~side:アスナ~
遂に五十層ボス攻略がやって来た。SAOにはクォーターポイントというものが二十五層ずつにある――と思われる――。前回のクォーターポイントの二十五層のボス戦で起きた痛ましい悲劇を攻略組は忘れていない。同じ轍を踏まないためにも、今回の五十層ではボスの情報はできる限り掻き集めた。
ボスの名前は《ザ・センジュカンノン》。千の腕を持つと言われる仏像型ボスだ。ボス部屋は正方形で、ボスはその真ん中に半ば埋まって存在している。その場から動かない代わり、ボス部屋の角のほんの少しのスペース以外は全てボスの攻撃の射程範囲に収まっている。
ボスにも流石に千本の腕が生えているわけではなく、同時に使用する腕は八本だ。切り落とす度に新たに生えてくるのだ。その手に掴まれるとそのまま握りつぶされてしまうという情報をNPCから手に入れている。
それらを考慮に入れた今回の作戦はこうだ。回避力と集中力に優れたプレイヤー七人と、絶対的な防御力を持つ《
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~side:レント~
ボス攻略戦当日、攻略組の中から選ばれた四十八人が第五十層のボス部屋の前に集まっていた。僕もその一人だ。SAO攻略の折り返しということで、《閃光》を筆頭に士気は高い。掴まれたら終わりの回避ゲーをやる囮隊は、それでも硬い顔を隠せなかった――僕とキリトも囮隊だ――。
「今日! このボスを突破すれば、アインクラッドも残り半分です! 絶対にリアルに帰りましょう!!」
「「「オォォ!!!」」」
ボス部屋の中には情報通り腰から上の仏像が一体いた。ボス部屋は正方形と聞いたが、正確には立方体のようだ。壁、床、天井は全て曼荼羅模様で、上下の感覚がなくなりそうな無間空間が広がっていた。
ボスは四組の腕を合掌して待ち構えている。
「かかれぇぇ!!!」
どこぞの国の鬼軍曹さながらのアスナの号令に合わせ、僕は一本の腕のタゲを取る。この八本の腕はそれぞれにタゲがあり、本体とは別物と考えた方が良いらしい。
腕は左右の肩に四本ずつついており、気持ち悪いことにその肩にある関節で三六〇度回転する。腕にも個別HPが設定されていてソードスキル二発程度で吹き飛ぶらしいが、今回は引きつけておくのが仕事であり、削りきると新たな腕が肩から生えてタゲが移る可能性もあるため極力攻撃は控えるように言われている。
囮隊は一名を除き逃げ回りながら腕を引きつけている。
―――あの《神聖剣》ってチート過ぎない?
盾と長剣をセットにした武器を使い熟している。その様は正に、最近よく聞く《聖騎士》だろう。
向こうでキリトが腕を一本落としたのを確認した。パリィだけでもダメージが蓄積したのだろう。なぜだか面白いほど脆い腕だ。
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~side:キリト~
四本のHPバーの内の三本までを失ったとき、仏像に変化が起きた。八本あった腕の、肘から先が二つに割れていき、十六本の腕になる! そしてそのまま本体ごと回転し始めた!
仏像の回転スピードは尋常の域を超えていた。十六本になった腕もランダムに振り回されるため、それに殴り飛ばされるプレイヤーも少なくない。一撃殴られただけで一人のプレイヤーのHPバーは注意域の黄色になった! 殴り飛ばされた先で更に別の腕に殴られたそのプレイヤーは結晶と化した。
安全だった部屋の隅に逃げたプレイヤーが仏像の腕に掴まれる! 肘が少し伸びた影響で、この部屋の中で仏像の死角はもうない! 掴まれたプレイヤーは情報通り握り潰されその命を散らす――。
「い、一度部屋の外まで撤退!!」
ボス部屋の中にプレイヤーが一人もいなくなるとボスのHPは回復していってしまうが、これ以上の犠牲が出るよりはマシだ!
