SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

57 / 86
 OS編第二話になります。さて、大体今までアニメの話数と同じ話数でやってきていましたが、アニメは一話三十分ですから、映画が百二十分とすると四話分ということになります。
 ……四話じゃほぼ確実に終わりません。
 では取りあえず中間、になるかもしれない二話目を。どうぞ。


#52 計画

 気づけば四月も終わり頃、今日は四月二十四日だ。世の中は近々に差し迫った春の大型連休、いわゆるゴールデンウィークに向けて動き出している。今年のGWは昭和の日が週の中央にあり中々にこちらの集中力を削ぐが、その後に期待の五連休が待ち受けている。

 ここSAO帰還者学校では、その昭和の日にあるARアイドルユナの国立競技場ライブで盛り上がりを見せている。VRの一番の被害者で心に傷を負った者も多い学生へのサポートとして、学校からAR端末オーグマーが配布された。更には若者を中心に大人気でチケットを取ることが非常に困難なユナのライブへの招待状まで配られた。これで盛り上がるなという方が難しいだろう。

―――……それも、全て計画の内なんだけどね。

 事情を知る身からすると少し、いや、かなり申し訳なく感じる。まあライブ自体は行われるわけだし、オーグマーも無料配布だからそれで帳尻を合わせたことにして欲しい。

 当然だが帰還者学校はSAOサバイバーが多く集まっている、というよりサバイバーしかいない。ならば確実にターゲットにするためにオーグマー、そしてユナのライブへの招待状を配るのも堅実な策だと思う。更に言えば、一般のライブチケットの方もSAOサバイバーが優先して当たるようなプログラムになっているそうだ。運が悪いとそれでも当たらないのだが。

 

「翔さん!」

 

 聞き慣れた声がして後ろを振り返ると珪子――シリカだ――が駆け寄ってきた。

 

「これからみんなで遊びに行くんですけど、一緒に行きませんか?」

 

 みんなというのは恐らく和人、明日奈、里香だろう。

 

「ごめんね。今日は用事があってさ。またの機会に」

「むう、そうですか。分かりました。それでは!」

 

 ビシッと敬礼をされたので適当に敬礼を返しておく。そうするとまた小走りでどこかに去っていった。五月病とは無縁な元気さである。

 珪子と別れて僕は東都工業大学へと向かう。希望進路先でもないのにここ最近はかなり通い詰めている状態だ。

 

「こんにちは、鋭二さん。予定に狂いはありますか?」

 

 研究室にいた鋭二に声をかける。端末に向かって何か作業をしていた鋭二はこちらに顔を向けた。

 

「特には。地方に関してはかなり良いペースだと報告が上がっています。都心、並びに地方中枢都市ではSAOからサルベージしたゲリラボスでかなりの数を稼いでいます。このままいけばユナの作成に不備は生まれません」

「それは良かった。……それと、鋭二さん。僕の方が年下です、敬語は止めていただけませんか?」

「それを言うなら貴方こそ。貴方がいなければ僕も悠那も生きていることはありませんでした。そんな恩人に敬語を使われるというのは、中々居心地が悪くなります」

 

 睨み合う僕ら。SAOでは互いにリアルを知らせ合わなかった上、対等なプレイヤーの関係を築く目的で敬語とは無縁だった。それが現実世界で会って敬語を使われたら収まりが悪いことこの上ない。

 しかしだからといって僕から敬語を外すことはない。これは一種の区切りだ。ここは現実世界なのだから、同じ人間だとしてもゲーム内とは区別するべきだ。中身は同じ、自意識も同じかもしれないが、(現実)では身分が違う、年齢が違う、立場が違う。内心は同じだとしても行動は変えるべきだろう。特にゲームでの関係など知らない人がいる場所では。

