SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 さあ、三日目だ! 休日という名の執筆時間。よって明日からは……。どうぞ。


#68 霊刀-絡繰

 石段を上った先は、一階と同じように通路が伸びる階層だった。

 

「ここが第二階層ね。……床が抜けてなくて良かったわね」

 

 全くだ。ここで床が抜けていれば手詰まりだった。一階層の天井が残っていたので大丈夫だとは思っていたが。

 石段を上ってようやくきちんと中に入れたのだろう、足元が土でも石でもなく木になっている。前に長く伸びる通路を含めて視界に敵影はない。

 

「……なんで敵がいないんだろうね。さっきの二人の台詞的に一杯待ち受けているんだと思った」

「いや、目を覚ませって言ったのは『霊城』に対してだよ。……最初は霊城に染みついているアンデッドっていう設定のスケルトンが大量出現だと思ってたけど、違うみたいだね」

 

 皆、一歩も踏み出さずに会話する。

 クラインが言った。

 

「――なぁ、ちょっとシノン弓()ってくれね?」

「……了解」

 

 シノンが矢を放つ。矢は床に刺さる。

 もう一射、今度は少し遠くに。矢が刺さった一帯の床が開いた。一階層が見え、一階層の床もないため奈落が見える。しばらくすると床は元のように一見普通な状態に戻った。

 

「……うーん、これは……」

 

「「「「「「忍者屋敷」」」」」」

 

 満場一致だった。

 

「また面倒な……」

 

 鉄板と言える罠は全てあると思って良い気がする。しかし床が抜けるのが最も嫌な罠だ。一階層の床もないため確殺トラップになっている。

 僕は一歩を踏み出した。シノンが止めようかどうか悩んでいるのが目に映る。

 

 フッと息を吐く。

 

 僕は――駆け出した。後ろで皆が驚いているのが伝わってくるが、それは気にしていられない!

 右足を踏み出す。左足を踏み出す。床の反発が違う。体重をすぐに右に移動し右足を踏み出す。左足を離した瞬間にその辺りの地面が消える。

 視界の隅で壁が煌めいた。スライディングのように滑る。頭上を三本の矢が通過した。滑った先の床が抜ける。観音開きに開いていくため床自体は垂直に残る。それを足場に跳び、落ちかけた体を復帰させる。

 そこで僕は止まった。皆がいるところから大体三十mほどだろうか。周囲の床に罠が仕込まれていないことを確認する。僕は置いてきた皆に声をかけた。

 

「どうぞー!」

 

 三十mを隔てて罵声が飛んでくる。勝手に行くな、何考えているんだ、そんな内容だろうか。三十mの壁で聞こえないことにしよう。

 僕が通った箇所を同じように六人が追ってくる。全員が一流のVRゲーマーだ、一度見て抜け方を確認した罠にかかるほど間抜けではない。しかも後続になるにつれて抜け方もスマートになっていった。

 追いついた面々が責めるような目線をこちらに向けてくる。僕は笑顔を向けた。

 

「床は感圧式だろうけど、反応までタイムラグがある。壁に仕込んであるのは動体感知かな。これは、まあ、所詮は定点からの機械弓だから避けられる。銃弾が飛んでくることはゲーム的にないから安心しても平気。残りの鉄板は壁が迫ってくる、石が転がってくるとかかな。そっちはきっと逃げ場が準備されているから大丈夫」

「ねぇ、私達が言いたいことがそうじゃないってこと分かってやってるでしょ? 殴るわよ?」

 

 シノンが怖い。ボキと拳を鳴らす。本当にいつから武闘派になったんだか。

 

「……こういうところを抜けるには割と確実な方法だと思っえる。VR適性から言って、罠の初動に最も敏感なのはきっと僕だから。安全策を取っただけだよ。それに僕なら落ちても最悪復帰手段があるから」

 

 氷の城の崩落のときのように、そう言葉にはせずとも伝える。あのときのようにロープを繋いだ矢を放ってもらえば、復帰もより楽になる。

 その僕の言い分に、シノンは一応納得した姿勢を見せる。だがやはり若干納得していないようだ。

 

「じゃあこうしないか? みんなで少しずつその役目を交代しながら進む。それで負担は分け合えるだろう?」

 

