箸休め回ですね。どうぞ。
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音楽妖精の領主を完全に忘れていました。全プーカに土下座します。
「――というわけで、諸々の問題は全て解決しました!」
ここはALO。アスナとキリトが所有しているアインクラッド二十二層の森の家だ。そこで僕とアスナは集まった人々に、ここ最近あった出来事を細かいことは省いて説明していた。集めたのはキリト、クライン、リズベット、シリカ、リーファ、シノン、エギルのいつものメンバーに、スリーピング・ナイツの面々だ。
「なるほど、そんなことがあったのか」
エギルが顎を撫でながら呟く。スリーピング・ナイツのメンバーに許可を貰って、彼らの病のことも伝えた。このメンバーなら信用できると思ってのことだ。
「なあ、レント」
キリトから低い声が聞こえた。
「――アスナちゃん?」
その様子から感じるものがあり、アスナに声を投げる。
「あっ。ごめん、お見合いのことは伝えてなかった……」
―――うわぁ……。
少し、死を覚悟した。
「アスナ、その話本当なの?」
あちらではアスナにシノンが声をかけていた。
「――レント君?」
「僕はそもそも今まで誰にも伝えてないよ」
直前に僕が放ったのと同じ趣旨の呼びかけをされ、事実を答える。
「レント、アスナとお見合い楽しかったか?」
静かなその声が一番怖いです。止めて下さいキリトさん。お願いします。
「アスナ、レントなんかとそんなことになって大変だったわね」
「しののん、言葉の内容とそれ以外が全く一致してないから、ほら、落ち着いて」
アスナの方も、久し振りに見る氷の狙撃手モードの雰囲気のシノンの対応が大変そうだ。
若干現実逃避していた僕の肩に手が置かれる。顔を上げると真顔のキリトと眼があった。
「レント」
慌てて姿勢を正す。するとキリトはその顔を崩して笑顔に変わった。
「ありがとな。今回は俺じゃアスナを守れなかった、だから別に怒ってない。この程度で俺が怒ると本気で思ってたのか?」
思ってました、はい。
あちらでもシノンは既に笑顔だし、一応これで無事に終わりだろう。
「それで、みんなに集まってもらったのにはもう一つ理由があってさ」
僕はそう切り出した。アスナと二人で計画したことであるが、それには皆の協力が不可欠だった。
「顔合わせ会って名目で、バーベキューしない?」
「「「バーベキュー?」」」
予想外のことに、皆の眼が丸くなった。
******
~side:エギル~
休日に集められた俺達は、レントとアスナに色々と話をされた。今年になってから二人の様子がおかしかった原因が解消されたとのことで、それと同時に《絶剣》のギルドが抱えている事情のことも伝えられた。
俺達の誰にも相談しなかったことは少しばかり残念に思ったが、正直これに関しては相談されてもどうしようもなかったから仕方がないことだと納得した。
それにしてもアスナがあの結城家の令嬢であることは知っていたが、レントまでその一族に関係があったとは驚きだ。本人も知らなかったようだが。
その真面目な話が終わって次に切り出されたのは、歓迎会がてらバーベキューをしようという誘いだった。それを聞いて、スリーピング・ナイツの水妖精――シウネーだったか――が驚きの声を上げた。
「そんな、申し訳ないです。そもそも私達が巻き込んでしまった側なわけですし、歓迎会だなんてとんでもない」
さっき聞いた話では、彼らは余り他人を自分達に関わらせることを望んでいなかった。ただその理由は人と触れ合いたくないといったものではなく、余命の短い自分達と接していざ死んだときに悲しませるのが申し訳ないといったものだ。
―――まったく……。
「そんなこと言わないで祝わせてくれよ。仲間が増えたんだ、
口に出す言葉は少しお道化たように。さり気なく仲間という単語を混ぜて身内感を出しておく。そうすれば少しは遠慮もなくなるはずだ。
「そうですよ! 折角こうやって知り合えたんですし、こう盛大に、パーッと!」
―――ナイス援護だ、シリカ。
シリカは幼さゆえの無邪気さがある。そろそろ年齢も上がってきているが、いつもの集まりではその体型……アバターのせいで年下感がいつまでも抜けない。その善意は日常では大抵の場面でプラスに働く。今もそうだ。シウネーが押されている。
「そうだよね! シウネー、ボクはバーベキューしたいな」
ギルドリーダーの賛同の声にシウネーも大人しく首を振る。
「――分かりました。……誰かに祝ってもらうなんて随分と久し振りですね」
よく見れば、土妖精のテッチとシウネーを除いてスリーピング・ナイツは皆初めからやる気だった。そのテッチも皆の様子を見て「しょうがないなぁ」と言い笑っている。全体的に慎重さが足りていないギルドで、テッチがどっしりと構えシウネーが慎重派の意見も出すことでバランスを取っているのだろう。それでもギルドの雰囲気的に前に突き進み続けているようだが。
それからの数日はかなりの忙しさだった。……というのは嘘だ。
