ギリギリ六千字台です、どうぞ。
今日は四月二十九日、一般的には昭和の日だ。そしてユナのライブ当日でもある。
アルゴからの連絡はまだない。
OSの公式サイトを見ると、どんな無茶をしたのかキリトがランク九になっていた。
ベッドから抜け出して朝の支度をする。服を着替え朝食を摂る。
昨日誘われて向かったカラオケだが、皆も一応普段通りのようで良かった。シリカやリズも気持ちを切り替えてライブを心待ちにしていたし、アスナも傷心のようだが周りも同じ状況なことに加えてライブもあって多少は気持ちが上向きになっていそうだった。
彼女達に私は何も言えなかった。ライブで何か事件が起こるであろうこと、記憶の復活の目途が立っていること、そのどちらも言えなかった。
誰かに漏らしたときその情報の真価は失われ始める。アルゴの言で、私も納得した。納得はしても良心は話せと訴えてくる。彼女達に話したところでその外には広まらないであろう、そういう信頼はしている。
正直に言ってしまえば、自分の口から誰かに話してそれが真実と認められることが怖かったのだ。
私を友達にしてくれた彼女達よりも翔を取った、それだけだ。
「今日が終わったら全部話して謝りましょう。許してくれる、はず」
きっと私よりも翔の方が余程謝ることになるだろうけれど。
アルゴからの連絡は、まだない。
******
ふぅ、すぅ、はぁ。
しばらくそうすること既に五分。そろそろ周りからの視線が送られてくるかもしれない。
―――それより、気づいていないのかしら。
私がいるのは翔の部屋の前。以前教えてもらった住所の記憶を頼りにここに来たのだが、扉の前で動きを止めること既に――六分。
人がこれほど外で待っていたら何のアクションを取っておらずとも翔なら気づきそう――流石に過大評価か――だが、扉の向こうに人の動く気配はない。
意を決してインターホンに手を伸ばす。
チリーン
一般的な「ピーンポーン」という音とは一線を画した音色にやや驚く。
反応はない。
チリーチリーン
二連打。動きはない。
チリチリチリチリチリーン
五連打。翔はいないのかもしれない。
そろそろ周りからの視線が痛い。
結局、翔には会えなかった。
それが居留守だったのか不在だったのかは分からない。それでも説明のチャンスを一つ逃したことは確かだった。
諦めて適当に昼食を購入したとき、携帯端末から通知音が鳴った。
バッと勢いよく画面を見れば、それは個人用にと渡されたアルゴの連絡先からの着信。
「っはい。アルゴ、何か掴めたの?」
『うん……。取りあえず、あのカフェに来れる?』
「ええ。すぐに行く」
とても手短な会話。それでもアルゴの言葉の調子が沈んでいたことは分かる。カフェへの最短経路を走り出しつつ私はそのことについて考える。
―――何かが、良くなかった。
調査自体は終わったのだろう。少しとはいえユナのライブまではまだ時間がある。調査が終わっていないのであればギリギリまで調査を続けているはずだ。
調査結果が芳しくなかったのか。それは誰にとって。……私とアルゴにとってか、翔にとってに決まっている。
途中で地下鉄も用いつつ、電話があった二十分後にはカフェに着いていた。
「アルゴ!」
「――座って」
急に開いたドアにアルゴは驚いたようだが、間髪入れずに椅子を勧めてくる。今日はペットボトルの緑茶だった。
「……シノちゃんの勘は大当たりだったよ」
スッと差し出された液晶端末。それに指を躍らせて内容を確認する。
一枚目にあったのは今日のライブに駆り出されるドローンの数。その数は六十台。脇に
『通常の新しい携帯端末としての使用目的ならば1台当たり1000人をカバーすることが可能ですが、様々なコンテンツがありますから許容人数は800人/台と設定しています。更にオーディナル・スケール(以下OS)のような激しい動きを伴う場合は600人/台を基準値と定めています。これは600人が同時にOSで苛烈な戦闘を繰り広げても十二分に余裕があるということです。そこを今回のユナのライブでは万が一にもラグやブレなどが生まれないように500人/台で配備します。つまり入場者が全員でOSをプレイしたとしても何の問題もないということです』
恐らくはドローンの配備に関する関係者同士の相談だろう。どうやってこれを抜いてきたのかは聞かずにアルゴの説明を待つ。
「六十台のドローンが配備される、それは三万に対して十分だ。通常で考えれば、ね。次のページを見て」
次のページには様々な数式、データが乱雑に敷き詰められていた。私は目を白黒させる。
「シノちゃんは分からないかもしれないけれど、それはSAOサバイバーで被害に遭った人間のオーグマーの履歴。知り合いの分を必死に掻き集めてきたものだよ。そこからの概算で電波の出力を調べようと思ったんだけど、できなかった」
「え?」
「余りにもデータがバラバラでね。どうしてか分からなかったから、もっとデータを集めた。何とか忍び込んでドローンの方のデータもね。そうしたら一つの仮説が立てられた」
穏やかに言うアルゴだが、やっていることは無茶苦茶極まりない。人脈を頼りにデータを集めるところまでは理解できるがドローンに手を出すのは明らかに法に抵触する。
―――今は、その行動力に感謝しましょう。
「それはね、
端末の次のページにあったのは統計データ。単位は千に届くかというところだった。
―――なんて、量……!?
