SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 かなり遅れてしまいました、すみません。どうぞ。


マザーズ・ロザリオ編
#43 結城


 驚愕の事実から回復した僕は更に続きを促す。

 

「ああ、そのお嬢さんなんだが、SAOの二次帰還者らしくてな。婚約者もいたんだが風の噂程度に聞く限り何か問題があって破談にしたようだ」

 

 二次帰還者というのはALO事件の被害者のことだ。

―――破談の原因は僕なんだけどね……。

 僕は意を決して口を開く。

 

「義父さん、義母さん。実は――」

 

 今までSAOの話では個人名を暈し続けていた。ALOとGGOの話はしたことがない。普段からよく遊ぶ友人がいるくらいしか二人は知らない。つまりは僕と明日奈の関係を知らない。観念してその説明をすることにしたのだ。

 SAOで出会ったこと。そこで親交を深めたこと。明日奈を助けるために手を貸したこと。その婚約者を捕らえたのが僕だということ。

 そして明日奈には和人という()()()()()こと。

 

「――知らなかったわよ、貴方がALO事件に関わってたなんて」

「言わなかったからね」

「お前が彰三と顔見知りだなんて知らなかったぞ」

「言わなかったからね」

「……それで、どうするのよ?」

「うーん、明日奈ちゃんには和人君がいるからね。最後に会ったときも離れたくない雰囲気だったし、ここで婚約しても可哀想なだけなんだよね」

「それじゃあ、今回の見合い潰すか? どうやって?」

「むむむ…………」

 

 はっきり言ってそう簡単に潰せるものではないだろう。明日奈の家族は明日奈のことを思って――それが明日奈が喜ぶかは別として――婚約者を作ろうと思っているのだから。特に僕らは結城家では――元結城だとしても――外の人間だ。人の家族関係に口を出すことはより難しい。

 すると文子が何かを思いついたように手を叩いた。

 

「そうよ! 翔、貴方が婚約者になれば良いのよ!」

「はぁ!?」

 

******

 

 文子の作戦はこうだ。

・もともと義兄さんが婚約者候補として呼ばれた。

・僕は義兄さんの代わりである。

・そこを使って結城家――これは本家ではなく明日奈の両親である――に取り入る。

・僕は婚約者になるかならないかを維持する。

・その間に明日奈の両親を説得して、和人を認めさせる。

・僕に婚約者になる気はないので、後腐れなく結城家をおさらばする。

 

「そんな上手く行くかなぁ……」

「行くに決まってるじゃない! 翔は十分魅力的なんだから!」

「そうだな……。これからの将来性をアピールできれば勝てるかもしれない」

「僕の将来性?」

「ああ。ああいう人間は名前で判断するから、SAOに巻き込まれたけど高校卒業後は海外の――オックスフォード辺りで良いか――大学に進学予定だとでも言っておけば良い」

「でも学歴だけじゃないでしょ。既に働いている、例えば義兄さんみたいな方が将来は確定してるから婚約者としてはいいんじゃない?」

「チッチッチ。甘いな、翔。そこを上手く懐柔するのがお前の役割だ!」

 

―――僕任せかよ!

 二人共既にすっかりその気だ。明日奈のために力を貸してくれるのはありがたいが。

―――明日奈ちゃんに会ったら、婚約の妨害をした方が良いか聞いておこう。

 本当に明日奈が婚約を望んでいないのか――まず間違いなく望んでいないだろうが――を確認したら計画を開始するとしよう。

 この案は存外良案だ。乗せられた形になったのが癪だが。全力を尽くすとしよう。

 

******

 

~side:明日奈~

 私は結城の本家に行くことが憂鬱でならなかった。

 幼い頃は、京都のあの大きなお屋敷に向かうのは旅行のようなもので楽しかった。特にあの頃は大人達の会話や思惑などまるで分からないほど純粋だったから。

 それが少し成長すると、周りの大人たちが本当に汚く見えた。そんな人達の集まりにいるのは息苦しくて仕様がなかった。両親も――主に母親だが――行きたくない様子で、京都に向かう度に二人の顔が曇るのを見ることも当時の私にとっては嫌だった。

