SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 心に傷を負った(負いに行った)主人公はどうなるのか。どうぞ。


#8 拒絶

~side:キリト~

 第六十六層攻略戦中に起きた事件は衝撃だった。レントが《KoB》の奴らに殺されかかっていたのだ。それなのにあいつは何もかも諦めたみたいに受け入れていた。あいつの自分を卑下するような、まるで全て自分が悪いのだとでも言うかのような言い方には特段腹が立ち、気がつけばレントを殴り飛ばしてしまっていた。

 レントが《転移結晶》を持っていたことには驚いた。過去の邂逅からあいつが荷物を――たとえ生死に関わる()()()()()()ものでも――できるだけ削っていることは知っていたから、ましてや二つも持っているなんて完全に予想外だった。……もしかしたら、あいつにはこの展開も読めていたのかもしれない。

 レントがいなくなったボス部屋で、最初に口を開いたのはクラインだった。

 

「レントはな、俺達を助けてくれてたんだぞ? 知ってるかオメェら、アイツがしてた支援活動のこと。アイツぁソロのくせによ、攻略で手に入れたものを俺達に分配してやがった。ギルドのストレージにオメェらが必要になったアイテムがあったら、そりゃ十中八九レントの配ったアイテムだ」

 

 続いてエギルが話し始めた。

 

「あの討伐戦のときだってそうだ。アンタらは記録でしか知らないんだろうが、《ラフコフ》は皆強敵だった。奇襲も失敗して乱戦状態になってもいた。そんな中、一人しか犠牲者が出なかったんだぞ? おかしいと思わないか?」

 

 一拍置いて、エギルは続ける。

 

「理由はレントだ。アイツが俺らを助けて、なおかつ俺らが手を汚すはずだった『殺し』は全部肩代わりしたんだ。そもそもアイツだって最低限しか殺しはしてない。もしレントがそうしてなければ犠牲者は二桁に近かっただろうし、《ラフコフ》側は間違いなく倍以上死んでた。それを、その事情を知ってもまだお前らはアイツを殺人鬼って呼べるのか。呼べるんだとしたら、そんな奴とレイドを組むなんてこっちからお断りだね」

 

 吐き捨てるようなエギルの言葉に《KoB》の奴らが目を逸らす。掃討戦のことを話すのを躊躇った俺達にも、今回の件の責任の一端は間違いなくあった。

 そこで、黙って聞いていたアスナが訝し気にクラインを見た。

 

「ちょっと待ってください、支援活動ってどういうことですか?」

「そのまんまさ。アイツは各層を開放するごとにその層での戦利品なんかやコル、果てはそれらと交換したアイテムを《鼠》を使ってギルマスに配ってたんだよ。それがこっちの欲しい物ばっか来るもんだからスパイでもいるのかと思ったくらいだ。匿名ではあったが、まあ誰がやってるかなんざ分かるわな。口止めされてたからアンタが知らなくても無理はない」

 

 援助のことを知らなかったらしいアスナの言葉にはエリヴァが反応した。その答えを聞いたプレイヤー達は皆、思い当たる節があるのか瞠目している。

 クラインが暗い雰囲気を振り払うように立ち上がった。

 

「さて、そろそろ下の奴らが心配してるかもしんねぇからアクティベート行くとすっか」

 

******

 

 俺やエギル、《風林火山》は六十七層攻略中はひたすらレントを探した。あの状態のレントを放っておくという選択肢は俺達にはなかった。それはアスナやエリヴァにしても同じだったらしく、彼らは代わりに部下を貸してくれていた。

 俺は昔アイツが「ホームを買ったんだ。空気の美味しいところでね、朝靄が朝日を跳ね返して凄く綺麗なんだ」と言うのを聞いている。朝日が見えるということはアインクラッドの構造上外縁部、当時の最前線は五十六層だったのでそこ以下なのも確実だ。ただ、ホームにいるとも限らないため主街区などはアスナ達に借りたプレイヤーに任せている。

 しかし、結局レントを見つける前にボス攻略がやって来てしまった。手っ取り早く済ませようという俺達の考えは見事に裏切られた。ボス撃破には成功したものの、八人もの犠牲者が出てしまったのだ。犠牲が出たのは五十層以来で動揺は大きかった。

