SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 さて、さしたる進展もない五十四話です。
 ふっふっふっ、驚いたか、まさかの連日投稿だ! ……内容が進まないことを更新で許してほしいです。
 あー、話は進まないんだなぁ、と思いながら、どうぞ。


#54 会談

~side:詩乃~

 

「OSでSAOサバイバーに不自然な現象が起きている、とシノンちゃんは言うわけカ」

 

 私は目の前の小柄な女性に事件のあらましを説明した。周囲に人はおらず、特定の人間にしか声が聞こえなくなるようなアイテムも使用した上で、だ。

 

「で、どうなの。この件に関して何か情報はある?」

「ある分にはあるんだけどナ――」

「何よ、勿体振らずに教えなさい」

「まあまあ、落ち着きナ。こっちだって情報()なんダ。シノンちゃん、いくら払えル?」

「……言い値は?」

「ウーン、取りあえずは五十万」

「……理由は?」

「実は口止め料を貰っているんだナ。それを上回る金額は出してもらうヨ」

 

 さて、この言葉を信じるかどうか。まずはそこからだ。

 取りあえずとわざわざ言っているのだ。たとえ実際に口止め料を貰っていたとしても五十万ということはなく、確実にそれよりは安い。そしてそれをこちらに悟らせているということは、値引き交渉に応じる心があるということに他ならない。

 またこうも簡単に()()()()()()()()、要するに接触があったという情報を明かした。これはブラフである可能性も十二分にある。それならそれを理由に値段を吊り上げようとしているだけだ。いくらでも値引きの余地はある。

 しかしそう悠長に構えていられるほど私には余裕がない。さっさと値段交渉は切り上げたい。

 

「そうね……。この件、レントが関わっている、と言ったら?」

「…………」

「彼はどうやらその不自然な現象を利用する立場にいる。その行為の是非を知りたい。そしてそれが彼のためにならないのであれば止めたいと思っているわ。そのために貴女の手を借りたい。彼のためになるなら五十万でも払うわ」

「…………」

 

 掛け値なしの本音。視線を合わせ、相手の心に語りかける。聞いたところによれば《鼠》とレントはSAOでも親しい関係だったそうだ。……恐らく恋愛関係ではないはずだが、多少の情はあるに違いない。ならばこの本音に僅かでも響いてくれるだろう。推論に推論を重ね期待で塗装した願望だが、それは実現する。

 

「――交渉成立ダ。参ったヨ、シノンちゃん」

「――!」

「今回だけの特別価格。シノンちゃんとレン坊の話を事件が解決したら後払いとして教えてクレ。もちろん、その話は売らないサ。それで交渉成立といこう」

「ありがとう、《鼠》のアルゴ」

「うン。猫の手も借りたいシノちゃんに《鼠》の手を貸してあげようじゃないカ」

 

 さらっと――本名と変わらない――愛称で呼びながら手を差し出してくる。私はその手を引き戻す暇も与えずに掴み取った。

 

******

 

「それで詳しい事件の概要を知りたイ」

「そう、それなんだけど「タダ、ココで話し合いはしたくないカナ」

 

 アルゴのその一言から都内某所、つまりリアルで会うこととなった。

 正直なところ不安しかない。出会って間もなく、私は彼女のことを噂でしか知らない。しかしそれもまた致し方なし、そう瞑目していると横から肘を突かれた。

 

「こちら、《鼠》のアルゴです」

「……詩乃よ」

 

 そこにいたのはGGOのアバターと同じほどの身長の小柄な女性。特に異常はない。しかしその格好は白衣に眼鏡というやや異質なものだった。

 

「その格好は……?」

「ああ、ごめんねー。さっきまで缶詰めだったからまともな服なくてさー」

「口調は……?」

「いや、リアルではこっちだよー。ゆるふわ系目指しててねー。て、そんなことより、ささ、こちらへ」

 

 GGOでのやり手情報屋の雰囲気は綺麗に消失し、そこにいるのはゆるふわ系女子大生。眼鏡の奥の眼差しに険はない。むしろやや薄く開かれた瞼から温もりを感じる。

 誘われるままに私は道を歩き、裏路地に連れ込まれ、案内されたのは隠れたカフェ。

 CLOSEDという看板をスルーしてアルゴはドアを開ける――鍵はかかっていなかったのだろうか――。当然、店内に人影はない。

 

