SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 アルゴさんの調査が間に合わず、情報のないままだった場合のif。#56 開戦の詩乃の強がり(撃てばいいじゃない)からの分岐です。あそこで情報を提供できなかった形になります。どうぞ。
※バッドエンド注意


#60.5 悲劇

 ……そうか。結局、詩乃でも何も分からなかったか。

 詩乃の行動予測で言えば、恐らく菊岡を頼ったことだろう。そしてその菊岡にはアルゴの連絡先を教えてある。ならば詩乃はアルゴに辿り着いたとみて間違いない。アルゴが調べて何も出なかった。それは即ち、この計画に裏はないということだ。

 僕は詩乃に向けていた拳銃の引き鉄を引いた。

 

「ッ――、……?」

 

 詩乃が反射的に目を瞑る。そして、オーグマーによって与えられるはずの衝撃がいつまで経っても与えられないこと、瞼を閉じていても視界の端に映る自らのHPバーが一寸たりとも変動していないことに疑問を抱く。

 その隙に僕は詩乃の手首に抵抗されないように手錠をかけた。命の危機を感じるようなことをされてしまうと、SAOサバイバーである僕は危ないのだ。

 硬質な感触に詩乃がハッと目を開く。そして驚愕と疑念で目をぱちくりとさせた。

 

「詩乃、僕が君の意に反して君を傷つけるはずがないでしょ?」

「え……?」

 

 困惑する詩乃に、今までのことを全て包み隠さず伝えた。

 全てを聴いた詩乃が呆れたように息を吐いて首を振った。

 

「全部貴方の掌の上だった、ってことね。何だか自分が馬鹿らしくなってきたわ」

「はは。もうライブが始まってしばらく経つから、もうボスバトルは始まっているはずだよ。さて、僕はこれから「いた!」……ん?」

 

 突然聞こえた声。そちらを見れば、小柄な女性が走り寄ってきていた。近づいてくれば誰かは判る。

 

「アルゴ?」

「二人とも! 大変だ!」

 

 息を切らせながら駆け寄ってきたアルゴが、こちらに口を開かせる間も与えずにタブレットを押しつけてきた。

 アルゴの鬼気迫る様子に圧されて、僕はタブレットの中身を確認する。そこには一つのレポートが存在した。

 それの題名を確認して、僕は一瞬で事態を認識した。その題名は『記憶スキャンの危険性』。

 数枚のページに一分もかけずに目を通して、僕は駆け出した。

 レポートの中身が真実ならば、いや、アルゴの調査結果なのだ、真実なのだろう。だとしたら、僕は取り返しのつかないことをしてしまった。

 裏口に駆け出す僕に、アルゴと詩乃の二人も追随する。詩乃は状況がよく分かっていなそうだったが、僕との間に手錠がかかっている――鎖は長いものを使っているから引き摺られることはない――ため取りあえず走り出していた。

 その二人に僕は告げる。

 

「オーグマーは外して! 競技場内のオーグマーは全て同期される設定になっている!」

「嘘!? サバイバー以外も!? そんな!!」

 

 アルゴが叫ぶ。その叫びに反応する暇もなく、鍵のかかっていない裏口を勢いのままに押し入る。

 鋭二のことが気になったがそんな暇もない。躊躇いなく僕はライブ会場の方へ向かった。

 道中で走りながら器用なアルゴに手錠を外してもらう。そして、会場へと続くドアに辿り着いた。

 

「くそっ!! 反応しない!」

 

 与えられていたIDカード。だがその効力は働かない。ロックされた内部へのドアは開く素振りを見せなかった。

 

「どいて!」

 

 アルゴがタブレットを開き、手元から特殊なコードを取り出した。僕はそれを見て何をするのかを察する。

 アルゴは警備システムにハッキングを仕かけていた。知識の足りない僕や詩乃では何をしているのか一切想像もつかないほどの高等テクニック。タイプする指は残像を伴うようだった。

 だが、それでも時間がかかってしまった。

 ロック解除の音、そしてそれを告げるアルゴの声の前に僕らは別の音を耳にした。それは危険だからと手錠の鎖で纏めていた三台のオーグマーが高電圧に耐え切れず発火する音だった。

