それではオール戦闘パートです、どうぞ。
本当にエリヴァには頭が下がる。
エリヴァの指揮によりある程度の秩序を持った競技場のプレイヤーはボスと均衡する。しかしこちらの戦力は死の恐怖の増幅によってじわじわと削られていく。アルゴの精神力は素晴らしく、また元々その機能を知っていたために抵抗できたが、普通の人はあれだけの恐怖に襲われたらスキャンされずとも戦うことなど到底できない。
今も電光掲示板の表示は八千から八千五百の間を彷徨っていた。
―――!?
嫌な気配がして飛びすさると、僕が立っていた場所にあの忌々しい骨矢が刺さっていた。目線を上げればそれを放った下手人と目が合う。――目があれば、だが。
僕の正面に立つスケルトン。ボスサイズなため大腿骨が僕の下半身ほどもある。大きく湾曲した象牙のような弓を装備しているが矢筒は持っておらず、防具も身に着けていないため見た目は完全に雑魚である。しかしその雑魚さが上手く働いていた。このスケルトン、動作音がほとんど存在しないのだ。そして身軽なため素早く、骨だけの身体は存在感が薄い。実に狙撃手向きと言える。
スケルトンは肋骨を自ら折ると、それを弓に番え放つ。正面からの攻撃を避けられないようなことはないが、その光景に思わず口の端が引き攣る。スケルトンの肋骨は既に再生していた。
「くっ――」
慌てて横に飛ぶと、先程から執拗にこちらを狙ってくるラミアの曲刀が地面に刺さる。とても見覚えのあるボスだ。確か四十七層のボスの《ザ・ラミアウォーリアー》だったか。キリトと二人で倒した敵だった。
ふとラミアとスケルトン、更には近くにいた大鎌持ちの死神のような悪魔――四十四層ボス――と鎌の刃がついた両刃剣使いで馬と獅子の二つの顔を持つ悪魔――六十六層ボス――の動きが止まった。その隙にスケルトンに攻撃を仕かけてHPを削るが反応はない。
そして動きを止めたときと同様に突如としてボス達が鬼気を纏って構える。――僕に対して。
―――これは、重村教授か。
このボス達にはたしかコマンド入力などができるシステムが搭載されていたはずだ。それを使ってタゲを僕に固定したのだろう。
四体のボスが僕へと迫る。厄介なスケルトンを正面に置き、背後から掬い上げるような曲線を描いて迫るラミアの双曲刀をしゃがんで躱す。右から来る猛烈な縦回転をする両刃の鎌は一歩前に出ることで、左からの断ち切る鎌の振り下ろしは後ろ重心になることで、それぞれの斬撃の間に身を置く。体を半身にして骨矢をスルーする。
それでようやく攻撃に転じようとするが、挟み込みに来る双曲刀を再び避けねばならなくなり、右から馬の顔が放った直線ブレスを回避し、同士討ちにならないようブレスを回避しつつ放たれた悪魔の鎌の引き戻し動作を身を捩って顔面から数㎜の位置で通過させる。新たに番え放たれた骨矢を地面に転がって避け、そこから立ち上がる動作で一瞬の隙を突いてラミアと二つの顔の間を通り抜ける。
ボスの包囲網を辛くも脱し、肩で息をする。
―――厄介な!