 キリトの提案に皆が一斉に頷く。

―――本当に、この人達は。

 この行動で最もリスクを減らせるのは僕だ。それは皆間違いなく分かっている。しかしその上で誰かに負担が集中することを厭う。戦闘中の策ならまだしも、通常の探索では特に。

 今度はキリトが先導して先へと進む。突き当りまでやって来ると道がU字型に曲がった。顔を見合わせて、アスナが駆け出す。次はシノンに。再びの突き当り、からのU字カーブ。

 

「……まさか端から端まで走らせるつもり?」

 

 ユウキの呟き。七人分の溜め息が重なった。

 ユウキ、クライン、リズベット。そこまで走ったときに風景が変わった。

 今までは漆喰や木の壁で細かく区切られていて遠くは見通せなかったのが、突然とても見晴らしが良くなったのだ。その理由は簡単。目の前に大きく――それこそ今までの道幅十本分ほどだ――正方形のように()が開いていた。

 穴からは当然下が見下ろせる。そこから一階層を覗けば、入口と鉄扉が左右の逆の位置に見えた。それぞれへの距離は同じくらいだ。つまりここは大体中央に位置しているということになる。

 全員が同様に見下ろし、奈落に視線が吸い込まれて身震いして穴から離れる。僕は一人、上に視線を送った。そこには第三階層の木製の床が見える。

 穴の周囲を見ると、第一階層と第二階層の間の床はそれほど厚くない。ここから第三階層の床を突き破ってショートカットはできないものか。思案する僕をシノンが小突いた。

 

「ほら、次は貴方の番でしょ」

 

―――ま、流石に許可されないか。

 ダンジョンを破壊して進むのはご法度だ。きちんと攻略するならばやるべきではない。

 そこからは穴のこちら側だけで同様の道が続いた。片道に要する人数が一人になり、前進はスピードを増す。

 途中に跳ね上がる床があった。その天井からは落下物。素早く身を屈めて跳び退く。

 床が反転して棘床となった。強く踏み切って跳び越える。

 左右の壁が飛び出してきた。道の中央を通っていたのでさしたる妨害ではなかった。

 前方から巨石が転がってきた。クラインが一刀の下に切断し事なきを得た。

 他にも吊り天井、刃物の雨、起き上がる刃などなど……。

 それらの全てを潜り抜けてようやく次の階へと続く扉まで辿り着いた。既に全員肩で息をするような状況だ。VRでは呼吸は必要ないのだが、精神的に疲労したのだ。

 クラインが息切れしつつも扉を開けようと近づき、扉を押した。しかし開かない。

 うん? とクラインが首を傾げ、今度は肩から押す。しかし開かない。

 そこでクラインは扉の脇に何やら『押』と書いてあるスイッチがあることに気づく。それに手を伸ばそうとした。

 声をかけようとするが間に合わない。

―――このタイミングでのそれは罠でしょう、クラインさん!

 しかしクラインが手を伸ばす前に、その前を凄い勢いの矢が飛んだ。

 

「はぁっ、はぁっ、ほんと、クライン、落ち着いてって」

 

 それを放ったシノンは本当に辛そうだ。それもそうか。罠は後半になるにつれて密度も難易度も上がっていた。特に最後の先導者はシノンだった。その疲労は抜け切っていないのだ。

 それでもシノンはクラインを止めた。今回のMVPに入るかもしれない。

 クラインを制止した矢はそのままスイッチに刺さり、扉が開くと同時にスイッチの前の床も抜けた。つまりクラインがあれを押していたら、霊城の攻略はやり直しに近かったということだ――霊刀を望んでいるのはクラインなのだから――。

 

「お、おう、悪ぃな」

 

 クラインも今ので肝を冷やしたか、幾分か冷静になって謝意を告げる。

 数分待機し全員の息が整うのを待ってから、クラインを先頭に忍者屋敷の第二階層に別れを告げた。

 木製の階段を上った僕らの目の前に現れた光景は、第一階層とも第二階層とも大きく違うものだった。

 第一階層は迷路、第二階層は忍者屋敷。どちらにせよ空間は細かく通路に区切られていた。それがこの第三階層、いや()()()()()()()()()では大きく変わっていた。