 今年は特に嫌だ。あの家ではSAO事件に巻き込まれた私はまるで人生の落伍者のように扱われるだろう。憐みの目か、それとも蔑みか。何にせよ以前よりも息苦しいには違いない。両親の表情も朝から全く芳しくない。

 それに最近何を考えているのか分からなくなってしまった母親の京子が、どうやら私の婚約者を見繕おうとしているのだ。母の書斎の前を通ったときにたまたま「はい。明日奈の将来に――」という声が聞こえてしまったのだ。ALO事件で須郷が捕まってから、母は度々私に見合いをさせようとしていた。あの電話も婚約者の話に違いない。

 

「はぁ」

 

 自然と溜め息が漏れる。キッと母に睨まれ、半開きになった口を慌てて閉じる。父が心配そうな顔でこちらを見やるが、須郷を婚約者にした父は現在少し肩身が狭く母には逆らえない。

 私は次の溜め息を噛み殺した。

 

******

 

 京都の結城邸に着く。街の中心からは少し外れているが、その分敷地が非常に広く、大きな母屋を中心に離れ――一般的な家ほどある――が数個建ち並ぶ。日本庭園の非常に広い庭――一部は枯山水になっていたりする――には所々池があり、茶室が独立して建っている。有り体に言えば純和風の豪邸である。

 そこをいつも通り――三年振りだが――進んでいく。母屋の部屋で重たい振袖に着替え、私の苦行が始まる。

 父は三男で、この家の主はその兄の次男だ。しかし彼の子供には男しかおらず私の代の女は私だけなのだ。年末年始、銀行経営者一族のこの家には来客が絶えない。まだ朝の早い時間だからいないが、来客が集まり出したら私は接待に回らなければならない。

 明日奈ちゃんは可愛いから。そんなこと言われても何の喜びにもならない。話しかけないでくれ、笑顔が崩れるだろ。そう心の中で毒づき――普段はしないのだがこの時期には心が擦れるのだ――、お酌をする。

 会社の社長、会長、代表取締役。中央省庁の高級官僚、関西圏の議員まで。

 そこにしれっと紛れ込んでいる親戚は親族用の宴会場――分けないと阿呆みたいに広い和室ですら一杯になってしまうのだ――へと案内する。対応を間違えればアウト、この屋敷では隙を見せたら何をされるか分からない。

 部屋に新しく案内された――門から母屋までは紳士的な警備員が、玄関から部屋までは仲居のようなお手伝いがそれぞれ案内する――一家に正座で挨拶をする。顔を上げると写真でしか見たことのなかった伯父の顔があった。

 

「本日は御越しいただき、ありがとうございます。お初に御目にかかります、一仁伯父様。彰三の娘の結城明日奈です」

「ああ、そんなに固くならなくて良いよ。私はこの家を飛び出した家出者だからね」

 

 親族にしては珍しく優しそうな声色だ。まだ黒い面を見ていないからそう感じるだけかもしれないが。

 すると、ひょっこりとよく見る顔が大蓮伯父の背後から現れた。

 

 レント――翔である。

 

「へ?」

 

 余りにも想定外な人物の登場に間抜けな声が溢れる。

―――どうしてここに!?

―――それはまた後で。

 私達は一瞬の視線の交差で会話を済ます。

 そう言えば今思い出したが翔の名字は大蓮であった。いや、まさか親戚だとは。しかも従兄弟だ――養子であると聞いたから義理だが――。

 タイミングよく伯母――親戚が多すぎるからほとんどの人を伯父、伯母と呼んでいる――が、接客を交替するから親族席で休んできなさいと声をかけに来た。接待の相手が親戚になるだけで全く休めない――むしろより気を遣う――が、翔と話をしたかったので大蓮一家と共に大部屋を出る。

 

「さて、明日奈ちゃん。そう時間があるわけじゃないから手短に言うよ」

「うん」

 

 大蓮伯父夫妻が後ろで話している声をBGMに翔が説明を始めた。

 

「まず知っているか分からないけど、この年末年始で明日奈ちゃんはお見合いをさせられる」

「……予想はしてたわ」

「そこでだけど、明日奈ちゃんはお見合いをしたいかい? 新しく婚約者を作りたい?」

「そんなわけないでしょ! 私には和人君がいるのよ!」

 