 埒が明かないため僕らは視線を外して切り替える。流石にこの攻防も二桁を数えれば慣れる。それよりも、と僕は机上に置かれたファイルを手に取った。

 ファイルに挟まれているのはただのA4のコピー用紙だが、その全てが黒い印字で埋められている。SAOサバイバーの本名、プレイヤーネーム、そしてそこから割り出した現在のオーディナルスケールでのプレイヤーネームの羅列だ。

 六千人分以上――実数では一万八千以上――にも上るその大量の名前と名前の上に引かれた横線に黒鉄宮を思い出すが、あれとは違ってただのインクと紙だ。重々しい石碑ではない。

 

「それにしても重村教授の計画の協力者はかなり多いですよね」

「……教授はSAO事件の際にかなり弱みを見せてしまったそうですが、それが逆に信頼に繋がったようですね。地方までは手が回らないのでありがたいことです」

 

 SAOの一万本は基本的には都内や関東圏でだけ発売されたが、ベータ版では関東以外にも当選者はいたようであるし、SAO購入のためだけに上京した者やクリア後に地方へと動いた者もいてサバイバーは各地に点在している。関東圏が最も多く、次いで名古屋や大阪が多いのだが、当然それ以外の場所にもいる。その人らの記憶は重村教授のかつての門下生などが集めているのだ。

 オーディナルスケール、並びにオーグマーを使用している者のデータは全て重村教授の管轄にある。そしてSAOサバイバーの情報も、先日販売された《SAO事件全記録》だったり教授のコネから集積されていた。

 それらをまとめた資料には住所まで載っていた。流石に情報量が多すぎるので紙媒体にするときには都道府県までに絞ったが。

 記憶の収集率は既に七〇%に届きそうだった。地方に限れば九〇%まで到達している。先日の四月十五日からSAOボスをゲリラボスとして出現させる試みを開始したが、それからは都市部での収集率も急速に上がっている。ユナのライブの当選者は記憶回収の予定が入っているため数に含むとすると、八割を超えるサバイバーの記憶を集められている。

 はっきり言ってここまで順調に行くとは思っていなかった。四千人ほどがスキャンされているにも関わらず世間に話題は一切出ていない。僕の策が上手くいったということだろうか。

 そんなことを考えながらデータに目を通す。

 

「鋭二さん。それでは今日は埼玉の方に行ってきます。確かSAOボスは秋葉原でしたか? お気をつけて」

「気をつけるも何も、ユナを護れば良いだけですから」

 

 鋭二に軽く声をかけてから研究室を出る。学生で早くから自由な時間に入れる僕らは、関東圏を移動して個々にサバイバーを襲撃している。オーディナルスケールはPvP要素も取り入れているため、そのシステムを使えば怪しまれずに相手のHPを減らすことが可能だ。

 目の前で気絶されるのは良い気分ではないが仕方のないことだ。溜息を吐いて、僕は大学内の駐車場へとバイクを取りに向かった。

 

******

 

「――大丈夫ですか? 目が覚めましたか?」

 

 人工の灯りに照らされたベッド。ここは埼玉の病院の一室。僕はそこにあるベッドの脇に座っていた。

 ベッドの主は見ず知らずの人。僕にOSのデュエルを申し込んだ人。どうやらSAOサバイバーだったようで、デュエルに応じたところスキャンに遭い気を失ってしまった。

 既に何人かがOSプレイ中に気を失う、もしくは一瞬意識が揺らぐところを目撃している。そもそもスキャンといっても大したことではないので意識をなくす人は少なく、ほとんどはふらついたり膝をついたりするくらい。それに気を失っても倒れ込んだ衝撃で目が覚めることが大半だ。

 ところがこの人は倒れた後しばらく声をかけても目を醒まさなかった。周りに人もいなかったので流石に焦って救急車を呼んだのだ。診査の結果では脳に影響はなく、単に寝不足が祟っただけだったそうだが。それを聞いたときは驚きが一周回って感嘆してしまった。デュエル中は一切そんな素振りを見せていなかったからだ。

 また経過観察も要らないとのことなので、病院のベッドを一つ借りてそこで起きるのを待っていたのである。

 

