SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 今回書く範囲での主人公の初戦となります。どうぞ。


#62 大会-初戦

 リーファは焦っていたのだろう。

 油断や侮りではなく、事実としてリーファのあの動きについて来られる者はいない。ユウキも身のこなしの素早さでは勝るだろうが、翅を用いて同じ動きができるかと言えば無理であろう―少なくとも特訓が要る――。

 純粋にリーファは自らの速さに自信を持っており、それは過信ではない至極当然のものだった。

 それゆえに彼女は自らが一太刀も浴びせられていないことに()()()。心が、思考が、攻め続けるべきか、一旦様子を見るべきか、どちらにするべきか揺れたのだ。

 ディランは冷静に、極小で上手く決められるか分からない揺らぎを見送った。それでリーファは二度目の揺らぎを生み出す。一度目が平気だったのだ、もう少し揺らいでいても攻められない。もしくはなぜ隙を見逃したのだろうか、やはり様子を見るべきだろうか。どちらにせよ――あるいは両方共であろうが――彼女が揺らぎを見せたことに変わりはない。

 ディランはそこで初めて型を崩した。大きく踏み出した一歩。それはディランは動かないという一種の視野狭窄の死角を突いた。

 揺らぎに加えて動揺も見せるリーファ。自ら生み出したその隙を、ただ速いだけで思考が止まった動きを、斬り裂けないディランではない。

 つまりはそういうことだ。

 ディランが技量においても駆け引きにおいてもリーファを完全に上回っただけのことだ。

 更にディランのあくどいところはもう一つある。

 リーファの左脇を抜けながら放った居合。それはリーファの腰の辺りに線を描き、その延長線にはリーファの翅があった。

 本来であれば翅はリーファの最高速度で飛んだときの空気抵抗であろうが小ゆるぎもしない。しかしそれは面で受け止める圧力に対しての耐性であり、刀のような鋭い斬撃に対する耐性ではない。

 部位欠損ほどではないが、リーファの薄荷色の翅は僅かに欠けていた。あれでは彼女の誇るトップスピードは出せない。

 

風妖精(シルフ)は地に落ちた」

 

 カゲバミを再び鞘に納刀しながらディランが呟く。全ての動きが止まっていた競技場に、その声と刀が鞘に収まる独特の音はよく響いた。

 一瞬遅れて歓声が沸き上がる。人は、自らの認識を超えたもの――旋風と化したリーファ――が自らの認識の内にいるもの――姿を捉えられていたディラン――に泥を塗られ、膝を屈するところを好む。ただでさえ自らの速度が破れたことに焦心したリーファに、その競技場の雰囲気が更に圧をかける。

 翅のバランスの崩壊を恐れ足を地に着けたリーファだが、むしろ浮足立っていた。

 ディランはゆったりと振り返る。先に一本取った彼は超然とした雰囲気を纏いながら、再び腰を落とし構えた。

 リーファは大きく深呼吸してから構え――慌てて横っ飛びした。ディランが速攻を仕かけたのだ!

 リーファは先程の流れを思い、ディランが後の先を取る巧者だと考えた。ここでも駆け引きはディランの勝利だ。やはり人生経験の差だろうか。居合をかなぐり捨てリーファに猛烈に斬りかかるディランを見て僕は感心した。能ある鷹は爪を隠す。ディランは後の先使いではない。彼は先の先を最もよく使う――戦う相手が速過ぎて物理的に取れないことが多いだけだ――。

 烈火の如く攻め立てるディラン。リーファは持ち前の剣速を活かしてその全てを打ち払うが、そもそも後ろ体重になり後退しつつの防御。リーファの劣勢は覆しがたい。

 リーファの防御を抜けてディランの一刀が決まる。なんとかクリーンヒットは防いだリーファだが、右肩を裂かれ狼狽える。ディランはその隙に高く飛び上がった。

 リーファの顔に陰がかかる。釣られてディランを視線で追ってしまったリーファは、ディランの黒光りする刀に反射した日光に目を細めた。顔を逸らしたり目を瞑らなかったことは評価したい。しかしだからといってディランの攻撃をリーファが防いだことにはならない。そのHPは三度目の減少を迎えた。

