SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 祝八周年! 昨年度は一切の更新ができなかったわけですが、何とか今日に投稿を行うことができました。年一更新を目指す本作ですが、どうぞ。


#79 驟雨-豪雨

 急に降り出した雨は止む気配を見せない。店に入る前にはまだ青空も覗いていたのだが、買い物をしている間に遠くに見えていた黒い雲が天を覆い尽くしてしまっていた。

 

「これは、困ったわね……」

 

 僕の隣でビニール袋を提げた詩乃が空を見上げた。制服姿の彼女の手に傘はない。用心深い彼女にしては珍しく、今日は傘の類を忘れてしまったようだ。

 僕はビニール袋を片手に纏めて鞄の中を漁る。そこから紺色の折り畳み傘を探し出し、それを詩乃に渡した。

 

「僕は傘あるから、これ貸すよ。雨宿りしようにも、遅れると怒られちゃうからね」

「……ええ、そうね」

 

 詩乃はなぜだか少し複雑そうな顔をしつつ折り畳み傘を広げた。彼女の家はこのスーパーを挟んで僕の家と反対方向にある。送っていきたいのはやまやまだったが、この後の用事を考えるとそれも難しかった。ただでさえ、今日は週末の大雨予報に備える主婦に巻き込まれて買い物に手間取ってしまっていたから。

 詩乃と手を振って別れる。週に一度、卵の特売日に合わせて僕らの購買行動は一致している。一人暮らしの学生の生活スタイルの類似性はあるだろうが、示し合わせたように出会える度に新鮮な温かみを感じていた。

 簡素なビニール傘を差して歩き始める。スーパーの軒先から出たことで、連続する雨粒の重みが傘に加えられる。湿ったアスファルトの隙間に溜まった水が、雨滴に弾かれて飛沫になる。車道の轍を車がなぞり、水溜まりが一瞬だけ空になってまたすぐに埋められる。あらゆる音を柔らかく包み込むような雨音の中、僕は少しだけ水を撥ね散らかしながら家へと帰った。

 そう遠くもない下宿に辿り着き、傘を畳む。水滴を軽く振り払って玄関の傘立てに放り込んだ。カランと軽い音が鳴る。傘に凝るタイプでもないため、スチール製のその傘立ては寂しそうに隙間を開けながら、たった一本のビニール傘を咥え込んだ。

 少し濡れた鞄の滴を払い、制服を緩める。買ってきた食料品をしまいつつ、簡単に夕飯を準備してかきこむ。ほぼ作業だった食事を終えた次は、軽くシャワーを浴びて一日の汗と汚れを流す。ラフなスウェットに着替えればようやく準備は完了だ。僕は急いでアミュスフィアを装着してベッドに横たわった。

 

「リンク・スタート」

 

 

******

 

 

「あ、師匠!」

 

 リーファがぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振った。約束の時間には何とか間に合った――のだが、普段は十分前には集まっていたものだから心配をかけてしまったらしい。

 

「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって」

「ごめんなさいね」

 

 僕とシノンは並んで謝る。リーファも別に怒っているわけではないので、肩を竦めて可愛らしく裾を翻した。

 

「あはは。今日はいきなりの雨でしたからね~」

 

 彼女は長い金髪の先を少し引っ張った。どうやら彼女もあの通り雨の被害を受けたようだ。関東の平野部に突然かかった雨雲は、レーダーに反応を二時間ほど残していた。最近は大気の状況が不安定らしく、このようなゲリラ豪雨の多発が人々の頭を悩ませていた。

 

「ま、これからまた濡れてもらうんですけど!」

 

 リーファはあっけらかんと笑う。その情報は初耳だった。

 今日のパーティは僕とシノンとリーファというたったの三人だが、僕らはリーファによって呼び集められていた。何でも伝説級武器に繋がりそうなクエストを見つけたため、そのクリアを手伝ってほしいのだとか。

 伝説級攻略にしては少人数だが、どうやら本番の前の準備段階らしく、たまたま手隙だった僕らだけでも大丈夫だとリーファは言っていた。

 

「濡れる……ってどういうこと? 海とか川かしら?」

「ノンノン、『また』って言いましたよね。ズバリ、()です」

 

