これは第五十八層の攻略中に起こった、僕が《白の剣士》と呼ばれる原因になった出来事だ。
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第五十層からの攻略は順調に進んでいた。あれ以来犠牲者は出ておらず、攻略ペースも落ちていない。僕も他の攻略組――トップだけだが――とは友好関係を結べていた。あの援助を好意的に思ってくれたようだ。
―――そんな気は全くなかったんだけどなぁ……。
結果的にいつだかアルゴに言われた『朝貢』のようになってしまって心外だ。別に嫌われたいわけではないのだが、援助を理由に好かれるのは余り喜ばしくない。
アルゴと二人で用意した支援物資は狙い通り攻略組に装備の不備をほぼなくし、攻略速度を維持するのに大きく貢献できているため今更止める気は更々ないが。
他にも援助が起こした変化はある。ギルド組合《フリーダム》の結成だ。《フリーダム》は《KoB》と《聖龍連合》を除いた中小ギルド、パーティが手を取り合おうという目的で作られた互助組織だ。
ギルド組合とはギルド間の同盟のようなもので、昔から存在自体はしていて中層以下ではそこそこ使われているが、最前線では作られていなかった。それは攻略組の仲が険悪なのではなく、別に作ったところで大したうま味のない代物であるからだ。
組合に所属するギルドのプレイヤーには名前の横のギルドマークの隣に組合マークもつく、その程度の変化しか齎さないのが組合システムだ。ギルドとは違い上納金はなく、本当に所属を表す以外の意味はない。これに意味を与えることがプレイヤーに許された組合システムの運用法だ。組合にはギルドではなくても加盟できると聞いていたが、まさか
アルゴによれば、『アイツら、レン坊が援助するなら一つにまとまっていた方が楽だロ、だとサ。愛されてるナ、レン坊』だそうだ。
《フリーダム》が掲げるのはただ一つ、その名の通りの《自由》だ。本当に縛りも何もなく、ただ一つの団体に所属しているというだけ。代表は一応とあるギルドのギルマスの《タロウ》――愛犬の名前だという噂だ――だ。名ばかりといえど代表ではあるので、攻略組の今後を決めるトップ会議――大袈裟に言えば、だ――に集まるのは以下のメンバーになる。
《KoB》の団長《聖騎士》ヒースクリフと、つき添いの副団長《閃光》のアスナ――彼女がいないと何も始まらないのだが、団長がいる手前つき添いということになっている――。
青い西洋鎧を着こんだ髭面の《聖龍連合》団長《
《フリーダム》代表のタロウ、それからなぜか副代表――副頭と呼ばれているらしい――に収まった《風林火山》のクライン。
そしてソロプレイヤーの僕とキリトだ。
―――どこの団体にも属してないせいだけど、平がここにいるのは居心地が悪いな……。
会議中はしきりにそんなことを考えていた。
無事五十八層攻略の粗方を決め終わって会談をしていた建物から逃げるように外に出たとき、タロウに話しかけられた。
「そういえば、レントさんはどうしてどこにも所属しないんですか?」
心が急いていた僕は、その声に深く考えず答えてしまった。
「憧れている人がいるんですよね。その人に追いつきたくて一人で頑張っているんです。あ、別に変な意味ではないですよ?」
―――あ、しまった。
このタロウというプレイヤーは、その柔弱そうな顔つきとは裏腹に《狸》と呼ばれるような人物だ。今も驚いたように目を見張った後、悪戯っぽい笑みを浮かべて振り返った位置にいる人物の名を呼んだ。
「あ、キリトさん! ちょっとレントさんと
「え? 別に構わないけど……」
―――だよねぇ……。
完全に憧れの対象がキリトだとバレてしまっている。この《狸》はあの《鼠》と正面から
―――でも、キリト君と戦えるのは楽しいかも?
「ならお願いしますね。レントさん! 頑張ってください!」
僅かに心が揺らいだ間に話はすっかり決まってしまっていた。僕らがデュエルすると聞いてギャラリーも出来始めてしまったところであるし、避けることはできなそうだ。
「ルールはどうする?」
「《一撃決着》でいいだろ。アイテムの使用はなしで」
「うん、わかった」
デュエルのルールには三つある。最初の一撃を入れるか、相手のHPを半減させた方が勝ちの《初撃決着》。相手のHPを半減させれば勝利する《半減決着》。デスゲームの今では使うことはないであろう、HPを全て削ったら勝ちの《完全決着》の三つだ。またどのルールであっても、降参を意味する単語を口にすればそれで負けたことになる。
―――どういうつもりだ? 僕の奥の手は昔見せたはず、タブ操作は禁じないのか?
