SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 お久し振りです。たまに帰ってきてガッと投稿してまたいなくなる、このサイクルをそろそろ止めたいです。今日で六周年です、どうぞ。


#77 星錬-騙討

 ピュッとシノンが光矢を放つ。その矢がこの戦いの文字通り嚆矢となった。スペルによって複数の矢に分裂したそれらは、《ゴッズグローリー》によるシノンの繊細な操作でシーロックたちへ狙いすまして飛ぶ。

 しかしレイドの中の一人が見覚えのある斧を掲げると、空色の球体が広がる。その球に触れた途端にシノンの光矢は消滅した。

 

「確認できたわね。敵はあのドワーフの伝説級武器を揃えてる」

「いや、それは違うな、シノン。()()()ある」

 

 キリトが指摘する。にやにやと笑いながらこちらを見るレイドメンバー達が持つ武器には、様々な輝きが覗いていた。その独特の存在感は伝説級武器と見て間違いないだろう。

 

「伝説級武器が目当てのPK集団、ってところかな」

「悪質……というわけでもないか。このくらいなら」

 

 ミトが肩を竦める。事実、ALOはそもそもPKに対して比較的寛容なVRMMORPGだ。GGOほど露骨にPvPを打ち出しているわけではないが、種族間競争はアルフが解放された今も形を変えて続いているし、PK専門のギルドが大手を振って歩くこともできる。大体、そういった空気感でもなければ僕の《白い悪魔》としての所業は許されないだろう。

 しかし今回のシーロックらの行動は、悪質に片足を踏み込んだものだ。ダンジョン攻略を他人に依頼し、それを騙し討ちにするのだから。ただこればかりは個々のプレイヤーのモラルの問題になる。実際、GGOに主軸を置くミトの反応はシリカのそれよりも幾分も冷静だ。

 

「ま、とはいえ振り払う火の粉は払うだけだ。行くぞ、お前ら!」

「「「おう!」」」

 

 エギルの檄を受け、僕らは地を蹴る。シノンがタイミングを合わせて光矢を放った。それを消滅させるために斧のエクストラスキルが使用され、僕らは敵からスペルが飛んでこないと分かる空間を突き抜ける。

 

「おらぁ!」

 

 美麗な刀が振り下ろされる。それをサイドステップで回避するが、その柄から空気の弾丸のようなものが飛び、一瞬僕の体が強制的に停止する。背後から近づく別の男が振り抜いた棍棒が後頭部にぶつかり、僕のアバターは数メートルを飛翔する。落下地点に待ち受けていたプレイヤーが振る斧を蹴り飛ばして跳び上がり、仰天する斧持ちの背後に着地しながらその体を切り裂く。

 横脇から突き出された槍を屈んで回避するが、同時に地面に植物が芽吹いたことを発見して慌てて横跳びする。僕がいた場所には一瞬で巨大な植物が突き上がっていた。

 

「思ったより厄介だぞ!」

 

 僕が横跳びした先にいたのはキリトだ。辺りを確認すれば、エギルとクライン、シリカとミトも同じように背中合わせになっている。シノンは自分に向かってくるプレイヤーと対決するため遠くに後退していた。

 伝説級武器の持つエクストラスキルは当たり外れが大きい。しかしそれはあくまで伝説級武器内で見たときの話だ。たとえ外れのスキルであろうと、ただの武器に追加で何らかの能力が付随しているのだから、それが弱いはずがない。敵と対峙したときに、まずその武器が伝説級であるかどうか、伝説級であるならどのようなスキルを使ってくるか、それらを勘定に入れなければならないのは純粋な負荷だ。

 

「透明化は!?」

「ストックを持ってない! あとMP切れ!」

 

 対多人数戦での僕の十八番である広範囲隠蔽のスペルであるが、本来はそう軽々に出せるものではない。MPの消費がそう軽いものではないからだ。今回はドワーフ達との戦闘で想定以上にMPを消費してしまった。それに加えてスペルを保管していられる水晶玉も持ってきていなかった。何せ、このような騙し討ちに遭うとは思っていなかったのだから。

 そう毒づきながらも、僕らは敵を切り伏せる。単体としての戦力で見れば、明らかに僕らが勝っている。そもそも敵は斧のエクストラスキルを盾にしているので、魔法使いが少ない編成だったのだ。正面からの近接戦闘におけるSAO上がりの価値は未だ下がっていない。

 その一方で、リメインライトにした敵に対しての蘇生は欠かさず行われていた。レイドとパーティの衝突となれば、レイド側には人数の余裕が生まれる。その余裕を使って人員の補充を行っているのだ。

