SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 今回からキャリバー編に入ります。それでは、どうぞ。


キャリバー編
#40 請願


「私は《湖の女王》ウルズ」

 

 僕の目の前には巨大な女性が浮かんでいた。三メートル以上あるその姿は当然現実のものではない。ここはVR世界、ALOだ。更に詳しく言えば、その地下に広がっているヨツンヘイムである。

 BoB終了後、僕はALOに復帰していた。今日はたまたま邪神狩りに来ていただけである。ちなみに僕は飛行禁止のヨツンヘイム唯一の飛行手段であるトンキーの背中に乗っている。

 

「我らが眷属と絆を結びし妖精よ」

 

 ローブのような服を着て長い金髪を足元まで伸ばした美しい――僕の倍以上のサイズだが――女性は、どうやら僕に話しかけているようだった。

 最初の名乗りから彼女がウルズという名前なのは分かっている。北欧神話でウルズと言えばノルンの三姉妹の長女だろう。彼女はウルズの泉に住むとも言われるから《湖の女王》なのだろうか。

 さて眷属とはなんだろうか。いや、絆を結んだという表現をされるようなmobはトンキーしかいないから、恐らくはそういうことなのだろう。よく見ればウルズの髪も足元の方で触手のようになっている。

 

「そなたに私と二人の妹から一つの請願があります。どうかこの国を《霜の巨人族》の攻撃から救ってほしい」

 

 霜の巨人とは例の邪神のことだろうか。トンキー達――象クラゲ型邪神――が彼女の眷属ということは、それと戦っていたあの人型邪神が《霜の巨人族》なのだろう。

 

「この《ヨツンヘイム》はかつてはそなたたちの《アルブヘイム》と同じように世界樹イグドラシルの恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていました。我々《丘の巨人族》とその眷属たる獣達が穏やかに暮らしていたのです」

 

 そう言いつつウルズは手を振る。すると眼下の景色に幻影が重なった。凍った大地は鮮やかな緑に覆われ、氷結した湖には象クラゲが泳いでいる。例のヨツンヘイムの大穴は巨大な湖になっていた――恐らくウルズの泉だ――。天蓋からは世界樹の根が降りており、確かに恩寵を受けていたことを窺わせる。その緑と水の楽園は現在の《央都アルン》に勝るとも劣らない世界だった。

 

「――ヨツンヘイムの更に下層には氷の国《ニブルヘイム》が存在します。かの地を支配する霜の巨人族の王《スリュム》はあるとき狼に姿を変えてこの国に忍び込み、鍛冶の神ヴェルンドが鍛えた《全ての鉄と木を断つ剣》エクスキャリバーを世界の中心たる《ウルズの泉》に投げ入れました。剣は世界樹の最も大切な根を断ち切り、その瞬間、ヨツンヘイムからイグドラシルの恩寵は失われました」

 

 幻視の世界で湖から巨大な根が天へと昇っていく。

―――これがエクスキャリバー獲得イベントか……。

 ここまで来てようやく僕は今回の報酬に気がついた。天蓋の大氷塊にあるエクスキャリバーを獲得しようと奮闘したのは既に懐かしい記憶である。

 ウルズの話はまだ終わる気配を見せない。

 

「スリュム配下の《霜の巨人族》はニブルヘイムからヨツンヘイムへと大挙して攻め込み、多くの砦や城を築いては我々《丘の巨人族》を捕らえ幽閉しました。王はかつて《ウルズの泉》だった大氷塊に居城《スリュムヘイム》を築いてこの地を支配したのです。私と二人の妹は凍りついたとある泉の底に逃げ延びましたが、最早かつての力はありません。しかし霜の巨人達はそれに飽き足らず、この地に今も生き延びる我らが眷属の獣達をも皆殺しにしようとしています。そうなれば私の力は完全に消滅し、スリュムヘイムは上層のアルブヘイムにまで浮き上がってしまいます」

 

