ユナのライブから一日開けて、五月一日から二日にかけての夜半。翌日が休日ということもあり、僕らは揃ってALOのキリト達の家に集まっていた。
メンバーはキリト、アスナ、リズベット、シリカ、エギル、クライン、リーファ、シノン。そしてアルゴに、エイジとユナだ。
悠那はあの後無事に目を覚ましたそうで、フルダイブならば可能だからと集まっていた。フルダイブにはそこまで忌避感を抱いていないという。むしろ前向きな彼女は大事な経験になったと語った。
「――というわけで、あのライブで悠那さんの記憶を封印して目覚めてもらう計画だった、ってこと。実際にはスキャンをかけるまでもなく、《ユナ》と緩く接続した段階で悠那さんは目覚めたみたいだけどね」
「なるほど……」
僕は事件の全貌をキリト達に語っていた。時折エイジやユナ――《ユナ》の記録から計画については全て知っているらしい――が補足説明を挟み、語り終えたときには僕は少しの疲労感を覚えていた。
「それにしてもいいように使われた気がするわ」
シノンが脚を組みながら呟く。それには本当に申し開きもできない。シノンなら調査を行って、そして完遂してくれると信じた上で放置していたのだから。
「そうだネ。でも、最悪の事態にはならなくて良かったヨ。頑張った甲斐があるってもんサ」
アルゴがにゃははと笑いながら言う。最後に会ってからもう一年以上になるがその様子は変わらない。
「でもそれで許して良いものでもない」
やや暗い顔でユナは言った。自分が全ての発端と考え責任を感じているのだろう。隣のエイジが心配気にユナを見つめていた。
「そうかな? 結局被害は残っていないんだから、そう気にしなくても構わないんじゃない?」
穏やかに言葉を発するのは明日奈だ。
「私達以外の人には――たとえ嘘だとしても、謝罪をしに向かって、慰謝料も払って、治療もして、納得してもらってるんじゃなかった?」
「嘘は言っていない、はずです、副団長。謝罪に向かったスタッフは基本的にマニュアル通りですし、そのマニュアルでは原因のところを巧妙に暈していますから。――あ、無論、オーグマーが原因のことであることは伝えていますし、スタッフもオーグマーが原因だからこそ、マニュアルがあるといえども誠心誠意謝罪しています」
そう。それも一つの事実だ。被害者側は――たしか全員が――慰謝料を受け取り、各種便宜をこれから図らせてもらう旨と陳謝を受け入れている。そしてそのほとんどが記憶の回復治療を受けた――一部は自ら希望して治療を受けず、封じられる記憶をSAOのものに限定する対症療法を行った――。
作為的であったことと動機は伝えていないが――事故だとも伝えていない――、基本的に被害者との合意はなっている。
当然それは知っているのだが、ユナの顔は晴れない。
「でも、それはその人達を騙していることにならない? それにスキャンのときに怪我をした人とかもいるし。――クラインさんは大丈夫なんですか? エー君が……」
「おう、それはな。風林火山の他のメンバーももう大丈夫、ってか俺だけがまだ入院中なだけで、それももう来週には退院できるしな」
クラインは楽し気にそう言う。スキャンに際し医療機関を受診しなければならないほどの怪我を負ったのは、風林火山のメンバーだけであった。彼らはその件に関してはもう何も追及しないそうだ。
「ったく、もう、デレデレしちゃって。そんなに悠那さんの歌が嬉しいのかぁ、このー」
リズベットがクラインを小突く。そう。彼ら風林火山は、お詫びとして悠那からオリジナル楽曲の自作CDを受け取っていた。ライブに来られなくしてしまったからだそうだ。
「それもあるけどよぉ、……《ノーチラス》には悪いことしちまったからな」
「ん? 何をしたんですか?」
クラインの台詞に、シリカが疑うような声音で聞く。それにはエイジが回答した。
「僕がNFCを患っているから、それを理由に攻略組への参加に反対したんだ。その意見が通ったから僕はその後は中層で活動していた。――だが、落ち着いてみればそれも当然だと思う。むしろ命を救ってもらえたとも言える貴方達を逆恨みして、OSではなく直接手を出したことは本当に恥ずべきことだと思う。改めて、すまなかった」
その謝罪をクラインは手をひらひらと振り跳ね返した。曰く、もう散々受け取っている、だそうだ。
「それにしても、結局は
リーファが話題を変える。
「仕方ないわよ。これで
「おいおい、なんでそこで明日奈に言う。俺に言えって」
キリトが苦笑する。だが運動不足に関しての反論がなかったことが自覚していることの証左だろう。
「こっちでも活動しようかなぁ」
そんな話を聴きつつ、ユナがぼやいた。ARアイドル《ユナ》は現在活動休止中ということになっている。悠那は健康になったときにアイドル、または歌手として活動を始めたいらしい。
それを耳聡く聞きつけたシリカが食いつく。
