今回は大体一話ずっと洞窟の中の話です。どうぞ。
~side:キリト~
レントに追い出されてからかなりの時間が経った。一体、どんな話をしているのだろうか。俺に聞かれたくない話、というよりはシノンにしか話したくない話だろうか。
ようやく洞窟の中から声がかかり、中に戻る。シノンは流石にもう膝枕ではなくなっていた。それでもレントの横に座って凭れかかっている。俺はその前に座り込んだ。
「さて、それじゃあ改めて現状確認をしようか。キリト君、説明をしてくれるかい?」
「ああ、まず俺が最初に奴を見たのは昨日だ――」
既にバレてしまっているのだ、覚悟しよう。俺は昨日の死銃との邂逅からレントと合流するまでのことを掻い摘んで説明した。
「なるほどね、だから昨日から少し様子がおかしかったんだ。僕に気を遣う必要はなかったのに。――僕の方は簡単さ。最初に北側に転送されたからそこから都市廃墟まで殲滅しながら進んだだけ、死銃と会ったのもあのときが初めてだよ」
レントは少し、いやかなり考え込んでいるようだった。俺とシノンは不思議そうに顔を見合わせた。こいつがここまで深刻な顔で思案しているのは初めてかもしれない。
レントは一つ頷くと嫌そうに口を開いた。
「キリト君、シノンちゃん。僕の仮説を一つ聞いてほしい」
「え、……うん」
「ずっと考えていた死銃の手口の話だ。驚かないで聞いてほしいんだけど、僕は死銃は
「複数人……?」
レントは口を開くと、死銃の犯行手口について話し出した。しかし複数人とはどういうことだろうか。
―――GGOとは別にいるってことか?
―――GGOじゃなければ、現実世界ってことだよな……。
「うん、それとGGOにいる死銃は実行犯じゃないと思っている」
「つまり、ここじゃないどこか、……リアルに実行犯がいるってこと?」
「そう。あの黒い拳銃、《
「そんな……!? でも、どうやってあんなにタイミングよく……」
シノンの言葉に俺は死銃と遭遇した二度を思い出し、気づく。
「いや、シノン。君を撃つときも、ペイルライダーを撃ったときも、奴は十字を切っていただろう?」
「ええ、でもそれが?」
「例えば、あれが現実世界の共犯者への合図だったとしたら? 二回とも奴は中継カメラの前で犯行、いや銃撃を行っただろう? その中継を見ればタイミングを合わせることも可能だ」
一応合図はできる。奴がカメラの前で犯行に及んだのはそれを行うためか。
「でも、どうやって現実世界で殺したっていうのよ?」
俺は二人の被害者の情報を思い出す。
「……ゼクシードもうす塩たらこもアパートに一人暮らしだった。侵入さえすれば殺すのは難しいことじゃない」
「そう。それに、二人とも住んでいるアパートの部屋の鍵は旧式の電子錠。多少侵入に手間取っても住人はダイブ中だから問題はない。そうして無抵抗で横たわっている被害者に何らかの薬品を注射して殺害する」
「……。住所は、どこに住んでいるかはどうやって突き止めたの……?」
シノンはその恐ろしい仮説を否定するための理由を探す。しかしレントが、あのレントがその程度の疑問を解決させていないはずがない。
「それも解決する。それがなければ、僕もこの仮説には問題があると認めたさ。――死銃はあのマントを持っていただろ? あれの能力は街でも発動させられるんだ」
「…………」
「それを使って総督府のBoBエントリー端末を覗き込む。景品のために住所を入力するからね。僕自身登録した」
「私も、したわ。それに前回大会のときたらことは話したことがあったんだけど、景品はモデルガンを選んだ、って……」
「ゼクシードはガチガチの効率主義。多分、アバターの外見を派手にするようなゲームアイテムよりはモデルガンを選ぶ」
「つまり被害者は全員住所を登録していた、ってわけか」
流石はレントだ。俺と同じ情報を聞いただけのはずなのに、既にここまでの結論を導き出していた。
シノンが体を震わせて問う。
「そこまで、そこまでして人を殺したいの……?」
「……彼らはSAOから戻ってきても《レッドプレイヤー》だったんだよ。そして、《レッドプレイヤー》であり続けようとした。だからこんなことを起こしたんだろうね」
確かに俺にも未だに自分は《剣士》だという意識がある。恐らくはレントにも。
そこで俺はあることに気づいた。
「シノン」
「……何?」
「もしかして、――君は一人暮らしか?」
「え、ええ」
「鍵は、旧式の電子錠か?」
「シリンダー錠も一応ついてるけど、鍵自体は旧式の電子錠よ」