 つい語調が強くなってしまったが致し方ないだろう。現在憂鬱に思っていることをピンポイントで突かれたのだ。

 私の返答を受け、翔は大蓮夫妻に視線を送った後に頷いて言った。

 

「なら、僕が婚約者に選ばれるように全力を尽くすから」

「……? ……どういうこと?」

「そもそも僕は義兄さんの代理で来ているんだ。で、義兄さんは明日奈ちゃんの婚約者候補として呼ばれていたんだ」

「だから翔さんが代わりに婚約者候補になる……ってこと?」

「うん。そうして僕が時間を稼いでいる間に明日奈ちゃんが家族を説得して和人君を正式に認めてもらう、OK?」

「……認めてくれるかな」

「それはわからないけど、取りあえずはそういうわけで。――あっ、そうだ。僕とは初対面の振りをしておいてね」

 

 笑い声が聞こえてきたからだろうか、翔は最後にそう早口で捲し立てた。そしてそれきり大蓮夫妻の方へと行ってしまう。

 光の漏れる襖を開けて、私は二つ目の大部屋に三つ指を突いてから入った。

―――さて、頑張りますか。

 

******

 

 想像以上だ。

 何がと言うと翔だ。

 この、出席者が腹黒過ぎて思いの外空気まで黒く見える空間に完璧に馴染んでいる。

―――あのお爺様と笑顔で歓談している……だと!?

 実の孫である私ですらあの視線の前では身動きが取れないというのに、豊かな髭を持った和服の老人と翔は楽しそうに話していた。祖父との歓談のチャンスを逃すまいと他の親戚もその話の輪に参加している。

―――あっ、お父さん。

 その輪に父親が入っていくのが見えた。同時に翔の眼がキラッと光ったように感じる。祖父との会話の中心からちょっとずつ身を引き、父の方へと滑るように近づいていくと話し始めた。

 

 笑顔である。

 

 自分の実家であるのにこの本家で父親の顔は常に晴れなかった。その顔が今は満面の笑みを湛えている。

 何を話しているのか気になったので自然を装って、スススと擦り寄る。

 

「――ふむふむ。では翔君、君は今の総理はどう思う?」

「現在の政権ですが、長く見積もっても――」

 

―――な、なんと。

 何か面白いことでも話しているのかと思ったら政治の話である。所々経済用語まで入っていて、まるで専門家の解析のようだった。父もその話に感心しており、周りの親戚も密かに舌を巻いた様子だ。

 

「たしか今は高校生だったかい? どこの高校なんだね?」

 

 あれは嫌味たらしい大叔父だ。相変わらずのねっとりとした声で話す。

 

「不幸にもあのSAO事件に巻き込まれてしまったので、現在は帰還者学校に通っています」

「ほぅ、SAO事件、ねぇ」

 

 私の方をチラリと横目で見てくる。やはりその視線には憐みが満ちていた。

 この結城の本家に集まるような親戚達はエリート志向が相当に強い――そうでない親戚は落伍者扱いで家に上がることが許されない――。その環境では二年以上もSAO事件で時を奪われることは死んだにも等しい。さて、こんな状況で翔は私の婚約者になれるのだろうか。

 

「ええ、あそこを卒業したら海外のオックスフォード辺りにでも行こうと思っています」

「オッ――」

 

 オックスフォード大学と言えば、言わずと知れた超名門校だ。はっきり言って日本人が高卒で入ることは不可能に近い。日本の一流大学を卒業した人間が入ろうとするものである。

 それを聞いて、多国籍企業の大手商社に勤める三十代くらいの男性が馬鹿にしたような口調で翔に話しかけた。

 

本当にそんなことができると思っているのかい?