タゲ集中よりも重村教授の操作でボスが連携を取るようになったことが煩わしい。
僕の正面で並び立つ四体のボス。僕一人で四体のボスを引きつけ続けられたら良いのだが、それで僕自体が落ちるようなことになってはこの後の戦況に影響が出る。競技場の中央に鎮座する
後衛にスケルトンが構え、中距離にはブレス攻撃を主体にするであろう二つの顔、そして近接に間合いの測りづらいラミアと悪魔が迫る。
その尾を使って飛び上がったラミアが落ちてくる。悪魔は僕の足元を円弧を描いて刈りつつ斜め上方向に鎌を振るう。ラミアは空中とはいえその長い蛇体で姿勢制御が可能だ。悪魔の鎌はかなりの広範囲をリーチに収めている。共に避けにくいことこの上ない。
ラミアの予想落下地点からステップで離れ、悪魔の鎌対策に体を前に倒しつて膝ほどの高さに姿勢を維持する。鎌は僕を狙うから無論その高さで振るわれるが、タイミングを計ってそれを飛び越えて躱す。向きを変えて上に振り上げられた鎌は、空中で体勢を調整し僕に向かって落下してきていたラミアにカウンター気味に決まる。
骨矢とブレスは今の交錯中にも飛び交ったが、あの二体は同士討ちを避けているためコースを読み易い。更にどちらの攻撃も直線的で当たり判定から外れることも難しいことではない。
痺れを切らしたのか、二つの顔はブレスではなく武器である両刃鎌を回転させつつこちらに投擲する。激しく横回転し歪曲した軌道でブーメランのように襲いかかる鎌をしゃがんで避けようとしたとき、悪魔の大鎌が音もなく振るわれた。ラミアは未だにダウンしているが、悪魔は既にこちらを向いていた。
どちらかには確実に当たる。悪魔もとうとう周囲の攻撃に合わせることを学んだのか、攻撃のタイミングが同時だ。そしてどちらも広い当たり判定を持っている。斜め気味に振るわれた鎌は膝から下を狙い、両刃鎌は胸の辺りを目がけて擲たれている。両方を避けるには、腿を引き上げ足を膝より上で抱え、なおかつ可動域的に思い切り背面に反るしかないだろう。前面に屈んだのではまだ高い。だがそんな体勢をリアルで取れば転倒は必至だ。スケルトンが骨矢で狙っている現状、その事態を招くわけにはいかなかった。
覚悟を決めたそのとき、僕と鎌の間に二人のプレイヤーが割り込んだ。
「ふん!」
「はあっ!!」
二つの鎌を防ぐその二つの影は、どちらも僕には見覚えのある人だった。
片方は元《聖龍連合》ディフェンダー隊隊長のシュミット。もう片方は《血盟騎士団》に所属していた斧槍使いだった。どちらも攻略組のトッププレイヤーだった者だ。
「はっはっはっ! 確かに死なないゲームならばこいつらの相手は楽しいですな!!」
「……貴方はタンクでもないのに、どうしてそんなに楽そうなんですかッ!」
シュミットはぼやくが、それは対応した攻撃の違いだろう。斧槍使いの彼は両刃鎌を斧槍で受け流した――十分高等技術だが――だけだが、シュミットは現在もその盾で死神の操る鎌と拮抗している。
やや唖然としていると肩を力強い手で叩かれた。
「久し振りだな、レント。随分とボスに気に入られたみたいでご愁傷様だが、取りあえずあの四体はこっちで受け持ってやる」
「――戦況は?」
あの四体にかかりきりになっている間に戦況は動いたのだろうか。エリヴァがここにいるということはある程度のまとまりはできたと思いたい。
「……正直、微妙なところだ。一応それぞれのボスに十分な人数はつけてきた。あのボスらとは一回戦っているからな、その知識で有効な対処方法を行わせているが……。統制が取れ始めた分、参戦できるプレイヤー数は増えた。それで余力のあるところから単独で活動できる戦力を抜いてこっちに来た」
見るとスケルトンの方は三人で、ラミアは五人で囲んで各個撃破に移っている。他のボスに数十人でかかっている――ローテーションを組んでいるため同時に戦っているわけではないが――ことと比べると、いかに個人の力量に頼っているのかが分かる。だがそれでも抑えるので手一杯だ。
そしてあろうことか、悪魔と二つの顔の二体の悪魔系ボスに対してシュミットと斧槍使い、エリヴァの三人で挑み出してしまった。受け流し、受け止め、避け、同士討ちを狙い、片手間に一撃が重たいそれぞれの武器――ランス、斧槍、片手斧だ――で一撃離脱をする。流石はSAO上がり。この二体とも三人は戦ったことがあって危うさはない。だが僕から見ればそれは一つ間違えただけで命取りな綱渡りに見えた。