 僕はその言葉に背中の翅をしまった。ALOの妖精の翅は濡れても飛行できなくなるということはないが、やや動きが鈍くなる。そして何より気分がよろしくない。雨の中での飛行は遠慮したかった。

 

「今回のクエストはインスタンス・マップ式なんですけど、そのマップ内はいつも雨が降ってるんですよ」

「へぇ……」

 

 移動を始めながら、リーファによる説明を受ける。彼女がそのクエストを発見したのはつい一週間ほど前のことだったという。

 

「気分よく空を飛んでたら、いきなりザーザー降りの雨になっちゃって、慌てて雨宿りできないかーって周りを探したら、小さな民家が一軒だけあったんですよね」

 

 それはおかしな話だ。幸いなことに、ALOの自然環境は現実世界のゲリラ豪雨を再現しておらず、雨が降る前にはそれなりの予兆がある。天気予報というものがかなりの確度をもって行われるのがこのVRワールドだ。空を駆ける遊びをする上でそれを調べていないなんてことはない。

 そしてまた、小さな民家がポツンとあるという風景も日常のALOのものではない。設定上、危険なモンスターが大量に跋扈するフィールド上にNPCの民家は存在しないのだ。必ず村や町のように密集形態をとっている。そうでない民家は自衛の手段があるようなNPC、つまり特殊なNPCの住む家であるか、罠であるかのどちらかだ。

 

「暇だったので、まぁ罠でもクエストでもいっかなーと思って寄ったんですけど」

 

――懐かしいなぁ。

 もう一年以上前、そのような怪し気な民家が地下に繋がる罠であったことがある。アスナを助けるための急行中のあれには相当焦ったものだが、のんびりとプレイしているときにはそれもまた一つの楽しみになる。

 彼女の言葉の続きを聞きながら翅を広げる。リーファは既に地を蹴って飛び立っていた。雨の中は嫌だが、乗りかかった舟だろう。

 

「お爺さんとお婆さんのNPCがいて、やっぱりクエストフラグだったんです。話を聞いてみると、『旅人さんや、早くお逃げなさい。蛇が来る』って言うんです」

「蛇?」

「はい。で、詳しく聞いたら、『奴は蛇神じゃ』『毎月、この時期にここに来よる』『儂らは息を潜めてやり過ごしているんじゃ』『この雨もそのせいなのじゃ』って」

 

 リーファは目を細めて、しゃがれた声の下手な演技をする。演技自体は下手なのだが、細かく区切りながら表情を変えることで、老爺と老婆の演じ分けをしているところは努力だろう。

 流暢な会話が行えることは伝説級にまつわるNPCの特徴だ。高度な言語エンジンが搭載されているということだ。そしてまた、代わる代わる喋るというのも、カグツチ城で出会った衛兵を思い出させる。

 

「しばらくしたらモンスターが来たんですけど、それがもうすごくて」

 

 素早く切る風によってか、いや、思い出したそのモンスターの偉容に、リーファはぶるりと身を震わした。

 

「すっごい大きくて。その民家、普通の古民家くらいのサイズはちゃんとあったんですけど、それが丸呑みできそうな頭が八つも!」

「へぇ……八つ、ね」

「はい。八つです。八つの頭を持った、山みたいに大きな蛇でした」

「……間違いなく、伝説級だね」

「はい。間違いなく伝説級です!」

 

 彼女は高らかと拳を掲げる。昨今の伝説級武器の波に乗りたがっていた彼女だから、ここまで確度の高い情報を自分で発見できたことは何よりの喜びなのだろう。

 情報は既に出揃っている。八つの頭を持った山のような大蛇。蛇神と呼ばれ、雨雲を連れてくる。その特徴はどれも日本神話に謳われる八岐大蛇のものである。そして八岐大蛇と言えば、スサノオに倒された後に尾から見つけられたとされる『天叢雲剣』である。日本神話においてこれほど伝説級武器に相応しい逸話を持った武器も存在しないだろう。

 

「ちょ、ちょっと、あなた達、待ちなさい……!」

「あ、ごめん」

 

 熱が入っていた僕達をシノンが呼び止める。振り返れば、彼女は大きく肩を上下させながら息を切らしていた。

 

「っはー、はー、二人とも、自分が異様に速いこと、自覚しなさいよ……」

 