―――少し引っかかるな。

 蘇生とは決して軽いものではない。デスペナが存在するからだ。それほど重いものではないが、ゾンビアタックをするには無視できないレベルのもの。蘇生を繰り返す戦法は考えられはしても実現されることは少ない、いわば禁じ手に近い戦法だ。なぜならメリットとデメリットが見合っていないのだから。

 

「ああ、もう、キリがない!」

 

 不意にミトが叫んだ。彼女は大鎌をくるくると回すと、敵の男の体にその端を引っかけて大きく跳躍した。抜群の身体感覚で空中を泳ぐと、周囲の敵を薙ぎ倒しながら僕の目の前に着地した。

 

「これ、使いなさい!」

 

 彼女が押しつけてきたのは大きな宝石に彩られた装飾品――首飾りだ。受け取ってポップウィンドウを開けば、《ブリーシンガメンの首飾り》と名称が出る。

 

「嘘言って悪かったわね。装具屋としてドロップ品の装飾品は認めたくないのよ。後で返してもらうから壊したら怒るから!」

 

 そう言い捨てると、ミトは先程と同じように空を蹴ってエギルのもとに向かっていた。そして彼に突っかかっているようだ。

 

「くくっ」

「何がおかしいんだ?」

「いや、だって、あの顔……」

「……その話、後でいいか?」

 

 キリトは振り向きざまに僕の目の前の敵を貫いた。お返しに、僕もキリトの後背の敵を唐竹割りにする。喉で笑いを噛み殺しながら、僕は首飾りを装備する。

 装飾品と一口に言うが、その齎す効果は多岐に渡る。本当にただの綺麗な装飾品でしかない物もあれば、LUK値上昇のような希少バフも存在する。そして今回の首飾りは魔法面にサポートの偏った装飾品であった。具体的に言えば、MP回復速度上昇と外付けMP保管だ。元から内部にあったMPを使えば、範囲隠蔽スペルも撃つことが可能そうだ。伝説級武器のものに類似したエクストラスキルのようなものも存在するようだが、そこまで詳しく仕様を確認できない今は触れられないのが残念だ。

 

「―――――」

 

 僕が詠唱を始めれば、敵レイドは一様にザワリとどよめいた。

 僕の範囲隠蔽スペルは元々は伝家の宝刀のように扱っていたのだが、年末の邪神防衛戦では一人で圧倒的多数を相手するために多用せざるを得ず、最近ではプレイヤーの実力が底上げされてただのレイド相手でも切る場面が増えていた。結果として、都市伝説レベルだったこのスペルの存在はすっかりプレイヤー間の知名度を得てしまったというわけだ。ただ範囲隠蔽にはユニーク《力の言葉》――スペルに用いるワードのことだ――を組み込んでいるため、まだ第二の使用者は現れていない。

 

「詠唱を妨害しろ!」

 

 指令が飛び、僕に対しての敵意が一気に何重にも膨れ上がる。それは正しい判断と言えよう。しかし、その事態を許すような僕のパーティメンバーではなかった。

 

「ピナ!」

「アシュラ!」

 

 小竜の幻惑ブレスは密集した敵レイドの内部でフレンドリーファイアを引き起こし、ノックバックに重きを置いた気刃によって有象無象のプレイヤーが吹き飛ぶ。

 

「おらぁ!」

「はっ!」

 

 エギルの大斧の振り回しは敵を近づけず、回転するミトの大鎌は近づく敵を微塵切りにする。そこにキリトによる切り払いと、いつの間にか敵を打ち倒していたシノンの援護射撃が加われば、そもそも僕のもとに攻撃を届かせられる敵は存在しない。敵意が集中するとは、他への敵意が薄れるということ。僕の仲間たちは、意識を疎かにしてどうにかできるような未熟者ではないというだけの話だ。

 

「―――!」

「ここぉ!」

 

 僕がスペルを詠唱し終わるとほぼ同時に、レイドの中心近くにいたプレイヤーが斧を掲げた。空色の球が広がって、敵レイドのほとんどがその内部に収められる。それを、球の外から僕達はただ眺めていた。

―――うん、上手い上手い。

 素直に敵を認める。範囲隠蔽スペルであろうと魔法であるから、あの球の範囲内に入れば無効化されてしまうだろう。正しい選択と言えるだろう。

 

「……は?」

 

―――範囲隠蔽、ならね。

 瞬間、球の中にいる彼らの目前で()()()()の姿は掻き消えた。

 ゆっくりと空色の球は有効時間を終えて消滅していく。

 