 第四階層の中央は大きく正方形にくり抜かれて吹き抜け構造となっており、その周囲を第四階層の残骸とも言える回廊が巡っている。第三階層の壁際は至る所に木製の梯子が備えつけられていて、自由に第四階層に上がれるようだ。

 そして吹き抜けの中央には、第四階層まで貫通しなければならない理由の持ち主が存在していた。

 現在は胡坐を掻いているために頭頂部も第四階層に達していないが、立ち上がればその体は第五階層の床に触れかねない大きさである。そして何よりの特徴は()()()()であること。

 

「阿修羅……!」

 

 そう呟いたのは誰だったか。声からすれば、きっとアスナだろう。

 そんなことを考えている内に阿修羅が閉じていた瞼を開いた。

 

 

グオオオオォォォォォオオ!!!!

 

 

 会話をする気がなかったとしても理性的であった鎧武者達とは違う、ただただ獣のような咆哮であった。

 その咆哮には猛烈なスタン蓄積があり、七人全員の動きが止まる。その間に阿修羅は素早く胡坐を解いて立ち上がった。

 僕らが体の制御を取り戻したそのときには、阿修羅は既に六本の腕にそれぞれ炎が形になったような刀を携えていた。その内の一本をこちらに向けて振るった。

 

「散開!」

 

 キリトの言葉に従って僕らは七方に跳ぶ。僕らがいた場所に、青白い凝縮されたエネルギーが着弾し炸裂する。

―――これは、気刃って言うのかな?

 気刃は恐らく阿修羅にとっては通常攻撃と変わらない。モーションに気負いとでも言うべきものが一切存在しなかった。

 

「今の攻撃、恐らく全部の斬撃に付与できます!」

 

 そう叫びつつその場を跳び退く。気刃が僕の後ろを通り過ぎていった。阿修羅の足元に駆け、その足首を薙ぐ。地団駄を踏む阿修羅を避けつつ、HPバーを確認する。阿修羅の持つ三本のHPバーに傷は視認できなかった。

 阿修羅の顔の一つに閃光を纏った矢が当たる。それは当たった場所から大きく氷柱を発生させて爆ぜる。その攻撃でようやく阿修羅のHPバーにドットほどの傷がついた。

 

「今のが私の最大威力よ! 硬過ぎでしょ!」

 

 シノンの叫びは回廊から聞こえる。早くも梯子を上ったらしい。そして声があった場所に気刃が二つ迫った。それが着弾する前に水色の髪は避難する。

 広い空間を活かして、翅で跳びながらクラインが阿修羅の肩にソードスキルを当てる。キリトは膝に、ユウキは腰に。アスナは三人に刀が向かないよう阿修羅の腕三本に拘束魔法を放っている。数秒の隙にソードスキルは当たり尽くした。

 一本の腕は跳び乗ったリズベットを振り落とすことに夢中のようだが、リズベットは順調に二発雷撃を食らわせ、三発目に加えてソードスキルを合わせて目にも鮮やかなエフェクトを散らせる。

 僕は短時間で放てる最大威力の魔法を、大きな的である腕の二本に放つ。無事にクリティカルが発生して腕の動きを封じた隙にキリト達は離脱する。

 六人が互いを庇い合ってそれぞれの最大攻撃を叩き込んだ。どれも阿修羅はノーガードに近い。しかしフル攻勢が終わっても、阿修羅のHPは一本目の五%も減っていなかった。

 そのことを嘆く暇もなく阿修羅の攻撃が始まる。

 六本の腕は素早く振るわれ、阿修羅の付近の空間には近づくことすらできない。副次的に発生する気刃が第三・第四階層を乱舞して僕らの動きを封じる。回避に徹しなければ避けきれない。気刃自体の速度や大きさもさることながら、炸裂による範囲攻撃が厳しい。素早い腕の動きによって気刃は絶え間なく生成される。六本腕が忌々しい。

 阿修羅の三面は回廊上に死角を作らず、それは床上に対しても変わらない。死角となるのは気刃の雨で近づけない阿修羅の足元か、斬撃の嵐の影であろう。つまりこちらは常に捕捉されていると言っても過言ではない。