しかし一人のプレイヤーは頑として部屋から出なかった。
「私がここで耐える! その間に何か奴を突破できる策を!」
ヒースクリフが部屋の入口付近で腕を一人で相手し始めたのだ。癪だが、奴の実力は本物だ。回転している円の縁で受け流し続けるだけならかなりの時間を稼げるはずだ。その間に突破口を見つけなければいけないのだが。
「何か、考えがある人はいますか?」
「「「…………」」」
正直、あんな化け物をどうやって倒せば良いかなんてまるで思いつかない。十六本もの腕が高速回転しながら自由自在に攻撃を仕かけてくるのだ。その中では生き残ることさえ難しいのは、先の一瞬でよく分かった。
「一つだけ、考えがあります」
手を挙げたのはレントだ。無事生き残っ三十六人は一言一句聞き漏らさないように耳を澄ませる。
「茅場晶彦がまさか五十層で攻略不能なボスは出さないでしょう。ならばこれはボスの何パターンかある攻撃の一つと考えるべきです。攻撃を仕かけるチャンスは奴が止まった瞬間です。まずは腕を落とします。あの腕は八本のときに二発のソードスキルで落ちました。量は二倍でも太さは半分です。一発のソードスキルで落ちるはず。そうして『腕切れ』を狙います」
腕切れ? 何を言っているのだ? いや、弾切れのようなものだとは何となく分かるが、あるのか? 腕切れ。同じことを思った人がいたようで発言する。
「あの腕が無限に出てくるものだったらどうすんだよ、打つ手なしじゃねぇか」
「NPC達は口を揃えて『千本』の腕をもつ魔物だと言いました。無限に出てくるならば、そうは言わせないはずです、茅場は」
「それは希望的観測に過ぎねぇだろ」
「だとしても、同じタイミングで十六本叩き落したら丸裸の本体が残るだけです。新たに生えてくる前に攻撃を加えれば良いじゃないですか。腕を攻撃しても僅かですが本体にダメージは入りますし……」
レントの案なら確かにいけそうではあるが、一撃で倒せなければどうする気なんだ? 今度はアスナが口を開く。
「確かにレントさんの案が妥当なところですね。これ以上団長に任せるのは危ないですし、作戦を伝えます。大体はレントさんの案の通り、私が声をかけたタイミングで腕を叩き落してください。ただ、落とせなかった場合も考えて一本に二人ずつついてもらいます。落とせなくても動きは止めてください。残りの四人で本体にヒット&アウェイを図りります。今からチーム分けを行います」
それなら何とかなる。きっと、だ。
チーム分けの結果、俺はレントと組むことになった。ヒースクリフに作戦を伝えてボス部屋に突入するタイミングを計っているとき、レントが再び口を開いた。
「今までにまだ腕は十四本しか落としていませんから、残数は九八六。ヒースクリフさんが斬ったのが十本ですから残りは九七六本です。六十一回総攻撃すれば全部落とせますよ」
それを聞いた俺らの感想は二つだろう。
―――そんなにやんのかよ……。
―――数えてたのかよ………。
なんて思っている内に、レントの言った通りボスの回転が止まった!
「突撃!」
再度ボスの間に飛び込み、ボス戦第二ラウンドが始まった。
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~side:アスナ~
ボスの行動パターン変化によって十二人もの犠牲者が出てしまった。私が死に追い遣ったも同然だ。突破口を見つけてくれたのもレントさんだ。罪滅ぼしというわけではないが、私は自分を最も危険なボスへの直接攻撃隊に組み入れた。
彼が落とした腕の数を数えていたのは驚きだけれど、意外にも腕の十六本同時落としは何度も成功していた。現在四十二回目の突撃。ボスのHPバーの残りは四割を切っていた。六十一回分攻撃が通るよりも先にHPを削りきれそうであるが、油断はできない。私の脳裏に第一層で死んでしまったディアベルさんの最期が甦る。
―――まだ、死んでなるものですか!
四十三回目の号令を私は叫んだ。
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~side:レント~
我ながらここまで順調に進むとは思わなかった。次が六十一回目の攻撃、ボスのHPはもう風前の灯火だ。腕を斬り落としただけではHPは消えないだろうが、攻撃隊の攻撃で消し飛ばせる!
「攻撃!!」
アスナの声が響いた瞬間に担当している腕を落とす!
