SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 十一月の前半に投稿することができました。祝日様々です。どうぞ。


#45 記録

 明くる日、僕はとある病院に来ていた。昨日は結局電話が長引いてしまいもう一度ダイブする時間がなかったのだ。それを恨みつつ、面会時間が始まるのとほとんど同時に病院の自動ドアを潜った。

 

「あ、大蓮君、おはよう。そろそろ来るんじゃないかって丁度今話してたのよ」

 

 受付カウンターに近づくと、こちらに気づいた看護婦が顔を上げ僕に声をかける。もう何度も通ったのでここの職員とはすっかり顔馴染みだ。

 

「今日もあの子の面会よね。はい、パスよ」

 

 何度目かの訪問からか、案内なしでカードキーを渡されるようになってしまった。信頼が厚いのはありがたい――毎度毎度案内役を頼むのも気が引けていた――から良かったのだが、セキュリティは大丈夫なのだろうか。

 通い慣れた道を真っすぐ進み、一つの扉の前で止まる。カードキーで開錠して中に入ると、そこでは一人の眼鏡をかけた白衣の男性がベンチ――病院の待合室に置いてある物と同種だ――に座りながらコーヒーカップを傾けていた。

 

「やあ、翔君。おはよう」

「おはようございます、倉橋さん」

 

 そう声をかけ、僕は彼の横に腰かけた。

 目の前のガラスの向こう側、無菌室にはベッドと一体化した大きな機械に接続している少女がいた。

 

木綿季(ゆうき)、おはよう」

『お、おはよう』

 

 ここは横浜港北総合病院、ユウキが終末期医療(ターミナル・ケア)を受けている病院である。

 

******

 

 木綿季の主治医である倉橋医師は、僕が来てすぐに席を立った。毎朝の軽い体調チェックだったそうだ。

 

「倉橋さん、隣借りますね?」

「もちろん、それじゃ僕は向かいの部屋にいるから何かあったら呼んでくれ」

 

 僕は隣室に入るとそこにあった軽くリクライニングする椅子に腰かけ、備えつけのアミュスフィアを被った。

 

「リンク・スタート」

 

 接続した先は普段とは違う空間だった。

 六畳ほどだがよく整った白い壁の部屋。床は落ち着いた雰囲気のフローリング。中央には低い丸テーブルがあり、そこにはピンクのカーペットが敷いてある。左手の壁際には勉強机のような机と椅子のセット。僕の正面には少女趣味のベッド、背後には埋め込み型の本棚、右側はクローゼットになっている。

 

「あ、わ、わ、わ、わああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 声の主は想像がつくだろう。ユウキだ。

 

「何、いきなり耳元で? それと、ここはどこ?」

 

 振り返るとすぐそこにパジャマ姿のユウキがいた。ALOとは違って入院する前の身体のデータから作られているアバターは黒髪だ。しかしその顔立ちはALOと大きくは変わらない――健康に育てばALOのアバターのようになったのだろうか――。その顔が今は真っ赤になっていた。

 

「こっ、ここはボクの部屋! 準備するから一旦待ってて!!」

 

 背中を押されて部屋から追い出されてしまった。同時に白い天井が目に入る。ダイブしていた部屋だ。どうやらあの部屋から出るとログアウトしたことになるらしい。

―――それにしても自分の部屋、か……。

 木綿季は現在、無菌室で生活している。と言っても、ベッドと接続していたあの機械――メディキュボイドと言う――が大きなフルダイブ機になっているので、普段はVR空間で生活している。そんな身にとって、あのような自分の部屋を持つことは一つの夢だと以前彼女は言っていた。

 しばらくすると木綿季の声――スピーカー越しだが――が聞こえた。

 

「れ、レント! もう良いよ!」

 

 僕は再びダイブする。先程はここのアミュスフィア――倉橋医師と木綿季のコミュニケーション用だ――からそのままネットワークにダイブしたため僕の姿は事前登録されている倉橋医師の姿だった。今度は時間があったので、IDを使ってALOからアバターデータを引き出し僕の姿とする。

 ダイブした先では、今度はしっかり着替えたユウキがカーペットに正座していた。僕も丸テーブルの反対側に座る。

 

「おはよう、ユウキ」

「うん、おはよう。さっきはごめんね、急でびっくりしちゃった」

「この部屋は?」

「この間医師(せんせい)にちょっとお願いしたら叶っちゃってさ」

「へぇ」

 

