訪れたスプリガンの首都の名前だ。古代のマヤ文明の遺跡のような外見をしていて中央には階段状のピラミッドがあり、その中に領主館が収まっているらしい。
このALOは九つの種族に分かれた妖精が争い合っている。それはこの大陸の中心にある世界樹の上にいる《妖精王オベイロン》に最初に謁見するためである。謁見が叶うと、その種族は《
各種族は年に四回の領主選を行っている。投票はその種族ならば誰もが可能で、その種族ならば誰でも投票先にして良い。そこで選出された領主が種族の代表として動くことになる。
システムは《完全スキル制》で、ニュービーも馴染みやすい仕様だそうだ。ただ隠しステータスがあるそうで、それがSTRやAGIになるんだとか。
この世界の通貨の単位はユルドだ。全体的に北欧神話をモデルにしているようだし、世界樹なんて代物まであるなら《ユグドラシル》をもじっているのだろうか。
スキルには各種武器スキル、魔法スキルがある。また《鍛冶》《暗視》などの役立つ補助スキルや、《料理》等のフレーバースキルまで数多ある。スキル枠はホームタウンの祭壇でユルドを払うことで増やすことが可能だそうだ。
SAO同様スキルには熟練度が存在し、上限はやはり千だ。しかし未だリリースして一年程度なためか、武器スキルを完全習得したという話は聞かないそうだ。魔法スキルや補助スキル、フレーバースキルは比較的熟練度を伸ばしやすいが、武器スキルは中々成長しないらしい。SAOでも武器スキル完全習得は一年ほどだったことを考えると、常にログインし続けているわけではないので相当のヘビーユーザーでない限り、最古参でも後半年はかかるのではないだろうか。
僕はSAOにはなかった魔法スキルを中心にスキルを取っていこうと思う。聞いた話では、ログインして一週間の間は、一日一枠限定だがスキル枠取得に必要な額が百ユルドなのだそうだ。今の内にある程度揃えておいた方が良いだろう。武器スキルは片手剣だけで十分だ。伊達に二年間も戦っていない。
一口に魔法スキルと言っても、それには何種類もある。
攻撃力の高い魔法が多い《火属性魔法》。
牽制に有効な補助的役割の強い《水属性魔法》。
手数で押す、速さが特徴的な《風属性魔法》。
地由来の大胆な魔法が多い《土属性魔法》。
HPや
隠蔽や索敵などの補助魔法中心の《支援魔法》。
自爆や呪いなどの嫌らしいものがラインナップされている《闇属性魔法》。
幻を見せたり、感覚の阻害などの妨害に特化している《幻惑魔法》。
プーカにだけ使える、音楽を媒介にして効果を発揮する《音楽魔法》。
この九種類があるのだが、僕は《音楽魔法》を除いた八つ全てを使えるようになろうと考えている。本来は一つの魔法だけでも完璧に使えれば脅威に成り得るのだが、それならば全ての魔法を使えれば更に強力になる道理だ。
目指すは究極のメイジ! いや、魔法剣士だ!
そうこうしている内に、目的地付近へとやって来ていた。
「あっ、そういえば着陸できるか?」
「えっ、教えてもらってないですよ?」
「…………グッドラック」
言うとディランは着陸を始める。戸惑う内に目の前にあのピラミッドが近づいてきた。かなりのスピードを出していたため、ディランの真似で翅を広げて減速をかけるが止まれない!
「うわあぁあぁぁぁぁぁ!!!!」
止まれないならば加速する! 加速して勢いをつけながら、その勢いを利用し回旋する!
「曲がれェェェェ!!」
フッとピラミッドの角が頬を掠めたが、何とか激突を避けることができた。あそこまで絶叫したのはいつ以来だろうか。肩で息をする。
今度は慌てずに減速をかけていき、ゆっくりと着地した。着地のイメージはコントローラー飛行時に掴んでいたので、落ち着けば何とかなるものである。
「すまんすまん、すっかり忘れてた。いやー、それにしてもあのタイミングで避けるなんてな。てっきり派手にぶつかると思ってたんだが」
「…………」
本当にこの人に師事していて大丈夫なのだろうか。
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~side:ディラン~
デラニックスで初ログインに居合わせた新人のレクチャーを申し出たのだが、その彼の筋が異様に良くて俺は驚いていた。
地上戦では既に、同じ装備なら俺が負けそうなほど強い。補助スティックによる飛行ですら初めてではそこまで上手くは飛べないものだ。ましてや随意飛行を初日でマスターするとは図抜けた成長度だ。
それから注目すべきは領主館を躱すときの判断力だ。あんな状況になったら普通は加速なんて選択肢取れるはずがない。そもそも選択肢として浮かばないだろうし、実行しようにも多少でも迷いや不手際があれば上手くいくはずがない。
―――これは、スプリガンに圧倒的な戦力の到来か?