「好きな席に座ってねー」

「……ここは?」

「知り合いの経営するカフェ。営業時間以外は私も自由に使える」

 

 そう言って掲げたのは鍵。いつ開けていたのか。どうやらここは施錠されていなかったのではなく、アルゴが今解錠したということだろう。

―――というかもう夜よ? なのに営業時間じゃないって、この店こんな奥まったところにある癖にアルコールは置いてないのね……。

 そんなことを考えつつ、勧められたままに店の中央付近にある円いカフェテーブルの席に座る。カウンターの奥で何やらゴソゴソと動いていたアルゴがグラスを持って戻ってきた。中に入っているのは色合いからしてお茶であろう。

 

「はい、マテ茶。美味しいところのだからねー。味は保証するよー」

 

 飲んでみると程良く冷えていて飲みやすい。いくら月が昇り出したとはいえ五月に近い日、外で待っていてやや火照った体に心地良い。

 

「さて、それじゃあ依頼の件、詳しく教えてね」

 

 私の反対側に腰かけるアルゴ。口調はやや硬くなったが未だに緩く目線も一向に厳しくなっていないが、醸し出す雰囲気がガラッと変わった。グッと大人びて見える。人とはここまで印象を変えられるものなのかと私は目を瞬かした。

 もう一度マテ茶で喉を潤し、情報を開示していく。

 

「まず、この現象がいつから起こり出したのかだとか、詳しくは何が原因だとか、そういうことは一切分かっていないわ」

「それは当然ね。だからこそ私に声がかかったわけだし」

「うん。……それで、私達がこの現象を知ったのは今日の昼間。昨日の夜にアスナとリズとシリカがその現象に遭ったわ。そこから私達も知ることとなった」

「思い立ったら即日、だね。あの連絡先はVR課の菊岡さんに渡していたわけだから、彼にも既に伝えてあるんでしょ?」

「ええ。ただ、ここまで何も掴めていない状況では動くことはできない、そう言われてしまってね。個人的に貴女の連絡先を教えることまでが限度だったみたい。今は今度のユナのライブの関係で働いているみたいだしね」

「へぇ……、アーちゃん達が、ね。キー坊が黙ってないでしょ?」

 

 彼女がアーちゃん、キー坊と口にする。恐らくはアスナとキリトのことだろう。それにしても先程までの雰囲気で言われたならば不釣り合いだったが、今の雰囲気ではその体格に関わらず姉のような印象を強く受ける呼び方だ。

 

「それは、ね。彼も無茶をする人間だから。彼まで倒れられると面倒だから、二十一時には抜けるわ。だからそれまでにある程度の話はしましょう」

「……SAOボス、か。あんなのもう出てこなくていいのにね」

「そうは思っていない人間が大半のようね。あの茅場晶彦は世紀の犯罪者だけどゲームクリエイターとしても天才的だったんでしょう。ただの置き土産であれだけの人数が熱狂してるんだから」

「……うん。私だってOSにあんな機能がなければ、ゲーム自体に非はないから賛成だったよ」

「あんな機能……?」

 

 私の問いかけに、アルゴは一口マテ茶を含んでから話し出した。

 

「うん。口止め料を貰ってる、って言ったでしょ? あれの話。でもその様子だと、アーちゃん達のところには来ていないみたいだね」

「ええ……、そんな話は聞いていないわね」

「それなら私の番だね。――実を言うと、私もその現象には遭っているんだ」

「え……!?」

「あれは別に何てことないOSのプレイ中だった。SAOボスとの戦闘でもない、ただの一般戦闘。そこで交通規制に気づいていなかった自転車とぶつかりかけたの。あのときは慌ててね。必死に避けた。当然そっちに気を取られてたから、OSのmobの攻撃を受けてダメージを受けた。そのときだね、視界が真っ暗になったのは。気づいたら歩道の端に寝かされててさ、自転車の運転手がずっとつき添っててくれてた」