俺がしたことは材料と機材の調達だけだった。しかも何がどれくらい必要なのかも事細かに伝えられたため、商人としての伝手を使った手配だけが俺には求められた。
あのときシウネーが頷かなかったとしても済し崩しで承諾させられるレベルで準備は出来ていたのだ。
そして、当日。集まったメンバーはこちらの想像を大きく超えていた。
まずはこの間キリトの家に集まった面々。それから普段はあまり予定の合うことのないクリスハイト。リーファの同級生らしいレコン。ここまではまだ普通だ。問題はここから。
未だ圧倒的な人気で領主の座に座り続けている風妖精のサクヤと猫妖精のアリシャ。そして火妖精の軍事担当、ユージーン将軍。この三人はキリトの伝手だろう。しかし真に恐るべきは、ユージーンの背後に立っている赤いローブの男だ。殺されるのを防ぐために滅多に領土を出ない火妖精の領主《モーティマー》である。クラインは所属する種族であるから姿は知っていたようだが、その仰天した顔からあいつが呼んだのではないことは明白だ。ユージーン将軍が連れてきたのかもしれないが、それよりも怪しいのは現在モーティマーと楽し気に会話している
そしてレントが呼んだらしいのはモーティマーだけではない。あいつの所属していた影妖精の現領主の《ディラン》。水妖精の領主で現在のALO最高の
レントは全員とにこやかに談笑しているし、領主同士の仲も良好なようで会話に花を咲かせているが、他の全員の顔はかなり堅かった。
―――いや、誰もここまでは想像しちゃいねえよ。
来たとしてもサクヤとアリシャ、ユージーン将軍までだろうと踏んでいたんだが。
全員に小さな樽のようなジョッキが行き渡ったのを確認して、アスナはコホンと咳払いした。
「皆さんとの初めての顔合わせを祝して、乾杯!」
『乾杯!』
そうして豪華なバーベキューが始まった。
******
~side:レント~
まさか本当に全員来てくれるとは思わなかったと、工匠妖精のミズキ――優しい顔の男性アバターだ――と話しながら思う。
「それにしても豪華な面子ですよね」
「そうだね~。僕もまさか全員集まるとは思わなかったよ~」
「まさか兄貴まで連れ出すとはな。お前も相変わらずの無茶苦茶具合で」
ユージーンが鼻を鳴らす。あははと苦笑いを返す僕も、招待するにはしたのだが来るとは思っていなかったのである。
「ユージーンが行く度にアスナさんの料理が美味いと溢すのでね。一度私も来てみたかったのですよ」
噂のモーティマーだが、何というか《狸》とか結城の爺と同じような雰囲気がする。
―――接触は要注意だね……。
最初は面子の豪華さと初対面の多さで少し硬かった空気も、今ではすっかり解れていた。
会場にはアイムの生演奏が流れており、ユージーンがユウキを自陣営に勧誘するのをサクヤとみほるんが防いでいたり、ミズキがリズベットやタルケンに鍛冶に関して話しかけていたり、シウネーとレイチェルがにこやかに話しながら水面下でのバトルをしていたり、テッチとマサキチとエギルの大柄な三人が力比べをしていたり、リーファとシリカが二人がかりでモーティマーと歓談を楽しもうとしていたり、ディランはキリトとノリにかなり本格的な勧誘をかけていたりしている。それらを眺めるアスナの顔もここ数日で一番晴れやかで、提案したこちらも嬉しいばかりである。
最初は木綿季の思い出話を踏まえてバーベキューをしようと思い至ったわけだが、僕の想像を超えて皆が喜んでいて準備をした甲斐があるというものだ。
そんなことを思っていたら、ジョッキを持っていない方の左手にするりとユウキが絡んできた。
「レント! 今日は本当にありがとう!」
「はいはい」
ぐりぐりと力をかけてくるユウキの頭を――体勢を崩さないように踏ん張りながら――撫でていると、近くにいたアリシャが目を瞠りながらこちらを見てきた。
「お! 二人はそんな関係だったのか~。いやー、知らなかったな~!」
口角を歪め目尻を下げた――有り体に言えばニヤニヤとした――アリシャの声が届くと、ユウキは顔を赤くさせて両手を振った。
「ち、違うから! 全然、そういう関係じゃ、ないから!!」
「へぇ、じゃあどういう関係なのかしら?」
いつの間にか近づいていたシノンが僕の右側から声をかける。気づけば、アリシャだけでなく他の面々までもにやけながらこちらを見ていた。それに気づかないユウキは言葉を返す。
「れ、レントは兄ちゃんみたいな存在、っていうか……」
「僕にとってもユウキは妹みたいなものだからね」
遠くでリーファが「ユウキさん私と同類な匂いがする! どうしましょう、アスナさん!」とか言っているのを聞こえないフリして、僕もユウキに続く。
「そう。だから貴方はユウキにだけ呼び捨てなのね。私のことは『シノンちゃん』って呼ぶ癖に」
のどかに暖かい陽光の中でバーベキューをしていたはずなのに、体感温度だけがどんどん下がっている。辺りを見渡せば、先程までにやけていた人々も距離を取って固唾を呑んで見守っていた。
「へぇ、シノンはボクのことが羨ましいんだぁ」
頼むから煽るようなこと言わないでもらえますか!? ユウキさん!?