 《スピードホリック》のリーファと、彼女と飛行大会で最後まで競った僕。確かに今のALOで最速に近い組み合わせだ。それでも普段はパーティ行動であるため抑えられているのだが、リーファと話し込んだことで際限なくスピードが上がってしまっていたらしい。

 

「ご、ごめんなさい! つい……えへへ」

「……分かればいいのよ。でも追い付けないってのは癪ね。そもそもあなた達なんでそんなに速いの?」

 

 シノンの素朴な疑問に、僕らは顔を見合わす。僕のこれは、言うなれば身体動作の最適化だ。どんな動きが最も風を掴み、風に乗り、少ない力で大きな推進力を出すか、大きな力を減衰なく伝えるか、それを突き詰めている。キリトやアスナも、やろうとすれば同じことができるはずだ。

 だが、VR適性頼みのこの方法は、シノンが聞きたいことではないはずだ。彼女はVR適性という概念に対して懐疑的、というよりも乗り越える対象として見ている。僕らがセンスや感覚と言ってしまう部分を解剖し、訓練によって再現することを望んでいるのだ。

 僕が口を開かないのを見て、リーファが代わりに口を開いた。しかしそのとき、

 

 

――バダダダダダダダ!!!!!!

 

 

 猛烈な勢いの水流が、前も水に飛んでいた僕達に打ち付ける。その重みに体が数十メートルも下方へと落下する。高空を飛んでいたはずが、梢の先が目の前に来て慌てて強く羽ばたく。それで姿勢を取り戻して改めて周囲を確認すれば、そこはまるで滝壺のような水のうねりの中だった。

 

「こ――す! こ―雨―す!」

 

 リーファの声が雨音で掻き消える。だが彼女の顔や手ぶりを見れば、ここが先程言っていた目的地、雨が降り続けているインスタンス・マップなのだと分かる。

――これは、酷い。

 リアルでのゲリラ豪雨に勝るとも劣らない、途轍もない水量だ。これが降り()()()()()となれば、リアルなどは目ではない降水量になるだろう。インスタンス・マップの中でなければ、多大な水害が発生していたところである。

 僕らは水煙の中からお互いを発見すると、リーファの案内で今度はゆっくりと、雨に打ち勝てるように強く羽ばたきながら問題の家へと向かった。

 細い川を遡っていくと、そのほとりに小さな和風の家が建っていた。昔話に出てくるような藁葺き屋根の小屋である。この豪雨にも負けず、存外しっかりと存在を維持している。

 

「――入り――しょう!」

 

 リーファの途切れ途切れの指示に従い、シノン、リーファ、僕の順番で無遠慮にノックも省略して小屋の中へと入る。

 外見がどんなボロ屋であろうと、システムで屋内と規定されているなら音声の遮断機能が働く。聴覚どころか平衡感覚すらおかしくなりそうだった雨音は遠くなり、僕らはほっと息を吐く。

 

「これは、旅人さんですか」

 

 人心地ついた僕らに話しかける声がある。そちらを向けば、囲炉裏で温かそうな鍋を囲んでいる老夫婦がいた。その頭の上にはクエストNPCであることを示すポップアップが表示されていた。

 

「はい! こちらの問題を解決に来ました!」

 

 リーファが元気よく答えれば、たちまちのうちにクエストNPCのポップアップがクエスト受諾中のそれへと変化する。彼女は大胆にクエスト説明をスキップしたのだった。

――いや、聞いたからいいはいいんだけど。

 プリセットされていた会話を一気に飛ばされた老夫婦は、一瞬の間を挟んでから会話へと復帰した。流暢な口振りからして、恐らく自律した言語エンジンへと機能が移行したのだろう。

 

「――それは、ありがたい。力ある旅人さんらなら、きっとあの蛇神を打ち倒すことも可能じゃろ」

「では、まずは囲炉裏に当たりなされ。その間に我らが準備を整えるとしようかの」

 

 老夫婦に促されるまま、僕らは火に当たる。手先からじんわりと広がる熱は、自分たちの体温や体力が豪雨によって思いのほか奪われていたことを気づかせる。

 僕らがじんわりと温まっている間に、老夫婦は小屋の奥から人がまるごと三人は入りそうな巨大な樽を転がしてきた。

――予想通りだね。

 神話に語られる八岐大蛇は酒好きであり、スサノオは酒に酔わせて眠らせたところを退治する。今回のクエストにおいてもその流れは踏襲するはずだ。

 