「レント! お前は中央の
それは僕とて理解している。中央の……《ザ・センジュカンノン》を何とかしなければならないのは。
奴は、いつかのボス戦のときと同じく地面に埋まっている。だがそれでも依然としてリーチは長い。更に言えばあのときのような大量人員は動かせない。そうすると一人当たりの腕の集中度――奴は既に腕が肘から別れた第二形態だ――が上がる。一撃必殺の攻撃を長く何発も耐えることは決して簡単ではない。
「任せました!」
それだけ言って僕はすり鉢状の底へと向かった。
******
千手観音と僕は向かい合う。ボスの腕が届かない範囲で。ボスは八対の手を合掌状態で構えていた。
こうしている間にも戦況は動いており、幸い全体的にプレイヤー側が押せている。どうやら二体ほどボスが倒されたようで、その分のスペースに非戦闘プレイヤーが積極的に入って、空いた人員はエリヴァ達のところへと回る。
だが重村教授の目的はボスによって全プレイヤーを戦闘不能にすることではない。電光掲示板の数字は八千台の後半から九千に乗るか乗らないかだ。例え戦況でいくら押していようが、SAOサバイバーがダメージを負う度にこちらは不利になっていく。しかし悩ましいことに、サバイバーに戦闘を控えさせてしまうと――できるかどうかは別として――戦力が足りない。
このままだと磨り潰されてしまうかもしれない。
ふぅ、と息を吐いて余計な考えをリセットする。はっきり言ってそれは今僕が考えたところで詮なきことだ。流れに任せる他ない。
僕はただ目の前の敵を倒すのみ。
「さて、戦
それだけ呟いてボスへと接敵した。
******
「はっ」
千手観音の腕の再生能力はかつてのままだった。たったの一人では腕切れまでは起こせない。
「ふっ」
だからこそ腕には触れず本体だけを狙う。
「っと」
背後から、前方から、上から、下から、左右から、全方位から。様々な方向から必死の手が迫る。それら全てを把握し、回避する。剣を腕の対処などに回してはダメージが足りない。したがって回避は体捌きだけになる。
だがそれも今ならば容易だ。ラフコフ掃討戦では八十人以上の戦闘状況、HP、攻撃力を把握し続けたのだ。HPと攻撃力を把握しなくても良いこの状況で、たった十六本の腕だ。そしてその全てが僕を狙って動く。これを捕捉できないほど鈍ってはいない。
留意するべきは咥え込み攻撃とその他の接近した敵の排除方法。五十層でのキリトの二の舞だけは避けねばならない。
その調子で数分攻撃を繰り返し続けると、ボスに変化が出てきた。今までは独立して動いていた腕が遂に連携を始める。隙間を生み出さないようにされた飽和攻撃――に見せかけたもの。
いかにAIといえど、そんな始めてすぐに完璧になるような簡単なものではないのだ、連携というものは。
僕の前に不完全な連携を見せたこと、それがこの仏像の敗因となるだろう。
一撃一撃が確実にソードスキルよりも強力であろう腕で自滅を狙う。こちらの動きに誘導され翻弄された腕は僕を目がけて攻撃し、直前で回避され本体にダメージを与える。半分まで減らしていたHP――ランク二の攻撃力をフル活用した――が急速に減っていく。
自滅を恐れ腕を遠ざければ、無防備になった本体への僕の攻めが過熱になり、たまらず腕を用い自滅する。
既に仏像は詰んでいた。
《ザ・センジュカンノン》に止めを叩き込む。OSにはソードスキルも強大な装備もスキルも存在しない。そのためSAOボスはかなり弱体化してあるのだが、それにしてもクォーターポイントボスがこれとは。先程の四体の連携の方が手こずった。
場内を見渡す。僕が仏像と戦い始めてから撃破できたのは一体だけのようで、全体として拮抗していた。その原因は安全重視な戦法だろう。サバイバーが恐怖に悶える――実際は自失に近い恐怖なため外見には余り現れないが――姿は理由が分からずとも不審感を人に与える。更にはサバイバーという近接戦のプロフェッショナル達が抜けたのが穴となっていた。
底にいた仏像が倒されたことを知り、一部のボス戦チームはボスを下へと誘導する。広いところで戦うためだろう。そして一足先に底に下りてきた青年がいた。高低差にメンバーが慣れる間ボスのタゲを引き受けるつもりだ。
そんなとき、僕と彼の間の空間が歪み、新たにマスコットのような白い存在が現れた。それはユナにつき従っているマスコットだ。