しかし、世界はそう上手くは回らない。
一人が攻撃を失敗して腕が一本残ってしまった。パートナーの援護も間に合わず、その一本が攻撃隊に襲いかかる! 一人の攻撃隊が横から攻撃を受け吹き飛んだ。幸い死んではいないようだが、攻撃が一枚足りない! カバーリングしようにも、僕はソードスキルの硬直で動けない。攻撃をしていないキリトが駆け出すが、横脇から最後の腕が飛んでくる!
パァァァン!!
ヒースクリフが盾でそれを防ぎ、剣で腕を斬り落とす!
「行け! キリト君!」
三人が攻撃を仕かけたが数ドット残ったHPを削りにキリトが攻撃を仕かけ――。
仏像が腰から上体を動かした。キリトの攻撃が外れる。
隙を晒したキリトを仏像は口で咥えた。あれは、情報にあったがそんなケースがあるはずもないと笑われていた攻撃手段。仏像は獲物を口で咥えると
仏像の口にオレンジ色の光が溜まる。衝撃の余り誰も動けない。
その光が最も大きくなる。
瞬間、僕は剣を投げていた。夢中だった。ただの剣では投げて当たってもHPはほとんど削れないとは分かっていたが、何かをしたかった。
剣は唸りを上げて仏像の口に飛んでいき、その中に飛び込む! そして剣に刺激されたブレスが暴発した!
ドォォォォォン!!!
仏像の口元で爆発が起き、その自爆でHPが消し飛んだ仏像がポリゴン片になった。
「「「――キリト君!」」」
しばらく呆然とした後、皆が駆け寄り《黒の剣士》の無事を確認する。爆炎が晴れると、そこに激しく部位欠損したキリトが転がっていた。爆発によってHPが危険域のレッドに入っていたが、生きていた。それにほっと安心して膝の力が抜ける。
「――レント、ありがとな。助かったよ」
「はぁ……。――もう、心臓に悪いよキリト君」
「はは、ごめんごめんって」
互いの無事を祝いあってから、僕はアイテムストレージから一振りの剣を取り出してキリトに渡した。
剣の名は《エリュシデータ》――解明するもの。先程のLAの漆黒の剣だ。ハーフポイントのLAなだけあって何十層先でも使えそうなほど高性能な剣だ。
「これは……?」
「さっきのLAだよ。四十四層のお礼。遅くなってごめんね」
―――この漆黒の剣は《黒の剣士》にこそふさわしい。
「……そんなの貰えない。助けてもらったのは俺の方だし。それにすんごいハイスペックだろ、これ」
「今まで貰ってくれなかった分まで含んでるからね。これは気持ちさ」
誰もが羨む武器を押しつけ合っている様子は周りの羨望を買う。何よりここはボス戦が終わった直後のボス部屋、力が欲しくてうずうずしている人間がうじゃうじゃいるところだ。
「要らないってんなら俺に寄越せよ」「なっ、それを言うなら私にくれたっていいじゃないですか!」「お、これ手挙げたらくれる感じ?」「レアアイテム!」「いくらで売ってくれるか?」
アスナが呆れた様子で止めに入ってくれなければ、黒い剣のオークション会場に様変わりしていただろう。
「もう、キリト君もくれるっていうなら貰っちゃえばいいのに」
「で、でもあんなものそう簡単に貰うわけにはいかないだろっ」
―――チャンスっ!
