特に何もない素晴らしい1日だった。   作:緋月夜

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約2年ぶりの復活で、漸く過去編が進むことになりました。
大変お待たせしました。
また読んでやるよ仕方ねえなと、思っていただければ幸いです。
それではどうぞ。


八雲亭にて、飛我の過去。~誰もいなくならなかった....?~

――紅魔館 客室

目を覚ますと、既に窓から光が射していた。

体の痛みからして、やはり自分は救われたのだと実感する。

「…流石に、痛いな」

傷口を抑えながら起き上がろうとした――しかし、目線は天井を向いていた。

「…あれ、俺は確かに今…」

再度起き上がろうとし――しかし出来なかった。

「駄目ですよ?まだ寝ていないと」

と、手で制される。

横を見ると、青を基調としたメイド服に身を包んだ女性――咲夜がいた。

「…咲夜、だったか」

「はい、どうかなさいましたか?」

「すまない、昨日目覚めたばかりでろくに礼も言わなくて」

昨晩の戦闘で、傷を負った飛我を救ったのは咲夜であり、主に紅魔館内へ入れる許しを得たのも、また咲夜であった。

「いえ、お気になさらず…私の意思で助け、ここに居てもらっているだけですので」

苦笑に近しい笑みを浮かべ、胸に手を置かれる。

「…まだ、痛みますか?」

「まぁ…少しだけ、な」

胸に置かれた手に自分の手を重ねてみると、意図を察したのか、こちらの手を握ってくれた。

「…不安でしょう、命を落としかけたのだから…それに少し震えているわ」

「……分かるか、流石に」

丁寧な口調を少し崩し、心配そうな瞳で見つめられる。

咲夜が自分を助けた理由が分かる気がした。

「…もう少ししたら、永琳が来るわ…それまで大人しくしているのよ」と、昨晩の別れ際のように頭を優しく撫でてくる。

「……何から何まで、ありがとう咲夜、助かった」

無意識に手を握る力が強くなる。

余程、自分の精神は不安定なのだろう、山での出来事や今現在など…まるで、不要な何かとの繋がりを絶とうとしているかのように、今の俺と飛我の繋がりは不安定だった。

「…不思議ね、思わず貴方の命を救いたくなってしまったの……死なせてはいけない、そんな気がして」

「…直感、なのか?」

「そうね、そうだと思う…私自身驚いてるけれどね」

この言葉、この判断が後に大きな影響を及ぼすことを、今はまだ誰も知らない。

彼自身も気が付かない内に、大きな歯車を回していくことになる。

幸か不幸か、その行動が、彼を、彼女らを、この幻想郷を大きく変えることになるのだが、それは少し先の話である。

 

――紅魔館

「わざわざすみません、永琳様」

「いいのよ、これも幻想郷の為ですもの」

迷いの竹林の永遠亭から、わざわざこちらへ足を向けてくれた彼女へ労いの言葉をかけ、彼の部屋へと案内する。

「こちらです、後はよろしくお願いします」

「えぇ、任せておいて……終わったら勝手に帰ってもいいのよね?」

「謝礼はあれだけで良かったのですか?」

「多すぎるわよ…まぁ、手当てが終わったら報告だけするから…また後でね」

そう言うなり、部屋へと入っていく。

しっかりとした医療技術を持つのは彼女だけだ、あとは任せるしかない。

そう思った咲夜は、そのまま屋敷内の仕事へと戻った。

 

――客室

永琳がこちらへ来るまで、することも無いので目を閉じたまま、昨晩の事を思い返していた。

(単眼鬼…と言っていたか、聞き覚えのない妖だ)

恐らく、羅刹鬼トキノの配下か何かだろう。

…彼女以外の鬼は、まだここに居るのだろうか?