「ドアチェーンは、したか……?」
「してない、かも……しれない」
俺の質問に一つずつ答えていくシノン。家の中の状況を思い出すように彷徨っていた瞳が、揺れ始める。
「落ち着いて聞いてほしい。――シノン、君の家には既に死銃が侵入しているかもしれない」
都市廃墟からの逃走劇のとき、死銃は拳銃でシノンのことを撃った。それはつまり、殺害する準備が整っているということだ。
シノンの顔から音が聞こえるほどの勢いで血の気が引いていった。VRの大雑把な感情表現といえども、これはマズい。
「いや、嫌よ。い、いや、いやぁぁ!!」
俺は慌てた。これ以上ないほどに慌てた。そもそも普段から接している女性のこのような姿、見たことない。女性に対する対応に不得手な俺があたふたしている内に、シノンの瞳孔は激しく痙攣を始めた。
その視線をレントが手で覆う。
「落ち着いて、シノンちゃん。大丈夫、大丈夫だから。黒星で撃たれない限り、君に危害は加えられない。それが奴らが決めたルールだから。だけど自動切断して犯人の顔を見たら危ない。落ち着くんだ」
「でも、でも……ッッ!!」
「ほら、呼吸を意識して。狙撃のときと同じさ。落ち着くんだ。息を深く吐く。そして止める。ゆっくり息を吸う。ほら、段々落ち着いてきた? それを繰り返すんだ。ほら、ゆっくり、ゆっくり。大丈夫だから」
脇のレントが素早くシノンの気を収め始めた。頭を撫でて、語りかける。シノンはレントの服の裾を強く掴んでいたが、段々とその呼吸は落ち着いていった。
―――レントも隅に置けないなぁ。
人に散々女たらしだの言っておいて、自分だってそうじゃないか。あのツンツンしていたシノンがここまで信頼を寄せているとは。
俺は出そうとした掌を引っ込めて肩を竦めた。レントが不思議そうな目線を向けてくるが気にしないことにした。
数十秒ほどその時間が過ぎてから、シノンは起き上がった――レントの腹に抱きつくような姿勢だった――。
「……ごめんなさいね。二度も見苦しいところ見せちゃって。――それで、これからどうするべきなのかしら?」
「――……どうする? レント」
「思いっきり投げたね……」
俺はいつもレントに投げてしまっているような気がするが、気のせいだろう。レントが俺なんか必要ないぐらいしっかりしているのがいけないんだ。
「――取りあえずは打って出るしかない、かな。死銃を倒せば現実世界の共犯者もいなくなるはずだから」
「そう、か。だったら俺とレントで二人がかりだな。俺らは自宅からダイブしているわけじゃないし、監視もついてる。死銃も手を出せないはずだ」
「うん、だからその間シノンちゃんには待機してもらうことになるけど……」
レントはシノンについて言葉を濁した。普通に考えてシノンは置いていくべきだ。俺とレントとは違い、いつ殺されるか分からないのだから。
「ええ。……でも私は戦うわ。そもそもこの砂漠の洞窟だっていつまでも安全なわけじゃない。私達がここに潜伏していることくらい既にバレてるわ。それにあなた達とはここまで戦ったんだもの。最後までやるわよ」
「でもシノン。君はもし撃たれたら死んでしまうんだぞ」
「何、所詮あんなの旧式のシングルアクションだわ」
シノンの意志は固そうだった。それにレントも一度眉を動かした後に頷いた。
「それに、そもそも貴方が前衛なら弾丸は全部弾き落としてくれるし、レントが前衛のときはそもそも撃たれた経験すらないし、守ってくれるのよね?」
「もちろん、それが
「ッ」
「まあ、落ち着いて。シノンちゃんが一緒に戦ってくれることは本当に嬉しいよ。だけどシノンちゃんは狙撃が本分でしょ?」
レントが言いたいことが分かった気がする。シノンが口を挟む前に後を継ぐ。
「だから次のスキャンで俺とレントだけが外に出る。死銃は恐らくそこを狙ってくるはずだから、最初の射撃で場所を割り出して撃ってくれ」
「……命をベットして
「…………」
レントは無言で肯定を示す。
「はぁ……、分かったわ。ただ最初の一発で一撃死とかはやめてよね。あいつに私一人で勝つのは厳しいんだから」
「で、でもあいつのライフル、音もしないし最初は予測線も見えないし……」
「シノンちゃんは僕を誰だと思ってるんだい? 君の狙撃を避け続けた僕だよ、あんな奴の弾に当たるわけがない」
その言葉に、人知れず俺は目を剥いた。相変わらずレントはおかしい。狙撃は予測線が見えないのだから避けるのはほぼ不可能に近いのに。しかも避け
顔を下げた俺の目に入ってきたのは赤い丸だった。
―――?