マスコットは青年の方へと近づき、青年もマスコットに気づいて表情を綻ばせる。見た目だけは可愛いからだろう。が、その正体は――
手を差し出しマスコットを撫でる青年。マスコットは嬉しそうに一声キューと鳴き、その口を広げた。
口にはぎっしりと鋭い牙が並んでおり青年の動きが止まる。マスコットの顎が外れ、表皮が際限なく伸びて口のサイズが直径十㎝ほどから一mほどになる。そしてマスコット――いや、
口を閉じて咀嚼するようにもしゃもしゃと動かす。段々と口は元のサイズに近づいていくが、その工程はグニグニ、ムニョムニョと想像もしたくない擬音に満ちていた。
青年は無論ARであるから先程の場所にいるが、恐怖から腰を抜かしている。そして、叫んだ。
「うわあああああぁああぁっぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
喰われる、それは非常に恐ろしい体験だ。そして戦況に余裕ができてきていた分、多くのプレイヤーがそれを見てしまった。電光掲示板の数値が跳ね上がる。
百層ボスは元のマスコットサイズに戻った後、体の内側から外側に突起が伸びては元に戻るといったまるで
そして全ての動きが静止した数瞬後、マスコットは炸裂するように形を変えた。
現れたのは白を基調とした体色を持った、神々しくも恐ろしいボスだった。下半身は深紅や暗赤色で彩られた裾の広がった布に覆われている。僅かに見える胴と腕は細身だが硬質な頑丈さを感じさせ、肩には大きく膨らんだ、下半身と同様の材質の飾りがついている。白い身体の所々に刺青のように赤い線が走り、赤い装備は要所を金輪で留めている。真っ白い陶器のような人面を有しているが、それは石のような無表情だ。白目も黒目もなく真紅に染まった眼からは何を読み取ることもできない。
そのボスの何よりも特徴的なのは頭部だろう。頭頂から後頭部にかけて髪のように白い造形物が生えている。それは頭から巨大な大脳のような輪郭を描きつつ背中側に落ちていき、腰辺りでまとまる。造形物からは六本の鋭い剣状の突起が伸びており、その根元にはボスの顔ほどもある巨大な紅玉が嵌まっていた。同様の紅玉は造形物の所々に見られ、顔の脇にはそれよりも小振りな紅玉が嵌まっている。
顔の上半分は同じく髪のように伸びたものが囲んでいるが、それは三対の翼のような形をしており、顔と同化しているたて仮面をつけているようにも見える。また、頭部から伸びた造形物が肩の前面で飾りを形成している。
それらによって描かれるシルエットは、確実に人型ではあるのに人型とは言いきれないものになっていた。言うなれば女神型だろうか。固定された無表情からは到底人間味を感じられない。
ボスは右手にいわゆる処刑人の剣のような赤い片手剣を握り、左手には穂先に翼の意匠が入った黒い槍を構えている。
人型、そしてサイズも人――本来は十mほどだったはずだ――であるにも関わらず、その放つ圧は圧倒的だった。
―――このままじゃいけない!
何も考えずに、ただ持っていた剣を振るい抜く。その顔に横に剣創が入った。
「こいつはこの《白の剣士》に任せろ! 皆の手は煩わさない!!」
本来複数人で挑むべき敵だ。だがこう言ってプレイヤーの皆がこのボスから距離を感じてくれたらひとまずの目的は果たしたと言える。誰しも火事は対岸に移れば怖くないのだ。その証拠に電光掲示板上で跳ね上がっていた数値は九千八百前後でようやく止まった。
―――間一髪……。
ノソリ、とボスがこちらを振り向く。HPバーが見える前の攻撃でダメージは入らなかったはずだが、しっかりヘイト値は稼いでいたようだ。
ボスの頭に一本のHPバーが浮かぶ。そして同時に《アン・インカーネーション・オブ・ザ・ラディウス》の文字も。SAOの最後のボスが僕の前に姿を見せた。
……悪意マシマシ構成。たとえVR世界で倒しても、ARでHPバー一本にせよ復活するという。討伐後のうんたらかんたらの間に閾値超えるはずでした。主人公ファインプレー。
それと、原作映画でもVRからの援軍があったように、今回のライブの確率操作はサバイバーが当たりやすい以外にも、OSハイランカー、各種VRゲームの凄腕プレイヤーは当たらないようになっていました。計画に抵抗されたら困るので。ですから! サバイバー無双も! 仕方ないのです!(エリヴァを出したかっただけ)