 いきなりの急展開である。しかしあの大氷塊――スリュムヘイムと言ったか――の真上にはアルンがある。あのスリュムヘイムが浮き上がってきたら央都は崩壊の一途を辿ることになる。

 ウルズは悲しそうに目を伏せると、首を振った。

 

「王スリュムの目的はそなたらのアルブヘイムもまた氷雪に閉ざし、世界樹イグドラシルの梢にまで攻め上ることなのです。そこに実るという《黄金の林檎》を手に入れるために」

 

 《黄金の林檎》と来たか。北欧神話で林檎と言えばスィアチだろう。鷲に化けてイズンを手に入れようとした巨人だ。そして彼の家の名前が正に《スリュムヘイム》だったはずだ。

 

「ウルズさん、それはもしやスィアチの策では?」

 

 僕から声がかかるとは思っていなかったのか、ウルズの顔が驚愕に染まる。

 

「――ええ、あの《スィアチ大公》が裏で手を引いています。しかしスリュムはそれとは別にアルブヘイムを支配しようとしているのでしょう」

 

 今度は驚くのは僕の番だった。まさかまともな返答が返ってくるとは思っていなかったのだ――ロールプレイの一環で話しかけたに過ぎない――。ウルズはクエストNPCではなくAIなのかもしれない。

 

「何にせよ、我が眷属達を中々滅ぼせないことに苛立ったスリュムと霜巨人の将軍達は、遂にそなた達妖精の力をも利用し始めました。エクスキャリバーを報酬に与えると誘いかけ、我が眷属を狩り尽くさせようとしているのです。しかしスリュムがかの剣を余人に与えることなどありえません。スリュムヘイムからエクスキャリバーが失われるとき、再びイグドラシルの恩寵はこの地に戻りあの城は溶け落ちてしまうのですから。恐らくは鍛冶の神ヴェルンドがかの剣を鍛えたときに鎚を一回打ち損じたために投げ捨てた、見た目はエクスキャリバーとそっくりな《偽剣カリバーン》を与えるつもりでしょう。十分に強力ですが真の力は持たない剣を」

 

 ここからが今回の話の本題だろう。そもそも僕はある情報を聞いてヨツンヘイムに来たのだ。かつてはただの狩りフィールドであったヨツンヘイムでクエストが発生したという情報だ。それも人型邪神から発注されるクエストで、報酬は《聖剣エクスキャリバー》。クエストの内容は《象クラゲ型邪神を殺し尽くせ》だったらしい。まず間違いなくこの話だ。

 

「しかし彼は我が眷属を滅ぼすのを焦るあまり、一つの過ちを犯しました。巧言によって集めた妖精の戦士達に協力させるために、配下の巨人のほとんどをスリュムヘイムから地上に降ろしたのです。今のあの城の護りはかつてないほど薄くなっています」

 

 僕はもう半年以上前にスリュムヘイムに乗り込んだときのことを思い出す。あのときは城内にびっしりと人型邪神がおり、突破どころか生存すら困難な糞ダンジョンだったのだ。早々に尻尾を巻いて逃げ出すしかなかったが、あの人型邪神達がいなくなっていると言うならば確かに突破も可能かもしれない。

 ウルズはその艶めかしい手を大氷塊へと向ける。そして今回のクエストの内容を告げた。

 

「妖精よ、頼みます。スリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを《要の台座》より引き抜いてください」

 

*******

 

 ウルズから象クラゲ型邪神の残数を表しているというメダリオン――光点が全てなくなるとアウトだそうだ――を貰い、僕はスリュムヘイムへと辿り着く。彼女の言葉通り、うじゃうじゃといた邪神mobの姿は見えない。ダンジョンの入口にある、最後の準備のための安全地帯で僕はログアウトした。

