SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 今回から原作突入です。撃鉄は回転式拳銃の後ろのあの動く部分です。回るところじゃなくて。どうぞ。


#29 撃鉄

 十二月七日、日曜日に僕は菊岡に呼び出され新宿に来ていた。待ち合わせ場所に指定された洋菓子店に入る。見るからに物価が高そうな店だった。

 落ち着いた雰囲気の店は、見るからに上流階級の婦人達で溢れていた。そんな中、一人だけスーツを着て周りから浮いている眼鏡の男を見つけた。

―――若干堅めの服装で良かった。

 僕は制服ほどではないが、完全な私服ほどカジュアルではない服装だった。これなら身のこなし次第ではスマートカジュアルに映る。学生としては十分だろう。

 菊岡の前に座る。僕らの机には一つ空席があった。

 

「ここは僕が持つから好きなように頼んでくれ」

「ありがとうございます」

 

 言われるままにメニューを開く。ズラッと並んだ片仮名の名前の横に、三桁の数字はなかった。

―――流石、全部高いな。

 僕は簡単に紅茶だけを頼んだ。そもそも菓子は余り好きではないのだ。菊岡が出す――経費になるのかもそれないが――のなら、彼に大きく借りは作りたくない。

 

「それで、どうして僕を呼んだんでしょうか」

「事情の説明はキリト君が来てからにしよう。それまでは少し待っていてくれ」

 

 どうやら僕の隣の空席は和人の物らしかった。

 扉の開く音がして、黒い服装に身を包んだ和人が入ってきた。

―――あちゃぁ、あの格好じゃこの店の雰囲気は無理だなぁ。

 和人に心の中で手を合わせる。和人の姿に気づくと、事前に待ち合わせ場所の詳細を教えない男が不意に立ち上がり手を振った。

 

「キリトくーん! こっちこっち!」

 

 この人はマナーという物を知らないのだろうか。余りにもな出来事に止めることが間に合わなかった。その行動は、周囲の奥様方から顰蹙の籠った目線を受けるというもので報われた。

 ひそひそと先程のマナーを逸した行為や、キリトという名前、ついでに服装なんかを噂されている中、和人はこちらにやって来て僕の隣へ腰を落ち着けた。この席は窓際だったので、店の中を突っ切らなければならなかった和人の心労やいかに。

 それもあってか、和人はとてもぎこちなかった。菊岡の言葉に乗ってメニューを開いたその眼が彷徨う。ウェイターに震える声で注文する様は見ていて面白いものがある。

 

「ご足労願って悪かったね、キリト君、レント君」

「そう思うなら銀座なんぞに呼び出すなよ。それと人前でその呼び方は止めてくれ」

 

 リアルではありえないプレイヤーネームだとこんな所で失敗するのか。良いことを学んだ。

 気を取り直して、和人と僕が尋ねる。

 

「で、何の用なんだ?」

「SAOのときの話はもう十分ですよね?」

「今回はそれとは違う話だよ」

 

 そこから僕と和人は、ある事件のことを説明された。要約すると、アミュスフィアでGGOをプレイ中のプレイヤーが二人、急性心不全で亡くなったということらしい。二人とも有名なプレイヤーで、一人はMMOトゥデイ生放送に出演中にアパートの一室で亡くなったそうだ。もう一人はスコードロンの集会中だったらしい。

 二つの件で共通しているのは、GGOのトッププレイヤーだったこと、大勢の人に見られている中で亡くなったこと、アパートの一室で亡くなったこと。そして、ゲーム内の酒場と集会に乱入という違いはあるものの、銃撃されていることだ。ログを見る限り、銃撃されたのと亡くなったのはほぼ同時だったそうだ。銃撃した人物は《死銃(デス・ガン)》と名乗り殺害を宣言したらしいが、被害者の脳に異常は見つからず、アミュスフィアは設計上それを使って人を殺すことはできない。この場で簡単な考察を行っても、僕らから出た結論は殺人は不可能であるというものだった。

 

「結論! ゲーム内の銃撃で人を殺すことはできない!」

 

 席を立つ和人を菊岡は引き留める。

 

「ちょっと待ってくれ。僕も同じ結論に達した。だからそれを踏まえて頼みごとがあるんだ」

 

 和人が再び椅子に収まる。菊岡はその頼み事を口にした。

 