それで良いというなら良いのだろう。僕は決闘申請を送った。
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~side:リンド~
俺はリンド。あの《黒の剣士》と、最近やってきたレントって白髪野郎がデュエルをするらしい。さっきまで会談していた連中も含めてかなりのギャラリーが建物の前には集まっていた。まあここは最前線だし、あのビーターは有名人だからな。
「《黒の剣士》が決闘するんだってよ」
「相手は誰だ?」
「あのもう一人のソロだろ。これは面白い組み合わせだな!」
「片手剣対片手剣か。どうなることやら……」
そうこうしている間にデュエルが始まった。
黒が剣を振るい、それに合わせて白も打ち返す。互いに最初の一撃が防がれたから、これからは先に相手のHPを半減させた方が勝ちだ。そのまま何十合も打ち合うがまともに攻撃が入らない。攻めればいなされ、躱される。と、黒が単発重攻撃《ヴォーパルストライク》を放った。ジェットのように唸りを上げて迫る剣を、白は冷静に限界まで引き寄せてからしゃがんで躱す。白はお返しに沈み込んだ姿勢から二連撃の《スネークバイト》を放ったが、黒は読んでいたかのように飛び退って躱す。
―――くっそ、避けるなよ! 白!! もっとやれ!! ぶちのめしちまえ!!
互いに距離を測るかのように円を描きながら睨み合っている二人。そう言えば《黒の剣士》は左手を前に出し、右手に持った剣を上げる特徴的な構えだが、白の方も面白い。右手の剣先は地面すれすれまで前に下がっており、左手は斜め後ろに上げている。まるで
―――面白れぇこともあるもんだな。
今度は白が《ソニックリープ》で仕かける! それを黒はパリィ! がら空きの腹に反撃の《バーチカルスクエア》を叩き込む。初めて大きくHPに変動があった! だが硬直で黒の体が止まったところを狙い澄ました白が、体術スキルとの複合技《メテオブレイク》を放つ! 七連撃が見事に決まった! これでHP半分まであと少し!
「よし! 良いぞぉ!! その調子だ!」
気づいたら声を出して応援していたが、周りも同じような状況なので構わないだろう。
また二人は距離を取ってタイミングを見計らっている。黒の体力はソードスキル一発で半分を切るだろう。このままならいける! 黒が下段突進技の《レイジスパイク》で先に突っ込んだ! レントはタイミングを合わせて基本技だが汎用性の高い《スラント》で叩き斬ろうとしている。《レイジスパイク》は威力が余りないため、食らってでも攻撃を合わせればそのまま勝ちだ! しかし、なんと黒は白の手前で
「なッ……! 射程外だったのか?」
「いや、狙ってたんじゃねぇか? あそこで止まってソードスキルをパリィすりゃ大ダメージを与えられるからよ」
いつの間にか横に来ていた《風林火山》のクラインが言った。
「アイツはそのくれぇ簡単に熟しちまうからなぁ」
その言葉通り、威力が軽い分硬直が短いソードスキルの恩恵に与って黒は剣をパリィするべく剣を動かした……ッ!
だが、白が振り下ろした剣は黒の剣を
「おおッ!?」
そして《スラント》で斬られた《黒の剣士》のHPが半分を割り込み、デュエルは白の勝ちで幕を下ろした。
「ッッシャオラアアア!」
「別にオメェが勝ったわけでもねぇんにうるせぇな」
クラインに文句を言われたが知ったことか! ザマあみろ《黒の剣士》!
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~side:レント~
―――何とか、勝てた……。
最後のカラクリはこうだ。キリトの狙いに気づいた僕は微細な関節の動きで《スラント》をキャンセルし、通常の斬撃を繰り出した。基本技のため《スラント》の硬直は非常に短くて済むのが幸いした。それにソードスキルの終了後も僅かに光が残ることも騙すのに役立った。
そしてキリトの剣に当たるタイミングで、僕は《脳内タブ操作》を使って剣を仕舞ったのだ。そのまま徒手を動かし、手がキリトの剣を越えた辺りで剣を再装備。今度こそ《スラント》を発動させてキリトを斬ったのだ。まるで無数の針穴に一本の糸を一発で通すような技術だが、キリトとのデュエルという心躍る体験の中で集中力は天井を知らなかった。
体の僅かな傾きでソードスキルの起動モーションを起こせるようになってきたことも大きな成長だろう。精神的疲労で今も座り込んでしまっているし、安定運用にはほど遠いが。
―――これなら《スキルコネクト》を安定させることも……。
技を実際に食らって膝を地面についているキリトも周りのギャラリーも、狐につままれたような顔をしている。
そんな中、アスナが群衆の中から歩いてきた。
「レントさんってやっぱり強いですね……。デュエルしてもらえませんか」
「うん、いいよ」
―――あれ? 何で即答してるんだ?