「は、はいぃ! ……って、何があったんですか?」

 

 起きた人は自分がどんな状況に置かれているか理解が追いつかない様子だった。まあ無理もない。デュエルをしていたのに意識が遠退き、気づけばベッドの上。しかも枕元にはデュエルの相手がいるのだから。

 

「……駄目だ、思い出せない。すみません、何があったんでしょうか?」

「貴女からデュエルを申し込まれ、実際に戦っていたところまでは覚えていますか?」

「はい。でも、そこまでですけど……」

「その、デュエルの途中でいきなり気を失われたようで。一応声はかけたのですが、反応が見られなかったので救急車を呼びました。どうやら睡眠状態だったようなので睡眠不足が原因ではないか、と。睡眠は取らなくては駄目ですよ?」

「そ、それはお手数をおかけしました……」

「いえ。…………それより貴女は、SAOサバイバーなのですか?」

「っ……。どうして、それを……?」

 

 ここで計画を口にすることはできないため嘘をでっち上げる。丁度僕がここにいて怪しまれずに話ができるのだ、また別の部隊に事後処理を頼むのは面倒が過ぎる。

 

「貴女が目覚める前にOS関係の事故対応の方がいらっしゃいまして。どうやらSAOプレイヤーの皆さんのみに稀に起こる不具合が確認されているようで、その影響が見られないか伝えてくれと言われまして」

「なるほど……。はい、私はSAOサバイバーです。レントさん気づいていないんですか?」

「……気づいていない、とは? もしかしてどこかで会ったことがありましたか?」

「あー、現実ではない、ですけど。えと、《アイム》です。音楽妖精(プーカ)の」

「ア、アイムさん? 貴女、女性だったんですか。初めて知りました」

「ははは、ALOのアバターは凄い中性的ですからね……」

 

 見知らぬ女性だっただけにどういう対応をされるか分からず身構えていた体を少し解す。アイムは音楽妖精の領主で、スリーピング・ナイツとバーベキューをしたときにも参加している。

 

「それで、具体的にその不具合ってのはどういう影響があるんですか?」

「ああ、それなんですけど。どうやら記憶が失われていく? んだそうで。専門用語を並べられたので良く分かりませんでしたが。どうやら様々な場所で発生しているようで対応に追われていました、その職員の方」

「記憶が、ですか」

「はい。特にSAOの記憶が」

 

 そう口にした途端に、アイムの顔が引き締まる。そして探るような顔つきとなる。恐らく記憶を探って思い出せない場所を探しているのだろう。

 

「――……………………」

 

 俯くアイム。余りにも沈黙が長いため心配になって声をかけようとした。

 

「どうかしましたか? アイm「少し、黙っていて、ください」

 

 その声は震えていた。強がっているような気配、それに気圧され思わず口を閉じる。

 唾を飲み込んでから、もう一度声をかける。

 

「……アイム、さん?」

「……ない、んです。記憶が。思い出せない、真っ黒なんです。全部、全部! 思い出したいことが、何も、思い出せない……ッ」

 

 アイムの肩が震える。手を出そうとして、出せなかった。

 

「……職員の方によれば、特殊な電波による治療を行えば記憶は元に戻るそうです」

 

 こちらをはっと見るアイム。僕と目が合う。そのまま逸らさずにいると、アイムは顔を赤らめてまた俯いた。

 

「電波、ですか」

「はい。……アイムさん以外の方もこの治療を受けて無事のようですから、危険なものではないかと」

「……ありがとうございます」

 

 硬く強張った声。

 これ以上の滞在は、望ましくない。

 僕は懐から一枚の名刺を取り出した。

 

「これがその方の連絡先です。施術は連絡していただければ希望のタイミングで行う、と。それでは、僕はこれで」

 

 そのまま席を立つ。僕の方へと伸ばされかけた手には気づかないフリをした。

 

******

 