―――流石にダンジョンを一人で攻略は時間が足りないよね……。

 現在の時刻は日曜日の午前八時三十分。仲間を急いで集めなくてはならないのだが、果たして何人起きていることか……。

 電話帳の端から連絡する。キリト、アスナ、リーファ、シリカ、リズベット、シノンのメンバーは当たり前として、仕事があるかもしれないクライン、エギル、クリスハイト――菊岡だ――にも遠慮なくメールを入れる。失敗は即央都アルン滅亡へと繋がるのだ、別に強制でもないし声をかけるぐらい許してくれるだろう。ちなみに他にもレコンや領主達の連絡先も持ってはいるのだが、領地にいる彼らでは間に合わないだろうから連絡はしなかった。

 まず返答があったのは菊岡だ。今日は外せない用事が入っているらしい。高級官僚には休日などないのだろう。次に返答があったのはエギル――仕込みをしていたらしい――。エクスキャリバーを残念がってはいたが、ハニーが出かけているそうで店を空けられないのだとか。それから連絡があったのはシノンとアスナ。短くYESとだけ返してきたシノンと、詳しく待ち合わせの場所を決めてきた――リズの工房だそうだ――アスナで性格の違いが出ている。

 しかしそこからは中々連絡がなかった。九時頃にキリトとリーファから同時に返答が返ってきたが、かなり慌てていたようで誤字に目も当てられなかった。リズベットとシリカはそれからかなりしてからの返答であり、結局クライン――キリトに叩き起こされたらしい――含めて全員が集合したのは十一時頃だったそうだ。

 そうだ、というのは僕がその場にいなかったからである。再び地上に上がるのも面倒であるし、来てもらった方が早いからだ。

 僕は彼らを待っている間――約二時間――、ヨツンヘイムの地上を駆け回っていた。朝になって情報が回ったのか例の虐殺(スローター)クエストを受ける者は爆発的に増えており、このままではすぐに象クラゲが絶滅してしまいそうだったのだ。

 そこで、トンキーに空からの援護を頼みつつ、僕は久し振りに《白い悪魔》として活動していた。本来ならダンジョン攻略前の消耗は避けるべきだが、そうも言ってはいられないだろう。魔法で姿を消して剣の一撃で相手を殺す。何が起こったのか相手には分からなかっただろう。そもそも意識は空を飛ぶ移動砲台であるトンキーに釘づけだったから、仲間が消えたことに気づかない者すらいたかもしれない。

 久し振りにオリジナルの大魔法をお披露目する。まずは土属性と水属性を組み合わせてレイドパーティの周りをぐるっと土壁で囲む。ここからの料理法は三種類ある。一つ目は大きな岩塊を作成してそれを中に落とす方法。二つ目は周りの土壁を動かして押し潰す方法。どちらにせよ圧殺である。三つ目は放置という最も酷いもの。飛行禁止のヨツンヘイムでは自殺して死に戻りするくらいしか復帰方法がないのだ。ただ人型邪神が助けに来るかもしれないので今回は皆殺しだが。

 空が飛べるようになった象クラゲ型邪神は人型邪神に圧勝できるようだ。トンキーは空から電撃を放って邪神を仕留めてしまう。恐らく元々は同じ程度の強さなのだろう、フィールドの関係で勝敗が決まるのだ。

―――これは酷い。

 ついやり過ぎてしまったようだ。PKをし過ぎたわけではない――レイドを何個も潰したがそれは昔からだ――。象クラゲを()()()()()。覚えているだろうか、トンキーが《羽化》したときのことを。どうやら羽化はプレイヤーが象クラゲを助けた際に起こるらしい。つまりどういうことかと言うと、現在ヨツンヘイムの一角では十体以上の象クラゲが空を舞っていた。

―――あ、そろそろ十一時だ。

 僕は現実を放棄した。

 

******

 

 遠くからでもトンキーの姿は目立つ。僕は例の安全地帯からヨツンヘイムの空を眺めていた。

 トンキーにはアルンから降りてきた七人の迎えに行ってもらっていたのだ。

 スリュムヘイムへと着地した七人と軽く挨拶を交わしてから、僕はトンキーへと向き直る。

 

「さて、トンキー。僕らがスリュムヘイムを攻略するまで君には生き残っていてほしいんだ」

 

キュオオオオオオオン

 