これを一人で捌いたというのか。ふとアルゴの顔に目をやれば、化粧で多少は隠れているものの――昨日までは微塵もなかった――酷い隈があった。ただの寝不足ではなく精力を使い切る勢いで活動したのだろう。思えば、意図して口調が穏やかなのではなく力が入らないのかもしれない。
「その理由はオーグマーの履歴、ドローンの履歴を浚えば分かった。……ドローンが電波出力のコマンドを発していたことは予想通り。そのコマンドでない限り脳に干渉できるほどの出力をオーグマーが発さないことも想定の範囲内。想定の範囲外だったのは、オーグマー同士が接続されていたこと」
「オーグマー同士が……?」
「うん。一つのドローンが担当している範囲のSAOサバイバーのオーグマーは接続されている。もちろんOSのプレイ中だけだけどね。それに多分同じ戦闘に参加しているっていう条件も入る」
四枚目のページはその裏づけデータ。どう見てもドローンから以上のデータが詰め込まれている気がするがスルーだ。
「そしてコマンドは接続されたプレイヤー全員に発せられる。というよりは接続されたオーグマー間を伝っていく、ってとこかな」
「……それで、どうして出力が変わるのよ」
「――」
アルゴは一瞬瞑目する。
「どうやらドローンから発せられたコマンドは、そのコマンド自体と同じ出力の電波を起こさせるみたいなんだ」
「……! 多くのオーグマーを十分に起動させるには、その分出力を上げるってこと?」
「そう」
アルゴが手を伸ばして私の手元の端末のページを捲る。そこには再び計算式の山が。
「今日のライブ参加者三万人の中の約二千人がSAOサバイバー、ってのが概算だね」
「それは……。サバイバーは六千から七千人いるって話だけど多いのかしら」
「三万中の二千とするとそうでもないかもしれないけど、六千中の二千とするとかなり多いね。概算だから増えるかもしれないし減るかもしれないけど今は二千人で話を進めるね。この場合最も均等にドローンに担当されて33.3人/台になる」
その数字だけでは何とも言いがたい。私は黙って先を促した。
「それで、今まで確認された中でのサバイバー同士の最高接続者数は十人」
「……それだけ? もっとあるんじゃないの?」
「基本的にOSで何かしらのイベント戦が行われるときは追加でドローンは動く。だからそれが最高数。そのくらいを限度に今までは動いてたみたい」
「一気にその三倍、ね」
「それで、その際の出力計算が次のページ」
私は次のページを見る。想像通りに理解できない数式で埋め尽くされたページ。それでも最後につけ加えられた文章だけは簡潔だった。
『以上が予想される出力。そしてこれは人間の脳が耐えられる出力を上回っている』
「なっ……」
「そう、その結果は他にも知り合いに検算してもらったから確か。――シノちゃん、翔君はどこ?」
初めて聞いた翔君という呼び名。だが今は気にしている暇はない。
「……今朝家を訪ねたけれど返答はなかったわ。居留守か不在かは分からなかったけれどね。だから今は私にも……」
これを翔が知っているとしたら絶対に止めなくてはならない。そう覚悟した私の目の前でアルゴの頭が机に落ちた。
「あっ、アルゴ!?」
「――うう……。ごめん、限界。少し、休ませて……。お願い、シノちゃん――」
そう言うだけで遂に寝息を立て始めてしまった。
―――そう、よね……。
これだけのものをたった半日で仕上げてきたのだ。あの手この手を使ってまで。
―――期待には応えないと……!
