SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 お ひ さ し ぶ り で す
 気づけば本編完結から四ヶ月も経ってしまいました。まあリアルで色々環境が変わったんで放置してしまっていたんですが。
 他にも新作を書き始めたので忙しくなるというのに、某作品が更新された嬉しさで投稿してしまいました。投稿したからには続きを書かないと。
 こうして夏の自分を追い込んでいくスタイルです。
 それでは、オーディナル・スケール編です、どうぞ。


オーディナル・スケール編
#51 勧誘


 四月五日月曜日。木綿季の告別式から一日置いて、僕は都内の病院へと来ていた。

 木綿季の入院していた病院よりもしっかりとしたセキュリティで、顔馴染みの受付といえど真っ当な手続きを踏む。今から訪れる人は木綿季と違って普通の扱い――病状が普通かは置いておいて――を受けているため、ただの面会者カードを貰ってカウンターを離れた。

 エレベーターの前で何階が目的地か迷っている人に道案内をしてから階段で病室へと向かう。しばらく上り続けると、一つ一つの病室が個室で広い、要するに入院費の嵩む階へと辿り着いた。

 軽く息を吐き、階段から右方向、進行方向左側の五つ目の扉を叩く。誰もいないと思っていた部屋の中から聞こえた「どうぞ」という男性の声に、病室の表札の名前が変わっていないことを思わず確認してしまった。

 中にいたのは、入院している彼女の父親。最近頻繁にテレビや新聞などの報道で目にする教授だった。

 

「やあ、大蓮君。いつも悠那の見舞いに来てくれて感謝するよ」

 

 部屋の主の名は『重村悠那』。未だに目を覚まさない唯一のSAOサバイバーだ。

 

******

 

 悠那はSAOではある程度有名なプレイヤーだった。主に中層を中心に活動しており、特定のパーティに所属せずに色々なパーティを渡り歩いていた。

 SAOには様々なプレイヤーがいたが、彼女はその中でもかなり珍しいプレイヤーだった。スキル《吟唱》。それが彼女が好んで使っていたスキルだ。歌うことで歌を聞いた者にバフをかけるというスキルなのだが、デメリットとして敵からのヘイト値を相当高めてしまう。そもそも人前で歌いたくない人も多く、使い手は彼女以外に知られていなかった。そのため彼女には《歌チャン》やら《歌姫》といった通り名までつけられていたものだ。

 彼女もSAOゲームクリアまで生き延びていた。だがそのままALO事件に巻き込まれてしまった。そのALO事件も解決した。それなのに、悠那だけは未だに目を覚まさない。

 

 簡単に悠那の顔を確認する。ナーブギアはかつては外したときに何があるか分からなかったために装着したままだったが、彼女の父親である重村教授の解析によって危険性がないことが判明して現在は外されている。そのため顔が良く見られるようになっているが、顔色はお世辞にも良いとは言えなかった。身体の肉はごっそりと落ちている。懸命な介護により一命は取り留めているが、彼女から生の活力を感じることは難しい。枕元の心電図モニターを見る限り、まだ大丈夫そうだが……。

 

「――大蓮君」

「何でしょうか、重村教授」

「君に、一つ頼みごとがあるんだ」

「…………」

 

「私の、悠那を目覚めさせる計画に協力してくれないか」

 

 僕は重村教授の顔を振り返った。その瞳は悠那を悲しそうに見つめていた。

 僕の逡巡は一瞬だった。

 

「僕にできることなら、悠那さんのために全力を尽くします」

「……それなら、今から私の研究室に来てくれ」

 

 病院から重村教授の研究所がある東都工業大学までは数分の距離だ。そこを徒歩で行く僕と重村教授の間に会話はない。

―――そもそも、重村教授はどうやって悠那さんを目覚めさせるつもりだ?