 これ以降、アスナとエリヴァも本腰を入れて――攻略を中断してまで――レントを探し始めた。そのお蔭か、それからすぐにレントのホームは見つかった。三十九層ののどかな田園風景が広がる中の一軒家だ。

 俺とアスナ、エリヴァにエギルの四人はその家を訪れていた。あいつと親しかったと言える者は攻略組の中でもほんの一握りしかいない。幹部クラスを除き、レントは攻略組とは仲が良くなかった。それが今回の事件を引き起こしたのだが。

 その家は小ぢんまりとしていたが風景に良くマッチしていた。ドアをノックしてしばらくするとドアが開いた。中から顔を出したレントの様子は一見いつも通りだった。白皙の形容がふさわしい肌、僅かなカーブを描く穏やかそうな目。その雰囲気は相対する人に自ずと安心感を抱かせるものだ。

 

「皆さんお揃いでどうしたんですか? ……中に入りますか?」

 

 レントは昔と変わらぬ笑顔でそう言い、促されるまま俺達は家の中に入った。耳に入り易い柔らかい声と語調は、聞いているだけで焦っていた心が落ち着いてくる。その変わらぬ様子に胸を撫で下ろした。

 木の香りのする家の中は居心地が良かった。ただ観葉植物などは目に入るのだが、目立った家具が俺達が案内された机だけだったのに僅かな疑念が浮かぶ。

 

「ちょっと今何もなくてですね、お茶も出せないんですよ。すみません」

 

 お茶もないとはどういうことだ。プレイヤーハウスには基本的に水道はついているし、自慢ではないが俺の汚い部屋にも茶ぐらいある。違和感が段々と形を持ってきていた。

 アスナが代表して今日来た目的を伝え、レントに攻略に戻ってきてくれるように頼んだ。だが、その返答は俺に決定的な違和を伝えた。

 

「アスナ()()。ですが、僕がいない方が攻略は捗るでしょう? 今の攻略組に僕は必要ありませんよ。《KoB》の彼らだってそれを望んでいるはずです」

 

 レントの言葉に俺は激昂しかけたが、それよりも衝撃の方が大きかった。レントは基本的に誰にでも敬語を使う。攻略組で敬語を使われないのは俺とアスナだけだった。しかし今のレントはアスナに敬語を使い、しかも普段のアスナ()()()ではなくアスナ()()と呼んだ。

 

「キリトさんもそう思うでしょう? 僕がいなくても攻略に支障はありませんよね?」

 

 言葉遣いというものがここまでの衝撃を与えると、俺は初めて身をもって知った。敬語に敬称の変化、それだけで俺はレントに拒絶されたように、お前は友人でも何でもない、と言われたように感じたのだ。敬語を使われない、レントと対等な立場で話しているということにどこか特別感を感じていたのだろう。アスナも驚愕の表情を浮かべているが、きっと俺の顔も青くなっていることだろう。そんな俺達に代わりエギルが回答した。

 

――お前の力が必要なんだ。

――どうか俺達に協力してくれないか。

――ボス攻略で八人の犠牲者が出た。

――もう一人も犠牲者を出すわけにはいかないんだ。

 

 その数々の言葉の中で『犠牲者』という単語にレントは反応した。

 

「――っ犠牲者が? ……僕が、いなかったから?」

 

 フッと顔を俯かせる。その顔色は異常に白く、エギルが否定した言葉も聞こえていないようだった。

 次に持ち上げられたレントの顔は、しかしいつも通りの笑顔だった。

 

「分かりました。攻略に参加します」

 

 それだけ言って、壁にかけられていたカーペットを背負ってどこかに行こうとする。慌てて袖を掴もうとしたが、レントはこちらのことなど見えていないかのように駆け出してしまった。余りに突然のことに俺達は唖然とする。

 

「あいつどこ行ったんだ?」

「まさか攻略に?」

「その可能性が高い、でしょうね……」

「なんつー……」

 

 仕方がないから俺達も最前線に行こうと思ったところで、アスナが一同を引き留めた。

 

「その、こういうのは気が進まないんですが……」

「何だ?」

「家捜し……しませんか?」

「「「……ハァ?」」」

 

******

 