(…あれと同じ力量を持つ鬼が他にも)

このまま寝ている暇はないのだが、かと言って無理をすれば死ぬだけだろう。

そういう訳にもいかない、死ぬわけにはいかないのだから。

一時的に思考を止め、息を吐くと、ドアが開く音が聞こえた。

「おはよう、目は覚めたかしら、飛我?」

「ん…来てくれたのか、永琳」

ドアを閉めたあと、こちらのベッドの隣に腰掛ける永琳が少し心配そうな目でこちらを見ていた。

「妖夢よりも手酷くやられたのね…大丈夫?」

「…命は拾った、なんとか大丈夫だ」

苦笑しながら返答し、かけられた布団を捲る。

「…診てもらえるか、永琳」

「えぇ、失礼するわ」

短く答え、こちらの衣服をはだけさせる。

「…随分大きな傷ね…完治しても傷跡は残ってしまうわ」

巻かれた包帯を外しながらそんなことを呟く。

「構わない…俺の甘さが招いた傷だからな」

「…そ、まぁ傷口は完璧に治してあげるから安心なさい」

少し滲んだ血を丁寧に拭き取り、薬瓶を取り出す。

「…すまない、助かるよ」

「気にしなくていいわ、これが私の仕事だもの」

薬瓶の中身は軟膏らしく、手にとって患部に塗っていく永琳。

「…軟膏か、何か特殊なものか?」

「えぇ、私特製のね、効果は折り紙付きよ?」

微笑みながら丁寧に塗っていく。

「…羅刹鬼ではなかったのね、単眼鬼だったかしら?」

「あぁ、大きな金棒を持った巨大な鬼だったな…とても強かったよ」

「…そう、これは紫に報告しなきゃいけないわね、他にも同様の鬼がいるとみて間違いないでしょう」

軟膏を塗り終わったのか、手を拭き新しい包帯を巻いてくれる。

「そうだな…幻想郷での殺害事件の多くは、この鬼達によるものだと思う」

「えぇ、それも含めて話をしておくわ…それと、これを飲んでおきなさい、飛我」

衣服を直したあと、いくつかの錠剤を渡された。

「造血作用の促進剤と、疲労回復効果のある薬、もう1つは…そうね、命の危機だと思った時に飲みなさい」

「あぁ、分かった…すまないな、助かった」

早速2つの錠剤を飲み、またベッドに横になる。

「あとは安静にしてるのよ、無茶はしないこと、いいわね?」

「あぁ、分かってるよ」

「よろしい、それと、その薬を飲んで一眠りすれば嘘みたいに体が回復しているはずだから、ゆっくり休むのよ」

そこまで言うと、永琳はこちらの頭を撫で、部屋を出ていった。

「…なんで、頭を撫でるんだ?」

不思議には思ったが、それよりも先に睡魔が来た為、眠りについた。

 

 

――深夜 紅魔館

時間が流れ、月が空に昇り、吸血鬼が最も活発に動く夜が訪れた。

紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは、昨晩従者の咲夜が情けで助けたという少年の部屋を訪れていた。

「ふぅん、貴方が飛我ねぇ…」

「みっともない姿を見られてしまったな…情けない話だが、助かった」

「別にいいわ、私の領地に入り込んできたあの一つ目鬼が悪いのよ」

吸血鬼である自分からすれば、あの程度の敵を屠ることなど造作もなく、結果的にこの少年を助ける形になったが、それはそれで儲けたと言える。

「ん……傷口はもういいのかしら?」

咲夜の淹れた紅茶を飲みながら、彼に聞いてみる。

「あぁ、完全にふさがって痛みもなくなったよ…傷跡はやはり残ったがな」

衣服をはだけさせ、傷跡を見せてくる。

「…ふふ、随分なやられようね」

「全くだ…レミリアが居なければ本当に死んでいたよ」

「そうね、その点に関しては存分に感謝なさい?」

彼は別に従者でもなければ、そこらに居るような脆弱が過ぎる人間とも違うため、レミリアと呼ぶ事を許していた。

本当に特別なこどだと、自分でも驚いたものだったが。

「あぁ、本当にありがとう…強いんだな、レミリアは」

「ふふん、当然よ、私は吸血鬼なんだから」

不思議と、悪い気はしなかった。

 