 僕の声にトンキーは勇ましく声を上げる。しかし気持ちだけではどうにもならないことだってある。大量に空を飛ぶ邪神がいるなら、それを落とす手段を見つけるのがプレイヤーだ。トンキーも落とされてしまう可能性が高いが、それでは困る。愛着がある、それもあるがそれ以上に移動手段の確保的な面でだ。

 ウルズの話ではエクスキャリバーを抜くとスリュムヘイムが崩壊するらしい。そしてプレイヤーも崩壊に容赦なく巻き込まれるだろう。そのときにトンキーなら助けに来てくれるだろうという確信があった。

 さて、どうやってトンキーを守るかだが、そこは僕の腕の見せ所だ。

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 僕が呪文を唱え出したのを七人は不思議そうに見ていたが、段々とそのワード数の多さに目を見開いていく。流石に詠唱の邪魔になると思ったのか声を出しはしなかったが、詠唱が終わったタイミングで突っ込まれた。

 

「何単語よ! 今の!?」

「よく息続きますねぇ……」

「お前ダンジョンの前にMP減らすなよ……」

「そうですよ、師匠! 唯一の攻撃魔法の使い手なんですから!」

 

 僕はそれを無視して、更に詠唱を続ける。

 

「――――――――――――――――」

 

 最早手慣れたものである。二つの魔法を受けたトンキーの姿はゆらりと揺らいで見えなくなった。そこでようやく皆も僕の狙いに気づいたようで、感心したように声を上げる。

 僕がトンキーにかけたのは二つのオリジナルスペルだ。二つ目にかけたものは毎度お馴染み透明化――ただし認識阻害効果よりも有効時間を優先している――である。一つ目にかけたあの長い詠唱はバフだ。簡単なHP増量からオートヒーリング、各ステータスの向上に、感覚機能UPまでついたバフセットである。こちらも有効時間はかなり長く取っている。これでトンキーがそう簡単には落ちなくなって一安心といったところだ。

 僕に続いて今度はアスナがバフ魔法をメンバーにかけようとするが、僕はそれを手で制した。今回の『スリュムヘイム攻略作戦』の参加者は、僕、キリトとアスナ、リーファとシノンにシリカ、リズベットとクラインで八人だ。ALOでの一パーティは七人が上限のため二パーティ扱いとなる。そしてバフというのは基本的にパーティ、レイド単位で対象プレイヤーを選択するのである――更にその中から近くにいる者など厳選されたりもするが――。要するに今の状態だと二パーティに魔法をかけることとなり、MPを無駄使いしてしまう。

 

「――――――――――――」

 

 僕は再びオリジナルスペルを披露する。今度のスペルには、恐らくユニークと思われるスペルワードが織り込まれている。効果は()()()()()()()()()()()。こうして八人が一パーティというありえない図が実現した。

 

「俺は突っ込まない。俺は突っ込まない。俺は突っ込まない。俺は突っ込まない。俺は突っ込まない」

「…………」

「――運営はまずこいつをどうにかするべきじゃない?」

「あははは……」

 

 アスナは頭を抑えながら詠唱を始めたが、かなり役に立つ――立っている――のだから大目に見てもらいたい。

 ちなみに今の三つのスペルで僕のMPは完全に尽きた。

―――やり過ぎたかなぁ……。

 キリトが一つ咳払いをしてから皆に声をかけた。

 

「コホン、気を取り直して。――さ、エクスキャリバー取りに行くぞ!」

「「「オオー!」」」

「んで、明日のMトモの一面を飾っちまおうぜ!!」

「「「…………」」」

「みんな酷くね……?」

 

 クラインを皆でスルーして僕らは最初の門を開いた。氷でできた重そうな門が動いていく。そこに敵影はなく、僕らは走り出した。聖剣を目指して。




 あと二話で終わるか……?
 主人公のお陰で象クラゲが全滅する気がしませんね!(笑)

NEW‼ 北欧神話に造詣の深い主人公!

 そりゃあそういうゲームやってますもんね、当たり前です。

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