~side:エギル~

 どうやらアスナはこの家に違和感を覚えるらしい。押しきられて、俺はエリヴァさんと一緒に二階を探っていた。

 

「……なぁ、エギル。これはどういうことだ?」

 

 いや、探っているというのは正しい表現ではないだろう。なぜならそこには()()()()()()から。眺めていると言った方が正しいかもしれない。どの部屋にも備えつけの物以外は一切なく、販売されているときのような状態だったのだ。

 二階を探し回ってもレントの私物らしきものは何も見つけられず、見つけられたものはいくつかの中身の詰まった袋だけだった。中を確認してはいないが、触った感触や見た目から金貨袋と分かる。ずっしりとしたそれの中身の総額がいくらになるかは考えたくもない。それらを抱えて一階に降りれば、キリト達が困惑した様子で立っていた。

 

「何か収穫はあったか、《黒の剣士》?」

「何も。本当に何もなかった。そっちはどうだった、エリヴァ?」

「見ての通り金貨袋以外は何も」

 

 金貨袋はそれぞれに誰に渡すのか書いてあった。三つの大きな袋には《KoB》と《聖龍連合》、《フリーダム》。一つの小さな袋には《黒の剣士》と書いてあった。《黒の剣士》宛ての袋を開けて中を確かめると、大量の金貨と共に手紙が入っていた。それをキリトが読み上げる。

 

『本日はこのような場所にお越しくださりありがとうございました。この手紙を読んでいるということは皆さんで家捜しをされたということでしょう。その結果この金貨袋を見つけ、この場にいる《黒の剣士》の分を開けて中身を確かめた。それを予期していたのでこうしてこの金貨袋に手紙を入れておきました。皆さんのご想像の通り、この金貨は最後の援助です。余裕がなくアイテムの形にできなかったのは申し訳ありません。

 まず、僕の身勝手な行動を謝罪したく思います。それは攻略から身を引いたこともですが、皆さんを置いて飛び出してしまったこともです。飛び出しでもしなければこうして手紙を読まれることもないでしょうから。

 皆さんがわざわざ僕を訪ねるとすれば、その理由は限られます。僕の能力が攻略組にとって必要だからと攻略に再び参加するよう要請するためでしょう。それが単に攻略速度の話であれば僕も取り乱しはしないと思います。僕が自分を抑えられず、皆さんに説明もせずに攻略に向かったのであれば、恐らくは六十七層攻略戦で犠牲者が出てしまったのでしょう。六十五・六十六層攻略戦の様子からは、一部の攻略組が弛んでしまっていることは覆しがたい事実のように思えましたから。しかし僕なら彼らを死なさずに攻略することができた。皆さんはそう考えたからこそ僕を訪ねた。それを示され、平静を保っている自信が僕には一切ありません。そのため、こうして手紙を書いた次第です。

 さて、家捜しをして困惑されたことでしょう。なぜこんなにも何もないのだ、と。この家もつい最近までは物で溢れていました。援助用に集めていた素材や、攻略の戦利品などでです。家具もしっかりありましたし、家にだけは《料理》スキルがなくとも使える食材が大量に置いてありました。しかし、僕はもうこの家に戻るつもりはありません。これ以上の犠牲者を出さないためにも、僕は全身全霊を攻略に傾けます。このような辺境にホームを置く余裕など作っている場合ではありません。そのためこの家は売却し、攻略に出る最低限を除いたアイテム類も全て売却しました。家具等の品も含めて全てです。お茶も何も出せなかったのはそういう理由があったためです。お許しください。

 袋にはアイテム類などを売却した金額も含めた所持コルのほぼ全てを分配しました。ご自由にお使いください。特に《黒の剣士》は今までの分もありますし、必ずお受け取りください。

 僕の心配はされなくて結構です。これが今生の別れになるかもしれません。まともに挨拶をすることもできず申し訳ありませんでした。

 最後に、改めてこのような所まで来ていただききありがとうございました。

 

p.s家の退去予備時間は八月二十八日の正午ですのでお気を付けを』

 

 退去予備時間とは家を売却してから十日間設定されるものだ。この期間中は鍵はかけられないが生活はできるので、次の家を探す期間とも言える。これを過ぎると家にはバリアが張られて保護されてしまうため、誰かがその家を購入するまで閉じ込められてしまう。