 正直に言ってこの部屋の完成度は高い。家具のセンスとかそういうことではなく、システム的な話としてだ。恐らくだが、全てにおいてホロ画面が出てくるALOのプレイヤーハウスとは異なり、クローゼットも引き出しも、全てが現実のように動くのだろう。準備に時間がかかったのも一つ一つ手作業でやらなければならなかったからだと想像がつく。

―――倉橋さん、頑張ったなあ。

 これだけ容量を食う物を作成するのに当たって、方々に頭を下げたであろうことは容易に想像できた。患者のQoL(クオリティオブライフ)に関するとかで無理矢理許可を取ったのだろう。

 

「さて、ユウキ。まずは話を聞こうか。僕に言わなかった理由と、…………ユウキのこれからについて」

 

 すぅと息を吸って意を決したようにユウキは話し出した。

 

「――まず、レントに言わなかった理由は、ボクのことを知って欲しくなかったから。ボクは長くても、あと三ヶ月くらいらしい」

「……!」

 

 思わず上がってしまった膝がテーブルに当たり、ガタッと一瞬持ち上がる。感情が加熱されていく中、冷めていく思考はこの世界の完成度に再び驚いていた。

 

「それはっ、本当……なんだよね」

「うん。スリーピング・ナイツにもう一人、後三ヶ月の人がいるけど、流石にそれは内緒だよ?」

 

 悪戯っ娘のように笑うユウキ。その笑みは少し翳っていた。

 ユウキはある病気にかかっている。それはAIDS。そして余命が出てしまったということは、あの無菌室で何かの病気にかかってしまったのだろう。だからこそこの部屋も許されたのかもしれないが。

 

「うん、分かった。そろそろアスナちゃん達との約束の時間でしょ? だから、これが最後の質問」

「…………」

「どうして、僕に知られたくなかったんだい? それと、僕と戦いたくない理由は?」

「……最後って言いながら二つ聞いてるじゃん」

 

 これは悪いことをした。だが僕は視線での追及を止めない。

 

「それはね、レントにボクの弱いところを見せたくなかったんだ。レントはボクの余命を知ったら、必死に思い出を作ってくれるでしょ? そんなことされたらさ、折角覚悟を決めたのに、生きたくなっちゃう、じゃん」

 

 震える声で言うユウキの瞳に涙が光る。

 僕はそれを指で拭った。

 

「許さない」

「――え?」

「ユウキが何も言わずにいなくなったら、僕は絶対に許さない。天の上まででも追いかけて、満足するまで思い出を作ってからじゃないと絶対に手放さない」

「何っ、それっ……」

「流石にそれは冗談だとしても、――ユウキを記録にも記憶にも、しっかり残してからじゃないと別れることは許さないから」

 

 そこまで言って、僕はユウキの頭を撫でた。ユウキはいつの間にか泣き止んでいた。

 

「ありがとう! それじゃ、ボクはボス戦に行ってくるね!」

「良い報せを待ってるよ。それと僕の助けが欲しくなったら名前を呼ぶといい。助けに行ってあげるよ」

 

 ふふふと最後に笑い合って、僕はログアウトした。

 

******

 

 ユウキを訪ねてから数時間後、僕はアインクラッドのボス部屋前にいた。

―――さて、どうしたものかね。

 そこにはプレイヤーの集団が。スリーピング・ナイツではない、巨大な攻略ギルド。真昼だというのに暇な連中だ。

 何があったといえば、今回もユウキ達が失敗しそう、それだけである。

 この攻略ギルドは先に挑戦したスリーピング・ナイツのボス戦を観察していて、そのデータを使って攻略しようとしているだけだ。恐らくは以前の階層でも同じようなことをされてスリーピング・ナイツは先を越されたのだろう。

 アスナは気づいたようだから彼女達はすぐに引き返してくるだろう。巨大ギルドの人数が揃うよりも早く。ただ、彼らが先にボス戦をやらせてくれるかは怪しいところだ。

―――先に排除すべきかな?