「み、密集隊形!」

 

 リーダーであるシーロックが声を上げる。それに従ってレイドメンバーは密集し、その先頭で一人のプレイヤーが丸い盾を掲げた。それは円の延長上に土の壁を作るが、わざわざ真正面から飛び込む必要もない。僕らは左右と上に分かれてレイドに襲いかかる。

 僕がかけたスペルは範囲隠蔽ではなく、通常のパーティに対しての隠蔽魔法である。激しく動いても隠蔽が解けにくいようなワードも組み込んではいるが、触れれば解けるし索敵魔法にも負けてしまう。だが見えない一瞬が貰えるだけで彼らには十分であるし、敵には索敵魔法を撃てるような魔法使いもいない。

 一瞬で七つを大きく上回る数のエンドフレイムが上がった。

 

「蘇生だ!」

 

 索敵魔法も攻撃魔法も使えないのに蘇生魔法だけ使えるという歪なレイドプレイヤー達がエンドフレイムの場所へ走るが、彼らが辿り着いた頃には既にリメインライトは消滅している。リメインライトは本来なら二分間はその場に残存するものであるが――

 

「初めて使う伝説級がこれかぁ」

 

 こちらには《冥叉プルート》がある。これのリメインライト即時消去能力を、こちらで最も機動力の高い――曲芸のようであるが――ミトが振るっているのだ。のそのそと地上を歩く敵が対処できるわけもない。

 

「――!」

 

 敵中に五つの黒炎が上がる。シノンの《シャッス・ヘカート》だ。彼女はOSSでリメインライトの消去をやってのける。少しの悔しさを感じながら、僕もOSSを発動させる。背中に翅も生やして本気を出す。

 隠蔽自体はほんの二十秒程度で全員が解けてしまったが、それでもこの奇襲によって大きく戦況は傾き、そのまま敵レイドは数名を残すのみとなった。

 

「おら!」

「たぁ!」

 

 エギルとミトが同時に敵側の大斧使いと大鎌使いを倒したことで、戦場には腰を抜かしたシーロックのみが残った。

 

「さて、シーロックさんよ。どう弁解するつもりだ?」

 

 依頼を受けたエギルが彼を見下ろす。僕らはそれを取り囲みながら、二人のやり取りを見守った。

 

「ち、チートだろ、こんなん」

「チートじゃないことは明々白々だと思うんだがな。誰も彼も説明できることしかしてねぇぞ」

 

 シーロックは最初の慇懃な様子がすっかり外れた様子で吐き捨てた。

 

「……お前らにはわかんねぇよ」

「おいおい、どうした。そんな()()()みたいな反応して。別にこのくらいで通報はしねぇよ。ただ、事実確認がしたかっただけなんだが」

 

―――……。

 シーロックはふと手を動かした。僕が剣を構えて距離を取ると同時に、シーロックの体の下で爆発が起きる。その爆炎は黒い色をしており、爆発が晴れたそこにはリメインライトも何も残ってはいなかった。

 

「……自爆だぁ?」

 

 クラインが呆れた様子で呟く。皆で顔を見合わせるが、全員が同じ感情を共有していた。

―――訳が分からない。

 僕らがそれほど凶悪な集団に見えたのだろうか。自爆はデスペナも重いため積極的に切るような手段ではない。この場に残ることがそれほどまで強烈なマイナスになるというのか。

 今回のリーダーであるエギルが禿頭を掻きながら大きく溜め息を吐いた。

 

「はぁ。もういい、考えるだけ無駄だ。っし、じゃあ改めてドロップ品の確認するか」

 

 その明るい声に、全員が同意を示す。伝説級武器を大量に所持していたレイドを潰したが、残念なことにドロップした伝説級武器はたったの三つだけだった。とはいえ、その三つはドヴァリンが使っていたあの短剣と大鎌、ベルリングの大斧であるから、ちょうど良いとも言えるが。

 

「ありがたく使わせてもらいます!」

「じゃあ斧は俺が貰っちまっていいんだな?」

 

 シリカとエギルがそれぞれ得物の握りを確かめる。

 

「それは構わないけど、こっちの鎌は私が貰っていいの?」

 

 ミトが大鎌を持ちながら尋ねた。彼女の他に大鎌なんていう武器を使う知り合いを持たない僕らは、それにただ頷きを返すのみだ。

 

「あ、あとこれ」

 