 

 アルゴの口から語られるのはアスナ達と同じような出来事。無論あちらは故意でこちらは事故なのだから別物だが、結果的にmobから攻撃を食らってしまったことに変わりはなかった。

 

「目が覚めても特に異常が無かったから私は家に帰ったんだけど、帰ってから気づいたのよ。記憶が引き出せないことに」

「……やっぱり」

「うん。アーちゃん達もそうなんでしょ? 私もそうだった」

()()()?」

「そう、そこ。私は今では何の問題もなく記憶を引き出せる。記憶に欠落は感じていない。それは何でだと思う?」

 

 普通に考えればしばらくすれば治るといった理由だろう。しかしここまで勿体ぶったのだ、恐らくそうではない。

 

「分からないわ。……それは口止め料と関係があるの?」

「うん、大あり。その事故から数日、いや翌日だったかもしれないけど、記憶の欠落っていう出来事を自覚してちょっと錯乱してて。そんなときにOSの運営職員が訪ねてきたんだ」

「スタッフが? ……家に?」

「そう。何でもオーグマーから位置情報を取り出したらしくてね。当然普段はいかに管理会社といえども個人情報保護の観点からそんなことできないんだけど特例だ、ってね」

「特例、ね。それがその記憶喪失のことだったってわけね」

「その職員は、『オーグマーにおいてSAOサバイバーの皆さんのみに発生するバグが巻き起こっていて、それで人体にも影響が出てしまっている。これから発展していくARの未来を止めないためにも、どうかこのことは秘密にしておいてほしい。記憶封印に関しては原因が不明なため根本的な解決法は未だに見つかっていないが、なんとか解除だけはできるようになった。それには専門の機材を使うため社まで来てもらう必要があるが、その際は最大限の便宜を図る。どうか、心ばかりですがこれをお受け取り下さい』ってね。それで慰謝料を貰ったわけ、私は。それからその治療を受けて記憶を引き出せるようになったの」

 

 それは私達にはなかったアクションだ。いや、そもそも迷いなく即座に――時間にして夜を挟んで十二時間ほど――病院に行ったキリト達が早過ぎた、ということかもしれないが。

 

「それで私は追及の手を止めたの。そのときは時間が惜しかったし、その職員の説明で納得もしたからね。SAOボスが追加されるかされないかって頃で、SAOのデータをサルベージしているって噂は耳に入っていたから、それの影響だと思ったのよ。それに口止めを頼みながら渡してきたお金を受け取ったから、流石にこれで臆面もなく情報を探るのは情報屋としてフェアじゃないな、と」

「なら今の状況はどうなのよ?」

「ふふふ。SAOで私は金さえ積まれれば顧客情報まで売る情報屋だったんだよ? より高い条件の方につくのは当たり前じゃない」

 

 ほぼ無償で引き受けておいてよくも言ったものだ。

 ともかく、これでかなりの情報が手に入った。そこで私は、恐らくアルゴが誤解しているであろう部分を口にする。

 

「……アルゴ。実はね、アスナ達はSAOボス戦でその記憶封印に遭ったわけだけど、それはそんな事故だとかボス戦中の被弾だとかではないわ」

「……となると、PK。話の流れからするとレン坊かな?」

「ええ。それからもう一人、《エイジ》っていうランキング二位のプレイヤーもよ」

「ふむぅ。だとすると、レン坊達と運営が繋がっているか否かが問題ね。運営もグル、要するに記憶封印はバグなんかではなく用意されていたものなのか、それともただレン坊達がバグを利用しているのか」

「バグを運営が利用していてレント達は雇われている、というのは?」

「一応それも考えておきましょうか。ただ、あの重村教授がたかがバグをこれだけ長い間処理できないとは思えないんだよね」

「……知り合いなの?」

 

 親し気な物言いにやや疑念が湧く。運営もグルだとすれば、そのトップであり開発者で技術者である重村博士が関わっていないはずもないのだから。

 

「実はMトゥデのライターやっててね。取材で重村教授とは数回会ったことがあるんだ。多分向こうは覚えていないけれど」

「へぇ……って、Mトゥデのライター!?」

 