 露払いとして巨大ギルドを駆逐しておくのも良いかもしれないと透明化している僕が動きだそうとしたとき、ユウキ達が帰ってきた。

 アスナが交渉しているが、「通行止め」だそうだ。更に言えば通す気もないらしい。流石にカチンと来た。それはユウキも同じなのか、未だ交渉を続けようとするアスナの肩に手を置くとすっと前に出て、笑った。

―――あぁあ、僕も準備しておこう。

 あの笑みを以前見たことがある。僕はALOではない他のVRゲームでスリーピング・ナイツと出会ったわけだが、何度かまた違うゲームでも遭遇している。そこの一つで同じようなことがあったのだ。そのときにも同じ笑みをしていた。怒りモードだ。

 

「戦おっか!」

 

 ギルドとアスナが動揺を示すが、スリーピング・ナイツは武器を構えた。

 

「ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。例えば、どれだけ真剣なのか、とかね」

 

 ユウキの眼が煌めく。先程の僕との会話で迷いが吹っ切れたのだろうか。

 

「さあ、剣を取って」

 

 ユウキの気迫に気圧され後退していたプレイヤーが武器を抜く。それと同時にユウキの一撃が入った。降ってきた攻撃を剣で弾くと返す刀のソードスキル。ユウキに斬られたプレイヤーは、HPバーを赤く染めると喚いた。

 

「不意打ちしやがって! 卑怯者めッ」

 

―――どこが不意打ちなんだか。

 ユウキは先に剣を抜いていたが、それも確認した上でそのプレイヤーは武器を抜いたはずだ。それにユウキも鞘から武器が完全に抜けた後にしか動いていない。最初の一撃は一万歩譲って不意を突いていたとしても、ソードスキルに関しては完全に決まっていたのだが。

 そこで気圧されていたギルドプレイヤーの方に余裕が生まれる。ボス部屋の前で何だかんだとしている内に、ギルドの増援が来てしまったようだ。仕方ない、前のプレイヤーを倒してスリーピング・ナイツをボス部屋に押し込むか、そんな考えをしていたとき、

 

「悪いな、ここは通行止めだ」

 

 声が響いた。

 はっと後ろを振り返ると、黒い背中がいた。

―――相変わらず美味しいところだけ取っていくね、君は。

 色々とあったようだが――魔法斬り(スペルブラスト)とか見ていないことにしたい――、クラインもいることだし後方は大丈夫だろう。

 

「レント!」

「やっぱ気づいてたんだ、ユウキ」

 

 何もない空間から湧いて出た僕に、僅かな驚きを見せるプレイヤー達。しかしその意識はすぐに戦闘へと戻る。

 

「僕がここは相手するから、消耗しないようすぐにボス部屋に入って」

「分かった! ついでにヒーラーも突破しておく」

「流石、気が利く」

 

 軽く言葉を交わすと、僕は一人で二十人ほどのグループの前に立った。

 

「あぁん? テメェ、舐めてんのか!?」

「――柄が悪いですね。すみませんが、三分以内にアバターとお別れを告げてください」

 

 久し振りの白い悪魔(PKerモード)。僕の声に聞き覚えのある人がいたようで、彼らの警戒レベルが上がったのが分かる。

 

フッ

 

 僕は片手を振っただけ。それだけで陣形が総崩れになった。

 疑問を抱かずに、スリーピング・ナイツはその間を駆け抜けた。詠唱を始めた敵のメイジを全滅させて。

 

「――さて、それではさようなら」

 

 二十人がディメインライトになるまで後二分。

 

******

 

「流石は、レントだ、なっ!」

「レアアイテムのお陰、さ!」

 

 二十人を仕留めた僕はキリトとクラインの手助けに走った。元々人数が多かったのがこっちで、陣形を崩す方法がないから苦労しているところだ。

 先程のあれは、魔法を一つ待機状態で中に保存できる水晶玉――中身は例の味方が見えなくなる魔法だ――を使っただけである。

 斬り合いながら背中を預けて会話する。キリトとこんな風に戦うのは久し振りな気がした。ちなみにクラインは奥で十人ほどを引き寄せてくれている。

 手こずったは手こずったが、こちらの三十人余りもディメインライトにすることに成功した。一人死亡――勝利へのありがたい犠牲だ――したクラインを復活させ、僕らは剣士の碑を見に行った。その二十七層のところには、しっかりと七人の名前が刻んであった。

 僕らは笑顔でハイタッチを交わした。

 本当はユウキ達を直接祝いたかったのだが、今頃はアスナの家で宴会を開いているだろう――フレンドの位置表示からの推測だ――からまた後にしようと決め、僕はログアウトした。

 

******

 