「ところで、話は変わるのだけどね」

「ん、どうしたんだ?」

少し躊躇いながら、目の前の幼き吸血鬼が口を開く。

「…実は、私には妹がいるのだけど」

「お嬢様、その話は…」

「いいの、彼には聞いて欲しい話なのよ」

「…レミリアの妹がどうしたんだ?」

今の咲夜とレミリアのやり取りを見て、何となく違和感を感じたが、話の続きを促した。

「…えぇ、この館の地下深くに軟禁しているのだけどね」

「軟禁…実の妹をか」

予想以上に重い事情があるらしい、一体何があったというのだろう。

「えぇ、あの子の持つ力と能力が異常でね…いや、これも仕方ないことなのだけど」

ため息混じりに、苦痛そうな表情を浮かべたままレミリアが続ける。

「こうなったのも、遠い昔にあった出来事のせいなのだけど…あの子は狂ってしまっているの、手が付けられないほどに」

「………」

返す言葉が見つからず、黙って続きを促すしかなかった。

「…あの子自身、私たちに危害を加えたい訳でもないらしいから、地下から出てこようとしないんだけど…貴方なら、あの子の心を開けるかもしれない、と思ったの」

「…それは、買い被りすぎだろう、俺は誰かの心を開き癒すなど…」

「いいえ、そんなことは無いわ…あなたの持つその力なら、きっとあの子の狂気も鎮められる、かもしれないと思うの」

食い気味にこちらの言葉を遮りつつ、縋るような目を向けてくる。

「…お願い、力を貸して」

その目は、もう一度妹と幸せに暮らしたいと願う姉の思いを、強烈に伝えてきた。

「……分かった、やれるだけやってみよう」

「本当?……ありがとう、飛我…っ」

熱心に頼み込まれてしまったので、受け入れる旨を伝えると、感極まったのかこちらへ抱き着いてきた。

「お、おい…レミリア?」

「…ごめんなさい、でも、お願いするわ」

少し顔を赤くしながら離れ、頭を下げてくる。

これを断れるほど、自分も薄情ではないつもりだ。

「…あぁ、部屋を教えてくれるか?」

 

 

――紅魔館 地下最奥

傷は完治し、体も回復したため、元の衣服へ着替え直して地下へと赴いていた。

「確か、ここを曲がれば……あった、ここだな」

迷路のような地下通路を進むと、目の前には大きな鉄扉があった。

「ここに、フランドールがいるらしいが…」

腰に提げた愛刀―神破に手をかけながら、慎重に鉄扉を開ける。

扉の先にあったものは――残骸の散らばる赤い部屋だった。

「……これは、ぬいぐるみ…か?」

慎重に足を進め、周りを観察する。

沢山のぬいぐるみの残骸、綿や手足、動体、頭などが散らばり、それらに隠れて、おぞましいものが転がっていることにも気がついた。

「……人骨…だと?」

そこにあったのは、紛れもなく人体の骨や、残骸だった。

一体何がこの部屋で起きたというのか。

「……」

分からない、しかし、一つのことに気がついた。

(…見られている、どこからだ…?)

視線を感じ、辺りを見渡すものの、フランドールらしき影はどこにも――

 

「私の部屋を踏み荒らしている、あなたは、誰?」

「…っ、上か!?」

反射的に上を見上げると、クマのぬいぐるみを抱いた、金髪紅眼の少女が浮いていた。

「…どうして、人間はここへ迷い込むのかしら」

「……なに?」

ふわりと目の前に降り立った少女の背には、七色の宝石が彩られた枝のような、不可思議な翼が生えていた。

「…私は、壊したい訳じゃないのに」

悲しそうな目で、こちらを見つめてくる。

「どうして、私の所へ来るの、なんで、どうして?」

「……?」

なにやら、様子がおかしい…?