マズい。ヘロヘロで何も考えていなかった。脊髄で返答してしまったようなものだ。しかし、今のやり取りで周りのギャラリーの熱狂度が上がってしまう。
「すげぇぞ! 今度は《閃光》だとよ!」
「まさか……今度も勝っちまうのか?」
「そしたらもう最強じゃねぇかよ……」
「いや、まだ《聖騎士》がいる!」
今更止めましたは通じない雰囲気だ。こうなったらやるしかないだろう。
僕は立ち上がって土を払い、ポーションを飲んでHPを全快した。目の前にはアスナが出した決闘申請がある。それを承諾すれば六十秒のカウントが始まる。
アスナのバトルスタイルは高速戦闘だ。その光のような剣筋と、AGI重視の足で追ってくる。ならば正面から叩き伏せるのが正解か。アスナの得物は細身の細剣だ。威力では勝っている。ヒースクリフと
アスナに合わせで、剣を左胸の前で上向きに立てる騎士風の恰好で開戦を待つ。カウントが零になると同時に僕達は飛び出した。
細剣の間合いに入った刹那で《リニアー》が襲ってくる。汎用的な基本技も、《閃光》の腕にかかれば立派な必殺技だ。クールタイムも短く断続的に撃ってくる。しかし《リニアー》も脅威だが、出場所や軌道が分かっているためギリギリでいなし続けられる。
それよりも柔軟性のある通常の刺突の方が追尾性があり脅威だ。システムアシストがかかっているのか疑いたくなるスピードの刺突は、多少の被弾を諦めて軽傷に抑えることに意識を割くしかない。
―――今度はこっちの番だ……!
こちらも正面にいるため刺突で攻める。僕の刺突も《閃光》ほどではないとはいえ、かなりのスピードを誇る。性に合わないので普段は使わないが、それが逆にブラフとなってアスナを驚かせる。
相手の剣を弾き、打ち込み、相手の剣にいなされ、突き刺される。そんなことが十数合か続いた後、アスナの顔に焦りが見え始めた。互いのHPは大体同じ割合で減っており、多連撃ソードスキルを当てれば半分まで削れるだろう。相手の機先を制するように、互いにソードスキルを放つ! アスナは細剣の八連撃《スタースプラッシュ》を発動させる。その剣はモーションによるブーストを受け、被弾場所の推測すら行わせない! それでも何とか筋肉の動きから狙いを把握し、ギリギリで急所をずらしながらこちらも片手剣八連撃《ハウリングオクターブ》を撃つ! ブーストをかけた剣がアスナの体に突き刺さる!
互いのソードスキルが終わり、動きが止まる。二人ともHPは半分を切っている。あとはどちらが
僕の前には、『LOSER』の文字が浮いていた。
「ハァ、ハァ……、勝ちましたよ、レントさん……!」
「――フゥ……。ハァ、そう……みたいだね……」
「「「おおお!!!」」」
「すげぇぇ! 見えたか!? 最後のソードスキル!!」
「全然! やっぱヤベぇな! 《閃光》!」
「その《閃光》と渡り合ってたんだよな……あいつ」
「《
「《黒の剣士》には勝ってたし、あいつは《白の剣士》だな!」
疲労で酩酊しているような耳に、様々な声が響く。呆然と周りを見れば、何十人もの人に囲まれていた。
「良かったな、《白の剣士》サン、なんてな。これからもよろしくなレント」
「素晴らしかったよ、今のデュエルは。私も久し振りに心を躍らせた。ところでレント君、改めて私のギルドに入る気はないかね?」
キリトとヒースクリフからも声をかけられたが、余りにも集中し過ぎて、もう……、視界が……揺れ……て?
僕の意識は暗転した。
後から聞いた話だと、この後僕はちゃんと歩いて帰っていたらしい。夢遊病だろうか。
そしてこれ以降、僕の二つ名に《
主人公の二つ名
・オレンジキラー
・奇術師 NEW
・白の剣士 NEW