目についたブランケットをアルゴに掛け、端末を机から取り上げて私はカフェを出た。
******
あれから走り回った。当てなどあるはずもない。ただひたすらに聞き込みを続ける。アルゴとは比べるべくもなく、一般的な人よりも薄い人脈を頼る。自らの脚も使う。翔を探して。
だが翔が見つかることはなかった。
私は新国立競技場へと向かっている。一縷の望みに賭けて。
そしてその望みは叶えられる。
「詩乃」
私の脚はその速度を下げていき、やがて完全に止まった。
新国立競技場の裏口。ユナのライブ直前で表からはかなりの歓声が漏れ聞こえる。
そんな中でも翔の声は透き通って私の耳に届いた。
「翔」
「詩乃、どうしたんだい? こっちは裏口だよ? 確かライブのチケットが当たったって言ってたよね。なら表側に行かなくちゃ」
「ふ、随分と白々しいことを言うのね」
「…………」
珍しく翔の口が止まる。その視線の揺れからはかなりの逡巡が感じられた。やはり彼も後悔しているのだろうか。
翔は頭を振ってこちらを眺める。
「詩乃のことだからここ数日調べ回ったんだろうね。それで、その結論はいかに?」
「迷うまでもないわ。――貴方を止める」
「――だとしたら、僕らは敵対するしかないね。僕もこの計画の目的には賛同しているのだから」
翔は今までの自然体からやや腰を落とし、両手を広げて緩く体の前で構える。
スチャ、と私はここ数日放置していたオーグマーを装着した。
翔は『目的には賛同している』と言った。あの翔がライブに参加したSAOサバイバーを皆殺しにする目的に協力するとは考えられない。つまり重村教授達の目的は別のところにあるのだ。ならば電波の被害想定を告げれば出力を取り止めてくれる可能性が高い。
それならなおのこと翔は止めなければならない。いや、こちらの話を聞かせなけばならない。それには少なくとも落ち着いて話をできるようにしなければ。今の翔にそれが可能とは思えない。
―――彼も大分調子を狂わせているわね。
普段の翔ならば話をして終わりだっただろう。しかし今の翔の眼はいけない。新川恭二ほどではないが確実に濁っている。自分の行動への迷い、それが原因だろうか。
ふぅ、と息を吐く。翔はこちらの動きに対応するつもりのようで動かない。
リアルの戦闘で翔に勝てる気はしない。男女の体格差・体力差以上に武道などの技術もあちらは持っているのだ。私には
覚悟を決めて私はコードを口にした。
「オーディナル・スケール、起動」
「オーディナル・スケール、起動」
ほぼ同時に翔もそのコードを口にする。
その意味を考える前に私は突撃してくる翔に対応しなければならなかった。AR世界が構築されるかされないか、そのタイミングでの攻撃に意表を突かれる。確かにデュエルなどの条件を調えなくともOSで対人戦は可能だ。ARならではだが、準備中から攻撃を仕かけるのも有効だろう。……想定できるかは別問題だが!
「クッ!!」
踵で石畳を蹴り横に飛ぶ。彼我の距離が約十mあったのが幸いだった。手元にARでの私の愛銃が現れる。体を捻って翔に照準を合わせようとするも、彼は狙いを定めさせないように左右に体を振る。
後ろを確認しつつ移動する。一瞬も狙いをつけさせない翔の動きは驚嘆に値する。いくら近距離で振れが大きくなるとはいえ予測すらさせないとは。
後ろに動く私と前進する翔。最初の距離と左右への無駄な動き、翔の剣のリーチで決着はしていないが、それも時間の問題だ。
翔の意識が私へと集中して瞳の濁りが和らいでいる。動きを止めずに彼へと語りかけた。
「ッ、翔ッ! 貴方達がしようとしていることは分かっているわ! 今日、このライブに来たサバイバーの記憶の一斉読み取り! それ、が貴方達の目的でしょう!」
「……正確に言えば、目的とはややズレているかな」
翔が追撃を中断し足を止める。円弧を描き距離を測りながら戦闘は停滞した。
「……はぁっ、はッ、貴方達の目的はAI《ユナ》の作成、かしら。重村教授の一人娘のコピーAIの、ねッ!」
翔が姿勢を低くし、先程とは違う直線的に接近する。振るわれた剣を間一髪脇にそれて避ける。私が振り回した狙撃銃から逃れるように翔は腰を引き、その隙に私は距離を取る。
「……それもまだ道中、だよ!」
―――未だに道中……、その先があるの?
緩急混ぜた突撃を弾丸で行動域を狭めることで何とか読み続ける。
「貴方達は、ドローンからの特殊コマンドでサバイバーの恐怖心を煽って、関連づけされたSAOの記憶を読み取っていた! オーグマーからの電波を用いてッ!」
翔が更に身を沈める。地面と平行になるまで体を倒し、私の右下から切り上げを放つ!
それを左に倒れることで避けるが、バランスを崩し左手が地面に着く。左肘を曲げてバネのように使って体を左側に飛ばす。しかし起き上がることはできなかった。
私の目の前で止まる剣先。そして目を上げれば、そこには
「そこまで来たなら、
―――これが狙い……!?