 実に不快な機械が臨終する音に遅れること三十秒。僕らは内部へと入れるようになった。

 唾を飲み、覚悟を決めて扉を開いた僕ら三人が目にしたものは。耳にしたものは。

 泡を吹き、血を吹き、頭髪を燃やし、白目を剥き、身体を不自然に曲げ、地面を埋め尽くす死体の数々。

 勝ち誇ったモンスター達の姿と勝利の雄叫び。

 そして悲痛な、壊れる精神の断末魔のような、ある種の綺麗さを持った高音の透き通った絶叫だった。

 

******

 

~side:重村教授~

 計画は成った。全て私の思う通りに。茅場君の不安を煽る物言いは、ただ不安を煽るだけであった。

 エリヴァだとかいうプレイヤーネームの男が厄介だった。プレイヤー達を統率してボスに対抗してきたのだ。しかしその反撃としてボスを数体誘導したらそのままボスの圧力に負けてリタイアだ。

 頭がいなくなりプレイヤー共に動揺が広がった。

 そのときは丁度私も動揺していた。なぜなら侵入できないはずの紅玉宮に配置していた百層ボスが撃破されたからだ。あのときばかりは私も焦った。ユナが消滅してしまえばこの計画は破綻する。これが茅場君の言ったプレイヤーの底力かと焦燥感に悶えた。

 だが、それも一瞬。大蓮君の戦闘をじかに見て解析した私はサバイバーを警戒し、様々な強化を仕かけていた。何とかリソースを遣り繰りしてボスを二体増やした。そして百層ボスは撃破されてももう一度復活するように仕組んだのだ。

 競技場に現れる最凶のボスモンスター。あれは調整をして恐怖を最大限煽るようにした。その甲斐もあってたちまち平均恐怖値は上がっていく。ボスによって戦線も崩壊した。

 縦横無尽に競技場内を駆け巡り、人型の小回りを活かしてボスは強襲を繰り返す。範囲攻撃を繰り出す。接近戦を繰り広げる。どの攻撃手段においても奴に抵抗できる者はいなかった。

 ハッキングを仕かけられていることに気がついた。監視カメラを見れば大蓮君であった。彼には感謝せねばなるまい。その礼としてそちらには何もしなかった。

 

「む、やってしまった」

 

 ここで一つ失敗、いや、ほんの小さな手違いに気づいた。地下駐車場で侵入者に敗北した鋭二君にオーグマーを外すように伝え忘れてしまった。一応は悠那をSAOで守ってくれていた、娘の幼馴染でお気に入り。この計画にもかなり貢献してくれたから生かしてやる予定だったのだが。まあ大した違いではないだろう。

 ここで手元の端末に悠那のオーグマーが作動した旨の通知が入った。それと同時に、ダミーに何か――恐らくは公僕だろう――が引っかかった通知も入った。

 娘を助けられなかった国家の犬に対して圧倒的な敗北を突きつけられた。娘を一時とはいえ幽閉した茅場君が人々の記憶から薄れるほどの被害者を出した。娘が帰ってこないにもかかわらず、自分たちだけのうのうと生を楽しむサバイバーに八つ当たりができた。娘が帰らない直接の原因を作った須郷君、彼が欲していた海外のポストには私が今回の計画で得たデータを手土産に座る。この場に来なかったサバイバー、そして……大蓮君には後悔という最大限の苦しみを残りの人生で味わわせられる。

 そして何よりも、娘が目覚めた。

 気づけば娘の病室の前に立っていた。自分の息が切れていることに気づく。首からは面会カードがぶら下がっている。意識のないままにここまでやってきた自らに呆れつつも、扉を徐に開いた。

 

 

 

 

 

 

 ベッドから起き上がった悠那が、SAOに向かう前のように純粋な瞳で、不思議そうにこちらを見ていた。

 

「悠那!」

 

 思わず抱き締めてしまった。苦しそうな娘の呼吸に、慌てて力を緩める。大蓮君によれば未だ聴覚が弱っている頃合いだろうから、私はタブレットに文字を打ち込んで悠那に見せた。

 悠那は目を瞬かせながらそれを眺める。視覚も目覚めきっていないのだろうが、それでもYES/NOで応えられるその文に首の動きで意思を示してきた。

 私はそれがどうにも嬉しく、そのまま楽しく悠那と会話を続けた。

 次の日、私は悠那を眠らせて密かに日本を出た。

 