「…わざわざ、目の前に来るんだもん……壊していいんだよね…?」

そう言うなり、こちらへ右手を伸ばしてくる。

「な、何……を…!?」

「……どかーん」

右手を握ったと同時に、反射的に「不動」を発動させていた。

ガラスが砕け散るような音と共に、空間が破裂した。

「……い、今のはッ…!?」

「……どうして、壊れないの?」

「…壊す気でいたのか?」

再度刀に手をかけ、問いかける。

「消えてよ…いなくなってよ……もう、人間なんか、大嫌いッ!!」

感情的に叫び、瞬間辺りにエネルギー弾が撒き散らされる。

「な、なんだ…!?」

エネルギー弾を弾き、避け、自分の身を守りつつ、蹲る少女を見る。

「嫌い…嫌い……嫌い嫌い嫌いっ!!人間なんか!!壊れちゃえばいいのッ!!」

「っ……ぐぁ…ッ!?」

先程のように右手を握り込むと同時、こちらの左腕が弾け飛んだ。

「ぐおぁぁぁぁっ!!?」

激痛が走り、怯んで足が止まってしまう。

そこを狙ったかの様にエネルギー弾が襲いかかって来た。

「ぐ……くそっ……」

諦めかけた心とは反対に、右手は刀を前に突きだして

「こ……光刃…!」

無意識に呟くと、刀が光り輝き、光線が放たれた。

「何なの……どうして、壊れないの…!?」

涙を流しながら、どうあってもこちらを排除しようとしてくる彼女は、言葉とは裏腹に、どこかこの戦いを拒否しようとするような、そんな印象を抱かせた。

「き、聞いてくれ…フランドール…っ」

左手を庇いながら、フランドールへ近付く。

「いや、嫌ぁ!来ないで…!!」

拒むようにエネルギー弾を放つが、もはやそれを気にするよりも先に、彼女の元へ辿り着くことを優先した、、

「……落ち着け、俺はお前の敵じゃない…!」

弾幕の合間を縫い、フランドールへ駆け寄る。

「…少しでいい、話を聞いてくれ…」

「…いや、嫌…私の近くに、来ないで…」

「…怯えるな、大丈夫だから」

こちらを近付けまいと手を伸ばしてくるものの、その手を掴み引き寄せる。

「……大丈夫、だ」

「っ……離して……!」

ここまで近付いて、なお逃れようとする。

「どうして、そこまで避けようとするんだ…?」

「ダメ…ダメなノ……近付カないデ……!」

近付いて、漸く気がついた。

彼女の瞳が、狂気に染っていくのを。

「…しまっ……かはっ…!?」

「うフふ、ふふふふふ、アハハハハハハハハッ!!」

ぐり、ぐり、と腹部に刺した何かを動かす、確認するよりも先に、左腕の痛みを遥かに凌駕する激痛が体を走った。

「……っ……っぁ!!!」

声にならない悲鳴、そして口から溢れ出る鮮血を浴び、目の前の少女の狂気は加速する。

「死んじゃえ、死んじゃえ、アハハッ!どうせ、あナたも壊れちゃうの!いなくなっちゃウんだカらッ!!」

「……ぐ…や、めろ……フランドール…!」

力づくで刺されたものを引き抜こうとする、しかし吸血鬼である彼女の腕力を上回ることは出来ず、更に、焼けるような痛みが走った。

「燃え尽きちゃえ、壊してあゲる、アハ、アハハハハッ!」

そして、漸く刺されたものを目視する。

黒い悪魔の尻尾のような棒、そしてそこから噴き出す炎の剣を。

「レーヴァテイン、ぐちゃぐちゃに引き裂いてあげるわ…人間なんか、大嫌いだもん!!」

鮮血に染まり、瞳から光を失った狂気の吸血鬼は、間違いなくこちらを殺すつもりでいる。

「…っ、させ、るか…っ!」

全力を振り絞り、激痛に耐え剣を引き抜く。

傷口から大量に出血するが、構わない。

「はぁ……はぁっ……ぐ…」

「キャハハハッ!すごーい!もっと踊ってみせて!」

もう、躊躇っていた少女の面影はなく、狂気に染った吸血鬼が、全力でこちらを壊しに来ている。

振りかぶられたレーヴァテインを辛うじて避け、失血死する前に、永琳から受け取った「命の危機だと思った時に飲む薬」を取り出す。

「…これが、最後の望みだ……っ」

錠剤を口に放り込み、飲み込む。

同時に、彼の体から眩い光が放たれた。

 

 

――永遠亭

先程まで無かった筈の、巨大な「霊力」が出現するのを感じる。

恐らく、予想が当たったのだろう。

「…まさか、あの吸血鬼が、彼にそこまで託すなんてね」

神破 飛我――先程紅魔館で、手当てをした少年の名である。

元々、彼の潜在能力自体は気が付いていた。

それを覚醒させる為のきっかけを、私は作ったに過ぎない。

「名付けるなら…“光を操り使役する程度の能力”って所かしら」

人の身でありながら、自身を光と化す、光速の攻撃をするなど、光の特性を自身に付与できる能力である。

「…さて、あの狂った鳥籠のお姫様を、鎮めることが出来るのかしらね」

確信を抱きつつ、紅魔館の方を眺める。

彼は、幻想郷にとって大きな存在になる、と。

 

