今日は十二月二四日――つまりクリスマスだ。SAOにもクリスマスは訪れるが、去年は未だ現実を受け止められていない人も多かった。今でもそういった人は一定数いるけれども、多くの人は前を向いて歩き出した。その結果が目の前の光景だ。
あっちでもこっちでも仲良さげにカップルが歩いている。……カップルでない者は今日は非常に肩身が狭く、路地の暗がりでは暗い雰囲気を纏った人間が何人も拝めるだろう。どちらでもない人間は、聖夜にも関わらずクリスマスイベントをクリアしようとかいう頭のいかれた連中である。そして僕も、パートナーのいない頭のいかれた人間だ。
顔は良い。自分でも思うし他人にも言われる。これは初日のトラップに引っかからなかった恩恵だから当たり前だ。アバターは誰しも自分の願望を映すものだろう――あの日は女装した男も多かった、うん――。
性格も良い方……だろう。デスゲームでも慌てず、落ち着いた丁寧な物腰――作ったキャラではあるが段々身についてきた――を維持している。ついでに言えば強さもこの世界では上位に間違いなく入る。
なぜモテない――。
気を取り直してイベントを探しに行こう。
そのイベントとは、ここ数日各層のNPCが繰り返すようになった話だ。聖夜の夜、アインクラッドのどこかにある樅の大木にサンタが現れる。そのサンタの背負う袋には数々の財宝と共に死者を蘇らせる秘宝が入っている、とのことだ。
僕もその話には興味があったが、樅の大木探しはせずに攻略を続けていた。
その心は、ここ第四十九層にある。今日の深夜にここで情報屋のアルゴとキリトが落ち合う。その情報を僕はアルゴ本人から買っていたのだ。
キリトはこのクエストの情報が出回ると同時に最前線から姿を消した――彼にも会いたい人がいるのだろう――。つまり彼を尾行すれば彼が見つけ出した場所に辿り着けるというわけだ。彼には抜群のゲーム感も、絶対見つけ出すという執念もある。彼ならまず間違いなく、問題の樅の樹を見つけているはずだ。
主街区《ミュージェン》の一つのベンチに彼を見つけた。アルゴと会話している。立ち上がった。転移門へと向かう。彼の声に耳をすませれば、「三十五層」という声が聞こえた。すぐに後を追って三十五層の《ミーシェ》に向かう。
三十五層といえば《迷いの森》だ。あの最奥にはたしか何のイベントにも関連していない大木のオブジェクトがあった。
三十五層はかつてのホームだったこともあり、完全に把握している。場所が分かったのだ、キリトにバレないように回り込もうではないか! そしてソロでフラグボスを倒そうなんていう考えを打ち砕いてやるのだ。笑みを浮かべながら僕は月夜の雪道を駆け抜けた。
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~side:キリト~
俺がクライン達に背中を任せて《迷いの森》の最奥部のエリアに踏み入ったところ、そこには先客がいた。
「っ――、レントか……」
「そう暗い顔をしないでキリト君。僕はボス討伐のコルと経験値が欲しいんだ。蘇生アイテムは君が好きにすると良い」
樅の大木に背中を預けて雪の中一人佇んでいた白い親友はそう言った。あいつが大量のコルを稼いでいることは知っている。十中八九、口から出まかせだ。一人で獲得してこそと思う心も僅かにあったが、その好意に思わず頬が緩んだ。
零時零分ぴったりに空から橇が降りてきた。乗っているのは赤い服に白い髭、サンタクロースを醜悪にモデルチェンジしたようなモンスターだった。暗い月夜と雪の中で巨木を背に立つ姿は見る者の不快感を掻き毟る。固有名《背教者ニコラス》と俺達、飛びかかるのはどちらが早かったか、はたまた同時だったか。死闘が始まった。
必死に戦った。無我夢中で剣を振るった。高空を細い一本の紐に乗って渡るような戦闘だった。一瞬でHPを全快させる回復結晶を何個使っただろうか。回復させる度に色を変えていくHPバーを見つめる。それが自分の命なのだと思うと吐き気がする。
最後の結晶が割れ、こちらの命の残量が数ドットになってようやく背教者は倒れた。同時にレントが倒れ込む。俺もふらつく体が倒れ込まないように黒い剣を杖のように使い、ボスが背負っていた頭陀袋まで進む。これがポリゴン片になっていないということは報酬なのだろう、などという余計な思考は一切働かず、本能のまま袋に手を伸ばした。
袋は指先が触れた瞬間、光の欠片になって飛び散る。目の前に表示されたリザルト画面をスクロールし、それらしき名前を探る。あった。それをオブジェクト化し、それ――淡く輝きつつも透明感のある、掌ほどもある美しい宝石――の表面をつつく。指が震え、まともに触れない。数回目でようやくシステムに認識され、説明文が表示される。
《還魂の聖晶石》
《このアイテムを選択、もしくはオブジェクト化し手に持った状態で、使用したいプレイヤーのプレイヤーネームを専用のウィンドウに入力、もしくは「ターゲット、〇〇(プレイヤーネーム)」と発声することで使用できる。
このアイテムは、対象のプレイヤーのHPが零になった後、結晶片が消えるまで(約十秒)の間に使用することで対象のプレイヤーを蘇生できる。蘇生されたプレイヤーは死亡直前の位置に蘇生され、死亡以前の動きを継続しない。蘇生されたプレイヤーのHPは最大値の半分まで回復される。》
目が説明文の上を理解したくないように何度も泳ぎ、事実を認識する。使用可能時間は、結晶片が消えるまでの
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~side:レント~
キリトは蘇生アイテムと思われる宝石のポップアップメニューを開き説明文を読むと、その場に倒れ込んだ。そして叫び出した。
「――――ッ、あああああああ!!!! クソ! クソ! クソ! クソッ!」
僕は這いずるようにキリトに近寄り、宝石から出たままの説明文の上に目を走らせる。数秒かけてそれを読み、僕はキリトに話しかけた。
「――キリト君……。っ帰ろう、か」
キリトが誰を蘇らせたかったのかは分からない。だが、このアイテムではその人は救えないのだ。
―――蘇生という希望を持たせた上で、命は一つということを再認識させる、か。
茅場は、まだ心のどこかでここがゲームだと感じている人間に思い知らせたいのだろう。
ここが
キリトはこちらの呼びかけには応じず、フラリと立ち上がった。
「……そのアイテム、はやるよ。――手伝ってくれて……ありがとな……」
キリトを追いかけて、疲労困憊の体に鞭を打って動かす。巨木のエリアから出れば、前のエリアには《風林火山》が疲れきった体で座り込んでいた。
「おうキリトぉ、やったか?」
キリトが暗い表情で俯いたままなので、僕がクラインに事情を話した。
「――クラインさん。蘇生アイテムは、……死後十秒が効果発動時間でした」
「なっ、そりゃぁ本当か!?」
「そうなん、ですよね……」
その場にいた全員の表情が翳った。
「ああ、もう仕方ねぇなぁ! 俺だって分かってたさ! 死んだ奴ぁもう生き返んねぇんだ、そのくれぇ……俺だって分かってたさ! ――でも、でもよぉ、もう一回ぐらいあいつと話したいって思うのもいけねぇのかよぉ!! 茅場ぁぁぁ!!!」
クラインの叫びは悲痛に満ちていた。皆が抱いてた一つの光明が消えたのを、全員が感じていた。
そうして、聖なる夜に微かな希望を追い求めた夢追い人達はそれぞれの帰途に就いた。
《還魂の星晶石》ゲットです。