「GGOにログインして死銃に接触してくれないか」

「はっきり言ったらどうなんだ! 撃たれてこいってことだろ!? 嫌だよ! 何が起こるか分からないじゃないか!」

「待ってくれ! 撃たれても死ぬことはないと結論に達したじゃないか! ――それに、死銃には被害者のこだわりがあるんだ!」

 

 帰ろうとするラフな格好をした学生。それを椅子から落ちながらも服の裾を掴んで引き留めるスーツを着た青年。奇怪極まりないそれを横目に眺めながら、僕は焦っていた。

 

「こだわり?」

 

 和人がまた席に戻る。その問いには僕が答えた。

 

「うん、被害者の《ゼクシード》も《うす塩たらこ》もGGOではかなり名の通ったプレイヤーだ。多分、強い人を狙って犯行は行われている」

「そうなんだ。だから、かの茅場大先生に最強と認められた君なら……」

「無理だよ! GGOはそんな甘いゲームじゃない! それと翔! 犯行って決めつけるな!」

 

 確かにどうして誰かの仕業、殺人だと考えていたのだろうか。和人が菊岡にプロの説明をする横で、薄ら寒い予感を抱えていた。

 GGOのプロとは、通貨還元システムで月に二、三十万をコンスタンスに稼ぐ人間のことだ。被害者二人はプロであった。ちなみに僕は金儲けを目的にしていないため、一月当たり十万程度を稼ぐに留まっている。

 

「いいだろう、やってくれるなら調査の報酬としてこれだけ出そう」

 

 菊岡が指を三本出して見せる。それを見て和人の心は揺らいだ。

 

「そんなの運営に直接確認すれば済む話だろ。どうして俺にわざわざ頼むんだ」

「駄目なんだよ、和人君。GGOの運営のザスカーは住所はおろか、電話番号やメールアドレスも秘匿されてて問い合わせできないんだ」

「へぇ、ってどうした翔、顔が青いぞ」

 

 こちらの様子に気がついたらしい。この理由を喋ると菊岡の後押しをすることになってしまうが、仕方ないだろう。僕の安全のためにも菊岡のところで事件を解決する方が良いと判断した。

 

「菊岡さん。その話、僕にもかかってますよね?」

「ああ、そうじゃなきゃ君を呼ばないさ。君も茅場さんに認められた人の一人だからね」

「じゃあ受けます」

「おい、翔! 分かってるのか?」

「もちろん、と言うか、解決しないとマズいんだ」

「「……?」」

「僕は、GGOプレイヤーだ。しかも二つ名までついてる。プロほどじゃないけどコンスタンスに稼いでいる上に、二人と同じくアパートに一人暮らしだ」

「なっ」

「――君がGGOプレイヤーだったとはね……」

 

 話す度に二人の驚きは広がっていった。僕の焦り、その原因が分かったのだろう。菊岡の依頼に関係なく、そもそも僕が狙われる可能性がそこにはあった。

 

「それと、もう一つ」

「何だい、レント君?」

「ここ最近でこの二人が恨まれるかもしれないことがありました」

「何っ!」

 

 ガタッと二人が椅子から立ち上がる。周りから何度目か分からない目線を浴びながら、二人はおずおずと座り直した。

 

「このゼクシードが喧伝していたんです。『能力構成はAGI振りが一番だぞ』って。しかし本人は全く違うビルドを構成して、相性でAGI振りのプレイヤーを圧倒したんです。うす塩たらこはAGI振りの波に乗らなかった人間です。リアルの金に関わる話でのこういうのは恨まれる原因として十分ではないですか?」

「なるほど……。確かにそれは恨みを買うかもしれないね」

「翔、お前のビルドはどうなんだ」

「僕はAGI寄りだけどオールマイティに育ててるし、SAO上がりでそもそも能力値が高いからSTR振りと思われても仕方ないかもしれない」

「確かにそうなると危険だね」

「……はぁ。翔を一人で危ない目に合わせるのは嫌だからな。いいだろう、その依頼受けたよ」

「ありがとう、キリト君、レント君! 安全を確保できるダイブ場所を準備するから、それまではログインを避けてくれ」

「ああ」

「はい、分かりました」

 

 こうして僕らはこの事件に深く関わることになった。

 

******

 

~side:詩乃~

 私はファミレスで新川君と話していた。また遠藤達に金を巻き上げられそうになったところを助けてもらったのだ。私はいつもそう。翔さんや新川君に助けられてばかり。だから、『弱い』。