「なっ、そういうことじゃ……」
勢いなくなってますよ! シノンさん!
と、キャラが崩れるところだった。火花でも飛ばしそうな二人の間に僕は立つ。
「ほら、折角のバーベキューなんだから、そういうことは置いといて楽しもうよ、ユウキ、『シノン』」
その言葉に大人しく二人は従い、体温に温かさが戻ってきた。シノンの頬が赤くなっていたのは見えないフリだ。
「そ、それにしても、凄いメンバーが集まってるよな!」
キリト、それ今言うことか。
「そ、そうですよね! まるでアインクラッドのボス戦みたいな」
シリカ、空気を変えようとしているのは分かるが、少し無理があるぞ。
「じゃあさ、このまま次の階層のボスも倒しに行っちまおうぜ!」
「おう、良いこと言うじゃねーか!」
「「いぇーい」」
ジュンとクラインは酔っぱらっているのか、いやアルコールは存在しないから雰囲気に酔っているのか。
何にせよ、少し空気も温まったし、感謝しなければいけないかもしれない。
******
―――倒しちゃったよ……。
あの後、本当にアインクラッドボスを倒しに行くことになってしまい、無事倒せてしまった。皆から歓喜の声が上がる。領主勢はマサキチを除いて危険は負えないと帰ってしまった――むしろ帰らないマサキチがおかしい――が、そもそも一パーティクリアを成し遂げた猛者達がいるのだ。ボスを倒すことなど造作もなかった。
それからもスリーピング・ナイツは何層も攻略した。一パーティでクリアしたり、僕らと協力したり、一度は敵対したあのギルドとも共闘した。見る見る内に彼らは実力派プレイヤー集団として有名になった。
ユウキは単独でも《絶剣》として名を馳せた。
辻デュエルこそしなくなったが、統一デュエルトーナメントや飛行の速さを競うレース大会でも結果を残し、すっかり最強プレイヤーの一員になった。
現実世界でも例の双方向通信プローブを使って授業を受けたり、学生生活を体験していた。僕の肩にいたときは感じたことのない重さに四苦八苦してしまった。
明日奈が企画した京都旅行――参加者は明日奈と直葉と珪子と里香――にもプローブ越しに参加して本当に楽しそうだった。四人が食べていた京都料理をとても羨んで、帰ってきたアスナにALOで味の再現をねだっていた――僕も食べたがかなり本格的だった――。プローブ越しに録画していたらしく時間があれば映像を見直して感動していたので、僕も無理をしてスリーピング・ナイツに特別な経験をプレゼントしたりもした。
スリーピング・ナイツがGGOをやったことがないというので皆でコンバートして遊んだりもした。シノンと僕、キリトが一応経験者なのでレクチャーしたのだが、ユウキが光剣にハマったりタルケンが予想外の才能を見せたり、ジュンが射撃下手だったりとハプニングが満載だった。アスナが教えられてすぐに狙撃銃で戦えるようになってシノンは驚愕していた。ユウキがキリトと光剣で戦い始めたときの方が頭を抱えていたが。「銃の世界なのに……」だそうだ。
どの瞬間でも、ユウキは輝いていた。以前までの遠慮など一切見せず、こちらが提供するものに躊躇なく飛び込んでいった。失敗も時折あったが、そんなときでも
そうして僕らは思い出を積み重ねていった。楽しかった光景、皆の姿、一瞬で消えてしまう言葉、その全てを記憶に刻み込んだ。
三月になった。
手当たり次第に心当たりに送っているメール。そのどれからも返信はない。
今日は月初め、毎月の見舞いの日。倉橋に手招きされ、話をされた。
「最近の木綿季君の体調はとても良いです。心境の変化が影響しているのかもしれません。しかし無理をしているのも事実。いくら快方へと向かっているとしても、毎日過酷な戦いに挑み続けていることに変わりはありません。覚悟だけはしておいてください」
そう、言われた。
いつも通りに木綿季との面会を終える。彼女はとても元気そうだった。しかしそれは、灯が消える前の一瞬の輝きかもしれなかった。
僕にできることはほとんどなかった。
ユウキの無事を祈り、特訓を続け、メールを送り続けた。それが僕にできることの全てだった。
次回でマザーズ・ロザリオ編完結となります。
それにしてもアニメで三分もない場面で一話書くことになるとは……。
今回登場した領主勢はサクヤ、アリシャ、ユージーン、モーティマーを除いて皆オリキャラです。領主に関しての情報が見当たらなかったのでオリジナル祭りとなってしまいました。もしどこかに領主勢の情報があれば教えていただけるとありがたいです。