 悠那が目覚めない理由、それは主治医によれば精神的なものだという。現代医学はそういったことに未だに弱く、謎が多いために詳しいことは分からない、という一般的な結論に落ち着いている。

 推測、憶測、何でも良いが、そういったものでは、何かしらが彼女の心に巨大な負荷をかけたために彼女の精神は自己防衛として内に引き籠ったのではないか、という仮説が立てられていた。

 しかし、それならばどうやって目覚めさせるというのだろうか。精神論だろうか。今も毎日呼びかけるといったことは続いている。目覚めるか否かはもう悠那の気持ち次第なのではないだろうか。

 そんな風に思考を重ねている内に大学へと着いてしまった。

 重村教授が一切迷わずに歩みを進める――寧ろ教授としては迷っているのはまずいだろうが――のに対し、僕は東都工業大学という名前に少し二の足を踏んだが、すぐに腹を決め重村教授の後を追った。

 重村教授の研究室へと通される。そこには一人、僕も知る人物がいた。

 

「鋭二さん……」

「――重村教授。彼にも協力を?」

「ああ。彼なら力になってくれるだろうからね」

「そうですか。……これからよろしく頼みます、レントさん」

 

 彼は後沢鋭二。SAO時代は《ノーチラス》という名前で活動していた悠那の幼馴染だ。彼女とはSAOの中でもいつも一緒だった。

 彼は一時期《血盟騎士団》の団員だったのだが、フルダイブ不適合(FNC)であることが発覚したため最前線に立つことはなかった。僕はエイジが血盟騎士団に入るよりも前に中層で彼らと知り合ったのだ。

 現実に帰還してからの彼はずっと悠那を待ち続けている。帰還者学校には通わずに独力で高卒資格を取り、現在は東都工業大学に在籍して重村研究室に通っていると聞いていた。

 そんな彼とは悠那の病室で会うこともあったが、ここ半年ほどは顔を見ていなかった。半年前はいつも哀し気で頻りに遠くを見る様子だったが、今は締まった顔をしており目にも確かな強さがあった。

 

 乱雑に置かれた物にすらどこか規則性を感じるような大きなテーブル。それの鋭二の隣に座る。

 僕が座ったことを確認した重村教授は、脇からホワイトボードを引っ張ってきて僕に対して説明を始めた。

 

「さて、大蓮君。君には悠那を目覚めさせるために協力してほしいと言ったね。その計画というものを今から説明する。まず現状確認だ。悠那の精神は頑なに閉ざされ、専門家を回ってもみたが、外からの刺激はほぼ感じていないそうだ。ゆえに悠那が目覚める確率は限りなく低い。余りにも深くに潜っているため自力で目覚めることも期待できそうにない」

 

 重村教授はホワイトボードに一つ一つ口にしたことを書き連ねていく。

 

「そこで私達は悠那の再現AIを作ろうと考えた」

「再現、ですか」

「ああ。悠那を知る人の記憶をかき集めて悠那を再現する。再現したAIは限りなく悠那に近い同位体となるだろう。それから同位体を橋渡しに悠那にアプローチをかけていく。まずは同位体と感覚を繋いで現在よりも密に語りかける方法。次に同位体との接続をより深くして精神に直接アクセスする方法。そして最終的には悠那の身体にその同位体をインストールし強制的に目覚めさせる方法。軽く考えてもこの三つの手法が存在する」

「……同位体をインストールした場合、目覚めた悠那さんは同位体なのではありませんか?」

「その心配はある。当然目覚めた後には同位体であるプログラムはサルベージするが、危険な賭けになってしまうだろう。しかし、悠那を再現する手段を準備したところ、全く別の方法が出現した」

 

 ホワイトボードに『オーグマー』という名前が書かれる。

 《オーグマー》とは拡張現実(AR)を実現する端末のことだ。先日の四月一日に発売された端末で、重村教授がその開発者だ。多機能で様々な展開をしており、中でもARゲームの《オーディナルスケール》はかなりの話題を呼んでいる。

 