アスナにまで言われてキリトがたじろんだ隙に、そのアイテムストレージに黒い剣を投げ込んだ。装備状態でないオブジェクトだった剣はその動きで譲渡と認識され、キリトのストレージに吸い込まれた。
「あっ、ちょっお前本当に良いのか? 貰っちゃって」
「良いからあげるんじゃないか。何を言っているんだい?」
肩を竦めれば、キリトは仕方ないと言うように息を吐いた。
そうして僕達はアインクラッドの後半へと足を踏み入れた。
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~side:キリト~
レントが五十一層に入った途端にフィールドの方に行こうとして目を剥いた。他の皆が主街区に行き寝床を見つけようとしているところで、一人だけ攻略に行こうというのである。もう日が落ち始めるというのに無茶にもほどがある。
それに今日は無事半分の地点に辿り着いたということで、各集団のトップが集まって宴会を開こうとしている。俺とレントもソロプレイヤーながらその宴会に呼ばれているというのに、あいつはそれを蹴る気なのか。
「おい、レント! ちょっと待て」
「ん? どうしたのキリト君?」
「どうしたもこうしたもあるか。今日は宴会に呼ばれてるだろ!」
「ああ、あれか。出席しないって言っといてよ」
「どうしてだ? 今日ぐらい攻略は休んでいいと思うぞ?」
「でも……攻略は速い方が良いだろう?」
「お前は休め! 働き過ぎだ!」
俺はレントを引き摺って連絡のあったNPCレストランへ急いだ。
今回の会場のNPCレストランには、既に俺とレント以外の参加者が集まっており――ボス戦からそのまま移動したのだから当たり前だ――、宴会は始まっていた。
アルコールは再現されていないので宴会という名前でも食事会のようなものだ。ただ、雰囲気で十分酔えるほどには盛り上がる。
層を攻略した後に不定期で開かれているこの宴会にはかなりの数のプレイヤーが参加する。気づけば四軒もの店を使っていたときさえあった。攻略組であれば誰もが参加したことがあるものだろう。
最近攻略組に参加した《風林火山》のクラインが見えた。あいつとは少々縁があるので、また生きて会えたことは素直に嬉しいと思う。他にもエギルなんかの知り合いに声をかけながら、レントを中心に連れていく。すぐさまアスナが気づいて手を叩き視線を集めた。
「は~い、今日の主役のご登場で~す!」
こいつ酔ってるだろ。頬には微かに赤みが差し、眼がトロンとしている。声もいつになく明るく軽い。こんなキャラじゃないだろお前!
「……え? 主役? アスナちゃん、ちょっとどういうことですか?」
「そのままの意味よ! あ、な、た、は、今回作戦を立案し~、LAを決めた~主役!」
「は、はぁ……」
キリッという効果音がつきそうな勢いでアスナが言う。レントも押され気味だ。援護しようかと思ったが、クラインに呼ばれたので見捨てることにした。すまんレント。俺にはまだ遠かったよ。
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宴会も終わり、夜も更ける。参加者がふらふらとした足取りで帰っていく中、俺はレントが主街区を出ようとしているのを見つけた。すぐに駆けつけ、今度は言い分も何も聞かず、首根っこを掴んで宿屋に引き摺り込んだ。何やら騒いでいるが聞こえないフリをし、チェックインをして部屋に放り込んだ。
「キリト君! 何するんだよ!」
「何もこうもない! 一日ぐらい大人しく休んでろ!」
柄にもなく大声を出してしまい、それに驚いたかのようにレントは眉を上げた。
「――はぁ、そこまで言われたら仕方ないし、明日も攻略には明るくなってから行くからさ、眉間に皺寄せないでくれる?」
言われて顔に手を当てると、眉間に深い皺が出来ていた。感情表現が大袈裟なSAOといえどもここまでのものは初めてかもしれない。
レントが宣言通り素直に毛布にくるまって眠り始めてから気づいた。
この部屋は酒場の二階にある貸し部屋で、部屋数は二つしかない。そしてもう片方は既に借りられていた。これから部屋を探すのは面倒極まりない。特に今日は攻略と宴会の疲れからホームに戻らずこの層で宿を取った者も多いだろうし、そもそも部屋が見つかるかも分からない。
仕方ない、レントが抜け出さないように見張る意味も兼ね、この部屋で寝るとしよう。
俺はレントが寝ているベッドに寄りかかって意識を手放した。
そして翌朝、目を覚ますとベッドの上にいた。寝ぼけ眼で周囲を確認して、ベッドに寄りかかりながらこちらを見つめるレントと目があった。
「あ、起きたね、キリト君。寝顔可愛かったよ」
寝起きの視界にレントの笑顔が眩しく、羞恥心が顔を赤くした。
慌てて毛布を引き上げ顔を隠す俺の様子を面白そうに眺めていたレントは、笑い声を上げながら手を振り部屋を出ていった。あいつは出かける準備を既に済ませていたということは、俺のこの様子を観察するためだけに待っていたというのか。
「――赦さない!」
いつか絶対にあいつの寝顔をスクリーンショットに収めてやろうと俺は心に決めたのだった。
なぜだろう。書いていたらこうなってしまった。悪気はないんです。つい、ついやっちゃっただけなんですぅ。
キリト君を怒らせるのが上手な主人公はキリト君との添い寝スチルを獲得しました。