「なあ、それはそれとしてこの赤い丸って何だ?」
「――はあ、しまった……。油断したわ」
「……キリト君、それは中継カメラだよ」
「えっ、ってことはさっきの会話も!?」
「大丈夫、叫びでもしない限り音声は拾わないから。本来は戦闘中しか映さないはずなんだけど、人数が減ったからこんなところまで来たのね……」
はあ、と改めてシノンが息を吐いた。
「そういえば、シノンはこんな場面見られて大丈夫だったのか?」
「え……? ――ッッ!!」
今のシノンはレントに抱きついていた姿勢から上体を起こしただけ、要するにかなりの至近距離だ。
「も、もう、いいわよ。カメラに気づいてジタバタする方がみっともないわ。それとも、レントにはこんなところを見られて困る相手がいるのかしら?」
「いないよ? ……ただ、こんな美少女
二人って、俺も美少女判定かよ。……まあこのアバターだから否定しづらいが。
「さて、じゃあもう時間だから僕らはスキャンに行ってくるよ」
レントが起き上がった。俺も立ち上がる。
「気をつけてね」
俺達は片手を挙げた。
******
~side:レント~
九時四十五分のサテライトスキャンを受ける。
僕は与えられた情報を一気に見る。明るい光点は五個。暗くなっている光点は二十一個。映っていない死銃とシノン、殺害された《ペイルライダー》を含めても一つ足りない。名前を確認する。いないのは《ギャレット》だ。死銃の被害者候補としてマークしていた人物である。
―――殺された可能性が高いか……。
「あっ」
隣でキリトが声を上げた。都市廃墟で隣接していた二つの光点が同時に光を失ったのだ。恐らくは壁越しにでもいて、互いの居場所に今気づいたのだろう。キリトは目を伏せていたが、よくあることだ。
これで僕ら三人と死銃を除いて生き残っているのは《闇風》ただ一人。
―――……。
情報を写さなくなった端末を手に、僕らは取りあえず中へと戻った。
「状況は? どうだった?」
落ち着いているように見えるシノンが問いかけてきた。キリトが見てきたものを答える。
「生存者は多分、俺と君、レント、死銃、それから《闇風》だ」
「闇、風……。また厄介なのが残ったわね。いや、それも当然か」
「強いのか? 闇風ってのは」
「もちろん。前回大会の準優勝者だよ。AGI特化型ビルドでとんでもなく速い。予選で僕は何とか勝てたけど、多分対策されてるから今回はそう簡単じゃないだろうね」
シノンは少し考えているようで、その口から飛び出たのはある提案だった。
「ねえ、《死銃》の現実世界の共犯者は私の家にいるんでしょ? だとしたら闇風が死ぬ可能性はないんだから、この際囮になってもらえば? 貴方達が自分を危険に晒さなくてもいいじゃない」
キリトが足りなかった光点のことを言う様子を見せないので、僕からシノンに否定したい事実を突きつける。
「シノンちゃん、そのことなんだけどさ。実はさっきのスキャンで《ギャレット》を確認できなかったんだ」
「え、どういうこと?」
「僕は最初に言ったよね、
「なっ。こんな犯罪に三人以上関わっているっていうの!?」
「うん、社会復帰を果たしてるラフコフは十人はいたはずだしね。それに、君が都市廃墟で死銃に狙われたのはペイルライダーが撃たれてからそう時間が経っていない内だったらしいね。現実世界で二人の家がその程度の距離にある、っていうのはいくら何でも都合が良過ぎないかな」
「そこまで、そこまでして
「…………」
シノンが息を吸ったところで僕は口を開いた。今は時間が惜しい。作戦を手早く伝える。
「さて、それで作戦なんだけど、闇風はキリト君が抑えてくれるかな」
「えっ、俺がか……?」
「うん。闇風は僕を警戒しているからね。それに、接近戦スタイルの闇風ならキリト君はかなり戦えると思うしね」
「ああ、分かった」
「闇風をキリト君に抑えてもらっている間に、僕が囮になって死銃の場所を明かす。シノンちゃんにはそこを狙撃してほしい。死銃はサイレント・アサシンがメインウェポンだ。取りあえずはそれを潰してもらいたい。僕は、死銃と直接戦う。たかがハンドガンの遠距離射撃は彼には効かないだろうから、接近戦になると思う。援護もよろしく」
「了解」
さて、と僕は伸びをする。釣られたのかシノンとキリトも体を伸ばしていた。
三人で洞窟から既に闇に落ちた砂漠へと出る。
三方向にバラバラになる直前に、僕はふと思いついた。
「あ、それと二人に一つずつ上げたい物があるんだ」
「え?」
「何を?」
「キリト君にはこれ、シノンちゃんにはこっち」
僕はキリトには結局自分で使わなかった光剣を渡した。これで二刀流が見られることだろう。そしてシノンには僕のマントを貸した。
「本当に良いのか? 死銃とやるなら武器は多い方が良いだろ」
「大丈夫、それよりも闇風を舐めないこと。強いよ、彼は」
「レント……、いいえ、何でもないわ。確かにこの場面なら私が持っている方が役に立つわね」
「うん、だからよろしくね」
二人は言葉の代わりに手を挙げることでそれに答えた。
僕は頬を上げ笑う。
―――さあ、ザザ、最後の勝負だ。勝たせてもらうよ。
次がラストバトルです!
光剣は使えましたね。残りは、
・二丁拳銃
・小型ナイフ
・鉄板入り軍靴
……本当に死銃に勝てるんでしょうか。書いてて心配になりました。まあ、最後は殴殺がありますから何とかなりますよね!