 僕も《ブリーシンガメン》を彼女に返す。これは彼女への信頼だ。きっと、また首飾りじゃない姿にして見せてくれることだろう。

 協議の結果、《冥叉》はリズに処分を委託することに決定した。強力なエクストラスキルを持ってはいるが、普段使いするには些かならずその独特な形状が問題になったからだ。使えない武器を死蔵しておく趣味はないのである。それなら、敵としてまた現れた方が面白味があって良いのだ。

 僕らの《洞穴工房》攻略はこうして終わったのだった。

 

******

 

 その日の夜、僕はとある人物に通話をかけていた。

 

「もしもし、本石さん」

『はは、タロウでいいっていつも言ってるでしょう、レントさん』

 

 通話の相手は本石紘一。新生ALOの運営母体であるブックス・トーンの社長で、お忍び姿のタロウとして今でもたまにゲームをする相手である。

 

『それで、今日はどうしたんです? 貴方がゲーム外でわざわざ連絡してくるなんて珍しい』

「その言い方は少し棘を感じますね」

『おっと、これは失礼』

「とはいえ、今回は珍しくて良い話題ですが。――RMT(リアルマネートレード)について少しお伺いしたく」

 

 RMTとはゲームアカウントやゲーム内通貨、アイテム等を現実で売買する行為だ。GGOにおいては公式でゲーム内通貨と現実通貨の取引を行っており、課金要素もRMTの一種と言えるだろう。しかし多くのゲームでは公式がプレイヤー間のRMTを禁止事項として取り締まっており、ALOもそういったゲームの一つだ。

 

『あー。あれ、中々撲滅はできませんからね』

 

 紘一の言葉にもやや呆れのような、疲れのようなものが垣間見える。ゲーム内の環境――二重の意味で――を健全に保つためにRMTを禁じてはいるが、ゲームの公式からすれば派手な動きでなければ無視したいのが本音だろう。しかし規約にある以上、発見してしまえば対応しなければならなくなる。また紘一のようなゲーマーからすれば、現金でデータを買う行為自体にも呆れを抱いていそうだ。

 

「それで、最近ALOで伝説級武器に対してのRMTの動きはありませんか?」

『ふぅむ……。ああ、いえ、ないことはないのですが、伝説級武器はユニークかつ強力に設定されています。RMTの対象として殊更に挙げる必要があるのか勘ぐってしまっただけです』

 

―――これは、警戒されたかな。

 それでもそれをこちらに悟らせた。紘一は元から疑り深いタイプであり、その謝罪と信頼の表現と見ても良いだろう。

 

「実は今日、少々のトラブルに巻き込まれましてね。簡潔に言えば、伝説級武器を目的としたPK集団と遭遇したのですよ。しかし彼らの行動にいまいち納得できない部分があり、何か裏があるのではないかと」

『そういうことでしたか。そうですね、理由は重々理解できました。しかし、レントさんはどうしても部外者ですので、こちらの情報をそう流すわけにはいかないんです』

「これは、失礼しました。まだ疑いにすら至らないような段階では無茶振りが過ぎましたね」

 

 全くもって彼の言う通りだ。僕としたことが、久し振りの面白い戦いで熱が上がっていたのかもしれない。

 

「では、また余裕ができたら連絡してください」

『ええ。次はアインクラッドで新しく見つけた飯屋に行きたくてですね』

「……新しく?」

『私も社員もゲーマーですからね。複数チェック体制にすることで、重要でない実装データには把握していないものもあるんですよ』

 

 稀に見る《狸》の素直な楽しそうな様子に、思わず口角が上がった。

 紘一との通話を終え、僕はすぐに次の相手へと通話をかけた。

 

「あ、もしもし、アルゴさん?」




 まだちょっと続きます。
 さて、伝説級武器の紹介です。

海戟ネプチューン
 武器種は《槍》。簡単に言えばトライデントです。海のような深い青を基調としており、持ち手の部分は馬皮になっています。
 エクストラスキルは《クウェイクウェーブ》。効果は周囲へのスタンです。穂先を突き立てた点からまず波紋のように微細な振動が走り、一定範囲内の敵は一気にスタン蓄積します。その後にその振動を追いかけるようにして波が広がり、この波に当たるとスタン継続時間が延長されます。直接的なダメージを与えることはできませんが、とても強力な部類に入るエクストラスキルです。

冥叉プルート
 武器種は《槍》。穂先が音叉のように二又になっている黒い槍です。バイデントですね。
 エクストラスキルは《スルーゲート》。効果は穂先で触れたリメインライトの即時消去と、一定回数の即蘇生になります。デスペナは免除できませんが、集団戦ではかなり強力な能力ですね。

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