 その気刃の嵐の中、攻撃を仕かけられるのは僕とシノンとアスナの三人のみ。

 アスナが放てる水属性の攻撃魔法、シノンの射撃に僕の攻撃魔法。そのどれも有効打にはならない。硬過ぎるのだ。阿修羅に大ダメージを与える手段を僕らは一切持っていなかった。

 阿修羅の斬撃は止まらない。止まる素振りすら見せない。この絶望感は《ザ・センジュカンノン》と対峙したときに似ている。

 そんなとき、僕は一つのことに気がついた。

 真上に第四階層の床が存在しない部分、つまりは吹き抜け部分の床の色が違うのだ。光の加減だと思っていたのだが、どうやら実際に違う。その部分だけ茶色よりも黄土色に近い色合いだった。

―――なるほど。

 思い出すのは第二階層、僕が第三階層の床を抜こうと考えたときのこと。階層の中央に位置する大きな正方形だ。そう、この色が変わっている吹き抜け部分の真下はあの大穴なのだ。第二階層の穴は途中で確実に目にする位置にある。これは狙われた配置なのだろう。

 要するにこの阿修羅は正攻法で倒すのではなく、床を抜くことで排除することが正しい攻略法なのだ。

 それ(攻略法)さえ分かればこちらのものだ。

 僕は一瞬の隙を突いて、阿修羅の足元の床に攻撃魔法を放った。それと同時にキリトも足元の床にソードスキルを撃ち込む。

 僕らの異常な行動に皆の意識がこちらに向いた。僕とキリトは気刃の爆裂音に負けないよう叫んだ。

 

「床を狙え!」

「阿修羅を落とします!」

 

 僕らの声が果たして届いたか、それは分からないが皆は言葉の通りに行動を始めた。アスナと僕、シノンの遠距離攻撃が可能な組は回廊から攻撃することで気刃が第三階層に集中するのを防ぐ。近接組は気刃の合間を縫って一撃離脱を行う。

 結局、どれだけ攻撃を重ねたことか。それでも阿修羅のHPを削りきるよりは簡単だった――もしかしたらHPバー一本分程度だったかもしれない――。最後の引き金を引いたのは阿修羅自身。阿修羅の気刃が炸裂すると同時に、ミシという音が確かに響いた。

 僕らはそれが聞こえるや否や吹き抜けからできる限り距離を取る。ミシという不快な音は段々と大きさと頻度、長さを増していく。

 そして阿修羅が再び大きく咆哮すると、その咆哮の振動で完全に床が落ちた。

 色が変わるところから中央部が少しずつ陥没していき、あるところでその継ぎ目に隙間が生まれる。その隙間は正方形の周囲を圧倒的なスピードで走り、一周する。木製の床は重力に従って第二階層へと落ちていく。

 阿修羅は落ち始めると周囲に逃げようとした。しかし、回廊に阻まれて前進することはできない。これがただの人型であれば回廊に掴まれたかもしれないが、阿修羅という構造は前に張り出ている分しがみつくことは不得手で、重心が後ろ寄りなせいでバランスを崩して落ちていった。

 第二階層の大穴を通り抜ける。第一階層は床だけが抜けたため壁は残っていたが、その壁も一緒くたに阿修羅の体重は持っていく。大きく崩壊する音が聞こえ、少し速度が落ちただけで変わらずに阿修羅は奈落へと落ちた。

 しばらくして僕らの前にホロウィンドウが出現した。リザルト画面が表示されるということは無事に撃破できたのだろう。

 散り散りになっていた七人で合流し、顔を見合わせて大きく安堵の息を吐いた。

 

「このダンジョン、ムズ過ぎね?」

 

 クラインの発言は何の返答も得られなかったが、それは結局ただの無言の肯定であった。




 これで一気に第二~四階層までクリア!
 第二階層は本来チキンレースからの助け合い(ファイト一発的な)で何とかクリアするものでした。阿修羅もレイドボスと言うべき実力だっただけなので、一パーティでなければ正攻法も可能でした。まあ、阿修羅は落とすのが間違いなく手っ取り早いし正しい攻略法なんですが。

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