 ディランは翅を使ってリーファを飛び越えた。彼我の距離を大きく開け、居合の構えに移る。

 肩で息をするリーファ。そのHPは既に半分ほどである――先程の攻撃がクリティカルヒットだったようだ――。振り返りつつ、居合の構えのディランを今度はしっかりと警戒して中段の構えを取る。その眼には一矢報いんという熱い感情が迸っていた。

―――リーファちゃんの負け、かな。

 既に気持ちが勝利を向いていない。いや、ここまでやられっ放しならば仕方ないのかもしれないが、彼女は勝つことを考えから外した。勝つと意識し過ぎても負ける。しかし勝つことを一切求めていない者にもまた、勝利の女神は微笑まない。

 それに対してディランの眼は一切の油断を映さない。窮鼠だったとしても、油断しない猫を噛むことはできない。

 リーファが突撃する。剣道特有のその歩法は速やかに相手へと接近する。それでもディランの不意を突けるわけではない。

 呼吸を乱さないディランはグッと力を込め、居合を放った。リーファは羽ばたいてそれを軽やかに飛び越え躱しつつ、ディランの首目がけて剣を振るう。先程とは立場が入れ替わった、光を背に受けたリーファの斬撃。それはしかしディランに余裕を持って避けられる。立場が逆であればリーファでも避けられた。二度目の奇襲は通じない。

 二人の位置は再び入れ替わる。

 

ゾクッ

 

 背筋に寒気が走った。()()()()()()()()()()()()()。切り札とも言うべきものを。

 それをリーファも感じたのか、先程よりも苛烈に攻めかかるが、それをディランはバックステップで皮一枚躱し続ける。

 不気味だ。あれだけ用いた居合を仕かける素振りがない。あれは見破られるも見せ過ぎたも存在しない純粋な技だ。今更封じる意味が分からない。

 そこで僕は一つの可能性を思い出した。そして、それと同時にデュエルにも決着がついていた。

 まるで躓いたかのように後方に倒れるディラン。その頭上をリーファの剣が通過する。次の瞬間、前傾して伸び切ったリーファの身体を()()()()ディランがソードスキルで切り刻んだ。

 背中という弱点。ソードスキルのダメージ。そして恐らくはクリティカルまで含めたフルヒット。リーファのHPバーが赤を通り越して尽きるには十分だった。

 掲示板に堂々と表示される勝者、ディランの名前。蓋を開けてみれば片方が無傷のワンサイドゲームであった。

 

「……キリト君、リーファちゃんを慰めておいてね」

「ああ。ま、リーファも負けることは初めてじゃないし大丈夫だろ」

 

 キリトに声をかけてから、僕は自らの出番に向けて控室を出た。

 ディランの最後の技。それは《翳刀カゲバミ》の能力だ。

 伝説級武器(レジェンダリーウェポン)は基本的にそれぞれが一つずつ固有の特殊スキルを持っている。むしろ伝説級武器の醍醐味はそのスキルにあると言って良い。

 鍛冶の水準が上がった今では、武器としての性能だけを見れば伝説級は決して高い部類にはいない。古代級武具(エンシェントウェポン)が伝説級に追いついたと言うべきか。現在では伝説級はそのスペックの高さではなく、固有のエクストラスキルで語られる――聖剣のように基本スペックからして高いものもあるが――。しかしそのエクストラスキルも当たり外れが激しい上に、大量に伝説級が追加された今では稀少性が薄れたこともあって、余り熱心に伝説級は求められていない。

 そんな伝説級武器をわざわざディランが使っていることに疑念を抱くべきだった。それはつまり、有用なエクストラスキルがあるということに他ならない。

 ディランはあのとき一瞬でリーファの背後に現れた。正確に言えば、太陽に向かって動いたリーファの長く伸びた影、その上に現れたのだ。カゲバミという名前と合わせると、相手の影に移動する能力がエクストラスキルなのだろう。

 はっきり言ってとても有用なパターンである。

 だが有用な伝説級武器を扱うのはディランだけではない。それは次の僕の対戦相手も同じことだ。

 

『はい! それでは四強決定戦、最後の一試合! 全身を白く染めた脱領者(レゲネイド)! 《白い悪魔》レントとぉ! 武勇唸る火妖精(サラマンダー)の将軍! ALOにおいて伝説級武器を初めて使用した先駆者! ユージーン将軍の一戦です!』