「本当ですか! いいですね! ARアイドルに続いて、VRアイドル! あ! 中の人ということでリアルアイドルもいいかもです!」
「はあ、悠那を過労死させるつもりか」
ユナのファンであるシリカの剣幕にユナは苦笑するだけだが、エイジは表情豊かに非難の色を示す。それを見たシリカは目をぱちくりとさせた。
「それにしても、さっきから思っていたんですが……。エイジさんって本当にNFCなんですか?」
NFC――フルダイブ不適合と一言で言ってもいくつかのタイプがある。
一つはそのまま、現行のフルダイブ機器と脳が適合していない人。そういった人は脳から信号を出力できないか、脳で信号を受信できないかのどちらかだ。
二つ目は脳がフルダイブ世界と親和しないタイプ。こういった人は信号出力、受信、どちらも可能ではあるのだが激しいタイムラグが起こったり、信号の誤伝達があったりする。軽度のものであれば長時間のダイブで脳がVRに慣れ症状が緩和することもあるタイプだ。
そして三種類目であるエイジのNFCの症状は、
「エイジさんは『VR過剰接続』なんだよ」
「過剰接続?」
僕の答えにシリカはまだ不思議そうな顔をする。一般に広く知られている用語ではないからだろう。
「簡単に言えば、脳からの信号をVR機器が受け取り過ぎる、ってこと。また逆に脳が信号を受け取り過ぎることも意味するね。要するに、心の底で思っているだけで行動に移そうとしていないことでもVR機器が勝手に信号として受け取って行動してしまう、ってこと」
「ええ!? そんなことあるんですか!?」
あからさまに驚くシリカ。リズベットら他の数名も感心した表情をしている。
「……SAOだと、恐怖の感情が表に出るせいで動けなくなることがあった」
嫌そうな顔でエイジが短く補足する。流石にそれ以上はシリカも詮索しなかった。
暗くなりかけた雰囲気にアルゴが新しい話題を提供する。
「にしても、これだけのことを計画した教授は今どうなっているんダ?」
「あー、パパは、ね……」
アルゴらしくもない。ここで更に暗くなる話題を提供してどうなるのだ。
「今は新しい研究に夢中みたいで……」
「え?」
なんと、重村教授はお咎めなしだそうだ。ライブのあれはゲリライベントということで問題にもならなかった。ただオーグマーによるSAOサバイバーへの
また今回の件での不名誉の責任を取る形で東工大の教授職も退いている――名誉教授ではあり、ラボも残っているが――。
そういった引責の説明と共に、教授は全被害者へ慰謝料を支払ったことを大々的に公表した。
そんな重村教授が、現在はとある機関の下で研究に従事しているそうだ。大分熱を入れているようで、悠那が目覚める前よりも目覚めてからの方が見舞いは少ないらしい。
随分と有意義に時を過ごしている様子の重村教授に、苦笑の雰囲気が漂う。
「そう、それは良かったね、ユナさん」
アスナは穏やかに言った。記憶が回復してから、彼女はどこか噛み締めるようにして日々を過ごしているようにも感じる。
「ええ。それと、みんなもだけど、私のことはユナ、エー君のことはエイジでいいからね」
「ええ、よろしく、ユナ」
「にゃははは、これで実名仲間が増えるナ、アーちゃん」
「もう、アルゴさんっ!」
アルゴの茶々で場が和み、そのまま解散となる。
別れ際に僕はエイジに話しかけた。
「エイジさん」
「……何ですか?」
「NFCのことなんですが。――多分、もう大丈夫ですよ」
「……?」
疑問符を頭上に浮かばせるエイジに、僕はもう少し説明を加える。
「エイジさんの過剰接続ですが、症状としてはかなり緩い部類です。恐怖という強い感情をもってしても動きを止めるだけなんですから」
爆発しかけたエイジを押し留めて、なおも言葉を続ける。
「滅多に発症しなかった、ってことはそれほど酷くなかったということですよ。であるならば。エイジさんがFNCに悩んでいたのは
「…………」
沈黙が答えだった。エイジはもうFNCではない。ただの高VR適性者だ。
今はまだ、VRにトラウマに似たものがあるだろう。だがそれでも、彼とVRで戦えたらとても楽しいだろうと思った。
******
~in:プーカ領~
プーカの領土は草原地帯を中心としており、その草原には遊牧民族風の建物――残念ながら移動式ではない――が多く存在している。
その中心街からは離れた、フィールドに出てしばらくしたところにある湖畔に僕はいた。丁度ゲーム内時間が夕方のため、夕陽が眩しいほどで湖が赤く輝いて映える。
「……アイムさん」
「――そんな、ことがあったんですね」
プーカの領主、中性的な外見を持つアイムは湖畔の柵に凭れかかっている。やや哀愁を帯びた表情は、彼女のファンからすれば垂涎ものだろう。
「はい。本当にご迷惑をおかけしました」
「ううん。貴方の気持ちは分かります。それに、記憶は戻りましたから」
こちらを見て笑うアイムはとても綺麗な顔をしていた。