「当然オーグマーは知っているだろう? 私はあれを使って悠那の記憶を集めている」

「――オーグマーに何か仕掛けが?」

「ああ。あれを作った私だけが使えるシステムだが、装着者の記憶をスキャンする機構を組み込んである。強く感情が揺さぶられたときという条件はついているがな。強い感情を観測したときにオーグマーはその感情を増幅させ、そして増幅された感情と関連づけられた記憶をスキャニングする。それで記憶を集めるというわけだ」

「強い感情、それは『死の恐怖』のようなものでしょうか」

「ああ、その通りだ。むしろ死の恐怖ほどでない限り、そもそもの最初の観測で引っかかりはしないだろう」

「……オーディナルスケールのモンスターはSAOのものに酷似しています。SAOからサルベージしたモンスターもいるのでしょう。それらに襲われ、HPバーが減る。そうすればSAOサバイバーは特に死の恐怖を感じる、いや思い出す」

「ふ、全く察しが良いな。そもそも実体験の伴わない感情などいくら原初の本能とはいえそう強くはならない。SAOのように命を懸けないただのゲーム、そこでのHP減少で強く恐怖を抱く者などSAOサバイバーだけだ。そしてSAOサバイバーならば、あのような現実にはいないモンスターに襲われ恐怖を抱いたときに思い出すのはSAOのことに他ならない。そこからSAOでの記憶を全てスキャニングする。例え視界に一瞬映っただけだとしてもそれは悠那の記憶に違いないのだから、それらを集めればSAO時点での悠那ならば理論上問題なく再現できる」

「……二年間、住人は一万人に満たない。そして悠那さんは路上ライブなどもしていた有名人。殆どの人が目にしているはずです。――教授は全SAOサバイバーをスキャニングするおつもりで?」

「ああ。しかし、この手法を編み出したときに思いもしない副作用が現れてしまった。いや、現れてくれた、が正しいか」

 

 そう言いつつ、教授は『記憶の喪失』と書き出した。

 

「脳に特殊な電波を当て記憶を読み取る。その副作用で脳は読み取られた記憶を上手く引き出せなくなってしまうことが発覚した。しかしこれこそが行幸だったのだ。この技術を用いて悠那から記憶を抜き取れば、悠那を苦しめている、苛んでいる思いから解放できる。そうすれば悠那は目覚めるはずだ……」

「具体的にどういった手法で悠那さんから記憶を抜き取ろうと?」

 

 脳内で今の話を咀嚼しながら教授に問いかける。

 

「そのための同位体だ。既にオーグマーを使って記憶を集め、それによって再現AIを作り出し始めている。そしてARアイドルとして作ったAIと合成し、その同位体と悠那を接続するのだよ。接続に関しては既に準備は終わっている。最後の仕上げは今月末のライブで行う予定だ」

 

 ARアイドル、とはAR端末オーグマーを宣伝する広告塔だ。《ユナ》という悠那をモデルにしたもので、余りにも自然な言動から中の人がいるという疑惑まで出ているAIだ。音楽活動も行っており、今月末には新国立競技場でライブを開催する予定だ。

 

「ユナのライブ中にSAOのモンスターを大量に出現させて場内の恐怖感を煽り最終スキャンを行う。そのスキャンによって再現AIは完成し、完成したAIと悠那を同期させれば悠那の脳に直接競技場の映像を送ることができる。そしてそれは悠那があの研究者どもに見せられた光景と重なるはずだ。そこで悠那にスキャンをかけその記憶を封じる。心を閉ざす原因の記憶がなくなれば、すぐには無理でもいつかは目覚めてくれるに違いない」

 

 教授の策は把握した。仮説に仮説を重ねている部分もあるが、成功の目はある。AIと悠那の同期はかなりの自信を持ってできると言っていたし、何とかなるのではなかろうか。

 

「教授のおっしゃることは大体分かりました。是非とも協力したいのですが、少し条件があります」

「……条件、か。何を要求する」

 

 少し教授が身を固くするが、そう警戒する必要はない。僕は敵ではないのだから。

 