 

「それにしても聞いたよ朝田さん! あのベヒモスを倒したんだってね!」

「スコードロンとしては大敗よ。結局私しか生き残らなかったわけだし」

「それでも朝田さんなら次のBoBで優勝できるかもよ!」

「……それには、やっぱり翔さんが最大の障害よね」

「翔さん?」

「ああ、言ってなかったっけ。ちょっと前に知り合った人なんだけどね。ずっと戦ってたのに一回も勝てなかった。組んでたときもあったんだけど、まだ倒せるイメージが湧かない」

「翔……。それって《白い殺人鬼》のこと?」

「え、そう、だけど。知ってるの?」

「うん、PKを好んでするプレイヤーで、拳銃とライフルを使って無双するって話。少し前は凄腕スナイパーと組んでたらしいけど……」

「そう、その人。実はご近所さんなのよね。リアルでもよく会ったりするけど、あの人は『強い』」

「都市伝説みたいになってるもんね。――都市伝説といえば、朝田さん。『死銃』って知ってる?」

「死銃?」

「そう、そいつに撃たれるとリアルでも死ぬんだって」

「そんなの迷信に決まってるじゃない。そもそもSAOでもないのにどうやって殺すのよ」

「ははは、それもそうだね」

 

 それきり時間も遅くなってきたので新川君とは別れた。

 

「じゃあ、頑張ってね。『シノン』」

 

 去り際の彼の顔が、どうしてか頭に染みついて離れなかった。

 

******

 

~side:レント~

 あれから一週間経った土曜。僕はある病院に呼び出されていた。そこで僕と和人は健康状態を確認されながらダイブするのだ。

 住んでいるアパートから徒歩圏内、と言うよりも最寄り駅の傍と言った方が正しいか。聳える巨大な病院は、僕の家から実に近かった。

 そこのフロントで僕と和人は合流し、用意された部屋に案内された。部屋にいたのは安岐ナツキというナースだ。彼女が僕らの担当だそうだ。彼女は和人のリハビリも担当していたのだとか。

 

「それじゃ、電極貼るから脱いで」

「脱っ!」

「はい」

 

 和人は動揺していたが、僕が躊躇なく上半身裸になり始めるとそれに続いた。どうしてだろうか。和人が躊躇したら僕が率先してそれを行わなければいけない気がする。逆に僕が躊躇するようなときは和人が動くことが多いのだが。

 

「あら、良い体してるじゃない」

 

 僕に電極を貼る間に、恐らく余計なボディタッチを何度もされた。他人に体を観察さられながらペタペタ触られるのは、余り面白いことではない。鍛えているから確かに魅力的なところもあるかもしれないが、それでもあそこまで露骨に触られると、少し……。

 

「じゃあ初期位置で待っててね、和人君」

「ああ、案内してもらった方が早いからな」

「あの街、《アルゲード》並だと思った方がいいよ」

「うげ、そんなにかよ」

 

 僕は隣のベッドに横たわる和人と共にアミュスフィアを被った。

 

「「リンク・スタート!」」

 

 しばらくログインしていなかったため間が空いてしまっていたが、確かに前回ログアウトした総督府前に降り立った。

 

「さて、キリト君を探しに行きますか」

 

~十数分後~

 

「…………やっぱりいない。はぁ、本当にじっとしていられないんだから」

 

 僕はキリトのアバターを知らないので、初期位置で合流できなければ本当に手探りの捜索になる。まず初期装備の人を探すか、もしくは次の予定だった例のデパートに向かうか。……探しながら向かおう。

 SBCグロッケンの薄暗い通りを駆け抜ける。少し裏に回ってみる。そこを探してもどこにも見つからず、仕方ないので、初心者を見なかったかと通りすがりの人に聞こうと思う。しかし間が悪い。周りに人影がない。

 ふと、なぜ思いついたのか分からないが、シノンに聞いてみようと思った。これこそ動物的直感という奴だろう。フレンド情報から意外と近くにいることを知り、早速そちらに向かう。そこで僕はいつぞやの黒歴史(エイプリルフール)と出会った。

 

******

 

~side:シノン~

 道を歩いていたら、GGOで絶滅危惧種の女性プレイヤーに出会った。見るからに初心者で――初期装備だ――、同性ということでか私にショップへの道を聞いてきたのだ。この初々しい新人を逃がさないよう親切にしていたところで、ここ最近ログインしていなかったレントさんに出会った。