 流せなかった。超大手MMO情報サイト――情報誌部門もある――関係者という予想外の立場に驚く。その白衣は何だ、女子大生ではなかったのか。人は見かけで測れないとは言うが、ここまでとは。

 

「まあねー。SAOで出来たコネ使って入り込んだ就職先だからね。将来設計もバッチリだよー」

 

 自慢げに胸を張るアルゴ。素直に称賛の拍手を送る。

 

「さて、それじゃあ今日はそろそろ。取り敢えず明日も会お……シノちゃん、学校は?」

「うちの学校は少しばかり頭がおかしくてね。五月中旬の体育祭の振り替え休日を今日明日に持ってきたのよ。だから明日は大丈夫よ」

「面白いことするね。なら明日から調査を始めよっか」

「ええ、お願いするわね」

「……シノちゃんも一緒だよ?」

 

 ……結局、明日の集合場所を決めることになった。あの話術に勝てる気がしない。彼女に取材される人間が可哀想になる結果だった。

 そんなこんなで私がカフェを出たのは二十一時の十五分前。こんなところまでアルゴの計算の下かもしれないと思い始めてきた。いや、実際にそうなのかもしれない。

 はあ、そう息を零して私は都内のどこへでも行けるようにしつつ、ボス情報を確認する。

―――出た!

 間違いなくいるであろうキリトを陰から援護するためにもこっそり向かった方が良いだろう。

 私は裏路地を駆け出した。

 

******

 

~side:アルゴ~

 シノちゃんと別れて、私は近くの大学の研究室へと戻る。

 恐らくはレントに惚れているであろうシノちゃんのことを考えながら。

 

「最初に嫉妬って言われるとはねー。そりゃ、嫉妬くらいするよ。私がいたかったところにいたんだから」

 

 あれは女の勘という奴だったのか。それとも単純なる口からでまかせなのか。まあ、私にはそんなこと関係ないのだけれども。

 この小さい研究室は現在長期取材――交渉――中の心理学教授の研究室だ。VRなどの根本技術は私の担当ではなかったのだが、色々な事情――主にOS人気の皺寄せ――があってこの教授の取材は私にお鉢が回ってきた。教授に気に入られている私がどれだけ我が物顔でうろつこうとも、ここの住人は何を言うことはできない。

 

「教授ー。まだ研究ですかー? そろそろ休まれた方が効率上がると思いますよ?」

 

 そう軽く声をかけると――ロリコンの――教授がこちらを見た。そして大きく伸びをする。

 

「ああ、もうこんな時間かね。ありがとうね」

「いえいえー。―――あ、そう言えば教授、この間昔の縁でオーグマーに技術提供したって仰られていましたよねー。あれって結局どこに提供していたんですか? 使っててもよく分からなくてー」

 

 ややメリハリをなくした怠そうな様子を装う。普段からこれに近い部分もあるが、ここまで力を抜かなければならないのは逆に疲れるものだ。油断させて懐に入るための演技とはいえ気色が悪いことに変わりない。

 

「……い、いいい、いや、別に、た、大したことじゃないさ。そ、そう。使用者にはみ、見せられない工夫、というややつだよ」

 

 ……動揺が激し過ぎるだろう。これでは何かがあることが確定ではないか。伊達にも心理学の教授なのだからもう少し自らを律して欲しいものだ。記者からするとありがたいが。

 

「へぇー。スゴいですねー。そういう見えない工夫って大事ですし、そういうところに技術を貸せる教授はやっぱりスゴい人なんですねー」

「あ、ああ! そうだとも! ……内容は言えないが」

 

 その後も適当に会話を繋ぐ。この教授は私と話しているだけで上機嫌になるのだから実に容易い。

―――さて、あとはどこを当たろっかな。

 私は知り合いをまとめた途轍もなく長いリストを思い浮かべつつ考える。

 なぜなら、人脈は使えるときに使うべきものなのだから。




 はい、予定していた四話目ですが、未だにキリト君は重村教授に会ってすらいません。……終わるまでには後四話くらい要るのではないでしょうか。
 それでは、いつになるか分からない次話で。

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