―――僕は、どうすれば良かったのだろう。

 初めて、だった。自分の手で記憶を奪った相手に事情を説明するのは。

 記憶スキャニングの前段階である恐怖の呼び起こし自体は基本的にOSプレイ中に勝手に起きる現象だ。mob相手では余裕過ぎて恐怖を抱かない一部のプレイヤーは僕や鋭二のようなプレイヤーがデュエルをしてHPを削る。しかしそれも彼たっての希望でほとんどを鋭二が担当していた。

 それに記憶をなくしたサバイバーへの説明を普段僕は行わない。それは当然だ。企業からの謝罪も含んだ説明に社員でもない、ましてや高校生を送るわけにはいかないからだ。

 だから、アイムが初めてだったのだ。デュエルでスキャニングまで追い込み、記憶喪失の自覚の瞬間に立ち会い、表向きの説明をしたのは。

 僕と鋭二は共にスキャニングの被験者になった。記憶の回復の手法があると知っていたし、そもそも最初から自らスキャニングをした。僕がスキャニング直後の人に会ったのは覚悟をしていた鋭二だけだった。

 はっきり言おう。僕はこの計画に心から賛同できなくなっている。いや、参加を決めたときも心の奥底から賛同していたわけではなかったのだろう。

 

 僕の、悪い部分だ。

 

 いつもそうだ。物事を事実として認識するだけに留めてしまう。

 記憶を一時封印することになる。SAOでの記憶を引き出せなくなる。普段親しくしている面子を思い出せばすぐに分かることだろう。そんなことになったとき、どれだけその人が悲しむのか。どれだけその人が嘆くのか。

 目の前に事実としてはあった。後は少しだけ想像すれば終わりだった。その想像を怠った。事実の奥を考えろと主張する自分を押さえつけた。

 それでこのザマだ。

 しかしここで止まるわけにはいかない。この計画を止めたら悠那が目覚めるか分からなくなる、それもまた事実だ。そうなったら僕は今まで何のためにアイムや多くのサバイバーから記憶を一時とはいえ奪ったのか。もはや後戻りはできない。

―――やるしか、ない。

 悠那の姿を思い浮かべる。溌溂としていた彼女を。鋭二と共に楽しそうに笑っていた彼女を。あのデスゲームでも決して悲嘆に暮れず、周囲を元気づけていた彼女を。

 

 

 そんな彼女が目覚めないのは僕のせいなのだから。

 

 

 ALO事件、その解決の際、僕を苦しめるためにあのナメクジ研究員二人はALO事件被害者に悪夢を見せた。その被害者が彼女、《yuna》だった。彼女の心を傷つけた光景はあの研究員が見せたものであり、()()()()()()()()、すなわち僕が原因で見せられたものだ。

 僕が彼女を気にかけている最も大きな理由はそれだ。

 僕は重村教授や鋭二には事情を話し、その上で自らが原因だと告白した。しかし彼らは僕を恨まないでいてくれている。少なくとも表面上は僕を責めることはない。

 僕は彼らの優しさに報いなければいけない。結局は何もできずとも、無力な僕ができる償いは行わなければならない。

 ふ、と自嘲の声が漏れる。罪の償いのために罪を重ねる。なんて馬鹿げているのだろうか。

 

「やるしか、ない。やるしか、ないんだ……」

 

 自らに暗示をかけるが如く発声する。しかし、意味はない。効果が出ることはない。気づかなければ良かった。そうすれば――

 

「違う! 決めたんだ、僕は、もう罪から目を逸らさない。真実から目を背けない―――」

 

 二つの相反する感情、想いが渦巻く。贖罪のために計画を進めたい。でもこれ以上他人を傷つけたくはない。

 

 僕は、一体どうすれば良いんだろうか。




 中間なのに、初日の出来事までしか終わっていないという……。
 ちなみに本編最終話はOSの後のことと筆者は考えていますので、主人公は未だに詩乃と深い関係(意味深)にはなっていませんし、割と拗らせています。本編最終話を過ぎれば『終わり良ければ総て良し』くらいには言うかもしれませんが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。