「蛇神は酒好きじゃ。酒に酔わせて仕留めるのが良いと常々考えておったのよ」

「そのための樽じゃ。これが八つある。この八つの樽を酒で満たし、八つの頭を全て眠らせてしまおうというわけじゃ」

 

 老夫婦の背後、小屋の奥には藁に隠されるように巨大な樽がさらに七つ鎮座していた。

 

「そこで旅人さんらには、この樽に酒を造ってもらいたい」

「……え」

 

――予想外だね。

 神話上ではスサノオは老夫婦に酒を()()()()。プレイヤー側に知識や閃きを要求しないで済むというゲーム的な理由からか、このクエストにおいてはそれが反転しているようだった。

 

「酒を造るためには二つの材料がいるのじゃ。一つは原料となる米じゃ、それも大量な。もう一つは酒精の素となる菌じゃ」

「だが、今回はさらにもう一つ必要なものがある。蛇神が訪れる日は近い。つまり完成を早めねばならんのじゃ。そのためには、《時知らずの肝》が要る」

「《時知らずの肝》?」

「うむ。時知らずと言えば旬より早く遡上する鮭のことじゃ。あやつらの中で時は早く進んでおる。それだけでは実に弱い力じゃが、この川の上流に住む熊がこの時知らずを主食としておる」

「その熊は時知らずの時を早める能力を体に蓄えておる。その肝、すなわち《時知らずの肝》を用いれば、熟成は一気に進むことになるのじゃ」

 

 僕は老夫婦の話を今回限定の特殊設定であると流し聞きする。『時間を早める』なんていう効果は、どう考えても伝説級(レジェンダリー)だ。とても時季外れの鮭を食べて生物濃縮を行っただけの熊から取れていいアイテムではない。特に今回はインスタンス・マップ形式のクエストであり、その内部事情は外とも地続きであると簡単には言えなかった。

 

「それで、結局私達は何をすればいいの?」

 

 痺れを切らしたシノンが口を開いた。彼女は辟易とした顔で奥の樽を見ている。薄々内容を察しているがゆえの渋面だった。

 

「旅人さんらにはこの三種の材料を集めてもらいたいのじゃよ。ほれ、これが材料の詳細じゃ」

 

 老爺が巻物を広げる。それに手を伸ばせば、ポンとポップアップが出て材料の詳細が示される。同時に視界の端にクエスト表示が出現する。

 

『制限時間以内に対象物を納品せよ』

 

 同時にくるくると減り出す時間までもが表示された。

 

「蛇神が来るまでに、何とか準備をお願いいたしますぞ」

 

 老夫婦が揃って頭を下げる。僕とシノンはじっとりとした目でリーファを向いた。

 

「リーファちゃん、これ、失敗したんでしょ」

「一人で三種は無理だったから三人集めた、そんなところね」

「えへへ、バレちゃいましたか。はい、前回は菌集めで手一杯で、全然時間間に合わなくて。納品に来たこの家で蛇神が過ぎていくのを眺めているしかできませんでした」

 

 リーファが肩を竦める。そしてすぐに表情を変える。それは挑戦的なもので、僕とシノンを悪戯っぽく順番に見つめる。

 

「なので、今回は三人で挑戦しましょう。丁度三種類なので、一人一種類担当して、誰が一番早く準備できるかの競争です!」

 

 その表情はありありと僕らに伝えていた。まさか、逃げるはずもないでしょう? と。挑発であることが見え透いていすぎて、もはや挑発として成立していない。

――だけど、ねぇ。

 ここで退いては名が廃る。そして何より、友人からの挑戦状だ、受けない理由はなかった。

 

「いいよ、誰がどの材料にするかはどうやって決める?」

「コイントスでいいんじゃないかしら。同じものだとリーファが有利だから、リーファの担当を先に決めて、残った二つを分けましょう」

 

 シノンがユルド金貨を一枚実体化させる。リーファに表裏を示し、ピンと指で弾き飛ばした。

 

「さ、表か裏か選んで」




 というわけで導入でした。次話もどうぞ!
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