「まず、封じられた記憶を回復させることはできるのでしょうか」

「記憶の回復……だと? なぜそんなことを」

「……確かに、SAO事件のようなものの記憶を残しておきたいというのは奇異に映るかもしれませんが、それでも、僕にはあの世界で確かに得たものがあります。それは僕の知る仲間も同じです。その記憶をなくしてしまうことは容認できません」

「――。……記憶の回復は、できる。実験中に幸いにも封印を解く波長の電波も発見した。良いだろう、希望者には記憶の回復処置を行おう」

「次に、先程のものと関係しますが、今回のことを対象者にも教えていただきたい」

「何だと?」

「スキャニングをしたサバイバーには人員を派遣して、一部のユーザーのオーディナルスケールが不具合を起こしたため特定の記憶が封じられてしまうと告げて慰謝料を渡し、希望者には記憶回復処置を受けさせていただきたい。そうすれば正式発売されたオーグマーの不具合を隠したいだけだと思わせられるでしょうし、変に探られることもないはずです。更にそうやって示談を成立させておけば後々楽になるかと」

「…………。なるほどな。確かに、その方が安全と言えば安全だろう。オーグマー、並びにオーディナルスケールの使用者は増え続ける。その中の一部が声を上げても、いや、慰謝料を渡す際に口外しないことを頼めば広まることもないか。その提案は受け入れよう」

「ありがとうございます。……確認ですが、この計画で死者は出ませんよね」

「ああ。スキャンによって意識を失う可能性は高いが、オーディナルスケールのプレイ中であれば多少の打ち身に擦り傷程度で済むだろう。更に言えばこちらでもすぐに救急車を呼んでいる」

 

 その言葉を聞いて少し安心したが、ふと問題点を思いついた。

 

「……スキャンによって気絶してしまうのなら、ライブ会場は酷いことになりませんか?」

「それも一つ目的と言える。悠那が見せられたのはそういう光景だそうだ」

「であるならばそのアフターケアも必要では?」

「む……」

「いっそ悠那さんのスキャニングが無事終わったときに世間に公表するというのはどうでしょう。オーディナルスケールのゲリライベントを企画したところ不具合が発覚し、それによって意識を失ってしまう人が続出したために緊急メンテナンスを行い不具合を修正した、と。ただ責任を教授が取らなければならなくなるでしょうが」

「それは構わん。悠那が目覚めるならばオーグマーがどうなろうと知ったことではない。アメリカに権利を取られようとも悔しくも何ともない。……それに今の意見は確かに有用だな。取り入れるとしよう」

 

 これらのアフターケアを行えば、ただただ新技術が少し失敗しただけだと世間は受け取るだろう。教授は色々と立場を失ってしまうかもしれないが本人は構わないと言っている。それなら何も問題はない。

 

「さて、大蓮君。条件とはそれだけかね?」

「はい。……ただ最後に条件、ではなく忠告として。鋭二さんにも」

「ん、何だ?」

「《黒の剣士》キリト、及びその周辺人物に手を伸ばすのはライブの直前にした方が良いですよ」

「……なぜだ」

「彼は中々鋭いですから。僅かな情報からこちらを邪魔してくるかもしれません。特に和人君は総務省の役人とコネクションがあります。警戒を」

「忠告、か。胸に留めておこう。《白の剣士》」

 

 鋭二は少し厳しい目でこちらを見てきたが、それには気づかないフリをする。

 

「それでは僕も計画に参加させてもらいます。取りあえずは僕の記憶をスキャンしますか」

「ふむ、では記憶回復用の電波も用意しよう。あちらの部屋に行ってくれ」

 

 教授が指差した小部屋へと入る。

 扉を開けながら心の中で覚悟を決めた。

 仲間の記憶を、一時とはいえ奪う覚悟を。




 むむむ、遂に敵フラグです。
 ちなみに、犠牲者を減らすことが目的だったのに、この悠那が唯一の原作死亡キャラ(名有り)の生存者です。
 何でこうなったんだろ……。まあ、名無しの人がSAOでいっぱい生き残ってるし別に良いよね!

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