 

 ワァァ、と群衆の声が聞こえる。観客席の音はかなり減衰されているのにこれだけ聞こえるとは、一体あちらはどれだけ熱狂の渦に呑まれているのだろうか。

 

「ふ。久しいな、《白い悪魔》。いや《白の剣士》か。かつての雪辱、果たさせてもらおう!」

「ええ。良いでしょう。その決意ごと捩じ伏せます」

 

 冷静に。冷静に。あちらも僕のことは把握している。彼の得物は変わらずに《魔剣グラム》だ。《エセリアルシフト》に注意を。先程の観戦中、いくら傍観者だと言ってもエクストラスキルの存在を忘れていたのは痛い。油断とは得てして自らでは気づけないものだ。それに気づけただけ――リーファには悪いが――運が良かったと思おう。

 競技場中心で向かい合う僕とユージーン。以前破ったため《エセリアルシフト》をあちらは使い辛いだろう。しかし僕の方も今大会ではタブ操作が禁じられているので、二刀は使えない上にペテンも行えない。

 静かに呼吸を整える。ひとまずは様子見から入るだろうから、その間にユージーンの実力がどれだけ伸びたのかを測ろう。それが分からなくては策の立てようがない。

 レフェリーの合図と同時にユージーンが距離を詰めてくる。と同時に一文字に振り抜かれる魔剣。丁度首を断ち切られる軌道。躱すためにスウェーバック……いや、後ろ重心から一歩足元を蹴って跳ぶ。

 振り抜く瞬間に握りが緩められ、間合いが伸びた魔剣。それは僕の首を皮一枚逃す。しかしそこからユージーンは大胆に踏み込んだ。柄の上で掌を滑らせて握り直し、両手剣を片手で逆一文字に振り抜く。僕は膝の力を抜いて沈み込みその下に潜り込んで回避。

 地面を左手で押し込み、反動で上方向に飛び蹴り。ユージーンの顎を狙うが顔を逸らさる。そこから左手で踏み切り――踏んではいないが――もう一段の跳躍。空中で体勢を立て直してユージーンの顔面に右足裏を蹴り込む。

 ユージーンは顔を流さないように力を込め、空中で動きの止まった僕に左拳を振り抜いた。それにはライトエフェクトが纏わりついている。

―――《体術》!

 最近の近接戦闘プレイヤーの間では《体術》を取ることが一つの流行だ。それもスキル枠に余裕が出来てきたからなのだが、やはりユージーンも備えていたか。

 そのソードスキルはユージーンの顔を踏み躙って跳躍、身を捻って躱す。地面に左手をつき一瞬片手倒立のようになった後、左肘を屈伸させてその反動で後方宙返り、ユージーンから距離を取る。仮想世界の醍醐味はやはり、こういった現実では難しい動きを行うことだろう。

 僕は腕のストレッチをしつつ首を傾ける。ユージーンは苦い顔をしている。あれだけやって僕に一撃も入れられなかった上に、逆に《体術》スキル込みの蹴りを――流石にGGOとは違って鉄板入りではないので武装はされていないが――顔面に入れられたからだろう。

―――情報戦、いや、ただの速攻かな?

 ユージーンとしては今ので願わくば決める、そうでなくとも有利な立場に立つ腹積もりだったのだろう。まさか初撃から柄を離すような奇策を使ってくるとは。更に言えば片手での両手剣の扱い、《体術》スキルまでも見せたのだ。割に合わないどころの話ではないだろう。

 様子見という予想の裏を掻かれたが、逆にある程度の実力は測れたので良しとしよう。

―――さて、いくか。

 警戒した様子のユージーンに微笑みを見せてから、翅を使って突撃した。ユージーンはその場にどっしりと構える。そう、それが正解だ。互いに飛び回ればその分戦闘の選択肢が広がる。それは僕相手には好ましくないだろうから、自分だけでも動かないのは正しいのだ。

 翅を震わせ、一瞬でユージーンの後ろへと回り込む。地を踏みしめ体を固定していたユージーンは反応が一瞬遅れる。ユージーンは悩んだことだろう、どう対処するべきか。その判断は素早く的確であった。流石は火妖精の将軍だ。