 

 

――紅魔館 地下最奥

「…この感覚は、一体?」

永琳に貰った薬を飲んだ瞬間、消し飛んだはずの左腕が再生し、腹部の傷も塞がっていた。

更に、驚くべき変化があった。

「…このオーラは、俺が出しているものなのか?」

自身の体から立ち上る、光り輝くオーラがあった。

「…なあに、その光?」

レーヴァテインを握りしめたフランドールが近付いてくる。

「…関係ないか、全部壊してあげるっ!」

人間からすれば、途轍もない速度で肉薄してきているであろうフランドール。

しかし、今の飛我には止まって見えていた。

「…なるほど、俺の潜在能力ということか」

「……っ、きゃあっ!」

袈裟懸けに振り下ろされるレーヴァテインを避け、居合により弾き飛ばす。

「…ふふっ、うふふっ、あははっ!」

「…またそれか」

やはり右手を伸ばし、握りこもうとする。

それを、反射的にではなく、確実に刹那を捉えた状態で「不動」を放つ。

「っ……ぁ……!」

「今度は、動けまい」

フランドールの「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」を無効化し、フランドールの動きすら封じ込める。

「……」

動けなくなっても尚、狂気の笑みと、狂気に染った瞳は消えることは無かった。

「…お前にどんな過去があったかは分からないが、これ以上、お前がその狂気を背負う必要は無いんだ」

そう言って、神破の切っ先を向ける。

「…今、解放してやる…“御霊還”」

軽くフランドールの目の前で神破を振る。

この技は、肉体ではなく精神を斬る技である。

そして、今切断したものは、フランドールの精神に癒着していた“狂気”。

「……っ…」

すっ、とフランドールの体から、禍々しいものが抜けていき、同時にフランドールは意識を失っていた。

「…やれやれ、これで一件落着だな」

ため息を吐きつつ、納刀し、フランドールの傍へ腰を下ろす。

こうして傍で見ていると、ただの幼い少女でしか無い。

この幼い少女を長年苦しめていた狂気とは、一体なんだったのだろうか。

今はそれを考えるよりも先に、体を休めることを優先する。

(薬のおかげとはいえ…体に疲労は溜まっているからな……)

無意識のままフランドールに寄り添うように寝転び、眠りについた。

心を幸福感と充足感が包んでいたことを、彼が知るのは少し後であった。

 

――数時間後

自分の心に満ちていた、どす黒い狂気が消え去ったことは、薄れる意識の中でも感じ取ることが出来た。

あぁ、もう苦しむ必要は無いんだ。

傷付ける心配もしなくていいんだ。

私があれだけ傷付けてしまった、あの人は、無事だろうか。

そんなことを考えた瞬間、胸が高鳴るのを感じ、目を開ける。

「…っ…あの、人は…どこ…?」

まだはっきりしない視界で、助けてくれた彼を探す。

そして、すぐ側に寄り添って眠る彼を見つけた。

「…あなたの、おかげで、苦しまなくて済んだのね…」

歓喜のあまり、涙が溢れる。

「ありがとう…ありがとう…お兄さん」

今だけは、この人に寄り添っていて欲しかった。

それを、この人はちゃんと叶えてくれていた。

それだけで、この人に心酔しても仕方ない。

そばにいたい、様々な感情が渦巻き、その結果とった行動は、抱き締めて眠ることだった。

自分を救ってくれたこの人は、かけがえのない存在だから。

壊してしまわないように、優しく、慈しむように。

 

こうして、狂気に染った吸血鬼は、世界を知らず、しかし慈悲の心が芽生えた吸血鬼へと変わった。

そして2人は、咲夜がこの部屋に訪れるまで、安らかな眠りについていたという。

彼女の元を訪れた者が、初めて誰もいなくならなかった瞬間だった。

 

 




ということで、飛我の覚醒、そしてフランの狂気を鎮める回になりました。
フランドールが狂気に染った理由についてですが、私がこのハーメルンで最初に書いた「Night of the full moon and they」を読んでいただけるとわかると思います。

これはオリジナル要素を含む二次創作物ですので、何卒ご了承ください。
それではまた次の話でお会いしましょう。
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