 

「あ、レントさん。久し振りね」

「うん、久し振りシノンちゃん。それと、そこの人はどなたかな?」

「ああ、今会ったんだけど、ショップと総督府に行きたいんだって」

「へえ……。キ・リ・ト・君?」

「レ、レント、か?」

「ちょっとこっち来て」

 

 驚いたことにレントさんとそのニュービーは知り合いだったようで、私に聞こえないところで何か話していた。

 

「さて、シノンちゃん。ごめんね、キリト君が迷惑かけたみたいで」

「そんな迷惑なんて、……って『君』?」

「そう、この外見だからって性別を詐称したみたい。本当ごめんね」

「いや、いいわよ。実害があったわけじゃないから」

 

 そう、実害が出ていたら別だった。ある意味、キリトと呼ばれた男は幸運だったのかもしれない。

 案内はそもそも彼がするはずだったのに、周りの視線から逃げてキリトは迷ってしまったそうだ。阿呆か。

 

トゥトゥトゥ、トゥトゥトゥ

 

 着信音が鳴った。誰かと思うと、レントさんのようだった。

 

「あっ、ごめん、シノンちゃん。代わりに案内頼める?」

「え?」

「この電話は内容聞かないとマズいと思うからさ。キリト君もBoBにエントリーするから時間が惜しいし、僕の代わりにレクチャーしてくれないかな。今頼れるのはシノンちゃんだけなんだ。頼むよ」

「っええ、そのくらいなら……」

「ごめん、助かる! じゃあ、また総督府で」

 

 それだけ言うと、彼はすぐに落ちてしまった。後には若干気まずい雰囲気の二人。その雰囲気を破るようにキリトは咳払いし、今度はちゃんと男言葉で話しかけてきた。

 

「えと、その、ごめん! 騙すようなことして。俺はキリトだ。よろしく、シノン」

「はぁ、まあ性別を見た目で決めつけた私も悪かったわ。よろしくね、キリト」

 

 どうしてだろう。レントに頼れると言われたとき、氷の狙撃手(シノン)の心臓が跳ねた気がした。気のせいだと頭を振ってその考えを振り落としてから、キリトをショップへと案内した。

 

******

 

~side:翔~

 GGOからログアウトすると、安岐ナースが待っていた。電話が鳴っていたから戻ってくることは分かっていたようで、机の上に置いてあった携帯端末を持って待ち構えていた。僕にそれを渡したら話が聞こえないように部屋の外に出てくれたのは、一定の気遣いのできる人物という証左だろう。そう思いつつ、僕は通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。

 

「どうかした? 叔母さん」

『もう、叔母さんじゃなくてお義母さんでしょ。翔』

「そうだった、ごめん、義母さん」

『それでね、わざわざ電話したのは年末年始のことよ』

「ん? 学校は休みだけどどうかしたの?」

『それがね、一仁(かずひと)さんの実家に行かなきゃいけなくなってね』

 

 一仁というのは義父のことだ。その実家といえば、……知らない。義父の実家のことについて僕は何も知らなかった。

 

「義父さんの実家ってどこなの?」

『それが京都にある立派なお家なのよ。私もできれば行きたくなかったんだけどね。こればっかしは』

「それで、どうして僕が行く話に? 義兄さんじゃないの? 招待されたのは」

『あら、よく分かったわね。そうなんだけど、あの子間の悪いことに出張が入っちゃってね。年末なのによ。それで代わりに翔に来てもらおうと』

「僕ならどこに出しても問題ないから」

『その通り。というわけで、年末空けといてね』

「分かった。詳しいことを聞きに今度そっちに帰るよ」

『帰る、って帰るって! ねぇねぇあなたぃまかk』

 

 段々と声が遠ざかっていくのが聞こえたので、躊躇なく電話を切った。僕があの家に『帰る』と言ったのがそんなに嬉しかったのだろうか。

 ……あそこは僕にとって実家ではない。だから確かに、『帰る』と表現したことはほとんどなかったかもしれない。嬉しがられても仕方がないか。これからはちゃんと帰ると表現することにしよう。




 第二十九話でした。最後の電話の意味が明らかになるのはまだまだ先になるでしょう。次は多分BoBになるはずです。

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