 背中を向けている現状、前方に進んでも後ろから突進系ソードスキルを放たれれば終わりだ。どう考えてもそちらの推進力の方が上である。飛び上がったとしてもソードスキルというのは――巨大モンスター相手も考えて――上方向への軌道修正が容易なため捕捉される。かといって横や下では僕の剣の間合いからは抜けられない。つまりユージーンが取った対応策は、振り返ってこちらの攻撃を相殺するというものだった。

 こちらを振り返ったユージーンは僕の天地が逆転していることに気づく。それは確実に動揺させたはずだ。それでも剣が纏った光の色と僕の体勢から素早くこちらのソードスキルを推測し、剣を合わせに来る。しかし剣が交差することはなく、ユージーンの身体には三本の剣創が刻まれた。

 なぜか。それは簡単だ。ユージーンはつい普段と同じ方向からソードスキルが襲ってくると判断した。それはいつもと同じ方向に剣があったからだ。ここで思い出してほしいのは僕が()()()()していたということ。要するに僕は普段と逆の左手でソードスキルを放ったのだ。当然軌道は変わる。むしろあの短い時間で、僕が右手でソードスキルを放っていれば完璧に防いだであろう位置に剣を置いたことが立派だ。

 正面からソードスキルを――三連撃の簡単なものといえども――フルで食らったユージーンのHPは大きく減少する。

 ALOでは防御力や攻撃力はどんどんと成長していく。しかしそれとは対照的にHPの変動は少ない。初期データの攻撃で古参のHPに傷がついたように見えないのは、HPが多く掠り傷に過ぎないのではなく、高めた防御力で掠り傷まで抑え込んでいるからだ。

 既にユージーンのHPは半分を下回った。それほどにクリーンヒット、特にソードスキルは痛い。

 だがユージーンはダメージを気にする素振りも見せず、距離を詰め、グラムを突き出す。突きというのはそこからの派生が恐ろしい。硬直に囚われた僕では振りの間合いからは抜けられない――《エセリアルシフト》があるからパリィもできない――。あちらも《体術》での対応に引っかかりはしないだろう。万事休すだ。というか調子に乗ってソードスキルで近寄り過ぎた。油断油断。大敵大敵。

 突き出されたグラムを脇腹で受ける。アバターの芯――大ダメージ部位――は外してHPの減少を最低限に収める。驚愕の表情のユージーン。そう、その、僕ならばどうにかして避けるだろうという推測を破りたかった。

 右手でグラムを抑え込み、左手に握った剣でユージーンの喉元を貫く。両手で握ったグラムが動かせないのだ、首をどこかへ動かすことはできない。突き刺した位置から脇に喉を掻き斬る。これが両手剣と片手剣の差だ。

 右手を離せば、ユージーンがグラムを抜いて慌てて後退しようとする。僕は距離を離さないように同タイミングで前進。左手の剣を回して逆手持ちにし、ユージーンに突き出した。意地の表情で体を翻し、ユージーンはそれを避け地を転がる。そこから跳ね上がると雄叫びを上げて斬りかかってきた!

 

「うおおおおおお!!!!!」

 

 グラムに宿るのは紅蓮の光。あれは見たことのない光だ。OSS、八連撃の《ヴォルカニック・ブレイザー》か!

―――ですがユージーン将軍、貴方の負けです。

 ユージーンが駆け出すその足元。そこが光り、小規模の火属性魔法が発動した。

ボフンッ

 気の抜けた音の地雷。しかしそれは十分な威力だ。何せ体勢を崩させることでOSSをキャンセルするだけでなく、絶対的な隙を晒させたのだから。

 きちんと右手に持ち直した片手剣がユージーンの身体を貫き、そのHPバーを黒く染めきった。




 ベスト四は《キリト》《ユウキ》《ディラン》《レント》です。
 ユージーン将軍惜しかったですね。彼の敗因は突きをソードスキルにしなかったことでしょうか。あそこでOSSを放っていれば、主人公は超至近距離で初見の八連撃を見切るとかいう神業を行わなければならなくなっていました。残念です。まあ、主人公と敵対してしまった話の展開を恨むべきでしょう。
 それでは。

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