しかし、聞かせてもらったレントの目指すビルドはこちらの意表を突くものだった。八種類の魔法スキルを取得すると言うのだ。
魔法スキルは目玉の一つなためか、それとも熟練度を上げなくては使い物にならないためか、熟練度が上がるのが非常に速い。ゆえに八つのスキルを同時に成長させても問題はないだろう。
スキル枠も、最初の二つの片方を《片手剣》に使うが、残りの一つとこれからの一週間で取れる七つを合わせれば間に合う計算だ。
しかしあれだけの剣の腕を持つのにメイジ職とは。俺は頻りに勿体ないと思うのだった。
******
~side:レント~
ディランと会ってから、つまりALOを始めてから二週間ほどが経った。この間に僕のスキル熟練度、及びプレイヤースキルはメキメキと上がっていた。ディランの指導の成果もあるだろうが、何より熱の入れ方――入院中ゆえの時間の余裕――だろうか。
午前中はリハビリ、体力づくり。午後は勉強、残りはALOだ。睡眠時間は三時間ほどなため――医師には良い顔をされないが、SAOのときに比べれば随分寝ている――ALOにかける時間はかなりのものだ。
ALOの魔法は、《力の言葉》と呼ばれる単語を繋げて文章を作り詠唱することで発動する。この詠唱をシステムに認識させるためには、一定以上の声量、間隔を持って発音しなければならず、またAIが聞き取れる発音もしなければいけなかったりと色々と面倒だ。
呪文――スペルの方はスキル画面で一覧を見ることができる。熟練度が上がるほどに使える
またスペルには大きく分けて二つの種類がある。一つはこの一覧で確認することができる『公式スペル』。もう一つは、一覧には載らないがプレイヤーが開発できる『オリジナルスペル』だ。
オリジナルスペルを編み出すのは非常に困難だ。《力の言葉》の各単語の意味を理解して文章にしなければいけないのだから。
スペルは古ノルド語がモデルにはなっているが独自の文法になっており、きちんと文章を作るためには相応の学習をしなければならない。
更に単語には文章上の意味と魔法の効果に関係する二つの意味があって、これはほとんど変わらないものの少しづつ意味が違うため文章が成り立たなくなってしまったりするのだ。文章としても、魔法の効果としても意味を通さなければならないのが頭を悩ますところだ。
そしてオリジナルスペルを作る際の一番の難関は、これらスペルの創作法を運営が全く公開していないことだ。
―――オリジナルスペルなんて、運営も作られるのを考えていないんだろうな。
恐らくここまで面倒な設定にしなければいけなかったのはカーディナルのせいだ。
カーディナルというのはSAOのバランス調整や、クエスト、NPCの管理など全てを統括していたシステムのことだ。SAO同様の完成度を誇るALOは、SAOの基盤データをコピーして作られたのではないだろうか。そうだとするとカーディナルも存在していることになる。
カーディナルには自動クエスト生成能力があったりと、システムとしては規格外だ。その規格外の能力が、スペルを追加したときに運営が登録していないスペルに反応してしまったのではないだろうか。規則なく魔法が発動するなら、プレイヤーのふとした言葉も魔法として認識する可能性がある。そのため運営は魔法が魔法であるという基準を用意しなくてはいけなかった。
妄想に近い推測だが、これほど面倒な仕組みの裏側はそんなところだろう。
僕は、その難解な文法を割り出すことに成功した。と言っても多くの人が検証や解析をしていたため、それをまとめれば簡単に文法書の形にすることができた。次は使える単語でのオリジナルスペルを模索する段階である。
さて、どうするか。オリジナルスペルのことではない。菊岡にナーヴギアを回収すると言われてから、僕はずっと悩んでいた。キリトと違って中に大事なデータが入っているわけでもないから、ナーヴギアを渡すこと自体は構わない。構わないのだが、
―――もう一回ぐらい、最後に被りたいよな……。
アミュスフィアはナーヴギアのダウングレード版――高圧電流を発生させる仕組みを排したため、出力不足なのだ――なだけであるから、互換性がある。要するにナーブギアでもALOをプレイできるのだ。
逆にアミュスフィアはナーヴギアよりも低出力なため、ナーヴギアよりもあらゆる点で性能が劣っている。特にそれを感じるのは五感だ。ナーヴギアの感覚が残っている内にアミュスフィアに移行したため、僕はまるで寝起きのような感覚を抱いていた。リアルではもっと五感は使えていなかったわけだが。
他にも全身の微細な運動の掌握などにもアミュスフィアは難がある。ナーヴギアの高性能さがどうも病みつきになっていた。これから継続的に遊ぶことはできなくとも、最後に一回思い出を作りたかった。
―――よし、大丈夫なはずだ、SAOはソフトの方に色々仕込まれていたわけだし。
―――すぐにログアウトすれば何とかなるって、多分。
僕はナーブギアにALOのソフトを挿入し、叫んだ。
「リンクスタート!」
はい、最初から最後まで説明回でした。すみません。