結局、僕が直接手を下してスキャンまで追い込んだのはアイムだけだった。そしてアイムのあの様子を見てしまったから、漏らすべきではないと思いながらも事情を伝えてしまった。
「それにしても、わざわざこうして謝りに来てくれるなんて、やっぱりレントさんは優しいですよね」
「っ僕は……」
謝りに来た? そんなこと当然だろう。むしろ明確に意図を持ってやったことで、人に一時的とはいえ危害を与えているのだ。こんなことで赦されることだろうか。社会的には赦されたとしても、僕にはそうは思えなかった。
あのエイジも、自ら手を出した相手には謝罪に赴いている。そしてそれは各地の協力者達もだ。だが、僕らの心は同じだ。自らが手を出していない人だとしても頭を下げて回りたい、きっと皆そう思っている。
「ふ、そういうところですよ。――体験者だからこそ言えるんです。本当にありがとうございます」
「え……?」
「あの一件の前は、SAOは私にとって忌まわしい記憶でした。ですがなくなって初めて、大切なものもあるって気づけたんです。それに、このアフターサービスもきっとレントさんの口添えなんでしょう? 貴方はそういう人ですから」
「ですがっ」
アイムは僕の口に人差し指を当てる。
「私は何も聞いていません。ただ、デュエルの当事者としてレントさんが謝りに来ただけ。それ以上でも以下でもありません。――それで良いんですよ。貴方は抱え込み過ぎです。確かに、貴方が謝りたいというのも分かりますが、被害者はみんな納得しています。それを今更蒸し返す方が野暮ですよ。貴方はそんなに自分を責めなくても良いんです。貴方は最後のSAO犠牲者を見事救い出した英雄さんなんですから」
微笑みながらそう告げるアイム。その声が自然と胸に沁み込んでいくように感じた。
「…………ありがとうございます」
「ふふっ」
僕の謝意に少し笑みを零すと、アイムはこちらに向き直って、間を取って言った。
「好きです、レントさん」
そのときの僕の顔は見ものだっただろう。呆気に取られた僕に、アイムは言葉を続けた。
「初めて会ったのはSAOでした。あのとき、私を助けてくれたのが貴方です。短い出会いでしたので貴方は覚えていないでしょうけれど、思えばあれが私の初恋でした。そのままもう会うことはないだろうと思っていたんですが、この通り。……SAOの記憶がなくなったときは、胸にぽっかりと穴が開いたように感じました。でもその穴も、貴方と会えば塞がりました。そのとき、まだ初恋は終わっていない、そう思えたんです。
レントさん、私は貴方のことが好きです」
あのときの、記憶の喪失に気づいたときの様子はそれでだったのか、と意識の一部で独り言ちる。だが、意識の大部分は猛烈に思考していた。
―――いや、誤魔化すのは良くない。
気持ちは決まっている。ならば、こうも直接言われたのだから、真剣にストレートで返さなければ。
「――すみません。その気持ちに応えることはできません」
「想い人、ですか?」
「……はい。といっても、ただ想っているだけなんですが」
「そう、ですか。……ううん、頑張ってください。私も、想いを受け取ってもらえなくても、ただただ想っていますから」
笑ったような、泣いたような、いつもと違う、だがいつものように捉えどころのない声色だった。
その表情は夕陽に染まり確認できなかった。
ただ、ちらりと見えた口元は綻んでいた気がした。
******
~in:六本木~
白衣を身に纏った重村教授と呼ばれていた男は、和服姿の眼鏡の男――菊岡と言葉を交わしていた。
「教授が全面協力してくださるとは、これで研究が進みます」
「ああ。私もこれから暇になるからな。この研究に余生を注ぎ込んでも構わないだろう。――ただ、悠那からは離れない。よって『海亀』にも向かわん。それだけは認めてもらわなくてはな」
その言葉に菊岡は表情は変えずに――元々微笑を浮かべているが――告げた。
「ええ。それは構いません。元々、我々が教授に頼もうと思っている研究は『海亀』でなくともできますので。代わりにこの六本木支部に通い詰めることにはなりますが」
「構わん」
重村教授の短い雑な返答にも菊岡は態度を変えなかった。
「トップダウン型の傑作AIを創り出した貴方に期待していますよ」
「ふん。それがどこまでボトムアップ型に通用するかは判らんがね」
「ええ。ですが、貴方にできなければ貴方ができない代物ということが判りますから」
そこまで言うと、菊岡は初めて表情を変え告げた。笑みを深くして。
「それでは、重村教授。
最後のシーンは入れたかっただけです。アリシゼーション編を書くかは定かではありません。
そしてアイムを落としていた主人公。アルゴさんもでしたし、実は主人公はSAOでの方がモテた可能性が微レ存。
…….5話でバッドエンド書くかな。次こそはほのぼの話を書きたいと思いつつも、恐らくバッドエンドです。
それでは。