わざわざOSでの勝負につき合ったのは記憶封印に伴う気絶を期待してのことか。
銃口が思い起こす脳裏に焼きついたあの光景。――そして同時に浮かぶ、暗闇から救ってくれた白い人。
「――ハッ。撃てば良いじゃない。やってみれば分かることでしょ?」
強がりを吐けるのも胃液を吐かなくなったのも、全部目の前の人のお陰だった。
「でもね、貴方は気づいているかしら? 今日の企みを成功させたら被害者のほとんどが死ぬって」
翔の綺麗な目が動揺で激しく揺らぐ。その隙に畳みかける。
「これを見なさい」
渡したのはアルゴの液晶端末。翔はOSを解除して端末をその指で繰った。激しく上下する視線。あの数式が理解できるのか分からないが、納得したように翔は頷いた。
端末を私に返すときには翔の顔はやや厳しいもののいつもの表情に戻っていた。
「詩乃。許されるかは分からないけれど、どうか許してほしい。それと、もうライブが始まる。詩乃は中には入らないで菊岡さんに連絡してもらいたい。このデータを添付……するのはマズいか。取りあえず確証があるって言えば動いてくれるとは思う」
「えっ、あ、貴方は?」
唐突な対応の変化に混乱する私を翔は外に置いていこうとする。
「……僕は中に行く。ライブが始まって一定時間経過すると内外の行き来ができなくなる。その前に中に入らないと」
「――――あ! か、翔!」
そのまま裏口に向かおうとする翔の袖を掴む。慌てながらも真摯にこちらを見る翔に、私は今まで失念していた大変な事実を伝える。
「アスナ達に言ってない!」
「……ライブでの電波のこと?」
「そう!」
翔は腕時計を確認して眉間に皺を寄せる。
「……ライブ中はスマホの通知には気づかないだろうしオーグマーの通知は切っているだろうね。これから明日奈ちゃん達のところに向かって、どれだけ早く動き出しても時間には間に合わない、かな。僕のIDだと入ることは可能でも出ることはできないから」
「……どうするの」
「――詩乃。僕はこの後、和人君達を連れていく。頼む、明日奈ちゃん達のところに行ってほしい。それでもしスキャンが始まりそうになったらオーグマーを外して。それだけで対策にはなる。それと、もう一つ。多分スキャンの対象は三万人全員だ。今日は三万のオーグマーを接続する。何とか止められるようにはするけどッ……!!」
「翔、大丈夫よ。きっとどうにかなるわ。そう考えなさい。下を向いていても始まらないわよ」
翔の背中を叩いた。
私を見つめる翔は驚いたようでもあったし、覚悟を決めたようでもあった。
私達は裏口まで駆け出した。
恐らくこれ以後に出せるとは思えないので捏造設定開示をば。
スキャンの構造
一、戦闘に参加しているサバイバーをドローンが認識する。
二、ドローンよりの指示でサバイバーのオーグマーが同期&感情の増幅が始まる。
三、戦闘中に感情が一つ目規定値を越えたときに増幅される。
四、二つ目の基準ラインを越えたとき、モニタリングしていたドローンからのコマンドが同期されたオーグマー間を伝って伝達される。
五、感情規定値を越えたオーグマーだけがその命令に反応してスキャンを行う。
って感じです。
ユナのライブの際は、二で同期されるのが三万人全員になり、四の感情基準ラインが三万人での総計になって、五では総計になった結果全員のオーグマーが反応する、って感じの変更が入ります。
重村教授から翔に与えられていた情報
・ドローンからのコマンドでスキャンは実行される。
・ライブの日は機体ごとのラグを出さないために三万台のオーグマーを同期させる。
・同期させてしまうから、一斉スキャンへの感情の規定値は一般人も含める。
このくらいですね。スキャンの際に同期している数で出力が上がるとかは知りません。
ちなみに詩乃に銃を突きつけて言った台詞ですが、詩乃のオーグマーは現在競技場外のドローン管轄ですのでスキャンはされません(SAOプレイヤーでないから同期されない、一般人も同期されるのはライブ内だけ)。完全なブラフです。
そして最後に翔の目的を。
ぶっちゃけ悠那の覚醒が目的なら仲間に納得はしてもらえそうです。ただ翔はこの計画にやや嫌な予感を覚えています。その予感の内容を知りたかった、言い方は悪いですがそのために仲間を利用した形です。
先に話をしなかったのは、何も知らない状態から探って欲しかった、つまり計画の総浚いをさせたかったってことです。
計画に組み込まれている翔では探りにくい上に、下手に知っている分先入観から見落としがちですからね。
長くなりましたがそれでは次回。