******

 

~side:翔~

 僕は正に幽鬼のようだったのだろう。声をかけてくる詩乃とアルゴに何も返せずに、僕はフラフラと外へ歩き出した。

 頭の中をグルグルと言葉が巡る。それはこれからの身の振り方、過去の失敗、今までの後悔についてなのだろう。自分の意識が及ばないところで脳が勝手に演算している。その内容はとんと理解できない。

 気づけば、近くの公園の前だった。

 前から誰かの声が聞こえる。唐突に意識が統一されはっきりとした。

 

「大丈夫ですか? ところで、すみません、駅ってどっちですか?」

「え? 駅、ですか。たしか――」

 

 そこで僕はなぜ意識がはっきりしたのかを理解した。

 理性も本能も、経験も予測も、知識も記憶も、その全てが揃って警鐘を鳴らしたためだった。

 

「!? 金本、敦……!?」

「っ正ィ解!!」

 

 その言葉と共に金本――元《ラフィン・コフィン》のジョニー・ブラックにして、最後の死銃(デス・ガン)は体勢を低くして突っ込んできた。

 金本はサクシニルコリンを保有したまま逃走を続けていた。元々毒武器使いの金本は、無針注射器という間合いの取りづらい得物でも操ってみせることだろう。

 僕は避けようと反射的にサイドステップを行おうとして、歩道の縁石に躓いた。

 

「あるよ! 縁石あるよぉ!!」

 

 恐らく精神が安定していなかったことと、無意識で動いていたため周囲を確認していなかったことが原因だろう。だが、金本の前に決定的な隙を見せたことは確かだった。

 忌々しい注射器がこちらに迫る。それを躱そうとし、足が縺れ、完全に背中から縁石の真上に落ちる。

 背骨を強打した痛みに呻く。衝撃で跳ね上がった体に上から注射器を押しつけられる衝撃が加わった。再び地面に落ちる体。そして押し込まれていく注射器のピストン。

 体内に薬物が侵入したことが分かった。

 

「っ、あ、はぁぁぁ」

 

 どこか恍惚としたような金本の声を耳元で聞きながら僕の意識は掻き消えた。




 くっ、「ないよ、剣ないよぉ!!」使いたかったが主人公は背中に背負わないから剣を抜く動作がほぼないんだ! しかも性格的にサクシニルコリンを忘れないんだよなぁ。というわけで躓いてもらいました。
 意識が消えたあとは、
・車道に倒れて轢死。
・毒で死ぬ。
・近所の住人or詩乃達が通報して一命を取り留め、アンダーワールドにダイブ。
のどれかですが、ぶっちゃけ上二つのどっちかですね。詩乃達はそっとしておくためか呆然としているかでついて来てはいないでしょうし、近所の住人であればサクシニルコリンを知らないため応急処置の遅れが生じますしで助からないでしょうね。それに菊岡さん達はライブでの惨劇関連で身動きが取れないでしょうし、というかSTLと『海亀』が完成しているのかという問題もありますしね。

 何にせよこのルートは海外に重村教授の頭脳とデータが流出していますから、日本は大負け確定です。
 更に言えばVR適性S(キリト、アスナ、主人公、血盟騎士団のハルバードの人)が全員死亡するので、心意はさらば、茅場さんの興味も海外の人々に向かいます。
 更に更に、今回の脳チンのせいでいよいよ日本人が危機感を持ってしまい、AR並びにVRを倦厭します。
 菊岡さんが全ての負債を背負っていくスタイル……。ご冥福を。

 主人公が死んで、目の前で超大規模電脳テロによって大量の人が死んで、詩乃さんは多分これから転落人生です。え? アルゴ? 心に闇を抱えて、多分トラウマから情報屋も辞めて、どっかで平穏に電脳世界から縁を切って生きていきますよ、多分。

 次回こそ、次回こそほのぼの、ほのぼの、ほのぼのぉ……。

追記10/21
 すみません、前話とか原作映画とかから鑑みて、アンダーワールド――並びにSTL、海亀――は既に存在していますね。筆者自ら設定を失念するという失態……。申し訳ありません。

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