 しかしそれから数時間もしない内に、明日奈から電話が入った。

 

「レント! ユウキについて教えて!」

 

 開口一番それだ。僕は面食らってしまった。

 

「――取りあえず、何があったの? そんなに泣きそうな声して」

 

 僕が驚いた理由は唐突な電話だけではなく、その明日奈の声が震えていて、今にも泣きそうだったからだ。

 ユウキ達が写った写真――ALOで撮ったものだ――を整理していた手を止めて、真剣に話を聞く体勢になる。

 

「実は、無事にボス攻略した後二十二層の家で打ち上げしたの。そこで私がスリーピング・ナイツに入りたいって言ったときからユウキの様子がおかしくて……。その後剣士の碑を見に行って、そこでユウキが私のことを『姉ちゃん』って呼んで……。ボス部屋でもそう言ってて、理由を聞いたらユウキが泣き出しちゃって…………。そのまま……」

「ログアウトしてしまった、ってこと?」

「う、うん」

 

 それで冒頭の「ユウキについて教えて」に繋がるのだろう。

 僕はユウキへと、あのいつも元気に振舞う少女へと思いを馳せる。

 ユウキが泣き出した理由は分かる。木綿季のあの病気、実は彼女だけのものではない。木綿季を産んだ直後の輸血でウィルスが混ざってしまったことが原因のAIDSは、木綿季の家族全員を蝕んだのだ。両親も、双子の姉である藍子も。

 藍子も優れたVRMMOプレイヤーだったそうで、あのスリーピング・ナイツの創設者だ。しかし昨年亡くなってしまい、木綿季は天涯孤独――両親はそれより以前に亡くなったそうだ――となった。

 僕がスリーピング・ナイツと知り合ったのは藍子、プレイヤーネーム《ラン》が亡くなった直後のことで、彼女と直接会ったことはない。しかし木綿季に写真を見せてもらったことはある。その顔はどこか明日奈と似通ったところがあった。具体的に何が似ているとは言えないのだが、面影があるのだ。恐らくユウキは無意識にアスナに姉を重ねていたのだろう。それに気づき、アスナから身を離した。理由は……午前中に言っていた、「生きたくなる」だろうか。

 

 ここまでを、明日奈に言うことはできる。だが本当にそれで良いのだろうか。

 

 僕が教えてしまったらそれで終わりなのではないだろうか。明日奈に限って放り出すなんてことはないだろうが、木綿季はどうだろう。

 

 僕は木綿季に「生きて」ほしい。

 

 死を覚悟するのも大切かもしれない。ただ、余命が限られているから、もう別れが近いから、生きる覚悟を捨てる。そんなことを木綿季にはしてほしくない。

 そのことを伝えるには僕は木綿季に近過ぎる。僕が教えて影響を与えてしまえば、明日奈でも駄目になる。

―――これは最後のチャンスかもしれない。

 

「ごめんね、明日奈ちゃん。木綿季に関して僕が教えてあげられることはない」

「な……。っどうして!?」

「それじゃ、フェアじゃないから。明日奈ちゃんにはちゃんとその眼で見て、その心で感じて、その声で木綿季と話してほしい」

「…………」

「もう一度言うけど、僕から教えることはできない。でも、――和人君を頼るといいかもよ」

「え?」

「それじゃあ、またね」

 

 僕は電話を切る。明日奈には悪いことをしてしまったかもしれないが、これが巡り巡って皆のためになることを僕は祈っている。

 それに恐らく和人は木綿季の境遇、メディキュボイドについて朧気ながら感づいているだろう。

 

「どうか良い方向に転がってください」

 

 これが木綿季に与えられた試練ならば、確実に彼女は乗り越えられるはず。僕はそう、いるかも分からない神に祈った。




 時系列的に考えると、藍子が亡くなった去年って明日奈まだ帰還してないんですよね。
―――ん? ちょっと待てよ?
 シードが解放される前もVRMMOってあったのか? 技術独占でALO以外大規模なのはなかったのでは? 考えられるのは、一、ALO以外の発展途上のVRMMOで遊んでいた。二、藍子が実はVRじゃないMMOプレイヤーだった。三、去年と言っても多少はズレて、シード系列で遊んでいた。
 三の可能性が一番高いですかね。去年と言っても一月から十二月まであるわけですからね。

 今月、もう一本投稿できますかね?
 私はできない方に賭けます。

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