ええ、もちろん。できるから口に出しているんです

 

 いきなりの英語である。彼はそもそもの活動範囲がイギリスだとかで、その英語は流暢を通り越して並の日本人には聞き取れないものだった。私も英語には自信があったが、彼の言葉は早口も相まって半分ほどしか聞き取れなかった。お手本のようなクイーンズイングリッシュを用いた翔の返答でようやく推察ができたほどである。

 ここまで完璧に返答されるとは思わなかったのか、男性は驚愕に目を瞠る。

 

「へぇ、英語はできるみたいだね」

「ははは、(うち)の子の心配をしてくれるのはありがたいが、何も問題はないのでね。取り越し苦労だよ」

 

 大蓮伯父がヌッと顔を出してくる。保護者がいる前では流石にこれ以上難癖をつけるのは遠慮されたのか、周りの人の注意が散った。

―――取りあえず掴みは大丈夫そうね。

 この家で翔が舐められることはひとまず避けられたようだ。私は一人そっと胸を撫で下ろした。

 

******

 

 その日の夜、自分に割り当てられた寝室で私は隣室の両親の声を聴いていた。

 

「一仁兄さんのところのは良い子だったと思わないか」

「確かに素直そうな子でしたけどね。あの学校の生徒なんでしょう?」

「そんなことを言ったら明日奈だってそう――」

「だからこそ――」

 

 段々と意識が遠退いていくのを感じた。意識の隅で捉えた会話からすれば、初日の翔の掴みは上々のようだった。

 

******

 

~side:翔~

 正に、地獄のような日々だった。

 初日は多少の会話と英語に関しての挑発だけだったので何も問題はなかったが――僕の会話術は《狸》と《鼠》に監修されている――、二日目からはこちらの知識、教養、思慮深さを確かめるようなことばかりされた。それはこちらの隙を窺っているようで、少しでも弱みを見せたら一瞬で僕の立場がなくなることが簡単に予想できた――他人の足を引っ張ることにこれだけ熱中して、彼らは暇なのだろうか――。

―――こんなところによく明日奈ちゃんは毎年来てたな……。

 何より苦しかったのは、こちらを試してくる男性陣ではなくこちらをそもそも下に見ている女性陣であった。相手の気持ちを正確に読み取って完璧なお世辞を口にする。一挙手一投足に注意を払い、完璧な所作を心がける。笑顔を絶やさず気配りも忘れない。そこまでしてようやくスタートラインなのだ。

 それだけ必死に取り入ったのだ、多少の成果はあった。結城の中でも頭脳は認められた――必死に詰め込んだのだ――上に、ある程度の敬意を払われている――同格だと認知されたようだ――。子の世代でここまでされているのはパッと確認しただけでは僕だけかもしれない。女性陣からも好印象で、一昨日は茶会――和服を着て行う本格的なもの――にも誘われた。

 それで本題の明日奈の両親だが、彰三には初日のやり取りで気に入られたようだった。京子の方もかなり厳しい目線で僕を見定めていたようだが、次第にその態度は軟化していき――女性陣からの評判のお陰だろう――、昨日には明日奈とお見合いのようなものまでさせられた。

 純和風の部屋に親戚が揃って二人きりにしようとするのだ。誰の監視からも逃れているそこでは二人で笑いあったものである。ちなみに僕らが知り合いであることは最後まで隠し通すことができた。

 明日奈がお見合いをさせられた相手はどうやらもう一人いたようだが、京子の態度を見る限り脈は僕の方にあるようだ。

 

「Good job! 翔、よくやったわね!」

「ああ、お前ならできると思っていたよ」

 

 そしてここは帰りの新幹線である。そこで養父母と計画の成功を祝っていた。

 

「本家を出るタイミングで連絡先を聞かれちゃったから、貴方のアパートのを教えちゃったわよ」

 

 誰にというのは言わずもがな京子だろう。

 

「もう一人の候補は既に地方銀行でのポストまで決まってたらしいが、よく勝てたもんだよ」

「もちろんよ! だってどう考えたって翔の方が良い男だし、性格も良いじゃない!」

 

 自分の計画が上手くいって文子は興奮気味である。少々騒がしいが、僕の心の中は別の問題で一杯だった。

 一つはこれからも京子に会わなければいけないのか――連絡先を聞いたのはそういうことだろう――ということ。そして何より、

―――和人君になんて説明しよう……。

 明日奈にぞっこんのあの和人に、お見合いをしたなんて言いたくもない。

 僕の未来は一週間前と変わらず暗いままであった。




 一ヶ月に一話は確実に投稿しようと思うので見捨てないでください。お願いします。

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