 それはさておき、俺達は空恐ろしさを感じていた。レントは自分の行動ばかりか、俺達の思考や行動までも()()()()()というのか。それに退去予備時間の間に俺達が訪問するためには、攻略のスピード、ボス戦の状況に加えてレントのホームを見つける時間などの全てを考慮に入れなくてはならない。もし偶然でないのだとしたら、もはや恐怖を通り越して畏怖すら覚える正確さだ。

 レントの手紙の内容を消化しつつ俺達は金貨袋をアイテムストレージに入れ、家の外に出て歩きながら話し始めた。

 

「レントさんはどこまで分かっていたんでしょうか?」

「本当に、あいつは何者なんだか。分からんな」

「前に話を聞いたときは、その人間になりきることで相手の思考を読み取るって言ってたな」

「それは……人間業じゃねぇな。理論立ってすらないのか」

「掌の上で転がされたみたいだ」

「それに、どうしてあの人はあんなに人を救うことに敏感なんでしょうか? 第一層の頃からずっと変わらない方針ですし、手紙に基づけば犠牲者の話が飛び出した直接の理由なんでしょう? ……何か、理由があるんでしょうか」

「それは俺達が簡単に首を突っ込んで良い話じゃないだろう。な、《黒づくめ(ブラッキー)》?」

「まぁ、……確かに」

 

 俺を含めて全員が、このときはまだレントのことを理解し(わかり)きれていなかったのだろう。

 レントが攻略組に戻ってきてくれるのだと純粋に安心していたのだ。

 

******

 

~side:???~

 六十八層のボスは《白の剣士》が攻略に再び取り組み始めてからたったの四日後に撃破された。未だ迷宮区探索が半分も至っていない中のことで、攻略組がそれに気づいたのは六時間ほどが経った日没後だった。次の日に恐る恐る上層を確認しに行けば、解放された六十九層のフィールドボスは既に倒され、迷宮区が解放されていた。そして今度は三分の一ほどしか迷宮区を踏破していない状況で七十層が解放された。

 これらが全てあの《白の剣士》の功績だという噂は、既にアインクラッド中に広まっている――誰も否定しない、否定できないことが更に噂を助長した――。一人でフィールドやダンジョンを踏破し、ボスを単独で撃破する。その様は《狂戦士(バーサーカー)》とまで呼ばれている。《閃光》もかつて《狂戦士》と呼ばれていた時期があったが、流石にここまでではなかった。まるで死に急いでいるようにも見える攻略に、攻略組はついて行くだけで必死だ。振り落とされないために、最近の攻略組にはある種の緊張感すら感じる。

 そう言っている間にも七十一層が解放されたらしい。ここ最近は転移門の案内板を見ている人間が常に一人はいる。《白の剣士》は自分では門開き(アクティベート)しない。その場合は三時間が経過すると自動でアクティベートされるので、《白の剣士》は三時間前にボスを撃破したということだ。今回は攻略組も半分ほどマッピングできたようだ。

 五十五層の鉄の街を眼下に見下ろす尖塔の中、()は深く息を吐いた。

 

「本来、一人では攻略できない難易度のはずなのだが……。彼のログを見るのは実に面白いな。ふむ、もう何週間もほぼ寝ておらず、この世界で楽しめる娯楽としてかなり価値の高い食事も()()石パンのみ。更に言えば空腹感を消すために()()している、と。限界まで自分を追いつめているのか。――ふ、実に面白い。面白いが、さしもの彼であってもこのままでは七十五層にすら辿り着けるかは怪しいな。到達したとしても……、さて、彼はどこまで行けるかな?」

 

 少し長い独り言だったかもしれない。面白いことがあるとつい饒舌になってしまう。

―――さて、私もレベリングをしなくては。彼に置いていかれてしまう。

 私は()()を振り、ある少年の顔やステータス、ログが映っていたウィンドウをまとめて消して立ち上がった。機会があれば彼とは少し話してみたいものだ。私は避けられているようだから、応じてくれるかは分からないが。




主人公の二つ名
・オレンジキラー
・奇術師
・白の剣士
・レッドキラー
・狂戦士 NEW

 ???さんはまた出てくるでしょう。独り言役に。

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